047 スライム祭り
学院長を見送った後、俺はふれあい広場に顔を出していた。ふれあい広場の一般開放は日が落ちるまでなので、夜になると俺たちスタッフの憩いの場となる。
スライムは人間のみならずモンスター娘にも人気があり、目の前ではラミアのアメリアが、スライムを三人はべらせていい笑顔を浮かべている。
「ああ……癒されるわあ……」
スライムはスライムで、ラミアの蛇の部分が珍しいのか、ぴったりと寄り添って満足そうな表情をしている。
「外見をきらびやかにするだけでなく、心に安らぎを与えて精神的にも充足する。これこそ格調の高い生き方よねえ」
アメリアの他に、もう一人いたラミアがしみじみと語っている。鱗の色は鮮やかな真紅だ。この色にするときに、こっそり「三倍の移動速度で」と力を込めたのだが、残念ながらそれは不発に終わった。角をつけなかったのが敗因か。いや、勝手に角をつけたら怒られるか。
「ラミアの村の近くにはスライムはいなかったのか?」
スライムはどこにでもいる気がするんだよなあ。色々進化していて、海に住むスライムばかりか、火山の火口に住むスライムもいるという噂を聞いたことがある。もしかしたら深海に適応したスライムさえいるかもしれない。
「たぶん探せばいるんだろうけど、ほら、私たちってモンスターの中ではそこそこ強い部類に入るのよね」
「だから、他のモンスターがいそうな場所にあまり踏み込まないようにしているのよ。無駄に怖がらせたりするかもしれないから」
強者として気を使っていたのか。それは珍しいな。強者はそういったことを気にしないものと思っていたよ。
「今は、モンスターはできるだけ他のモンスターは襲わないようにしているけど、やっぱり強いモンスターがいると気持ちが穏やかじゃないわよね。見たことないけど、たぶんドラゴンが近くにいたら生きた心地がしないと思うし」
「気になっているんだけどさ、モンスターが他のモンスターを襲わないようにしているのってどうしてだ?」
アメリアは不意をつかれたような表情になって考えこむ。
「改めて言われると答えるのが難しいわね……。なんていうか、そういうものだって感じで理屈も何もないのよ。もしモンスターが互いに争い始めたら、たぶん世界はものすごく混乱した状況になるわよ。それを本能的に理解しているのかも」
すっきりしない答えだが、まあそう考えるしかないか。
俺としては、モンスターは小食だからモンスターを襲う必要がなくて、それがそのまま襲う気持ちにならないことに通じていると思うんだよね。食料としての対象じゃなければ襲う必要性がなくなる。
しかし、その考え方だと、小食ではなかった時は……いや、考えるだけ無駄か。答えが出ないことを延々考えるのは精神衛生上よろしくない。
それにしても、今日はスライムがいつもより多くいるな。たぶん二十人ちょっとではなかろうか。色々な場所に行った時に見かけたスライムをちまちまスカウトしていたら、いつの間にか人数がかなり多くなったんだよな。今では五十人ほどスライムがいる。
「やあ、俺も仲間に入れてくれ」
俺がスライムたちに近づくと、スライムたちは手を振ってくる。それに答えながら適当な場所に腰を下ろすと、背中に重みがかかった。振り返ると、バブルスライムのネルが俺の首に手をまきつけて背中にのしかかっていた。もちろん毒は体の内部に閉じ込めた状態だ。なお、ネルぐらいの外見年齢……人間の年齢で十三、四歳ぐらいからは、園内を移動するときは服を着るように指導している。
「さ、最近、あまり来ないじゃない」
「一応毎日来ているんだけど……」
「あたしがいるときに来ること少ないもん!」
なんか理不尽な怒られ方をした気がする。とりあえず機嫌を取るためにネルの頭を撫でておく。
「ん……もっと」
「はいはい」
目をつむって頭をぐっと突き出すネルを微笑ましく見ながら、俺はネルの頭を優しく撫で続けた。
ネルの機嫌を回復させた後、他のスライムも呼び寄せて、もふもふならぬぷるぷるを楽しむ。
「やっほー、リューイチ!」
「おお、ニュンじゃないか」
俺が手招きすると、ニュンは嬉しそうにやってきて、俺の腕の中におさまった。相変わらずいいぷるぷる具合だ。俺がこの世界に来て初めて会った記念すべきモンスター娘だったな、ニュンは。
「こら、リューイチ、あたしをかまえ」
「ネル、重いって」
ネルが俺の方に体重をかけてきたから、ニュンがうにゅうと潰れていく。とはいえ、スライムだからまったく平気だが。
俺は体重をかけてきたネルを左手で抱きかかえて膝に乗せると、ニュンを右手でほいっと高く持ち上げる。何気にスライムはバランス感覚があるため、俺の右の手のひらの上という狭い足場でも怖がらない。
「あははは、高い高ーい! キリッ」
