049 夜の森
北の森に行くのはこれで何度目だろうか。北の森は広く、それだけモンスター娘も多く生息しているということでもあり、おそらく今後も北の森へ行くことが多いだろうな。
「私も行く~! 妖精界に行ってみたい~!」
「私もできればクレアちゃんに行かせてあげたいんだけど……」
森へ行くときはティナが同行者だ。やはり広範囲を探知できるティナの魔法は森のように視界の効かない場所では必須と言える。そして、グローパラスの運営がまだ始まって間もないことから、人間が最低一人責任者として園内にいる必要があるわけで、結果的にクレアが留守番となる。
「今回森に行く目的は妖精界の場所を聞くことだから、妖精界の場所が分かれば、そのときはクレアに同行を頼むからさ。……ティナはそれでいいか?」
「はい、そのようにお願いします。見たものを幻覚魔法で映し出すことができるクレアちゃんに行ってもらえれば、妖精界の様子や妖精を魔法で見せてもらえることができますし」
ティナの探知魔法も便利だが、クレアの幻覚魔法も相当便利だ。どちらも応用範囲が広く、魔法という地球にはなかった技術の凄さを改めて感じさせる。
「妖精界に行く前に必ず一度戻ってくるから、それまでグローパラスのことを頼んだからな」
「……別に、無理して戻る必要はないわよ。北の森の近くに妖精界の入口があったら戻ってくるのは時間の無駄だもの。ただし、その時は必ず私も後で連れていってよね! もちろん、私が先に妖精界に行くことになった場合は、後でティナも連れていくこと!」
そして、森へ向かう準備をした。北の森は広く、湖と表現されるほど大きなものは複数ある。それらを全部調べていくとなると、これはかなりの労力が必要となりそうだ。北の森に住んでいたモンスター娘たちにひと通り聞いてみたが、誰一人としてヴィヴィアンのことを知らなかった。
アルラウネのときは、アルラウネを見つけること自体には大した時間がかからなかったが、今回はヴィヴィアンを見つけることだけでも数日がかりになるかもしれないな。
個人的には、幻の大魚○○を求めて! みたいな番組を思い出して、ちょっとだけわくわくしたりするが。
アルラウネの時と同じく、レーテ村に入ってそこを活動拠点にすることにした。一応村人たちにヴィヴィアンのことを聞いてみたが、やはり誰も見たことがないらしい。
初日は、村の最も近くにある湖を調査してみた。ティナの魔法は水中には効果がないので、俺が潜って調べてみることになった。なお、水着は高価だが王都で売っていたのが驚きだった。中世には水着という概念がなかったという話を聞いたことがあるが、この世界ではそうでもないらしい。もっとも、水に透けないようにすることが目的であるため、生地が厚くて履き心地はお世辞にも良くない。
水中での調査となると、ダイビング器材の出番となるのが地球での常識だが、当然この世界にそんなものがあるはずはない。そのかわり、水中で呼吸ができるようになる魔法があるらしいが、俺はもちろんのことティナも使えない。ただ、俺は水中で呼吸できるようになっていた。最初は息を止めて潜ってみたのだが、全然苦しくなかったので気づいた。その異常さに最初焦ってしまったが、慣れると便利なものだ。しかし、透明度がそれなりにあるとはいえ、水中では視界に限界がある。ある程度探してみて、どうにも無駄なことをしている気がしたので水中での捜索はあきらめることにした。
結局、そのまま初日は終わることになった。何の成果もあげることができなかったが、こういうのは焦るとよくない。
二日目以降は、ティナと俺の合体魔法で、モンスター娘を探してヴィヴィアンについての話を聞くことに専念した。ドリアードはその場から動かないので話を聞くのは簡単だったが、動物タイプのモンスター娘は警戒心が強く、ある程度近づくと、音や匂いを察知してかすごい勢いで離れていく。そんなモンスター娘を無理に追いかけても心象を悪くするだけだからあきらめる。
そんな感じで地道に調査をしたが、やはりヴィヴィアンの所在はつかめない。そして、その調査の過程で新しいモンスター娘たちと知り合うこともできたが、今回は顔をつなぐだけにしておいた。グローパラスへ連れて行くとなるとそれだけで結構な手間がかかるのが現状だ。もしも転移魔法が使えるようになったら、移動が楽になるのだが。
そして、調査開始から五日目、今日も調査は空振りに終わり、俺とティナはレーテ村へと引き返していた。
「今日はいつもより遠い所まで行ったから、もうすっかり暗くなりましたね」
「やはり、暗くなると森の印象は変わるなあ」
暗闇は感受性を鋭くする効果があると思う。聴覚も鋭敏になり、足音、乾いた枝を踏み抜く音、風が葉を揺らす音がどれも明るいうちとはまったく違う印象で聞こえる。また、鳥などの動物の鳴き声は、昼と種類が異なるもののため、今まで聞いたことないものだ。それだけでも、何か不安にさせるものがある。
俺は自身が人間離れしていることがあり、そうした状況でも強い不安を感じることはない。
だが、ティナは魔法が使えるというだけで普通の女の子であるため、暗闇の森の中は心細くなるようだ。いつもは探知魔法を使うこともあり、俺の一歩前を歩いているのが常だったが、今は俺の真横で不安げな表情を浮かべている。その手が俺の腕のところの服をつまんでいるのが可愛いと思う、うん。
キョキョキョキョキョキョ……!
