042 森のモンスター娘 後編
さて、このままではいずれアリアは餓死してしまう。というわけで、別の手段を考えなければいけないが、こうやってうまくできた足を破棄するのもなんかもったいない。
足に根と同じ機能って持たせられないかな? 土に足を突っ込めばそこから養分と水分を吸収できるようになれば……。
「これならどうだ……!」
「足がものすごくむずむずするー」
ボワッと音を立てて、それを出現した。
アリアの足のももとすねから細く長い毛がブワッと、もうすね毛とかそういうレベルを超えてふっさふさ。
これは……根毛か。根から抜けにくくするのと、表面積を増やして水を吸収しやすくする役割があるんだったな。後者は、人間なら小腸の絨毛が同じ役割を持っている。そう考えると必要なものなのだろうか。
これは悪夢だ……。俺としてはこの外見を許せない。
なんとなくティナの方を見たら、ティナも「これはないです……」といった微妙な表情を浮かべている。
「これは嫌ー」
アリアは気に入らなかったようだ。ある意味よかった。俺の好みで進化の良し悪しを決めるのはよくないからな。
とりあえず一度元に戻すことにした。根はいわゆるひげ根というやつだ。太い主軸となる根があるのでなく、細い根を張り巡らせるタイプだ。もっとも、細いというのは一般的な植物の話で、アルラウネの根は俺の足よりも太い。
……あー、これは進化の方向が決まったな。
一応いくつか腹案はあった。
一つはウォーキング・パームと同じ移動方法だ。俺の持っていた進化に関する本に載っていた植物で、あまりに独特な性質を持っていたためよく覚えている。
根が特殊なんだよね。タコ足みたいな根が生えていて、それがウォーキング・パームをしっかり支えているんだけど、地面から上の部分にそのタコ足の根本があるから幹が地面に接していなくて浮いていることになる。
そのタコ足の生長速度が光の多さで変わって、暗い方が長く伸びるから、やがてウォーキング・パームの体全体が光がある方向へゆっくりと傾いていく。そして、地面が近くなると、体の一部から新たにタコ足の根が生えてきて体を支える。
最終的に古い部分が腐って、光がある方向へ移動した本体はその場所でまた生長して、同じことを繰り返す。長い時間をかけるから分かりづらいけど、移動する植物ということでウォーキングって名前がついている。
この生長速度をものすごく速くすれば移動することができるんじゃないかと思ったが、ものすごく手間がかかるから候補から除外だ。
もう一つは動物と共生する方法。イソギンチャクとヤドカリの共生は有名だと思う。ある程度大型のモンスター娘にくっついて移動すればいいんじゃないかと考えたが、相方を探すのが大変だし、これは進化とは違うよね。
今あげた二つは実際に地球にいた植物や動物をモチーフとしているから、王道に近いと思う。できれば、そういう進化をさせたい。
だが、モンスター娘が快適に暮らせるようになることが第一であるから、ここは別の方法を考える必要がある。
植物といえばツル。そのツルを自在に動かすことで移動する方法が考えられる。つまり、動かないものにツルを巻きつけて引っ張れば、その力の反作用で体を動かすことができる。それで移動すればいい。
……いや、ツルの届く範囲に動かない何かがなければ移動できなくなる。それでは不便だ。ならば、ツルの力を強くすることで地面に突き立てることができれば、どんな場所でも移動することが可能になる。空中や水中でもない限り、地面はどこにでもあるのだから。
だが、そんな進化を遂げたアルラウネをグローパラスに連れて行ったらやばい気がする。そこら中の地面に穴があいているレジャーランドはさすがに嫌だ。
うん、この三つは廃案だ。
そうなると、残り一つの方法しかない。非常に簡単な方法で、RPGに出てくる植物モンスターでよく見る移動方法だ。
シンプルに、根に足の代わりをさせればいい。
超有名国産RPGに出てくる、複数の状態異常を引き起こすスキルを持つ有名な強モンスターも、根と思われるもので移動している。あいつは植物モンスターのカテゴリーに入れていいよね。
根は重要な器官だから、丈夫にした上で自由自在に動かすことができるようにすれば移動ができるようになるはず。たぶん、重要な器官であるが故に、根を使った移動という進化は通常起こりづらいかもしれない。移動することで露出させることになってしまうから。
「でも、新しい進化は必要だよな」
