050 青い炎
「あたしはウィルオーウィスプのプロミィよ。本当はここまで近づいて姿を見せる予定じゃなかったけど、ウィルオーウィスプが不当に貶められていたから黙っていられなかったわけ」
ふふんと胸をはるプロミィ。小さいから、動きがあると可愛いな。
「プロミィはそれとなく俺たちをそこの低木の方へ誘導しようとしていたけど、定番としては低木をかきわけた先が崖だったり底なし沼だったりするわけで」
「だからそんなひどいことしないって! ただ、あの低木は人間の肌だったら触れるとすぐにかぶれて、しばらく痒くてたまらなくなるだけだよ」
「ほほう……」
「あ……」
プロミィは「やばっ」といった感じの表情で口に手を当てる。ウルシかそれに近いものだろうか。そもそもウルシがどんな見た目をしているか分からない。
「確かウィルオーウィスプは妖精だったよな。さすがに悪戯はお手の物といったところか」
まあ、俺はたぶんかぶれることはないだろうけど。ただ、ティナがかぶれた場合は痕が残る可能性もあったかもしれない。
「まあまあ、リューイチさん、可愛らしい悪戯じゃないですか」
「こういうかぶれって、二、三日で治るようなものじゃないぞ。十日以上は痒みに苦しむって聞いたことがある」
「……被害を受けなかったわけですし、許してあげましょうよ」
プロミィはティナの背中に回って「そうだー、許せー」と勝手なことを言っている。ちょっとイラッとしないでもないが、せっかく出会えた妖精であるし、可愛いから許してあげよう。
「まあ、被害はなかったから許すよ。それにしても、そんなに燃えていて熱かったりしないのか?」
ゲームでいえば炎無効とか炎吸収とかそんな感じの能力があるんだろうけど、炎に包まれている妖精といった姿は、見ていて「大丈夫だろうか」という気持ちになってしまう。
「この炎、熱くないから」
「え?」
確かに、結構近くにいるのに熱がほとんど伝わってきていない。
「試しに手を入れてみていいか?」
「うん、いいよー」
恐る恐る手を青い炎の中に入れてみると、ああ、確かに熱くない。いや、熱くないというよりもぬるい感じがする。なんというかこのぐらいの温度、ある意味ものすごく身近な気がする……えっと……。
「人肌ぐらいの温度でしょうか」
それだ! 確かに、人肌ぐらいというか、ちょうどいいぐらいの風呂の温度より若干ぬるいというか。たぶん三十七~三十九度ぐらいだろうか。
「いつもこのぐらいだから快適なんだよー」
ふーむ。これだけ温度が低くても炎と言えるのだろうか。まあ、モンスターが生み出す炎だから俺の常識から外れていてもおかしくはないけどさ。
「ところでさ、その炎って体に纏ってないとダメなわけ?」
「これが一番安定するから。でも、こんなこともできるよ」
プロミィが指をはじく。
……音は鳴らない。そのことにプロミィは不満気な表情を浮かべるが、やろうとしていたことは成功したようで、俺の頭上に今プロミィが纏っている炎と同じぐらいの大きさの青い炎が生まれる。それは徐々に大きくなり、俺を包めるぐらいの大きさに成長する。試しに触れてみると、温度はやはり低そうだ。
「魔力の流れは感じますが、魔法とはまた違うような……」
ティナが戸惑ったように呟くと、プロミィはふふんと胸をはる。
「妖精は魔力の扱いが得意だから、人間が使うよりも効率的に魔力を使えるわけなのよ! 私たちウィルオーウィスプは、火を扱うのはお手の物なんだから」
「じゃあ、普通の温度が高い火も出すことができるってことか」
その俺の言葉にプロミィは顔をそらす。
……まさか。
「ひょっとして、この青い炎しか出せないとか?」
「……自分の性質の影響を強く受けるのもまた妖精だから」
そして、プロミィは俺の頭の上に腰掛ける。
「俺の頭は椅子じゃないんだけどなあ」
「なんかおさまりがよさそうな感じでさ。それに、リューイチってなんかいい匂いがするんだよね」
「……座るなら頭じゃなくて肩にしてくれ」
目の前を小さな足がぷらぷらしていると気になって仕方ない。
「あ、リューイチさん、ずるいです。プロミィ、私の肩はいかがですか?」
そして、プロミィを肩に乗せてご満悦の表情を浮かべるティナ。ああ、なんて平和な光景だろうか。
って、悠長に世間話をしている場合じゃない。せっかく妖精に出会えたんだから聞くべきことを聞かないと。
「話は変わるけどさ、プロミィは妖精界の場所を知っていたりする?」
「ううん、知らない。行ってみたいと思うことはあるけどね」
さすがに簡単に事は進まないか。それにしても、妖精なのに妖精界の場所を知らないというのも不思議な話だよなあ。キキーモラも妖精界に行ったことがないと言っていたし、ティターニアになるほど魔力の強い妖精がそんなにいないということなのかな。
「じゃあ、ヴィヴィアンって妖精がどこにいるか知っていたりする?」
「知ってるよ」
やっぱりそう簡単に……って、知ってるのか!
