058 リューイチVS黒犬
「そうれす! ボクが! ブラックドッグれぇす!!」
……なんでまたこんなにテンションが高いんだ。ろれつが回っていないし、酔っているのかなあ。
「そんなお兄ちゃんに、びっくりどっきりプレゼントォ!」
そして、大きく息を吸い込むブラックドッグ。
……これは、やばい雰囲気がする。こういう予備動作は、ブレスってのがお約束だよな。ならば、俺は漫画で得た対処法を試してみよう。
ゴオッ!
ロケットが点火したときのような音を響かせ、ブラックドッグの口から赤い炎が俺に向かってくる。何が来るか見当がついていて、距離も離れているから避けようと思えば簡単に避けられる。たぶん、今の身体能力がない地球にいた頃の俺でも避けられると思う。
だが、俺はここであれを試す。両手で円を描き、あらゆる攻撃を防御する鉄壁の空手防御技!
「回し受け!!」
まあ、見よう見真似でやったところで意味がないとは薄々分かっていた。でも、あれだ。色々無茶なことができる力があると、「できるんじゃね?」と思ってしまうことがあってさ。
「ぬおおおおお!?」
炎に巻かれて地面をゴロゴロ転がる俺。クレアが慌てて飛び出してきて羽織っていたローブで俺を叩いて火を消そうとする。そのおかげもあってか、火はすぐに消えた。俺自身は火傷を負っていない。多少の熱さを感じたぐらいだ。ここまでくると、自分の体がの頑丈さが少し怖くもある。
「まさか避けないとは思わなかったにょら。お兄ちゃん、身軽だし避けると思ったんだけどー!! ……ごめぇんねぇ」
ダメだ、このブラックドッグ。声がいきなり大きくなったり小さくなったり、やはり酔っているのか?
「リューイチ、この子、何か変だよ」
「変なのは言われなくても分かる」
「いや、そうじゃなくて、変な魔力を感じる」
変な魔力?
……集中してブラックドッグの魔力を探ってみると、おそらくこの子自身のものと思われる魔力をまずは感じる。思えば、魔力をこうやって探るのが我ながらうまくなったもんだ。モンスター娘たちは、ほとんどの場合魔力を宿しているので、モンスター娘を相手にすることを考えるとそういった能力の訓練はした方がいいだろうと思って毎日頑張ったかいがあった。
ブラックドッグが放っている魔力はそれなりの量だと思う。魔力=モンスターの強さではないが、妖精のように魔法を得意とする種族の場合は、魔力の強さがモンスターとしての強さを大きく決定づけるものだろう。さすが、妖精としては有名な黒犬だ。
「そんな情熱的な目で見られると照れるにょにょにょ……」
なんか言ってるけどとりあえず無視だ。
……? ブラックドッグの黒い魔力の一部に、何かもっと黒い魔力が絡まっているような感じがする。なんだこれ? なんていうか、異質だ。モンスター娘たちの魔力は力の強弱や本人の性格、性質などによって色々変化はあるが、根底の部分で共通のものを感じた。だが、これは違う。
人間の魔力か? 人間とモンスター娘の魔力は、根底の部分で違うものを感じるんだよね。魔力を探れば、相手が人間かモンスター娘か分かる。いや、外見で分かるだろというツッコミはなしの方向で。
俺にはモンスター娘を感知する能力があるが、それはおそらくモンスター娘特有の魔力を感じることができるからだろう。だからこそ、魔力をこうやって探ることが短い期間で上達したのかもしれない。
いかん、考え事がどんどん逸れている。
このブラックドッグに絡まっている魔力……モンスター娘の魔力とは違う。そして、人間のものとも違う。
正体は分からないが、このブラックドッグの様子がおかしいのはもしかしたらこれが悪さをしているのか?
