063 決着
「待て!」
プレゴーンに乗った俺、そしてピュロエイスに乗ったクレアとプロミィがスコルとノーライフクイーンを追いかける。
「待てと言われて待つバカはいませんわ!」
むう、じりじりと距離が広がっていくな。スコルの方が速いのか。
「プレゴーン、これ以上速くはできないか?」
「……無理無理かたつむり」
無理というのは嘘つきの言葉ではない。本当に無理なものは無理で、それは至極当たり前のことだ。ならば、その無理を何とかするために俺が力を貸す。
もっと速く走ることができるようにするためにはどうすればいいか。この炎の馬ソラウスたちは足で空を駆ける。ならば、駆ける足が多ければ多いほどその速さは増すに違いない。「それはない」と思うかもしれないが、俺のアバウトな魔法はわりと無茶を実現させてくれる。
それに……。
「今回はモデルがあるからやりやすい!」
「な、なにこれー?」
進化魔法が発動し、プレゴーンを光が包み込む。
そして、光がおさまったあとには、八本足となったプレゴーンがいた。天を駆ける馬の頂点といえば、八本足のスレイプニルだろう。北欧神話の主神オーディンの愛馬だ。
「えー? わたし、スレイプニルになってる?」
スレイプニルもいるのかっ! やばいな、パクリになってしまう。いや、これまでも俺の進化魔法は元となるモデルがあるのが大半だが。
「これならいけるんじゃないか?」
「……や、やってみる……って、八本足って動かすの難しい……」
四本足から八本足になって若干戸惑っているようだが、それでも四本足のときよりも速く、徐々にスコルに追いついていく。
「そんなのありなんですの!? ならば、実力行使ですわ!」
ノーライフクイーンの身体から強い魔力が溢れ、俺たちとスコルの間に魔力の塊のようなものがいくつか突如現れる。それらは正八面体をした黒い結晶のようなもので、黒い雷のようなものを互いを結びつけるように放つと、その雷で結ばれた線を辺と見立てた多角形の面の部分に黒いスクリーンのようなものができ、俺たちの前に立ち塞がる。
「しばらくそれの相手をしているといいですわ!」
だが、ここで時間を取られるわけにはいかない。モンスター娘を相手にするのでなければ遠慮なく全開の力を出せる。
俺は神珠の剣を抜くと、魔力を注いで大剣を創りあげる。
「せぇのっ!」
全力で大剣を振り下ろすと、スクリーンのようなものはパリィンという音を立てて砕け散った。それを見て、ノーライフクイーンは目を丸くする。
「何ですの、それは!? インチキ魔力も大概にしてください! ああもう、夜だったらこうも一方的にはさせませんのに!」
あと少しで追いつく。前を抑えて、ピュロエイスとハサミ打ちにできれば何とか取り押さえることができるだろうか。
ノーライフクイーンの表情はかなり焦っていたが、何かに気づいたのか、突如平静な顔に戻る。
「……追いかけっこもこれまでですわ。それでは、さようなら」
何を言ってるんだ? と思った瞬間、スコルとノーライフクイーンの姿がかき消えた。
「な……!?」
まさに、突然消えたと言うしかなかった。妖精たちが言っていたことはこれか。ノーライフクイーンが何か魔法を使ったなら気づかないわけがない。これまであいつが魔法を使うときは、決まって大きな魔力を感じ取れた。しかし、今回はそういった魔力の発動を感じなかった。
いや、違う。あいつの大きな魔力のせいで気付かなかったが、この周囲一帯に微かだが魔力を感じる。かなり広範囲に渡っている……これは……。
「リューイチ、あいつは?」
クレアたちが追いついてきたので今あったことを話す。そして、俺の考えも。
「おそらくだが、何らかの手段で姿を消していると思うんだ。手段は分からない。透明になっているのかもしれないし、俺たちがあいつらを認識できないようにされているのかもしれない」
消えるという話を聞いた時に直感的に俺はそう感じた。逃げるときに「ありえないが、消えたとしか考えられない」と思われるのは、大抵近くに本人がいて、何らかの手段で消えたと思わせているにすぎない。
もちろん、俺たちの想像を上回るような魔法、それに準じた特殊能力という可能性もあるが、そんな力があるならあそこまで追い詰められる前にさっさとその力を使って逃げるだろう。
おそらく、ここまで逃げることがあいつらにとっての勝利条件。身を隠すことができる何かがあるということだったのだろう。
「あの速度で逃げ続けているならもうここらへんにはいないから今回は諦めるしかない。でも、まだこの近くにいる可能性も大いにある。何とかして見つけたいところだが……」
次の手が思いつかない。妖精たちを呼んで、手当たり次第攻撃魔法を撃ちこむという方法もあるにはあるが、眼下には森が広がっている。本当にいるかどうか確信が持てない状況でヘタなことはできない。森林火災が発生したら大惨事だ。
いや、でもスコルをここで取り逃がすほうが妖精界としては損失があるだろう。多少無茶なことをしてでも……。
「試したいことがあるんだけど」
「何かあるのか?」
「もしこの近くにスコルがいるなら、これで何とかなるかも」
クレアはそう言うと、プロミィに何かを話し始めた。一体何をする気だ?
