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モン娘えぼりゅーしょん!  作者: 氷雨☆ひで
四章 モンスター娘と人間を絆ぐ者
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036 誓い

 翌日、俺は太陽が昇るよりも早く、一人で川にやってきた。まだ川からは色々な臭いがする。ゴミや糞を垂れ流すのをやめたとはいえ、すぐに元のように回復するわけではない。

 そんな川に向かって俺は叫んだ。


「ウンディーネ! リューイチだ! 話がある!」


 何度か叫んだ後、俺はその場に座ってウンディーネを待つことにした。アカムシの情報だと上流に住んでいるという話だが、それだと数日かかってしまう。

 この川はウンディーネの生息域だ。彼女たちなら、川で起こった出来事を把握できるのではないかという淡い期待がある。もしいくら待っても現れないようであれば、大臣などに許可を得て出発しなければならない。

 ここらへんが不自由なところだ。グローパラスを管理するという権限を得たということは、逆に言うと管理する義務を負っているということだ。何も告げずに持ち場を離れるわけにはいかない。


「人間さん、いきなり大声出すからびっくりしたよ」


 川の向こうからふよふよ泳いできたのはアカムシだ。ユスリカ……この世界ではグリーン・モスキートと呼ばれるモンスター娘の幼虫だ。


「君はこの前会った子かな?」

「そうだよー」


 しばらくは彼女を話し相手にしてウンディーネを待つことにした。その中で分かったのは、彼女は川底に沈殿した土から、魚などの死骸や糞を食べるという。

 また糞か。普段は意識したことがないが、糞を食べる生物は想像以上に多い。こうした生物たちが分解者として世界を浄化している……いや、それは大げさか。


 話し疲れたアカムシと別れてからしばらく経つと、周囲の雰囲気が変わった。この気配は何度感じても緊張感が走るな。


「やはり、あなたが来ましたか、アクリア」

「『やはり』とはどういうことですか?」


 この周辺のウンディーネの長であるアクリア。ということは、アクリアの部下とも言えるウンディーネが大勢いると思われるが、今まで一度も見たことがない。


「気になっていたことがあるんですよ。王都にあなたが初めてやって来た時、ウンディーネの代表者としてあなた自らがやって来たのは分かります。しかし、あの場にあなた以外のモンスターの気配を感じませんでした。三日後のときもそうです。長に付き従うウンディーネが一人もいないのは不自然だと思っていました」


 もちろん、アクリアが一人で来ることにこだわったという可能性もある。だが、三日後ならともかく、最初の襲撃の時にも一人だったのはやはり不自然だ。


「……もしかしたら、あなた以外のウンディーネは相当体調が悪いのでは? おそらく、今は水質が綺麗な上流で休んでいる」


 しばらくアクリアは黙りこんでいたが、やがて小さく頷いた。


「そうです。あの子たちは水の影響を受けやすいので、水質が悪化した場所には長くいることができません」


 やはりそうか。そこまで深刻な状況になっていて、それでも俺たちの話を粘り強く聞いてくれたのか。

 これを何とかしないと、俺の中で一区切りつけることができない。


「おそらくもうご存知でしょうが、俺はモンスターに新たな力を与える魔法を使うことができます。その魔法で、俺はウンディーネを救いたい」

「あなたの力はある程度把握しています。しかし、どのような方法であの子たちを助けるというのですか?」


 それが実は問題だ。

 俺の知っている範囲だと、環境が悪化した場合に生物が取る選択は二つ。その環境から離れるか、その環境に適応するかだ。

 前者は、渡り鳥が代表例だろうか。自分が過ごしやすい環境の場所を求めて大移動をする。そして、ウンディーネの現状はこれだろう。水質が悪化して住めなくなったから上流に移動しているわけだ。ということは、俺は別の方法を提示しなければならない。

 環境に適応させるとなると、俺の進化魔法の出番ではある。ただ、安易にこの方法を使うわけにはいかない。なぜなら、悪化した環境に適応した場合、環境が元に戻るとそれが毒になるという本末転倒な事態になるからだ。

 だから、適応するまでの劇的な変化はかえってよくない。もっと単純なものでいいはずだ。


「悪化した水質下でも健康を害さないように、水に混じった体によくないものを体内で分離できるようにします。そうして分離したものを体外に排出すれば、おそらく体調を崩すことはなくなると思います。ただし、取り込んだ水の影響を受けるのではなく、水質が悪化したという環境そのものの影響を受けるのであれば考えなおさないといけませんが」


 水質の悪化した水を体内に取り込むことで体調を崩しているなら俺の方法で何とかなる。しかし、ウンディーネが精霊のようなものに近く、水質そのものの影響を受けるなら難しい。


「いえ、体内の毒を排出する能力が高くなれば活力を取り戻すと思います。でも、そのようなことが可能ですか?」

「それならば、いけます」


 力強く頷いた俺を見て、アクリアは頷いた。


「それでは、あの子たちの元へ案内します」


 アクリアが腕を大きく振ると、そこから水が溢れでて俺を飲み込む。いきなりのことに俺は慌てるが、そのまま水に押し流されるような感覚があり、口からごぼっと空気の泡が……。




