005 感謝の言葉
メタル化、身体能力向上、合体はいずれもダメだった。
いかん、他にどうすればいいか思いつかなくなってきた。
そもそも、国民的RPGのやつは最初の方の作品しかやったことないから、その後相当スライムの種類が増えたらしいけど、まったく知らない。
かといって、それ以外で俺が知っているスライムとなると、大抵の場合はTRPG系の不定形スライムで、特に新しい発想がない。
じゃあ、いわゆるモンスター娘系となると、今目の前にいるからなあ。
魔法を使えるようにするというのは考えたが、俺自身が魔法を使えないし、そもそもどういう魔法がこの世界に存在するか分からないから進化させようがない。
近いうちにきちんと魔法について本を読むとかしないとなあ。
ダメだ、いくつか思いつきはするが、どれもピンとこない。
もっと思い出せ。今までゲームで戦ってきたスライムたちの姿を。ニュンたちにぴったりの進化の形があるはずだ。
俺が頭を使いすぎて煙が出るんじゃないかと悩んでいる間、ニュンたちは楽しそうに追いかけっこなどをして遊んでいる。
ったく、気楽なもんだな。
まあ、俺としては自分の力を試すって目的があるから、ニュンたちに緊張感を強要するのは筋違いだけど。
それにしても、あれだ。
モンスターとは思えないよなあ。ああやって無邪気に遊んでいる姿は子供にしか見えない。
とても、勇者や冒険者と戦うモンスターには……。
「あ……!」
……なんてこった。
俺が馬鹿だった。
いや、視野が狭かった。
モンスターは、プレイヤーである主人公たちの前に立ち塞がる敵、といったゲーム世界での考え方をずっとしていた。
ゲームや漫画のような経緯で、ゲームや漫画のような世界に来たことにすっかり興奮して、スライムたちのことも、そういった『ファンタジー世界のモンスター』という色眼鏡で見ていた。
違うだろ……!
ここはファンタジーじゃない。ファルダムという名前の現実に存在する世界なんだ。
そして、今まさに目の前で生きているスライムたちは、その世界で生きている生物であり住人なんだ。
守備力とか素早さとか攻撃力とか、そんなゲームのステータスでしか考えなかったからよくなかったんだな。
たぶん、そういう考え方も必要なんだろうけど、あまりに一面的すぎた。
なぜこの世界の人間ではなく、異世界の俺が彼女たちの進化を任されたのか。
それは、この世界の人間よりもおそらく多くの生物について知っているからだ。もちろん専門家と比べたら、比べるのが失礼なほど物を知らないけれども。
うん、方向性が見えてきた。
進化は生き残る確率が高い特性の集大成みたいなものだったな。自分の意思で進化したわけではなくて、生き残る確率が高かったことで、結果的にその生き残りの鍵となった性質が継承された。
それを俺は意図的に起こすことができる。
生存に有利な実績を持つ性質を知っているわけだから、カンニングみたいなものだ。
だが、知っているものは利用しない手はない。
ニュンたちスライムにふさわしい進化。
あれだな、進化や自然選択という話題になったらすぐ名前があがるものがある。見た目や行動を真似する擬態、色や模様を真似する保護色。
擬態に関しては、擬態の元となるこの世界のモンスターや動物、植物のことを知らないと無理だ。
つまり……。
「保護色、だな」
方針が決まったことでスライムたちを呼ぶ。自分のまわりにスライムたちがぞろぞろと集まるのは、なんというか先生気分だな。
「よし、ニュン、これからお前に面白い能力を与える」
「面白い?」
「やってみればきっと分かる」
自分が思い描く進化の能力を与えることにようやく慣れてきたのか、強くイメージをしなくてもニュンに新たな力を宿すことに成功した。
いや、実際に試してみなければ成功とはいえないか。
「お前に与えた能力は保護色だ」
「保護色?」
「色が変わる動物とかモンスターとか見たことないか? 体の色が、自分が今いる場所と同じ色に変わるやつ」
「ううん、見たことない」
あー、体色を短時間で変えられるやつって陸上だとカメレオンぐらいしか思い浮かばないな。しかも、カメレオンは自由に色を変えられるってわけでもないし。
