060 炎の馬
「それでは、まずこちらに来て下さい」
ジーンに案内された場所は城の地下にある一室だ。SFの研究室に出てきそうな大きなガラス製、いや、ガラスとは限らないが透明な容器が目につく。俺の背よりも高いから二メートルちょっとぐらいありそうだ。
そして、その容器の中に白く輝いて燃えている球体がある。
「これが太陽です」
え?
何かさらっととんでもないことを言っているな。
「いやいや、これが本当に太陽ならこの地下室、いや、地下室だけじゃなくて地上が高温で燃えて悲惨なことになりますよね。……あ、その容器が特別ということでしょうか」
「いえ、違います。太陽そのものが高温で燃えていたら、様々な事故の元になりますよね」
ギリシア神話だと、太陽の馬車が暴走したせいで地上が燃える大惨事になっていたっけ。
「我々が創る太陽は、自身のエネルギーをただ放射するものではなく、指定の空間にはたらきかけて光と熱を与えるものです。それによって、熱はほぼ均等に行き渡ります。太陽本体が熱を大量に発する必要はありません」
「それは便利ですね」
実はよく分からないのだが、なんとなくどんなものかぐらいは分かった。
「こうした閉じた空間では必須の技術です。そうしないと、太陽のせいで焼け野原になりかねませんから。もちろん、光は太陽とほぼ同じ性質のものですよ。そうしないと植物が育ちませんからね」
なるほど。最初にこの世界で馬車に乗せられている太陽を見た時、馬車や御者を視認できることで地上との距離を測りかねた。太陽が近くにあったら地上が大変なことになるからだ。しかし、これで納得できた。
「今、この妖精界に合うように太陽の魔力を調整しています。明日の夜明けには間に合いそうですね」
スコルは連日して出たことはないようなので明日は大丈夫だろうが、明日から行動を開始することは必要だな。
「馬車に太陽を乗せていたということは、太陽と至近距離でも火傷を負ったりはしないということですか?」
「はい。素手で持つこともできますよ」
素手で持つことができる太陽ってのはなんかアレだな。
ん? なんか疑問が出てきた。
「スコルって狼、太陽の何を目的で食べているんでしょうかね。太陽を食べるというから、てっきり火の玉を食べるのが好きなものと思いましたが、ここの太陽は火の玉ってわけじゃないですよね」
「太陽が持つ魔力は大きいですし、食べたことで太陽を構成している魔力がバラバラになると、かなりの熱を発すると思われます。おそらく、食べてしばらくするとお腹の中が熱くなるのではないでしょうか。試してみます?」
「遠慮します!」
もし、スコルが食べかけの太陽を放置したらどうなるんだろうとどうでもいいことを考えてしまった。いや、結構深刻な問題になりそうな気がするが、何事も起こっていないのだから考えるだけ無駄か。
「一つ確認したいのですが、極端な話、その太陽が地面に落ちたとしても、地上に大きな被害が出るというようなことはないわけですね」
「はい、実は私、何回か落としたことありますけど全然大丈夫でしたよ」
両手をグッと握りしめる仕草で力強く答えるジーン。知りたい情報ではあったけど、なんというか、本当に大丈夫なのだろうか、この人。
それから次に案内されたのは客室で、太陽を乗せる馬車をひいていた四人のケンタウロスっぽいモンスター娘がそこにいた。
「私はピュロエイス。火に満ちた馬です」
「あたしはエオオス。東の曙の馬よ」
「あたいはアイトーン! 燃え盛る馬だ!」
「わたし……プレゴーン。炎光を発する馬……かもね」
四者四様の自己紹介をされた。
外見だけだとケンタウロスとあまり変わらないが、全員赤毛と真紅の瞳をしていて、髪は微かに燃えていて火花を放っている。ソラウスという特殊な人馬で、ソールと常に一緒にいるらしい。最大の特徴は、天馬のように空を飛ぶことができることで、天馬が翼で空を飛ぶのに対して、ソラウスは蹄で空を駆ける。
俺とクレアが目をキラキラさせているのに気づいたのか、ジーンが遠慮がちに俺たちに声をかけてきた。