「もーう、そんな、黙り込んでつまらなーい! ボクをかーまーえー!」
そして、再び体を少し沈めるブラックドッグ。こっちにまた突っ込んでくる気だな。よし、ちょうどいい。
俺も体を沈めてブラックドッグを待ち構える。ブラックドッグは驚いたような表情をしたが、にやっと笑うと勢いよく突っ込んできた。猪みたいだよな。
っと、集中集中。腰を落として重心を低く、右足を後ろにして倒れないようにして……。
「ふん!」
そのままブラックドッグを受け止める。腹にドスンという衝撃があり、足で踏ん張りながらもそのまま勢いに押される形で後ろに滑るように後退したが、すぐ持ちこたえることができた。
「むにゃー!」
俺に抱きかかえられるような形でバタバタと暴れるブラックドッグ。俺はそんなブラックドッグを押さえ込みながら集中する。
ん、分かった。尻尾の根元辺りにリングのような形をした魔力があるな。尻尾を縛っているような感じだ。これを何とかすればいいか。
というわけで、俺はブラックドッグの尻尾の根本をギュっとつかむ。その瞬間、尻尾の毛が逆だって、尻尾がぴーんと一直線に跳ねる。
「にゅわっ!? こら! お兄ちゃん、そこはダメ! えっち!」
「人聞きの悪いことを言わないでくれ! 少し我慢しろ! って、噛むな!」
「がう!」
押さえ込んでいる腕を噛まれる。犬だけに犬歯が結構長めのようだ。
「んにゃ? かーたーいー! あむあむ……」
なんか夢中になって噛み始めているな。あれだ、まるで骨ガムを噛んでいる子犬のようだ。おとなしくなるならこれでいいか、痛いわけじゃないし。
俺は尻尾のあたりにある明らかに異質な魔力を掴んでいた。なんかそれだけでチリチリするな。俺はそこに魔力を流し込むイメージを浮かべる。まだ、魔力を注ぐという行為は即座にできない。もっと自由にできるようになれば、俺の持っている魔力の量からして相当な武器になるとかクレアが言ってたっけ。
「これでどうだ!」
「にょわわわ!?」
一気に魔力を流し込むと、ブラックドッグはビクッと体を震わせ、そのままヘナヘナと地面に崩れ落ちた。確認をすると、あの妙な魔力は跡形もなく消えている。……微かな痛みを感じてその魔力を掴んでいた手を見ると、軽く火傷をしたかのように赤く腫れている。だが、その腫れもしばらくすると治ったから気にしないことにする。
とりあえず、これでブラックドッグは落ち着くだろうか。クレアに介抱を頼み、俺は今の魔力が何だったのか考えこむのであった。
「いやあ、迷惑かけちゃったようで、ごめんねー」
意識を取り戻したブラックドッグはリンと名乗り、先ほどとは打って変わって落ち着いた様子で俺たちに謝罪した。赤く燐光を放っているかのように輝いていた瞳は、今は普通の赤色の瞳だ。興奮すると光るらしい。
「どうしてあんな状態になったか覚えてるか?」
「うーん、あんまり覚えてないんだよね」
リンは腕組みをして「うーん」と唸りながら思い出そうとしているようだ。
「今日は例の狼が出て夜になったからさ、私は外を散歩していたんだよね。ほら、私って夜行性だし。そうしたら、えーと、何かに会ったんだ」
「何かって?」
「思い出せない……。でも、そう、金色! 金色の瞳をしていたよ。それを見たらなんか意識がすーっと飛んで、気づいたらここで倒れてたというか」
金色の瞳……間違いない、さっき出くわした黒い狼だ。思い返せば、リンの尻尾に絡みついていた魔力は、あの黒い狼から放たれていたものと同じだったと思う。あの時はあの狼から放たれる魔力に圧倒されて気付かなかったが、たぶんそうだ。あの時本能的に危険を感じた理由の一つは、モンスター娘の魔力とも人間の魔力とも異なる魔力を感じたせいでもあったのかもしれない。
黒い狼は俺たちの先へと進んでいったが、その途中でリンを見つけてリンをおかしくしたのだろう。でも、何のために?
「なあ、金色の瞳の黒い狼……そんな姿をとる妖精に心当たりはあるか?」
リンは首を横に振った。念のためプロミィにも聞いてみたが、返ってきた答えは同じだった。
そいつの正体が気になるが、今は考えても仕方ない。
「……今は城を目指そう。ティターニアに会って話をしたい」
クレアは頷き、プロミィは俺の肩に座る。
「そうだ、リン。城への道は知っているか?」
「迷惑をかけたみたいだし、場所は知っているから案内するよ」
それは助かると言おうとしたとき、その声は響いた。
『その必要はありません』
この静かな声は……ティターニア?
そう思ったか思わないかのうちに、周囲の景色が歪んだと思ったら、リンも含めた俺たち四人は、見たことない場所にいた。
木の床と壁、いや、木そのものもあるな、花などの植物もたくさんある。そんな部屋……いや、部屋というには広い。それに、武装をした……おそらく妖精が何人もいる。
「ようこそ、妖精界へ、ウィルオーウィスプ、人間、そして神の力を宿し者よ」
おそらくティターニアと思われる声がする。空間に響く声ではなく、近くから発せられた声だ。場所の雰囲気的に、どうやらここは城、それも謁見の間のような場所であろうことが分かる。
となると、玉座があって……って、玉座っぽいのがない。
いや、ある。ただし、想像していたものと大きさがまるで違う。小さい。俺の手のひらに乗りそうなほど小さい。であるから、当然その玉座の主も小さい。
その小さな玉座は空中に浮かんでいた。そして、その玉座に腰掛けていたのは、蝶のような羽を持つ小さな妖精だ。
「私がこの妖精界を治めるティターニア、オリヴィアです。見ての通り、フェアリーです」
そう言って、オリヴィアは微笑んだ。