甲高い鳥の鳴き声が響くたびに、横にいるティナがビクッと震えるのが分かる。地球にいた頃の俺だったら同じ感じだっただろうな。
俺はティナの不安を和らげるために、俺の服をつまむティナの右手をそっと掴んだ。ティナは驚いたように俺を見たが、俺がそのままその手を握ると、ためらいがちに俺の手を握り返してきた。
「大丈夫、俺は夜目が利くから、怖いことは何もないよ」
「……はい、ありがとうございます」
あー、なんかこんな体験を昔したことがある気がする。
そうだ、小学生の頃、林間学校で肝試しをやったときだな。俺とペアになったのはクレアみたいな物おじしない元気な女の子だった。でも、肝試しではすっかり怖がって俺の手を離さなかったっけ。まあ、それ以降その子と特に何かあったわけでもなかったが。
小学生かあ、もう十年以上前の話だ。あの頃は今みたいなことになるとは想像もしなかったな。いや、漫画やアニメを見て空想をしたことはあったかもしれない。なんというか、小学生の頃は空想って感じだったな。それが妄想と化したのは一体いつ頃だったか……。
そんな益体もないことを考えていたから、それに気づくのが遅れた。
「リューイチさん、あれを……」
ティナの声で意識が現実に帰る。いかん、ティナを不安がらせないようにしていたのに、その俺がボーっとしていたらティナをいたずらに不安にさせてしまうじゃないか。
俺は意識を切り替えると、ティナが指をさす方向を見た。
「あれは……人魂?」
そうとしか言いようがなかった。青白い炎の塊のようなものが、俺たちの前方にふわふわと浮かんでいる。
人魂と言うと、幽霊とセットの人の魂であるが……。
「鬼火でしょうか……」
ティナの声が震えている。なるほど、鬼火という言い方もあるか。まあ、性質は似たようなものだが。正体はまだ分からないが、断定できることはある。
「とりあえず、モンスターであることは間違いない」
俺の感覚が、あの鬼火がモンスターであることを伝えている。もっとも、それはティナにとって慰めになる言葉ではないが。モンスターであるということは、アンデッドモンスターである可能性があるわけで、幽霊や悪霊的なものも含まれる。
「私、怖いの苦手なんです……」
「大丈夫。本当に怖いのは正体が分からないものだ。少なくとも、あれについてはモンスターであるということが分かっている」
やっぱり慰めになる言葉ではないけど、俺が落ち着いていることが分かるだけでも少しは安心できるかもしれない。
問題の鬼火は、前をふらふらと浮かんでいる。このまま立ち尽くしているのは時間の無駄であるし、村に戻るためには今歩いている道を進む必要があるので、鬼火のことは無視して歩くことにする。
すると、鬼火は俺たちに合わせるかのように、前方をふらふらと進む。そして、俺たちが進む距離だけ、鬼火もふらふらと進むことを繰り返していく。
「一体あれは何なのでしょうか?」
ティナは怖がることはなくなったが、今度は鬼火が何をしているのか気になり始めたようだ。
すると、鬼火はティナの言葉に反応するかのように、またすっと移動する。
これは……。
俺たちが鬼火の移動した方向へ進むと、また鬼火がすっと移動する。ここらへんは道がはっきりしていないところだ。半ば獣道のような場所で、背の高い草や低木をかき分けながら進んでいくしかない。
鬼火は俺たちの歩みが遅くなっても、俺たちの前から消えようとせず、付かず離れずといった感じだ。
「ああ……こういう動きをする鬼火を俺は知っている」
「え? 本当ですか?」
たちの悪い悪霊的なものかもしれないが……。
「いくつか呼び名があったような気がするが、俺が知っているのはウィルオーウィスプという名前だ」
「ウィルオーウィスプ?」
「旅人の前にこうして現れる鬼火で、今やっているみたいに旅人をそれとなく誘導するんだ。その先には断崖絶壁や底なし沼があるというのが定番だけど……」
そこまで言ったとき、鬼火が急にこっちに近づいてきた。
「そんなひどいことはしないよ! 失礼しちゃう!」
これまでの雰囲気からは真逆の、高くて子供っぽい声が響く。
そこにいたのは鬼火だったが、バスケットボールほどの大きさの鬼火の中には、手のひらサイズの小さな女の子がいた。どうやら、女の子から鬼火の青白い炎が出ているようだ。
女の子は体のサイズが小さいだけで、外見は人間の女の子とあまり変わらないようだ。金髪碧眼で肌も白に近い肌色、しかも白の簡素なワンピースみたいなものまで着ている。
「えーっと、君は……」
「あなたが言ったとおり、ウィルオーウィスプよ」
おおう……。まさか、こういうモンスターまでモンスター娘と化しているとは思いもしなかった。
これで50話目です
意外に長続きしていてびっくりです




