053 ノエルの館
「人間の客人を招くのは……百年ぶりぐらいかもしれんの。ささ、遠慮なく飲んで食べるのじゃ」
俺たちは来賓室と思われる部屋に案内され歓迎を受けることになった。なお、料理を出しているのはキキーモラだ。ここにもいるのか、仕事熱心な種族だ。
食事と言っても、お菓子と分類する方が適切な甘いものが多いな。甘いものはどれも高くて普段はあまり食べられないから、この機会に久しぶりに食べられるのは嬉しいっちゃあ嬉しいけどね。
「儂は普段甘いものしか食べないから偏っていてすまぬの」
まあ、ティナとプロミィも嬉しそうに食べているし、悪くはない。
「それより、リューイチ。外見から人間だと思っていたが、お主の方は人間ではないな。纏っている気配が今まで感じたことのないもの……一体何者なのじゃ?」
そんなことが分かるのか、驚いた。モンスター娘相手なら話しても問題はないだろう。これまでの俺がやってきたことをかいつまんで話し、ついでに転移魔法を求めて妖精界を探していて、ノエルを訪れたのは妖精界の場所を聞くためだということも話した。
「ふむ、とても興味深い話なのじゃ。この世界を創造したと伝えられるリディアス神の力の一端を身に宿すとは」
ノエルは、遠慮無く俺を値踏みするように眺める。
「プロミィ、お主がどのように変わったか見せてもらえんかの?」
「いいよー!」
ノエルの頼みに、プロミィは様々な色の炎を纏ってみせた。やはり、改めて見るとこれは綺麗だな。生物の発光には生物ごとに色々な役割があるが、プロミィのこれは見る者を惹きつける効果もあるかもしれない。
「ほっ! これは見事じゃ! 儂はやはり青い炎の輝きが一番好きじゃが、こうして変化をつけられると、それもまた格別な趣があるのう」
「えへへー」
「生物の特性を根本から変えることができる魔法か。儂も進化してみたいが、特に思いつかぬのう。なにせ、今のままで完璧じゃから!」
ノエルはふふんと胸を張った。
……その格好でも膨らみがよく分からないなと思ったが、火中の栗を拾う趣味は俺にはない。
色々と雑談などをして場も緩い雰囲気になってきているし、ここらへんがいいタイミングかな。
「それでノエルさん」
「ノエルでよいぞ、二人とも」
「分かった。ノエル、さっきも話したが、俺は妖精界を探しているんだ。もし妖精界の場所を知っているなら教えてほしい」
ノエルは少しの間思案していたようだが、すぐに笑顔になった。
「普通なら何らかの情報料をもらうところじゃが、お主の話だけで対価としては十分じゃな。儂が直接知っている妖精界は三つ、おそらく妖精界があると思われる場所が二つほどある。どれから聞きたい?」
一つ知ることができれば成功だと思っていたが、まさかそれだけあるとは。ただし、全部聞いてみたが、ダーナ王国内にあるのは一つだけだった。国外まで探索の手を広げるのはまだ時期尚早だ。
「まさか、王都の西の荒野にあるとは思いませんでした」
俺はまだダーナ王国の地理に詳しくないのでティナに聞くと、ダーナ王国内にある妖精界としてノエルが言った場所は、王都から西に徒歩で四日ほどの場所にある荒野らしい。
「ん? 妖精界は、自然が多い場所に蓄積される魔力を利用して生み出されるってうちのキキーモラに聞いたんだけど」
荒野がそれに当てはまるとはあまり思えない。すると、ノエルは複雑な表情を浮かべた。
「ああ、それじゃがの、そこの妖精界を生み出したティターニアは、その、加減ができないというかおっちょこちょいというか詰めが甘いというか、妖精界を創造するときに周辺の魔力を根こそぎ使ってしまったようじゃ」
「え?」
「その結果、元々小さいながらも質のいい森があったのじゃが、見る影もなく荒れてしまったのじゃ」
……なんかすごい大迷惑なことをしでかしてるじゃないか。
ふとティナを見ると、その場に突っ伏していた。
「百数十年前に森が一晩で荒野になったという伝承があって、原因が今も謎とされていましたが、まさかそんなことがあったとは……」
「森にいた生物は、ティターニアが責任持って妖精界に招いたそうじゃ、擁護するわけではないがの」
……森があれば、たぶん近くに人間の村があっただろうな。それなのに、森がいきなり消えたら生活に大きな影響を受けたのではないだろうか。まあ、百年以上前の話だから今更どうにもできないが。
「ティナ、このことは俺たちの胸の中にしまっておこう」
「はい」
このことで妖精やモンスターへの悪評がつくのはまずい。これに関しては全面的にティターニアが悪いが、時効ということにしよう、うん。
「ところで、ノエルは転移魔法を知っていたりしませんか?」
あ! ティナが言うまでそれは思いつかなかった。元々魔法に長けている上に、ノエルは様々な知識を集めているようだから、転移魔法について何か知っていてもおかしくない。場合によったら、転移魔法を探すために妖精界に行く必要がなくなるかもしれない。まあ、転移魔法云々がなくても妖精界には一度は行きたいが。
「知っておるぞ」
これまたあっさりとノエルが答えた。これは運がいい。
「儂の知っている転移魔法は二つあるが、どちらも人間が生み出したもので、しかもこの国のものではない。どちらも本当は国家機密に属するものじゃな」
なんでそんなものを知っているのかなあ、この妖精は。
