038 プロローグ
グローパラスが始動してから一ヶ月が経った。モンスター娘たちが人間をもてなす遊興施設の噂は、静かに、しかし確実に王都の住民へと広がっていった。
最初は国王の乱心説すら口の端に上ったが、怖いもの見たさもあり、試しに行ってみる者が出始めた。その後は、行ってきた者たちが体験談を興奮気味に、内容によってはひそやかに酒の席などで語るようになり、今ではグローパラスという名前の認知度は結構なものになっている。
もっとも、実際に訪れる客はまだ少ないといった感じだが。
これからどうすべきか。改めてグローパラスを見て回ろう。
入口には「グローパラスへようこそ」という立て札があり、客がその立て札の文字を読めるぐらいに近づくと、その近辺に常時いるワーキャットやワーラビットが「いらっしゃいませ!」と快活に挨拶をする。
両者はモンスター娘の中でも、外見が人間に近く、さらに連想させる動物が人間にとって可愛いと思えるものだ。まずは入りやすい雰囲気にしないとな。
そして、入口から入ってすぐには食事処を設けた。人間用の一般的なメニューや酒類を飲食することができる。調理担当はキキーモラという妖精だ。キキーモラは家事が得意な妖精なので、調理以外にもウェイトレスや、園内の掃除などを複数のキキーモラに担当してもらっている。
遊園地で入口というと土産物店がお約束だが、今は企画段階だ。そのうち設置しようとは思っている。
そこから奥に進むと、ある意味園内一番の目玉の「ふれあい広場」がある。その名のとおり、モンスター娘と直接ふれあいを楽しむことができる広場で、客層としては家族連れやカップルを想定している。
ふれあえるモンスター娘はスライムだ。ここには常時複数のスライムが待機していて、そのぷるんぷるんでぷよんぷよんな触感を楽しむことができ、当園一番の人気スポットとなっている。
その人気スポットの近くには資料館を設置した。
いかにモンスター娘が人間にとってなくてはならない存在かをアピールする場所として俺の肝いりだ。
まず、ゴミや排泄物の処理になくてはならない存在ということをアピールしている。もっとも、それらを食べているというのは短絡な人間から差別を生みかねないので、魔法的なもので分解している感じの絵を展示している。
ただ、どうしても文字の説明が多くなるのがネックだ。貴族や商人の識字率は高いが、それ以外となると王都の住人ですら低い。そのため、このコーナーは、貴族や商人からは関心を持たれることがあるが、それ以外の層からは見向きもされないのが現状だ。さらに言うと、貴族が来たことは片手で数えられるほどしかない。
また、ネズミやゴキブリなどを支配下におけるモンスター娘のおかげで、王都にそれらが出没することが少なくなったこともアピールしている。
百聞は一見にしかずということで、ワーラットに常駐してもらっている。彼女の掛け声でハツカネズミが色々な芸をするので、なかなかの人気スポットとなっている。
難点はハツカネズミぐらいしか使えないことだろうか。一時期、ローナが「ゴキブリたちで組体操をやってやるよ!」と息巻いていたが、俺が全力で止めた。どう考えても阿鼻叫喚の図しか想像できない。
資料館にはまだこの二つしかコーナーがないが、少しずつ内容は充実さえたい。クレアがモンスター図鑑の一部をここでもっと丁寧に、もっと人間と共存できるような形で展示するコーナーを設けようと企画しているようだし、俺も何か考えなければいけないな。
資料館からさらに奥に進むと、グラウンドが見えてくる。ここでは決まった時間に、ブラック・ローチやヘテロポーダ、ケンタウロスなど足の早さに自信のあるモンスター娘たちによるレースが行われる。長距離になると今のメンバーではケンタウロスの一人勝ちだが、短距離勝負にするとそれなりにいい勝負になる。
ただ見るだけでもいいが、誰が一位になるか賭けることができる。勝馬投票券ならぬ勝モン娘投票券は銅貨一枚と安価だ。もっとも、金が払い戻しされるわけではなく、当たったら園内での買い物を一回だけ銅貨二枚安くする割引券一枚が景品となっている。
このレースはなんだかんだで実力伯仲しているので、実際に見た人からの評価は結構高い。ただ、一日二回しか行わないので、タイミングが合わないと見られないのが難点だ。
グラウンドがある周辺では、モンスター娘たちが屋台や露店を開いている。
屋台の特徴は、そのモンスター娘が食べる料理で人間でも食べられるものを出しているということだ。一番人気は、ケンタウロスが作った「鶏肉のトマト煮込み」だ。ケンタウロスが狩猟した鳥と、同じくケンタウロスが栽培したトマトが使われていて、雑食とはいえ草食に近いケンタウロスでも消化しやすいようにじっくりと煮込まれた鶏肉が絶品だ。
なお、この世界では香辛料が安価で手に入る。いわゆる中世ヨーロッパ風異世界なので香辛料は高いのかと思っていたが、入手が難しくないため安価のようだ。ケンタウロスの煮込み料理にも香辛料が使われていて、肉の臭みを消すのと消化を助ける作用があるらしい。
隠れた名品がウンディーネによる「美味しい水」で、ウンディーネが厳選した水が売られている。そして、ワーキャットによる本日の特選焼き魚も、確かな品質の魚を食べることができると評判だ。
……まあ、屋台はこの三つしかない。しかも、ウンディーネは毎日屋台を出しているわけではないので実際は二つだ。本当はもっと増やしたいところだが、スカラベやワーラット、ブラック・ローチの屋台と聞いて喜ぶ者はいるだろうか。万が一にでも食中毒が発生したら大変なので、現状はこの三つに頼るしかない。
また、露店の方も、ケンタウロスやワーラビットが栽培した野菜が売られているぐらいだ。どうにかしないといけないなあ。
そして、一番奥にあるのが娼館となっている。男性への配慮、また子供が目にしないような配慮も兼ねて、意図的にモンスター娘の住居などの建物を密集させて、娼館へと続く道の目隠しになるようにしている。
その細い道を歩いて行くと、外観は俺の屋敷よりも立派な感じの娼館へとたどり着く。
おおっぴらに宣伝できないこともあってまだ客は少ないが、すでに複数のリピーターがいることは聞いている。
今のところは勤めるモンスター娘の数は多く、シフトを組んで余裕ある運営をしている。だが、モンスター娘は一度妊娠すると、子供を産んである程度の大きさまで育つまでは性交渉に関心を持たなくなることが多いらしい。それは、繁殖を目的とする彼女たちの特色だ。
そのようなモンスター娘は、繁殖のために人間の男をさらうことが往々にしてあるが、妊娠するとその時点で父親である人間を解放するらしい。下水道のモンスター娘たちの話で、人間の男がすぐ病気になるという話があったが、生活環境が異なることが多いため、モンスター娘が人間の男に執着をしないことはある意味幸いなのかもしれない。
話が逸れてしまったが、もし妊娠するモンスター娘が増えたら、娼館に勤めるモンスター娘の数が少なくなってしまうかもしれない。
ひと通り見て回ったが、改善するところが多すぎることが改めて分かった。
とにもかくにもモンスター娘の種類が少ない。
ここ最近まで園を運営することそのものに慣れることで大忙しだったが、やっとこういったことを考える余裕が出てきた。
さて、これからどうすべきかを考えるとしよう。




