006 ドント・タッチ・ミー
スライムたち全員を進化させた頃には、あたりはだいぶ暗くなっていた。いや、森の中だからほぼ闇の中と言っても過言ではない。
ちなみに、今の俺の目は暗視もできるようで、光のない暗闇でもナイトビジョンのように姿かたちをはっきりと認識できる。
よくゲームや映画であるように緑色で見えるわけではなく、白黒だ。
そういえば、スライムたちは夜目が利くのだろうか。
「なあ、ニュンたちは暗闇の中、ものを見ることができるのか?」
「ほとんど見えないよ」
「じゃあ、夜中はどうしてるんだ?」
「ソニアが明かりをつけてくれるの」
ソニアって誰だ? と思った矢先に、洞窟の一つ一つからぼんやりとした光がもれてきた。まるで、洞窟の中に街灯があるかのようだ。
「これは……」
「ソニアの魔法だよ」
魔法……!
そういえば、ハイ・スライムという聞き慣れないスライムが一人いるって話だったな。ハイとつくからには単純に考えればスライムの上位種。魔法も使えるってことか。
「なるほど。それにしても、これは便利だ」
「ねえねえ、リューイチはこれからどうするの?」
あ、そうだよ、どうするんだ俺。
食事や睡眠がなくても何とかなるから、休めるところを見つけるまで夜中だろうがずっと歩き続けようとは思っていたんだ。
だけど、よく考えたら、食事と睡眠なしにどのぐらいの時間活動し続けられるか試していなかった。
行き当たりばったりだな、こりゃ。
「実は何も考えていなかった。どうしよう……」
とりあえず崖の上まで登って、目指す方向を確認してみるかな。
そのとき、一番高い所にある一番入口が大きな洞窟から透明な赤色をしたスライムが現れた。ニュンたちよりも大きく、人間で言えば十六、七歳ぐらいに見える。長い髪をポニーテールにしているのが印象的だ。
「あ! ソニア!」
ニュンがひまわりのような笑顔を浮かべてそのスライムに手を振る。
なるほど、あれがおそらくハイ・スライム……。
「リューイチさん、お話をしたいことがあります。申し訳ありませんが、こちらに来ていただけないでしょうか」
ニュンに微笑みかけながら、ソニアは意外によく通る声で俺に話しかけた。
その話し方だけでもニュンたちより知性があることが分かる。魔法を使うわけであるし当然と言えば当然か。
なら、この世界のことをよく知っているかもしれない。
「分かりました。すぐに伺います」
洞窟と表現をしていたが、中に入ってみたら、洞穴という表現の方がふさわしい程度のこぢんまりとしたものだった。
ゲームのクセで、ぽっかりと開いた穴を見ると、どうしても洞窟と言いたくなるんだよね。
全体的に殺風景だが、椅子の役目を持つと思われる切り株がいくつか置かれていたり、寝床らしき場所に草が敷き詰められていたりする。
「遠慮なさらずに、ここに座って下さい」
「は、はい……」
ここで困ったことに気づいた。
ニュンたちは外見がまだ子供だからそんなに気にならなかったが、目の前にいるソニアは高校生ぐらいの姿で、さらに美人で胸が大きいというオプションがついているので、正直半透明とはいえ裸なのが目の毒だ。
とはいえ、目を逸らしたままなのも失礼なので、なるべく顔以外を見ないように努力する。
いや、ものすごく率直に言えば嬉しくもあるんだけど、さすがに、ねえ。
とりあえず、ソニアさんと呼ぶことにしよう。
「私が、ここのスライムたちのリーダー、ハイ・スライムのソニアです」
「雨宮隆一です」
人間とは名乗らない。準神なんて信じてもらえるとは思えない。まあ、向こうは人間と思っているようだから特に問題はないだろう。
「挨拶が遅れてしまい、申し訳ありません。実を申しますと、スライムたちに不思議な魔法をかけていたのは見ておりました。彼女たちの様子からあなたが危険ではないと判断していましたが、彼女たちを守ることが私の役目なので」
「はい、分かります」
「それにしても、不思議な魔法を使われますね。私は人間をある程度知っていますが、あなたのような強大な魔力を有している方は初めてです」
あー、やっぱそうだよな。どう答えるか迷うところだが、こちらから必要以上に多くを話さないようにすれば大丈夫だろう。
「俺はちょっと特殊でして」
うん、間違ってはいない。
その後、ちょっとした雑談をする。主にニュンたちについてであり、それなら俺も的外れな発言をしたりしないだろう。