「……ここは?」


 イメージ的には溺れかけたような感じだが、まったく苦しいことはなく、いつの間にか俺は湖、いや、大きさ的には泉の前に立っていた。

 その泉の水はとても綺麗だ。透明度が高く、泉の底の地面がしっかりと見えるぐらいだ。

 俺を見る複数の気配に気づいて周囲を見回すと、水のような体をした美少女、ウンディーネたちが視界に入るだけでも十数人いる。


「ここは、水の力が強い聖地です。体調を崩したウンディーネたちは、ここで体を癒しています」


 確かに、どのウンディーネも心なしか元気が無いように見える。

 俺は、そうしたウンディーネの一人に近づいた。警戒をしているようだが、逃げるようなことはなく、若干硬い表情で俺をじっと見ている。


「そこの人間は私が連れてきました。あなたたちを助けることができるかもしれないとのことです」


 アクリアの言葉に、ウンディーネは警戒を一応は解いたようだ。表情がやわらかくなる。


「今から、君の体の構造を少しだけ変える。大丈夫、怖くない。俺はモンスターたちの味方だ」


 強い浄化の力。体内に取り込んだ水のうち、有害なものを分離して、できれば解毒して除去する……、つまり肝臓と腎臓のようなものか。それの強力なものがウンディーネにあれば……。

 ……! 来た! よかった、いつもの大きな力を感じる。たぶん、具体的に肝臓や腎臓を思い浮かべたのが功を奏したのかもしれない。


「きゃっ!?」


 目の前のウンディーネが一瞬光り輝いた。

 そして、その光がおさまったあとには、前と変わらない姿のウンディーネが目をぱちくりさせていた。


「変化がないようですが?」


 アクリアが訝しげに尋ねてくる。だが、俺は自分の力を信じている。


「……手応えはありました。あとは実際に確かめてみるしか」


 それは、再び体調を崩すかもしれないことを承知で汚れた川に来てくれと言っていることになる。しかし、それでもウンディーネはその提案をのんでくれた。

 これで失敗していたら、俺の信用がなくなるばかりか、川の浄化計画そのものへの信用も落としてしまうかもしれない。冷静に考えたら、一人で先走ってかなりリスキーなことをしている。そのことに気づいて内心真っ青になるが、こうなったら自分の魔法を信じるしかない。




 王都の近くの川にやってきたウンディーネがしばらくの間おっかなびっくりといった感じで泳いでみる。いつもならば、ある程度時間が経つとだんだん気分が悪くなるらしい。たから、川の様子を定期的に見たらいつもはすぐに上流に戻るそうだが……。

 ん? ウンディーネの右胸のあたりがほんの少しだけ色が濃くなっている?

 いや、違う。黒ずんできている。水に墨を落としたような感じか。もやもやした黒いものができている。それが、時間がたつにつれて少しずつ大きくなっていく。もしかしたら……。


「なあ、それを外に出すことができないか?」

「……あ、なんかできる気がします。川の中にはまずいですね。河原に出してみることにします」


 俺とアクリアが見守る中、そのウンディーネは河原に上がって右手を前に出す。すると、右胸にあった黒いもやもやが右腕を通って移動して、ついには右の手のひらに達したかと思うと、そこから黒い水のような塊が河原へと落下した。


「ちなみに、体調の方は?」

「今日はずっと平気です。気分が悪くなることがありません」

「……うまくいったと思います。体調を悪くする原因のものを集めたものが先ほどの黒い液体でしょう」


 うん、大体想定通りだ。


「たった一時間ぐらいで結論を出すのは早いので、しばらく様子見して下さい。何か問題があったら、俺を呼んでいただけたら。それで大丈夫なようでしたら、他のウンディーネにも同じ魔法を使います」

「リューイチ、ありがとうございました」


 アクリアが俺に向かって頭を下げてきた。


「いえ、元は人間が身勝手に川を汚したことが原因ですから、我々の方が謝罪することがあっても、あなた方が頭を下げる必要はありません」


 これで、今度こそウンディーネに多少なりとも許されたのではないだろうか。

 もちろん、俺たちがこれからもゴミや糞などの問題についてしっかりと考えていくことが前提だが。そう考えると、これからがむしろ本番で、やらなければならないことが山積みであることに改めて気付かされる。

 何よりも、人間とモンスターがいつか共存できる日がくるために……。


「アクリアよ、人間とモンスターが共存できる日がいつか来ると思いますか?」


 気づけば、俺はアクリアにそんな言葉を投げかけていた。

 返事は期待していない。それでも、訊いてみたかった。


「私には、それは夢物語としか考えられません」


 ……やはりまだそう思われるか。


「でも……、いつかそんな日が来たら、それは素敵なことかもしれない。そう思わせるものを、このたび人間たち、そしてモンスターたちに見せられました。もちろん、リューイチ、あなたからも」

「……ありがとうございます。いつの日か、必ず実現してみせますよ」


 それは俺の誓い。

 いつの日か、必ず……!

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