「本当!? どこにいるんだ!?」
「……ヴィヴィアンは引きこもっているのが好きみたいだから、あまり誰かを連れて行ったりしたくないなあ」
引きこもり? なんか湖の貴婦人とも呼ばれるイメージとは違うなあ。まあ、アーサー王伝説のヴィヴィアンがそのまま異世界に存在するとは考えづらいけど。
「頼むよ、プロミィ。そのかわり、進化させてあげるから」
「進化? どういうこと?」
それから、俺は進化魔法について話した。
「本当にそんなことできるの?」
「論より証拠。何か言ってみてよ」
疑っている目で俺を見てくるが、まあそれは仕方ない。
それにしても、こうやって進化魔法を使って駆け引きするのは個人的にはあまりやりたくないんだよなあ。本来は、無償でモンスター娘の望みを叶えるべきだと思う。とはいえ、転移魔法を修得すれば、よりモンスター娘との交流が容易になるわけだから、結果的にモンスター娘のためになると考えればいいかな。
「えっとさ……」
なぜかプロミィはうつむきながら話しにくそうにしている。
「あのさ、私たちウィルオーウィスプにとってこの青い炎は自分の体の一部みたいなものなんだけど、なんていうかな、夜中に家で鏡を見た時とか、森の中で湖に映る自分を見た時とか、青い炎がボーッっとなっていて、その、怖かったりすることがあったりなかったり……、いや、べ、別に怖くはないのよ! で、でも、ちょっとビクってなるというか心臓に悪いというか……」
えー……。
一番気になったのは家で鏡というフレーズだ。家があるのか。しかも鏡まであるのか、すごい気になる。
まあ、それは置いておくとしても、自分の炎で怖がるって……。青い炎を怖がる下地が分からない。青い炎が怖いものという印象はどうやって作られたんだろうか。
「青い炎、鬼火は、アンデッドモンスターと共にあると言われています。私は本物のアンデッドモンスターを見たことはありませんが、ゴーストに出会った人の話を聞いたことがあります。青い炎の塊を複数纏ったゴーストは身も凍るほどの恐ろしさだったとか」
「ええー、怖い話はやめてよ~」
プロミィはすっかり震え上がっている。今の話だけで怖がるなんて、よほど怖がりなんだろうな。てか、ティナはティナで自分で言っていて怖くなったのか青白い顔をしているし。
「つまり、その青い炎を何とかすればいいってことだな。普通の炎みたいにすればいいってことだろ」
それなら簡単かもしれない。プロミィが普通の炎を操れるように進化すればいいわけだ。魔法の扱い方を変えることが進化といえるかは微妙だが、まずはこの路線で試してみよう。
……青い炎から普通の赤い炎へ変えれば……うん、魔法の発動ができそうだ。力が集まる感覚がある。
「これでどうだ!」
俺から光が放たれてプロミィに吸い込まれていく。
「こ、これは、なんか大きな魔力を感じる……? リューイチ、すごい!」
「さあ、炎を出してみてくれ!」
「うん!」
プロミィが嬉しそうに言った次の瞬間、プロミィから赤い炎がぶわっと噴き出した。おお、まさに火の玉。青い炎ではなく、赤く明るい炎だ。さっきと違って確かな熱を感じる。
「あっつぅぅぅぅぅぅぅ!? 熱いってば! これ、熱い!?」
そして響き渡るプロミィの悲鳴。
「プロミィ! 炎を出すのをやめるんだ!!」
俺は水筒を取り出して、炎を出すのをやめたプロミィに水をぶっかけるのであった。