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モン娘えぼりゅーしょん!  作者: 氷雨☆ひで
三章 いざ妖精界へ
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062 乱入者

「あはははははは!」


 スコルが笑いながら鞭を引っ張っている。細腕なのになんてパワーだ。この世界に来てから自分の怪力に自信を持っていたが、その自信が揺らぐ。いや、相手はモンスター娘だ。見た目に惑わされてはいけない。そして、目の前の相手は今まで出会ったモンスター娘の中でも格段に強い。

 このままだと間違いなく負ける。いや、引っ張り合いの勝敗に何の意味があるとも思えないが、捕獲するためには相手の挑戦を受けた上で勝ち、こちらが上であることを示す必要があるかもしれない。野生の動物的な意味で。


「ふんぬぅっ!」


 俺は魔力を自身の身体に集中させる。まだうまくできないが、肉体強化の魔法の一種だ。ティターニアが言うには、俺の身体は人間はもちろん、モンスター娘たちよりも丈夫らしく、魔力を循環させることでさらにその肉体的能力を強化することができるらしい。

 とはいえ、魔力のコントロールが難しいため今の俺ではうまく使いこなすことができない。全体的な強化は無理で、今できるのは頑丈さや力を少し強化するぐらいだ。それでも、今の状況では役に立つ。


「うわっ、すごいね、私とこれだけ張り合えるなんて」

「随分と饒舌になったじゃないか。太陽を追っかけているときは何されても無反応だったらしいがっ!」

「そうだっけ?」


 ぐ……、腕がつりそうだ。いや、そんなことより、踏ん張るための地面にだんだんと足が沈んでいるのが気になる。


「リューイチ、なんかあの子、私たちと妙に温度差がない?」

「温度差? それより、俺はもう余裕がっ、ないんだ、が!」


 クレアが何か考え込みながら話しかけてきた。いや、マジで俺は今それどころではないんだよ。


「私たちが覚悟を決めて戦っているのに対して、あの子だけ戦いってことが分かっていないというか」

「い、言いたいことはなんとなく分かるけど、俺の方がそろそろ限界、もうちょっともたせられるが、次の作戦がもうすぐだって、伝えておいてくれ」


 俺が力でスコルをねじ伏せて捕獲するのが最初の作戦だが、それが失敗した時のための作戦も用意してある。もう配置は完了しているはずだ。クレアは頷き、ピュロエイスに乗って太陽の馬車が去っていった方向へと向かう。


 その瞬間だった。

 スコルの目がきらんと輝いたかのように見えた。そして、俺と引っ張り合いをしていた鞭を放す。

 うん、当然ながら、その結果俺は自分の力で後ろへと思いきり倒れる。相当な力を入れていた分、その衝撃は大きく、冗談抜きで俺の体が地面に埋もれた。


「……発掘」


 今回もプレゴーンが助け出してくれた。さすがに体中が痛い。

 いや、それどころじゃない。


「プレゴーン! スコルを追ってくれ!」

「かしこまりー」


 スコルが俺との勝負をあっさり捨てて、クレアたちをいきなり追いかけ始めるとは思わなかった。周囲を囲んでいた妖精たちが頑張って止めようとしてくれたが、スコルの勢いの前にあっさり弾き飛ばされていた。これはもう仕方がない。

 それにしても、何か引っかかる。スコルの行動が読めないんじゃなくて、似たようなものを見たような気がするんだよなあ。


「クレアは大丈夫かな……」

「ピュロエイスなら……うん、すぐ追いつかれることはない……はず」


 それを信じるしかないな。スコルを逃した経緯は想定外だが、逃すことそのものは想定内。俺の役目はいかにスコルを足止めするかだ。あとは、妖精たちがうまく仕込みを終えてくれていれば……。


「どうやら成功したみたい……」




 俺たちがそこに着いたときにはスコルの捕縛が完了していた。

 地面に大きな魔法陣が発現していて、そこから幾つもの魔法の鎖が伸びていて、スコルを縛りつけている。スコルはじたばたと暴れているが、どうにもできない様子だ。


「おう、お疲れー。十分時間を稼いでくれて助かったよ、やるじゃないか」


 アイトーンが声をかけてきた。

 この魔法は相手を捕縛封印するものとしてはかなり強力だが、ティターニアの魔力を込めた道具を配置することと、複数人の魔法使いの詠唱が必要となるため、神出鬼没のスコル相手に使うのは見送られていたようだ。

 スコルが出現してからスコルを足止めし、その後スコルが狙うであろう太陽の馬車を囮にして、そこにこの魔法陣を仕掛けるという単純な作戦だ。

 このような強力な捕縛魔法の罠を仕掛けることは俺が来る前にも考えられていたそうだが、事前に用意しておいてそこにおびき寄せる作戦は、その地点に逃げるまでに太陽の馬車が捕まってしまうのでは使えなかったらしい。