「それー!!」
プロミィの元気な声が響き渡る。
そして、プロミィに操られ、派手な色をした炎が五つほど、この近辺を自由に動き回る。
「プロミィ、できるだけ広い範囲に、色々な方向に動かしてみて」
「はーい」
これには何の意味があるんだ? あのぐらいの炎ならスコルやノーライフクイーンにとって脅威ではない。もしこの近くにいるとしても隠れ続けるだけだと思うけど……。
「まあ、見ていてよ。この近くにいるんだったら、そろそろ釣られるから」
「釣られる?」
何を言っているんだと思った矢先、眼下にある森の一角で木が揺れた。
そして、唐突に空中にスコルと、スコルの腕を引っ張っているノーライフクイーンが飛び出してきた。いや、見えなかったものが見えるようになったといった方が正しいか? ノーライフクイーンの中途半端な姿勢は、おそらくスコルが飛び出すのを止めようとして、失敗したんだろうな。
だが、どういうことだ? スコルはなぜ隠れていたのに飛び出してきた?
「あはははは!」
「こら! いい子だから追いかけるのはやめるのですわ!」
スコルは、目をキラキラさせて、赤色と黄色の炎を追っかけている。プロミィが不規則に、というかでたらめに動かしているので、単純な速度だけでは捕まえることができないらしく、スコルの瞳がものすごくやる気に満ちているのが分かる。
「ひょっとして……」
「あの子、ただ遊んでいるだけなのかも」
……そんなバカな。
いや、むしろ納得したかもしれない。鞭による引っ張り合いは、犬が好む遊びと聞いたことがある。そして、引っ張り合いよりもピュロエイスとクレアを優先したのは、走るもの、逃げるものを追いかけたかっただけか。狩猟本能だっけ? 太陽については、実際に食べているみたいだし狩猟そのものなのかもしれないな。
それにしても……そんなバカな……。
とりあえず、他の妖精たちも追い付いてきたし、俺たちはスコルを囲むことにする。当のスコルは、炎を美味しそうに食べている、ってやっぱり食べるのか。一方でプロミィは、炎が捕まったことが不満のようだ。
「さて、これ以上何かあるか?」
スコルはもう大丈夫だろう。満足した表情をしている。
俺はノーライフクイーンに一歩詰め寄った。まあ、詰め寄るのはプレゴーンの役目だが。そして、プレゴーンは「ほぅれほぅれ」とまだ太陽を持っている。やめてあげて。
「く……なんてことですの」
なんてこったって言いたくなるわな。さすがに同情を禁じえない。
ノーライフクイーンは何度かスコルをちらちら見ているな。俺たちの隙を見てスコルとまた逃げようとしている?
いや、違うな。そういう雰囲気は感じない。ノーライフクイーンがスコルを見る目つきはそういう策略じみたものとは無縁のものを感じる。
「覚えてなさい! そこの神もどきと、何よりも馬!」
ノーライフクイーンの魔力が急激に高まり、その姿が霧化していく。ここまで来て逃がすなんて間抜けな真似はしたくない。
俺は神珠の剣を鞭にしてノーライフクイーンを縛り付けようとする。完全に霧になる前ならいけるかもと思ったが……。
「まだ名乗っていませんでしたね。私の名はアルマ・ロゼ・フロレスク」
ノーライフクイーン、アルマの金色の瞳が妖しく輝いたと思った瞬間、俺の身体は硬直していた。何だ……!?
「それでは皆様、ごきげんよう……」
そして、アルマの姿は消えていた。これは、もう近くにはいないようだな。そして俺の身体も自由を取り戻す。
「今、一瞬動けなかった。ひょっとして魔眼ってやつか?」
「わたしも動けなかった……無念」
俺は天を仰いだ。片手落ちになってしまったな。油断をしていたわけではないと思いたいが、優位に立ったことで緊張の糸が切れたのかもしれない。次からはこのようなことはないようにしなければ。
とはいえ、スコルを捕獲できたから最低限の仕事はできたと思う。
すっきりとはしないが、とりあえずは解決と言えるかな。