「あの、この子たちはプライドが高いから、背中に人を乗せることはないと思いますよ」
「えー……」
クレアがガクっと肩を下ろすと、見かねかねたのか四人の中のリーダー格と思われるピュロエイスがクレアに声をかけた。
「あの、女の方なら、少しならいいですよ」
「本当に!?」
一転して笑顔になるクレア。分かりやすくていいな。
「そっちの男……わたしに……乗る?」
俺は別に構わなかったが、プレゴーンが話しかけてきた。せっかくの好意だから乗ってみることにしよう。
「おお……!」
ここは妖精界という閉じた世界なので本物の大空ではなく、しかも今は夜だから絶景というわけにはいかなかったが、肌に感じる風の強さと、耳に吹き抜ける風の音は心地よかった。
さすがに鞍をつけるのは失礼なので、鞍なしの騎乗だ。正直乗り心地はよくないが、それは贅沢な悩みだろう。暗闇の中でもプレゴーンの髪が炎のように赤く光っているので、体にしっかり腕を回せば落ちる心配はないのはいいな。
「……わたしだけ、胸がないと……思っているな、このスケベ」
プレゴーンがスピードを上げたとき体のバランスが崩れたので、思わずプレゴーンに回す腕の力を強めたら、ぼそっとそんなことを言われてしまった。
そう言えば、プレゴーン以外の三人は胸が大きかったな。それに対して、プレゴーンは小さいというかなだらかというか。
「いや、そんなことまったく思ってないけど」
「……本当?」
疑わしげなジト目で俺を見てくる。なんか眠そうな表情をしているから、ジト目が妙に似合うな。
「男は……胸の大きな女が好き……じゃないの?」
「人によるさ。……ここだけの話、俺はプレゴーンみたいな膨らみかけといった感じの大きさは好きだ、いや、大好きだ」
大きな胸も大好きだが、嘘は言ってない。おっぱいに貴賎はないのだよ。
「……なんてこった。わたしはとんだ変態を背中に乗せている……。きゃー……、犯されるー」
「人聞きの悪いことを言わないで!?」
まあ、大声で叫んでいるわけではないのでからかっている感じだが。
「ねえ……本当に……わたしみたいな胸でも……いいの?」
「変態って言わない?」
「うん……言わないから……」
「さっきも言ったけど、俺はプレゴーンの胸の大きさは大好きだぞ!」
我ながら女性に堂々とこんなことを言うのは変態というかセクハラだと思うけどね。
って、熱っ!
俺でも若干熱さを感じるとは何事かと思ったら、プレゴーンの髪が完全に燃えていた。まるでキャンプファイヤーの炎だ。
「リューイチ……だっけ?」
「あ、ああ、とりあえずその炎を抑えてくれると助かるんだけど……」
「わたしの胸……そんなに好きなら……その……好きにして……いいよ?」
「なぜ、そうなる」
いや、ちょろすぎるだろ。俺にまったくその気がないだけに戸惑ってしまう。
この世界のモンスター娘って、なんか生き急いでいる、いや、性について奔放というか大らかだから、まだ地球での常識が抜けない俺にはドキッとする発言が多くて困る。いや、困らないんだけど、なんていうか困る。うまく言えないが。
「わたしが……許す」
なんか、親指を立ててやり遂げたような顔をしている。独特な性格だよな、この子は。
これで何もしないにも気まずいが、何かしたら余計に気まずいという。こういうベストの選択肢がない状況の場合は、玉虫色の選択を取るのがベターだろう。
俺はプレゴーンに回す腕を腰のあたりから胸の下あたりにまで上げる。胸の下の部分と俺の腕の肌同士が触れ、かすかに胸が持ち上がる。うん、持ち上がるほどあるの? と言ってはいけない。
「あ……」
また微妙に熱くなった。夜にこのキャンプハイヤーは目立つな。向こうで、ピュロエイスに乗っているクレアが心配そうな目で俺を見ている。
「……やっぱり変態だったか。でも……わたしは心が広いから……変態なリューイチでも……」
なんかもうグダグダになってきたので、地上に降りることにした。空を駆ける楽しさは味わえたし、今度は太陽があるときに乗ってみたいな。
ソラウスという種族名はオリジナルです、念のため