「スコルがすごい勢いで走ってきたときはどうしようかと思ったよ……」

「もうダメかと思った~」


 クレアとプロミィは疲れた顔をしていた。こういうのは、追いかける側と比べて追いかけられる側は精神的にきついよね。


「悪いな、もう少し足止めできたらよかったんだけど、クレアたちが走って行ったら、急にスコルが目の色変えて追いかけ始めたんだよ。さすがに虚をつかれた」

「ん? それって……」


 クレアが何かを思いついたような顔になったとき、それは起きた。


「何だこれは!?」


 周囲に満ちた異様な魔力に俺だけではなく、クレアや妖精たちがざわめく。そして、そのざわめきの中、スコルを縛り付けていた鎖が音を立てて破壊された。それにより自由となったスコルは、きょとんとした表情をしている。


「何をしていますの! 撤退しますわよ!!」


 その声は今まで聞いたことのない声だ。そして、その方向を見た瞬間、ギョッとする。

 そこにいたのは、黒のいわゆるゴスロリ衣装を着た女の子だ。まるでお人形さんのようだ、なんて形容詞が似合う少女だ。長い金髪と金色の瞳、肌は病的に白く、壊れそうなほど細い身体をしていて、儚げな印象を受ける。だが、まるで血の色のような唇は微かに濡れていて、口元からのぞく小さなピンク色の舌が儚げな印象を扇情的なものに変えている。そして、何よりも特徴的なのは、背中に黒いコウモリのような羽が生えていることだ。そんな少女が、なぜか日傘をさしてその場に忽然と出現していた。

 ギョッとしたのは、その少女から信じられないほど強力な魔力を感じたからだ。なんでこの子の接近に気付かなかったんだ?

 ただ一つ直感的に分かったのは、この少女が危険な存在だということだ。


「……!」


 俺は反射的に、神珠の剣を鞭状にして少女に振るった。だが、あろうことか鞭は少女の身体をすり抜け、捕らえることができなかった。すり抜けた……いや、違うな、鞭が通り抜けた部分から黒いもやのようなものが見える。


「あら、驚かれましたか? 身体の一部を霧に変えただけですわ」


 少女は少女らしからぬ艶っぽい笑みを浮かべると、俺に向かって魔力の塊のようなものを投げつけてきた。俺は、その塊を、鞭から剣に形を変えた神珠の剣で切り払う。


「まあ、さすがにやりますわね。素晴らしいですわ。あの時間近で観察してみましたが、思っていた以上で何より」

「間近で……?」

「あら、お気づきになりませんか?」


 少女の金色の瞳が燃えるように輝く。

 ……! これは、あの時の……。


「黒い狼はお前だったのか!」

「はい、そうですわ♪」


 ……この少女は何者だ? 狼に変身できて、身体を霧にすることができるとなると、おそらくヴァンパイアか。しかし、モンスター娘ではない。魔力の質がまったく違う。


『ノーライフキングが妖精界に何の用ですか!?』


 ティターニアの声が響き渡った。その声には怒りが含まれている。

 ノーライフキングときたか。不死者の王と呼ばれる強力なモンスターで、吸血鬼の上位種というのが一般的だ。


「ノーライフクイーンと呼んでいただきたいですわ」


 その少女は髪をかきあげると、魔力の波動を大きく周囲に放つ。それだけで、妖精の一部が昏倒するほどだ。


『魔族をこの地に招いた覚えはありません。早々に立ち去りなさい!』

「私がいるべき場所は私が決めますわ。妖精ごときに指図されるいわれはまったくもってありませんわね」


 その少女、ノーライフクイーンは日傘をくるくる回しながら、口元を手で隠しておかしそうに笑う。

 だが、その笑いはいつまでも続かなかった。

 笑いながらその身体からだんだんと白い煙が出てくる。余裕を見せていた彼女のこめかみに冷や汗のようなものがつたっている。


「ほぅれ、ほぅれ」


 プレゴーンが太陽をひょいと持ち上げて近づいてきたのだ。あ、日傘をさしていたから何となく予想はついていたけど、太陽はダメなのね。


「うふふふふ、馬の分際でいい度胸ですわね……」

「すごんでも、太陽が弱点の魔族は怖くないよ……くすくすくす」

「じゃ、弱点じゃありませんわ! ただ、ほんの少し、太陽があると煙が出るぐらいですわ! 短時間で灰になるヴァンパイアと比べたら、太陽なんて弱点とは言えませんわ」


 ふふんとまた髪をかきあげるが、その動作で日傘がずれて、太陽の光がさっきよりも多く差し込んできて煙が多くなる。


「あわわわ……!」


 慌てた様子でその場にしゃがみこみ、日傘の影にすっぽりと全身を入れるノーライフクイーン。


「これで完璧ですわ!」


 プレゴーンは無言で後ろに回り込むと、当然日傘と反対側から光が差し込む。さらに煙が出ているな。まるで蚊取り線香のようだ。


「ひ、卑怯な! おのれ、覚えていなさい!」


 ノーライフクイーンは上空で手持ち無沙汰にしていたスコルの元へ一瞬で移動すると、スコルに何かを囁く。


「分かった、逃げるんだね!」

「戦略的撤退ですわ!」


 いかん、ここで逃すわけにはいかない。


「プレゴーン!」

「おうさー」


 そろそろ決着をつけようか。

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