俺はそう呟くと、アリアに再び進化魔法を使った。今度もまた確かな手応えを感じる。つまり、不可能な進化ではないということだ。
「アリア、そのひげ根を動かしてみてくれ。それによって移動もできるはずだ」
先程よりも、ひげ根が太くなっている。おそらく、根の力だけで体重をしっかり支えることができるようにするためだ。また、根を地中に入れるために地面を掘ることもできるようになっているだろう。
「おおー、動くよー、私、歩いているかもー」
ひげ根がわさわさ動いているのが若干気持ち悪いが、思ったよりも軽快に移動できている。
「次は地面を掘れるか試してみてくれ。それができないと片手落ちだ」
「了解ー」
どんな風に掘るのかと思ったら、根を複数束のように重ねて一気に地面をえぐるという荒業を見せた。これは攻撃手段として使ったらえげつないかもしれない。見る見るうちに穴が掘られていった。
ただ、勢いよく穴を掘っているせいか、根に傷がついている。
「うーん、根に傷がつくのは避けられないかなあ」
「大丈夫ー、このぐらいすぐ再生できるよー。葉っぱだって、すぐ生えてくるぐらいだしー」
そう言って、アリアは自分のアロエのような葉を一枚ちぎって俺に渡してきた。うん、やっぱどう見てもアロエだ。ちぎられた部分を見ると、肉厚で、しかもその葉肉は非常にみずみずしい。
「これだよ、これ。食べると健康や肌にいいんだよな。もちろん、肌に直接塗るのもありだ」
「本当ですか!?」
ティナが食いついてきた。いや、物理的に食いついてきたわけではないが、そうしかねないほどの勢いだ。
「食べてみる?」
「はい!」
喜び勇んでアロエを豪快にかじったティナの表情が歪む。
「……に、苦いです……」
「あー、やっぱりか。でも、こういうのって生で食べた方がいい気がするんだよなあ。他の野菜と一緒に食べれば多少は味がまぎれるかな?」
そこらへんはおいおい考えよう。
「ところで、そのちぎった葉ってどのぐらいで再生する?」
「このぐらいならー、えーと、二、三時間すれば元に戻るよー」
確かに、ちぎったところがすでに盛り上がってきている。こういう反則的な生命力はモンスターだからこそか。
「あとさ、蜜って出せる?」
「飲みたいのー?」
アリアは赤い花から生えているチューリップのような筒状をした花を俺とティナの前に移動させる。
「持ってー」
言われるまま俺とティナが花を持つと、コポッという音と共に筒状の花の奥から蜜が溢れてきた。まるでコップの中に水が湧き出しているかのようだ。
意図は明白なので、俺とティナはコップで水をのむように、花びらに口をつけて蜜を飲んでみる。
「こ、これは……!」
「甘くて美味しいです!」
どろりとした蜜は透明な茶色で、見た目はハチミツのようだ。若干大味というか癖のある甘さで、鼻を突き抜ける匂いも強すぎる感はあるが、この蜜だけでもデザートとして通用すると思う。
「どうだアリア、その歩けるようになる根は気に入ったか?」
「うん♪」
「じゃあ……」
「リューイチたちの所に行くよー」
こうしてアルラウネを勧誘することに成功した。
その後、アルラウネをさらに二人勧誘した。さらに、幼木のドリアードを五人発見し、本人の同意でグローパラスに植林されることになった。
大変だったのは移動で、俺が一度王都に戻り、馬車を複数と城仕えの庭師を連れて森に引き返した。全員グローパラスに無事移動させたのは、アルラウネを探しにグローパラスを出発してから半月後だ。
幼木のドリアードは日当たりのいい所に植林することになった。最初はふれあい広場に植林することも考えたが、数ヶ月もすれば外見が今の幼女から少女に成長して繁殖が可能になるそうで、ふれあい広場に置くのはまずいと判断した。少女になってから繁殖をどうするかは今後の考えどころだ。
アルラウネに関しては、蜜を使ったスイーツが人気商品となった。
アルラウネ本人は、高揚した精神を鎮める効果のある匂いを出す能力があることも判明し、女性用施設としてできた美容マッサージ店に三人が交代でいることになった。もちろん、アロエの葉肉からできた美容オイルも使われる。
この美容マッサージ店は予想以上に話題となり、貴族の女性の間で大人気となっている。貴族が来ると平民が来づらくなるので、アルラウネが増えたら施設を増やして貴族用と平民用に分けた方がいいかもしれないな。
今回はアルラウネとドリアードを勧誘したが、森にはまだ数多くの種類のモンスター娘がいる。そのうち他のモンスター娘も勧誘しないとね。