なんか得意げな表情になっているな。他のスライムがうらやましそうにニュンを見ている。一方でネルは、俺の膝の上で満足しているらしく、俺はしばらく苦しい体勢を続けざるをえなかった。
気づいたら、他にも十人前後モンスター娘が来て、それぞれスライムを愛でていた。姿がそれぞれ異なるモンスター娘たちが、幸せな顔でスライムを愛でているのは特異な光景だ。
「あれ、ローナもスライム愛好家だったのか」
ブラック・ローチのローナがだらしない顔でスライムを撫で回している。
「あたしは誰かさんのせいでブラック・ローチの代表になったから、こう見えて結構大変なんだよ。昆虫のゴキブリたちの数や動きを把握しておく必要があるし。そんなあたしの最近の楽しみが、こうしてスライムをぷにぷにすることなのー」
あれだな。世界中にスライムが溢れたら世界はものすごく平和になるのではなかろうか。スライムの分裂速度を早めて、一人が二人、二人が四人、四人が八人としていけば……。
いやいやいや、それをやったらスライムで世界が破滅しかねない。ゾウリムシが一日に一回分裂してどの個体も死ななかったら、半年もしないうちに地球と同じ重さになるとかどこかで見た気がする。
「何これ、スライム祭り?」
声をした方向を見ると、そこにはギルタブルルのムニラがいた。サソリの尻尾の毒針は危険なので、木の筒を鞘のようにして針を収めている。
「毎日スライムの周りは祭りって感じだよ」
あ、そういえばギルタブルルといったら……。
「なあ、ムニラ。ギルタブルルって天界や魔界への入口を守護するための番人って聞いたけど、それは本当なのか?」
「本当よ。そもそも私たちは門の守護者として生み出されたわけだし」
「その門ってどこにあるんだ? 天使や魔族に会う必要が出たんだ」
俺はそれからこれまでの経緯をムニラに話す。
「なるほどねえ。でも、ごめんね。私はギルタブルルでも若い方だから、天界や魔界の門の番人じゃなかったの。門自体隠されているから、どこにあるかは分からないわ」
「そうか……」
うーむ、簡単に事は進まないか。
「そもそも天使や魔族ってどんな存在なんだ? 見たことがない」
「天使は神の補佐役ね。地上の動向を見守る……というよりも見張る役を担っているそうよ。もっとも、天使がそれによって地上にどんな影響を与えているかは分からないけど」
「神殿に行けば何か分かるかな?」
「あまり期待しない方がいいわよ。地上に出てくる可能性のある天使は、転移魔法のような強力な魔法は扱えないだろうし」
その場にいる他のモンスター娘に聞いても情報は特になかった。天使についてはほとんど知られていないのか。
「じゃあ魔族はどうだ?」
「魔族は肉体に多くの魔力を内包している種族よ。どちらかというと、魔力が集まることで肉体ができたといった方がいいかも。創造神が、世界に溢れ出る魔力を抑えるために生み出したのが魔族と言われているわ」
悪魔ではなく魔族という言い方をされていることが気になっていたけど、もしかしたら光と闇、善と悪のような単純な構造ではないのかもしれない。今の話だけから考えると、天使の対極に魔族がいるのではないようだ。
「魔族には色々な種がいるけど、人間にとって有名なのはサキュバスやヴァンパイアかしらね」
「それは俺にも分かる。確かに有名だ。でも、ここらへんにいたりするのか?」
「魔族は気まぐれだから、なんとも言えないわ。サキュバスは地上に出ることがそれなりに多いみたいだけど……」
「あー、サキュバスなら見たことあるよ」
のんきな声で言ったのはローナだった。え? マジ?
「どこで見た!」
「こ、ここらへんじゃないよ。前はもっと田舎の方にいたんだけど、夜に村の上空を飛んでいたよ。でも、その時見ただけ」
うーん、それじゃどうにもならんなあ。本物かどうかも分からないし、本物だとしても同じ場所にいるってことはあまり考えられない。
天使はともかく、魔族、特にサキュバスときたらモンスター娘としては王道の部類なのに、居場所を探すだけでこんなに大変だとは……。物語的には、男の精を求めてさ迷っているサキュバスが主人公の所にひょっこり現れるというのがこれまた王道だが、まあそういう都合のいい展開は期待しない。
「無理して天使や魔族を探す必要がないんじゃない」
ムニラの言葉はまあ正しい。俺はなるべく選択肢を増やしたかったが、天使と魔族を探すのが一筋縄ではいかないようなので、妖精を頼ることにした。
妖精なら人間と関係がそれなりに深く、ここグローパラスにもキキーモラという妖精が七人ほどいる。彼女たちに話を聞けば、魔法に長けた妖精について何か話を聞けるかもしれない。
よし、明日はキキーモラの話を聞くことにするか。
だが今は、もう少しスライム祭りを楽しんでいよう。




