061 スコル襲来
面通しが終わったので、あとはスコル対策を考えるだけだ。
スコルはかなり強力なモンスターだ。今日スコル相手に戦っていたスプライトとフェイという妖精はどちらも妖精の中では戦いに長けているようだが、攻撃がまるで通じていなかった。これがゲームなら、スコルがレベル60あたりで、スプライトやフェイはレベル30といったところだろうか。
唯一対抗できるティターニアは、妖精界の各所で起きている異常現象を止めるために魔力を消費しているためそれどころではない。
そこで、俺に期待がかかっているようだが、果たして何ができるだろうか。
「スコルが太陽を咥えて撤退するとき、後をつけようと考えなかったのか?」
潜伏場所を割り出して強襲するのが一番手っ取り早い。だが、妖精側もそれは当然考えて何度も追いかけたそうだが、突如として姿を消すらしい。その瞬間は何らかの魔法が発動しているようだが、ティターニアでも分からないようだ。
話を聞くと、ただスコルを追いかけていたら、そのまま姿が唐突に消えて見失ったということだから、試せることはあるな。
まあ、撤退する前にスコルを捕まえることができればそれに越したことはない。そのために、俺はティターニアからいくつか魔法についてのレクチャーを受けた。今の俺に適した魔法、というよりも魔力を使うテクニックのようなものを分かりやすく教えてくれたので非常に助かった。
ただ、問題になるのは空を駆けるスコルに対して俺が無力なことだ。プレゴーンに乗って戦うことを考えはしたが、馬上戦闘など素人が一朝一夕で身につけられるものではない。一応プレゴーンの許しを得て鞍をつけてみたが……。
「やれやれ……、リューイチに馬上戦闘の才能はないね。矢がまっすぐ飛ばないし……ぷー、くすくす」
俺の矢は的からだいぶ離れた地面にからんと転がり、プレゴーンたち人馬ソラウスの矢はどれも的の中央を射抜いていた。
あれ? プレゴーンたちに任せればよくね?
いや、しっかり命中させることができても、そもそも矢を軽々と弾いていたからスコルには無意味だよな。また、馬といえばランスによる突撃だが、そもそもランス自体が妖精界には存在しなかったし、それっぽいのを用意してもノウハウを知る者が誰もいないから使い物にはならないだろう。
というわけで、空中で戦う案は廃棄だ。こちらが戦いやすい場所に戦場を移すのは基本中の基本だよね。それについてはすでに考えがある。懸念していたこともすでにクリアしている。
あとはスコルが出現するのを待つだけだ。
俺は翌日から太陽の馬車に同乗することになった。ジーンは当然御者、俺はプレゴーンに、クレアはピュロエイスに、ついでにプロミィはクレアの肩に騎乗する。クレアについては本人のたっての希望だ。いくつか考えたスコル対策で幻覚魔法を利用するものもあるので、その場合は魔法の得意な妖精フェイの部隊に編入されることになる。
「リューイチの旦那、あんたが今回の作戦の要だろ。強そうに見えないけど大丈夫なのかねえ」
四人のソラウスのうち一番がさつで竹を割ったような性格のアイトーンが遠慮無くきいてくる。まあ、その心配はもっともだ。俺はティターニアに即席の魔力運用術を習っていたから、実際に力を見せる機会はなかった。せいぜい、情けない弓の腕を披露しただけだ。
「何とかするさ。それなりに勝算はある」
タイマンでの勝利ではなく、捕縛さえできればいい。それならばやりようはいくらでもある。俺は腰の神珠の剣を確認すると、アイトーンに向けてそれを軽く叩いた。アイトーンは、「ま、無理はするなよ」と肩をすくめる。
「アイトーンはこう見えて心配性だからね。あなたのことが心配なのよ」
そう言うのは四人の中で一番ツンとしているエオオスだ。それでいて、世話焼きだったりするらしい。
「そ、そんなことないぞ! あたいはただ戦士としてリューイチがしっかりやれるのか心配しただけで!」
「やっぱり心配しているんじゃない」
「だーかーらー!」
初日はこんな感じで雑談ばかりしていた感じだ。これまでの経験則で、連日襲ってくる可能性は極めて低いということがあったため、少しでも皆と打ち解けて連携が取りやすいように俺から話を振ることが多かったせいだな。
個人的に一番気になったのは、馬車が謎の技術か魔法力で浮遊していたことだ。まあ、そうでないと、空飛ぶ人馬が引っ張ったところで地面と平行にならないか。いや、ものすごいスピードで引っ張れば平行になるかな? 子供のときに、サンタのそりで同じような疑問を持ったっけ。
だが、二日目からは雑談を楽しむ余裕はない。スコルの再襲撃は三日目であることがほとんどのようだが、二日目に襲撃があったこともあると聞いたので気を抜くわけにはいかない。
すでにこちらは気構えは十分だ。いつスコルが来ても慌てることなく迎撃体制をとることはわけないだろう。
『皆さん、スコルが出現しました』
その時、ティターニアの遠距離会話が響いた。スコルが俺たちから少し離れた場所で突如出現したのを感知したらしい。
今回は大掛かりな作戦ということもあってか皆がピリピリしていた中、今日は大丈夫だろうという根拠の無い雰囲気があっさり破られたことに動揺が走っているように感じられる。これが「浮き足立っている」という状況なのか、と肌で感じられるほどだ。あれ、意外にもろいぞ。
……まずいな。こういう時はショック療法が必要か。
パァァァァン……!