「どちらも独自色の強い魔法じゃ。そんな魔法を覚えて実際に使う意味は分かるかの?」
俺とティナは顔を見合わせた。独自色が強いということは、おそらく魔法を発動させるまでの過程、もしくは魔法の効果自体が特徴的で、その国独自のものとすぐに分かるものということだろう。国家機密にあたる魔法を知っていることをもし当該国に知られたら面倒なことになるのは間違いない。
「……聞くのはやめておくよ」
「それが賢い選択じゃな。ま、安心するがよい。詳しくは話さんが、お主の求めている転移魔法としては物足りないものじゃ」
それだけ教えてくれれば十分すぎるな。
「そもそも、転移魔法のような空間を操作する魔法は人間の魔力では難しいのう。人間の中にも例外的に強力な魔力を有している者が極稀に存在することは間違いないのじゃが、そういう奴らは隙がないから魔法の術式を盗めそうにない」
なんか感情込めてしみじみと言っているのが怖い。国家機密の魔法は、ひょっとしてやばい方法で入手したんじゃ……。
「よし、王都の西にある荒野を目指して妖精界に行こう! ……と言いたいところだけど、妖精界に行くためにはどうすればいいんだ? 荒野に行ってもたぶん途方に暮れるだけになりそうだ」
「ふむ、確かにそうじゃな」
ノエルは「少し待っておれ」と言うと、来賓室を出ていった。そして、しばらく経って戻ってくると、その手に小さなハンドベルを持っていた。
「荒野に着いたらこれを鳴らすといい」
そう言ってノエルは俺にそのハンドベルを手渡してきた。見た感じごく普通のハンドベルで、鳴らしてみても特に変わった音がするわけでも……ん? 微かな魔力がベルから放たれるみたいだな。
「気づいたようじゃの。これには儂のような妖精が放つ魔力が込められておる。妖精界がある荒野で鳴らせば、門の守護者が出てくるじゃろ」
「門の守護者? ギルタブルルか?」
「お主、ギルタブルルをよく知っておるの。じゃが違う。そこの妖精界の門の守護者はヴィルデ・フラウじゃ」
ヴィルデ・フラウ? 初耳だ。妖精ってものすごく種類があるから、とてもじゃないけど全部覚えていられないし、そもそも俺が地球にいた頃日本のネットで調べられる範囲だとたかが知れている。
「門の守護者を任せられるだけあって、妖精としては戦いに長けた戦士じゃな」
「……そのヴィルデ・フラウに頼めば妖精界に入れてくれるのか?」
「そこまでは面倒を見ないからの。自分で何とかせい」
そう言ってかんらかんらと笑う。まあ、確かにノエルの言う通りではある。何から何までお世話になるわけにはいかないし、そんなことでは妖精界に行っても目的を果たせないだろう。俺がそれ以上何も言わないでいると、ノエルは満足そうに大きく頷くのであった。
ここでの目的は達した。俺たちはノエルに礼を言って立ち去ろうとしたが、その時ノエルが「ぬにゃ!?」と奇妙な声を上げて俺を引き止めた。
「……お主、その腰の剣が何か分かっておるか?」
「いや、何かと言われても普通の剣だよね? 森で邪魔な枝や下草を切り払うのに役立っているけど」
「はあ……、物の価値を知らぬとは罪じゃな」
なんかすごい呆れた表情をされた。え? 何か悪いことでもしたかな?
「まあ、そのままでは確かに普通の剣じゃ。儂も似たようなものを見たことがなければ気づかなかったじゃろう」
ノエルが催促したので、俺は剣を抜いてノエルに渡した。やっぱり普通の剣にしか見えないんだけどなあ。切れ味が特にいいというわけでもないし。
「柄に埋め込められている小さな宝石が重要での、神珠と言うらしい。これじゃ、これ」
……確かに赤い宝石のようなものが埋め込められているな。かなり小さく、正直申し訳程度の装飾品にしか見えない。
「これは神が創り出す魔法石のようなもので、これが埋め込まれた武器は、魔力を流すことで形状を自由に変え、所有者の意のままに動くそうじゃ」
「そ、そんな力が……」
まさかのマジックアイテム。普通の剣だと思ってたから魔力を流そうなんて試みをしたことがあるはずもなく、まったく気づかなかった。
俺は言われた通り、神珠を意識して、そこに魔力を流すようにして剣を構えてみた。すると、刀身が白く輝く。
「うわ!?」
「やはり本物の神珠じゃったか!」
確か形状を変えられるんだったっけ? よし、試しにやってみるか。やはり、武器と言えばあれだな、日本刀。
俺が美しい刃紋を持つ片刃の刀を思い浮かべると、手に持つ剣が姿を変える。
「ほう、東方の国のカタナじゃな」
あ、やっぱ東方に刀があるのか。よし、じゃあこんなのはどうだ。
大きなハンマーをイメージしてみると、即座にさっきまで刀だったものが大きなハンマーへと姿を変える。……見た目に合わせて重くなっている気がする、いや、確実に重くなっている。質量保存の法則はどうなった、怖いなあ。
「ハンマーとは随分無骨な武器を選んでみたのう」
「体の小さな子がこういうものを振り回す姿に萌えがあるんだ……」
「萌え……とな?」
「リューイチさんは時々よく分からないことを言いますよね……」
それからしばらくこの剣の使い方を色々と模索していたら結構いい時間になってしまったので、この日はノエルの館に泊まることになった。結局、何から何までノエルに頼ることになってしまったな。