041 森のモンスター娘 前編
ハーピーの投入が園内に活気をもたらしたのは確かだけど、一種類増えただけでは大きな変化をもたらすことはできない。まだまだテコ入れが必要だ。
となると、次はどんなモンスター娘をハンティング、いや、スカウトしてくればいいだろうか。
「女性向けの施設があればいいと思います」
悩んでいる俺に、珍しくティナの方から声をかけてきた。女性向け?
「グローパラスには、食堂や資料館のような一般向け施設、ふれあい広場のような家族向け施設、娼館のような男性向け施設がありますが、女性向けの施設は存在しません」
「言われてみれば確かに……」
この世界は、女性の社会的地位が特に低いということはない。女性が率先してレジャーを楽しむことは珍しくないようだ。つまり、女性向けの施設を作るということは間違ったアプローチではない。いや、むしろ必要と言える。
「女性向け施設ってどういうのがいい? 正直、俺にはピンとこない」
「やはり、甘いものですね。お菓子が嫌いな女性はいません!」
ティナは拳をギュッと握って力強く主張する。おお、ティナがこれだけ燃えているのは初めて見るかもしれない。
「あとは美容ですかね。綺麗になることを追い求めるのもまた女性の性です」
ああ、確かに地球でもそんな感じだったな。スパとかエステとかが女性に大人気だったっけ。俺は興味なかったからよく知らないけど。
あとはダイエットだな。うん、スイーツ、美容、ダイエット、なんというかワイドショーや女性週刊誌はそれらの割合が多いような気がする。
ただし、そういった施設を作るとしても、モンスター娘が絡んでいないと意味がない。そういった施設に向いたモンスター娘っているかなあ……。
……あ。それっぽいモンスター娘がいるな。
「よし、森へ行こう」
「あー、私、行きたい!」
クレアが手を上げる。女性向けのモンスター娘探しということでいつもよりも興味津々といった感じだ。
「今回はティナと行く。クレアは副園長としてお留守番」
「えー」
「森の中だと、ティナの探索魔法が必要になるしね」
「うー、仕方ないか……。できれば、出会ったモンスターは全員連れてきてね」
目指すは俺が異世界に飛ばされた森だ。スライムたちに森のモンスターの話をあらかじめ聞いておけば楽になりそうだしね。
そして、俺とティナは王都から三日かけて懐かしのレーテ村に入り、一晩泊まってから日が昇る前に森を目指し、昼前に森に着いた。
さて、目的のモンスター娘、アルラウネを探さなければ。ソニアの話を聞く限りでは俺が求める能力を持っているようだし。
「ティナ、頼むよ」
「分かりました」
ティナの大地魔法による探索は便利であるが、森のように数多くの動物がいる場所では、目的の動物を見つけることが難しくなる。一つ一つ精査するとティナの負担が大きくなるからだ。
ただし、ここで俺が協力すると話が変わる。
ティナの探索魔法とクレアの幻覚魔法の組み合わせで3Dマップになるように、俺の力をうまく組み合わすことができないか模索した結果、俺のモンスター娘を感じ取る能力をリンクさせることで、モンスター娘の居場所だけを把握できるようになったのだ。地面に接触しているモンスターにしか効果がないが、それでもかなりのインチキ効果だと思う。半径六百メートルの範囲で調べられるから空振りになることはほとんどないだろう。
「……範囲内で三十三体いますが、どうしましょうか」
広さの割に少ないように感じるが、手当たり次第としては数が多いな。
「その中で一定時間動かないのを絞れたりする?」
「……大半が動きません」
あー、そうだろうなあ。ドリアードが結構いるという話だし。これはもう、手当たり次第しかないか。
「とりあえず、一番近いところから当たってみよう」
「分かりました。それでは私が先導します」
ほんの数十メートル、道を外れて森の中へと入ったところに彼女はいた。
植物は詳しくないから何の木か分からないが、そこそこ背丈が高い樹木の枝に、一人の少女が腰掛けている。長い緑の髪に、薄い緑色の衣。俺たちを見つけると少し驚いた顔をして枝から飛び降りてきた。だが、その樹木から離れない。いや、離れられないのか。
「ドリアードだよな?」
「はい。あなたは猟師ですか?」
「いや、俺たちは猟師じゃないよ」
俺とティナは自己紹介して、グローパラスについて話した。ドリアードは少しだけ興味を持ったようだが、ここから動けない彼女たちをグローパラスへ連れて行くことは難しい。植林とかできるのかな?