俺は大きく柏手を一回打った。ただし、そこに魔力を強く込めて。それによって俺の魔力の波動が周囲に波紋のように一瞬で広がる。
妖精たちは、皆こちらを振り返った。皆、一様に驚いている。たぶん、魔力の質が人間やモンスターのそれと違うからだろうな。大きな魔力を一度に使うと、そういう差が分かりやすくなるらしい。
「皆、作戦開始だ!」
俺が叫ぶと、一呼吸置いて妖精たちは「おおー!」と手をあげて応えてくれた。よし、大丈夫だな、これで。
「ジーン、お願いします!」
「は、はい!」
俺たちは高度を急速に落とし、地面のすぐ上を走っていた。
このために、草原や平原の上を選んで馬車を走らせていた。それは、地面ぎりぎりまで近づいて馬車を走らせることができるからだ。太陽が神話のように強い熱を放つ火の玉だったらこの作戦は使えなかったが、安全設計の太陽で助かった。
「来ました!」
妖精の一人が叫んだのが聞こえる。スコルがこちらに向かって走ってきているのが視認できたのだ。
今ならはっきりとスコルの姿が見える。人間でいうと十代半ば、いや、前半か。ビキニ、ニーソックス、ひじまでの手袋は全部毛皮だ。そして、狼の尻尾と耳が生えている。肌は意外にも白い。髪の毛は黒で、肩甲骨ぐらいまでの長さだ。目は大きいがややつり目で眼光が鋭く、その口からは長い犬歯がのぞいている。
そんな狼少女が、こちらに向かって一直線に走ってきている。ソラウスと同じく空中を直接駆けている。獣のように両手両足を使って信じられない速度だ。
ここからが俺の仕事。予定ではもう少しスコルとの距離に余裕があるはずだったから地面に一度降りるはずだったが、そうもいかなくなってきた。この速度で地面に降りると大惨事だ。
「プレゴーン、いくぞ」
「……よしこい」
馬車からプレゴーンを切り離し、プレゴーンにスコルとの距離を詰めることを頼みながら、俺は神珠の剣を抜く。
ティターニアのオリヴィアから学んだ魔力操作。それにより、俺はこの武器の力をより引き出せるようになった。俺が魔力を込めると、即座に剣から鞭へと姿を変える。
「わたし、痛いのは……ちょっといけるかも?」
「そうじゃないから」
軽口を叩きつつ、プレゴーンはスコルへと肉薄し、平行に走り始めた。プレゴーンはかなり全速力のようだが、まだスコルには余裕があるように見える。現に、スコルは俺たちを横目で一瞥しただけで、その目は馬車にのせられている太陽に向いている。
「スコル! 話を聞いてくれ!」
まずは交渉だ。とにかく、スコルの事情を聞きたい。
だが、スコルはまたこちらを一瞥しただけであまり興味を持っていない様子。とにかく、目の前を走る馬車と太陽に目が釘付けになっている感じだ。
くそ、なら仕方ない。
「そっちがその気なら実力行使だ!」
俺は鞭を振るう。それと同時に、鞭の部分を長くして、スコルを巻き付けるのが目的だ。目論見通り、鞭は伸びてスコルに襲いかかる。
バシッ……!
「な……!?」
しかし、スコルは左手で鞭を受け止めていた。こっちにも注意を払っていたか、案外抜け目ないんだな。
まあ、それも想定内。俺は一度鞭を強く引き寄せる。
次の瞬間、俺は地面へと飛び降りた。プレゴーンが焦って何かを叫んだが、俺は無視して鞭を離さないようにすることに神経を集中させた。あのまま粘ったら、たぶんプレゴーンの負担が大きすぎる。俺が力を込めると、プレゴーンの馬体を挟んでいる俺の足にも力が入るから、プレゴーンの骨が折れかねない。
「どっせい!」
俺は地面を足で蹴りつけながら、地面の中に足を突き刺すようにする。言ってみれば杭や錨のようなものだ。さらに、そのまま鞭を強く引き寄せる。体がえらい方向にのけぞりながら、まだ走りをやめないスコルに引きずられて地面に突き刺している足がそのまま地面をえぐっていくが、俺はもう片方の足を地面に向かって勢いよく突き刺して、釣りのように鞭を後ろへとしならせる。
「うわわわわ!?」
初めて聞く声がした。
ちょっと甲高い声。それが、あのスコルの声のようだ。
そして、スコルは地面へと叩きつけられていた。
「きゃんっ!?」
これはまた可愛らしい悲鳴。だが、まだ鞭を手放していない。ただ、俺を引っ張る力はなくなったので、この隙に俺は地面から抜け出し……抜け出して……抜け出せない!
あれだ、まるで地面に埋まっている野菜のような状況だ。これは想定外。
いや、マジでどうしよう。
「……収穫ー」
プレゴーンが俺を引っ張りあげてくれた。結構しっかりと突き刺さっていただろうに、かなり力があるんだな。
「もう、無茶して……」
ピュロエイスに乗ったクレアも駆けつける。なお、残り二人のソラウスは、ジーンと共に太陽を遠くへと避難させている。そして、俺たちの頭上をスプライトとフェイたちが囲む。もっとも、スコルならすぐ突破するだろう。だが、俺が地上戦に持ち込むのが作戦の骨子だ。
「あいたたた……」
スコルは右手で尻をさすりながら立ち上がった。そして、鞭を持っている俺を見る。その目には怒り……はないな。なんだろう、笑っている? というより、目がキラキラとしているような。
「よし! 引っ張りっこだな!」
なんかそんなことを言って鞭を引っ張り始めた。俺は慌てて引っ張り返す。やばい、なんて馬鹿力だ。てか、一体何のつもりなんだ?
突然の展開だ。一体どうすりゃいいんだよ。