そして、最初のかたい雰囲気がなくなってから俺は切り出す。
「ところで、不勉強で申し訳ありませんが、ハイ・スライムとはどういったスライムなのでしょうか」
この世界での認知度がどのぐらいか分からないので失礼になりかねない質問だけど、どうしても好奇心を抑えられない。
ハイ・スライムってどういうのだろ。
「ご存じないのも無理はありません。ハイ・スライムというのは、言ってみれば称号のようなものです。ハイ・スライムという種族がいるわけではありません」
「つまり、普通のスライムというわけですか?」
俺の言葉にソニアさんは頷いた。
「私たちスライムは様々な種族がいますが、殖え方が共通しています。個体が分裂して殖える方法、そして、人間の男性との間に子供を産む方法ですね」
つまり、えっと、あれか、無性生殖と有性生殖ってやつか。
「分裂する場合は基本的にほぼ同じ性質を持つ個体になります」
遺伝情報が同じだから普通そうなるわな。まあ、モンスターに「普通」がどこまで当てはまるかは分からないけど。
「それに対して、人間の男性との間にできた子供は、やはり母となったスライムとほぼ同じ性質を持ちますが、ごく稀に強い力を持った個体が産まれ、そういった個体がハイと呼ばれます。ただし、その力は子供には受け継がれません」
なるほど、ハイ・スライムは一代限りの特殊な存在というわけか。
それにしても、随分と話好きなスライムだな。
「私の方から質問してもよろしいでしょうか」
「はい、もちろん」
……まずいなあ。
質問されても、そもそも俺自身分からないことだらけなんだが。
「リューイチさんの魔法は、生物に新しい能力を与えるものということでよろしいすか?」
「基本的にそう思っていただいて結構です。ただし、与えることができる能力にも限界があります。こればかりは実際に試さないと分からないので、さっきも色々試行錯誤していました」
「その能力は一時的なものですか? それとも恒久的なものですか?」
それはこっちも知りたい。それにしても、話の内容とかスライムとは思えない。これが最高にハイってやつか。
……今のは無理があったな。
「俺の魔法は生物を進化させるものです。進化というのは、簡単に言えば、より生存に適した能力を得ることです。ですから、一時的では意味がありません」
そう、俺が神から与えられた力が進化ならば、一時的なもののわけがない。
困っているモンスターたちを助け、導いてほしいと言われた以上、急場しのぎの力ではないはず。
「分かりました。それなら、リューイチさんにお願いしたいことがあります」
まあ、そういう話になる可能性は最初から考えていた。
最初から切り出さなかったのは、ソニアさんが慎重だからだろうな。
「俺にできることならば」
「実は、バブルスライムの子たちについてなんです」
……! 今日まだ姿を見ていないバブルスライムか。確か二人いるんだっけ。
「バブルスライムというのは?」
想像はつくけれども一応確認しておく必要がある。
「毒を有するスライムです。毒が体全体にあるため、触れた相手は毒におかされることになります。バブルスライム同士なら毒は効かないのですが……」
「その言い方だと、他のスライムたちには毒が効いてしまうんですね」
「はい……」
うわあ……、それは大変そうだ。
「私は毒を消す魔法を使えるので大事に至ったことはありませんし、バブルスライムの毒自体致命的なものではないのですが、スライムたちはおバカ、いえ、衝動的に行動することが多くて、勢いあまって抱きつくとか日常茶飯事なんです」
今この人、おバカって言ったよな、間違いなく。
まあ、ニュンたちを見たら、うーん、その気持ちは分かる。
「バブルスライムたちは、お友達を傷つけたくないと、ここ最近は自分の洞穴に引きこもりがちなんです」
「……俺に、バブルスライムの毒を何とかしろってことですか?」
「察しが早くて助かります」
なるほど。今軽く話を聞いただけの俺でもバブルスライムに同情してしまう。仲間でリーダーのハイ・スライムならなおのことそうだろう。
しかし、毒かあ。
これはどうすればいいかな。結構な難題かもしれない。
スライムって、あんまり服を着ているイメージがないですよね。
服自体スライムの一部というのは見かけますが。
人間型のモンスターと服というのは、服をどこまで作ることができるか、
文化レベルや裁縫技術そのものを考え出すと、結構難しいです。