「私みたいにある程度育つと無理でしょうね。まだ子供の時なら植え替えができるでしょうけど」
「へえ、見かけたら声をかけてみようかな」
「そうして下さい。たぶん、外の世界を見てみたいと思う子もいるでしょう」
ふと気づいたが、ドリアードの樹木って周辺の高木と比べると若干低いな。太陽の光をなかなか浴びることができない気がする。そのうち淘汰されやしないだろうか。なんか心配になってくる。
「ドリアードって太陽の光を浴びなくて大丈夫なのか? 太陽の光があまり必要ない樹木でもある程度は必要なはずだし」
「ああ、大丈夫ですよ。元々私たちは太陽の光を多く必要とはしませんし……」
ドリアードが腕を振るう動作をすると、ドリアードの樹木から生えているつるのような枝が上に伸びていった。そのまま自分より背の高い樹木の上部につるを絡ませる。
なるほど、こうやってつるに生えている葉で光合成をするのか。樹木の一部を動かすことができるドリアードだからこそできる方法だな。
「ところで、私たちはアルラウネを探しに来たのですが、何かご存知だったりしないでしょうか?」
「アルラウネですか、少しお待ち下さい」
ティアの言葉にドリアードが何か呟くと、ドリアードの樹木がさあっと揺れた。それからしばらくすると、ドリアードは何回か頷いて俺たちの方を見る。
「今仲間と連絡を取り合ったんですけど、私たちがいる周辺では三人のアルラウネがいるみたいですね」
「え? 仲間と連絡取れるの?」
「はい。一番近くの仲間に連絡したら、その仲間がまた一番近くの仲間に連絡してというのを繰り返します。それでアルラウネについて返信が返ってきたのが三つでした」
「それはすごいですね!」
なるほど、伝言ゲームみたいな感じかな?
「私の一番近くにいる仲間はあっちの方角にまっすぐ歩けば会えます。続きはその子から聞いて下さい」
「色々とありがとう。助かった」
「いえいえ。久しぶりに人間と話せて楽しかったですよ」
ドリアードを四人経由した結果、ついにアルラウネと対面することになった。
ラフレシアのような横に広く地面の近くに生えている赤い花から、人間の少女の太ももから上の部分が生えている姿が特徴的なモンスター娘だ。何よりも目を引くのは、肌の色が緑色であることだ。茎のように薄い緑色なのでそこまでどぎつくは感じないが、やはり特異さは感じる。
髪の毛はドリアードと同じく濃い緑色で、短いツインテールにしているその二つのテールの根本の部分には黄色の花が生えている。それらは十代半ばといった感じの外見をより一層幼く見せている。
下半身の赤い花は花弁が五枚あるが、一枚の大きさがアルラウネの胴体とほぼ同じ大きさがある。そして、言ってみればアルラウネの人間の体が大きなめしべということかな。
おしべはたぶんない。そのかわり、その赤い花の奥から茎のようなものが数本生えていて、チューリップのような筒状をした花が八本生えている。花の色は紫、橙色、青、白など様々だ。花から花が生えているというのが不思議だ。
そして、赤い花を緑色の肉厚の葉が支えている。ギザギザととげのようなものがついていて、アロエにそっくりだ。
俺は早速アルラウネに交渉をもちかけた。
アルラウネの名前はアリア。ここに五十年ほど生えているらしい。
「そのグローパラスってのは面白そうだねー。どうせここにいてもぼーっと過ごすだけだしー」
おお、相変わらずちょろいのが多いな。いや、アリアに限らず暇を持て余しているというのはモンスター娘の多くに共通している気がする。だからこそ、何かをすることに対して興味を示すのかもしれない。
にしても、随分ゆるい受け答えをするモンスター娘だ。アルラウネと言えば、一部では死刑囚の血や涙、精液から生えるなんて言われるようなモンスターなのに、そうした悲壮感みたいなものがまるで感じられない。
「でもさー、私ー、ここから動けないんだけどー」
なるほど、植物系はそういうモンスター娘が多いんだな。まあ、俺の知識だと、動物は動いて植物は動かないという単純な図式だが。ミドリムシみたいなのもいるけど、あれは例外だろう。
だが、俺には進化魔法がある。植物だって、動くという方向の進化をしてもいいはずだ。実際、光を求めて移動する植物もある。ウォーキング・パームとか本には書いてたな。歩いて移動するわけではないけど。
モンスター娘のイラストとかだと、根っこの部分を足に見立てるものがある。たぶん、何とかなるだろう。
「どうだ!」
「あーれー」
よし、うまくいった気がする。
「おー、なんか根っこがむずむずするねー。よっこらしょー」
アリアが気の抜けた声で土の中から足を引き抜いていく。
花の上に太ももから上の部分があり、アロエの下には緑色の人間の少女の足が生えている。アロエのすぐ下に膝があるようだ。
「歩ける?」
「うん、歩けるよー。でもさー、私、根がなくなったらどうやって水や養分を吸収したらいいのかなー?」
その危機感のない呑気な声に俺は凍りついた。
あー、うん、考えてなかった。光合成だけじゃ無理なんだろうなあ、たぶん。
「そ、そうだ。人間の体があるじゃん。普通に食事をすれば……」
「私、食事はしないよー」
おおう……。