「じゃあ、そうだな。周囲と似た色をしていて見つけにくい動物とかモンスターは見たことないか?」
「あ、それならあるよ。緑色のトカゲが草むらに逃げるとどこにいるか分からなくなったりするよね」
「そう、それだよ。保護色って言うんだ。自分を襲おうとする敵や、その逆にこちらから襲おうとする相手に見つかりにくくなるわけ」
「ああ、なるほどねー」
納得したような表情を浮かべたニュンだが、その後自分の手足を見て不思議そうな顔をする。
「でも、前と色が変わってないよ? それに、今の色が変わるのはちょっと嫌だなあ」
「自分の意思で体の色や模様を自由に変えられる保護色もあるんだ。たとえば緑色のトカゲの場合、近くに葉っぱがなかったら逆に目立って危険だろ。でも、自由に色を変えられたら、どんな場所でも見つかりにくくなるよね」
「おおっ……!」
「そうだな、今は土の上にいるから、寝そべって土と同じ色になってみてくれ。たぶん、本能的にやり方が分かるはず」
「分かった! やってみる!」
正直、不安の方が多い。本能よりも自分の意思で色を変える必要があったら厳しい。
たぶん、自由に色を変える動物って本能で色を変えていると思うんだ。だから、思考能力がなくても色を変えられる。
もしも本能で色を変えられない場合、スライムみたいなお気楽なモンスターが、はたして自分の意思で適切な色に変わることができるか。
だが、その心配は杞憂に終わった。
ニュンがキリッとした表情になったかと思うと、ニュンの透明な青色が、見る見るうちに周囲の土の色と同じになり始めたのだ。
やがて、遠目では土が盛られているぐらいにしか見えないほど、色、それ以上に立体感が再現されている。
その間わずか一分弱。確かタコヤイカは数秒で変わるんだっけな。それと比べると遅いが、それでも十分速いと言えるだろう。
これは驚いた。他のスライムたちにいたっては「ニュンちゃん、どこに消えたの?」と騒いでいる始末。
「ニュン、いいぞ、元に戻れ」
「はーい!」
すると、さっきまで土に見えていたものは徐々に透明な青色になり、ニュンが寝そべっている姿へと戻った。
うーん、思ったよりもレベルが高いな。
その後、いくつかの場所で試してみたが、どの場所でも安定して見事な保護色を発動させていた。
「ニュン、これならどうだ? 隠れるのは苦手だったみたいだけど、これで超得意に変わったはずだ。まあ、目しかごまかせないけど」
これもダメだったら、正直他の手段が思いつかない。
ニュンが何と言うか、とっても不安だ。その場の流れで進化を試みることになったわけだけど、やはりやるからには満足してもらいたい。
まるで告白の返事を待つかのように緊張していると、ニュンはにっこりと笑って俺に飛びついてきた。
「ありがと、リューイチ! とっても嬉しいよ!」
……!
そのストレートな感謝の表現が素直に嬉しい。
思えば、こうやって他人から感謝されたり喜ばれたりするのは久しぶりな気がする。
何ていうかな、プラスの感情を向けられると、自分の中にもプラスの感情が生まれると思う。繋がりを感じるというか。
ここ数年は、食品製造工場で働いていたけど、外国人労働者が多くて言葉が通じなかったんだよね。このご時勢、英語をほとんど話せない俺が悪いんだけど。
歳の離れたおじさん、おばさんと軽く話すぐらいで、人間関係がなかった。
ネットでは友人は結構いたけど、やっぱ直接会って話せる友人もほしかった。社会から隔離されているような寂しさをふと感じるときがあったんだ。
「ありがと、ニュン。俺も嬉しいよ」
そんな言葉が自然に出た。
ニュンは俺がお礼の言葉を言った理由が分からないらしく、不思議そうな表情を浮かべていた。
いいんだよ、分からなくて。
「ねえねえ、リューイチ、わたしもニュンちゃんみたいになりたい!」
『わたしも~!!』
他のスライムたちが、ニュンと同じ保護色の能力を欲しがって集まってくる。
「おう! 任せろ!」
ああ、俺はこの世界に来れて本当によかった。
この世界のこと、自分の力のこと、まだまったくと言っていいほど分からないけど、俺は心に決めた。
モンスター娘たちのために、できる限りのことをやっていくと。