032 一つの区切り
スカラベに声をかけようかどうか迷っていたら、遺跡の方からさらに三人のスカラベが現れて全部で四人になった。
ふむ、どうやらどこかへ向かおうとしているらしいな。どこで入手したのか知らないが、リュックサックを背負っている。
「俺はあいつらのあとをつけてみる。クレアとティナはここで遺跡の方を監視してくれないか」
「分かったわ」
「私たちがついていったら見つかりそうですしね」
俺だけだったら気づかれないぐらいの距離から観察することができる。いや、本当に各種能力が向上しているな。俺の背中にいるサンディは退屈のようだが、俺の肩のあたりを甘噛みして気を紛らわせているようだ。ちょっとこそばゆい。
しばらく歩いていくと、今まで砂だけの不毛の地だったものが、徐々に草が目立つようになってきた。それだけじゃない。遠くまで短いながらも草が広がっているのが確認できる。そして、その草を食べている鹿のような動物たち。ああ、ガゼルってやつかな、これ。
ここは砂漠の端だったのかな? これだけ草があるとは思わなかった。
そして、スカラベたちは一斉にきょろきょろし始める。俺に気づいたのかと一瞬焦ったが、彼女たちの視線は足元だ。……ああ、糞を探しているのかな。
どうやら、その推測は正しいようだ。彼女たちは動物の糞をじっと見ている。あれは比較的新しい糞かな? なんとなく表面がまだ湿っている感じだ。すでにハエがたかっている。
ガゼルの糞は団子ぐらいの大きさで、形は若干俵のような感じだ。昔ウサギを飼っていたことがあるが、ウサギの糞を大きくした感じだな。
それをスカラベがどうするのかとわくわくしていたら、興味なさそうに別の糞を探し始めた。
ん? 何でだ?
次に見つけたのは、おそらく古い糞。からからに乾いているな。つかんだらボロッと崩れそうだ。そして、それも華麗にスルーするスカラベ。
本当に糞が目的なのだろうか? そう疑問に思い始めたら、またスカラベが糞を発見したようだ。今度は新しくはないけど、からからに乾ききったわけでもないといった感じの微妙な糞だ。今度も無視するのかと思ったら、スカラベは嬉しそうに手に取った。
は? 基準が分からないが、どうやらお眼鏡にかなったのかな。どうやらその周辺にある糞はどれも似たような感じで、そのスカラベは仲間を呼び寄せて糞を集め始める。お、これは次の動きに期待できそうだ。俺の予想としては、集めた糞をひとかためにして玉の形にするとかだ。
そう予想した矢先に、スカラベたちはリュックサックの中にその糞をしまい始めた。
「ちょっと待て! なんだよ、それ! 確かにリュックサックの正しい使い方かもしれないけどさ! 糞を入れるのは想定してないと思うけど!」
気づいたら、俺はスカラベたちのところに走っていき、そんなことを口走っていた。いや、なんかさ、俺の気持ちも分かるだろ?
そして、俺はスカラベたちに囲まれていた。
「人間?」
「どうしてこんな所に?」
「人間を見るのは久しぶりかも」
「男だよ! でも、今はなあ……」
俺を警戒しているのか、俺を囲みながらも距離を保っている。
「あー、すまん、今の登場の仕方はまずかったな。でも、あまり警戒しないでほしい」
うん、我ながら説得力ないな。なんか困った表情を浮かべて視線を交わしあっている。俺への対応の仕方をどうしようか迷っている感じだ。
これはちょっと面倒なことになったなと頭を抱えたら、俺の背中からサンディが地面に降り立った。
「リューイチは優しいよー。大丈夫だよー」
おお……! 何をするのかと思ったら俺のことをフォローしてくれるのか! なんていい子だ。
「サンドワーム!?」
「大きさ的に子供みたいね」
「違うぞー。こう見えて三百年は……」
「可愛いわね!」
「サンドワームみたいな気難しい子が大丈夫って言うんだから、この人間は無害なのかも」
おお、サンディの魅力にめろめろじゃないか。単純なだけという話もあるが、モンスター娘は全体的に素直、朴訥な子が多い気がする。
それから、俺はスカラベたちに色々と話を聞くことにした。その間も、糞を探してはせっせとリュックサックに詰めているのがアレだが。
「新しい糞はね、私たちのようなモンスターじゃなくて、糞を食べる動物たち、まあそのほとんどがいわゆる糞虫だけど、その子たちのために取らないでおくの。人間は気にしてないと思うけど、小さいから目にとまらないだけで、かなりの数がいるのよ」
そういえば、テレビ番組で見たことあるけど、奈良公園の鹿が一日に出す糞って確か一トンあるのに、糞虫が全部片付けるって話を聞いたことがあるな。そのおかげで鹿の糞は人間が片付けないでもいいとか。
「ある程度日数が経った糞はカビが生えたりして、もう使い物にならないの。だから、私たちは一日ぐらい経って表面は乾いているけど、中はまだ湿っているってぐらいの糞を集めるの」
なるほどね。選ぶにはそれだけの理由があるということか。
「毎日こうして食べるだけの量を何とか確保しているの」
「あれ? 確か子供用の糞を確保して卵を産み付けるとかなんとか聞いたことがあるけど……」
俺のその言葉にスカラベたちは目を伏せた。
「糞がそれだけ確保できないの。子供を産むには人間の男が必要だけど、それ以上に産む私たちにも栄養が必要になって、かなりの量の糞を食べないといけないんだけど、今はそれだけの量を集めるのは無理でさ」
生命を維持するための食事の量は小食でいいが、子供を産むためにエネルギーが必要になるということか。もしかしたら、他のモンスター娘もそうなのかもしれないな。そこらへんまで突っ込んで聞いたことがなかった。
「一応少しずつは糞を蓄えているんだけどね。私たちは糞がカビたりしないようにすることができるからさ。それで、必要になったときに一人だけ子供を産めるようにできることはできるけど……」
……これは交渉の材料として申し分ないな。彼女たちの現状に付け込むようにはなってしまうが、どちらにとっても利益のある話にはなりそうだ。
「それなら、何とかなるかもしれない」
そして、俺は彼女たちに王都の現状を話した。
人間の糞が毎日相当量出るが、その処分がうまくいかないこと。ハエのモンスター娘がいるけれども、彼女たちが一日で消費する糞の量では、毎日糞が増え続けて大変だということ。もし協力してくれるなら、住む区画をある程度は確保できること、などなど。
ただ、問題は彼女たちが人間の糞に興味を示してくれるかどうかだった。食事の対象がかなり限定的な動物は少なくない。進化の過程で食料を限定的にした上で、その食料を確保して食べるために特化した体の構造になることすらあるのが生命の神秘を感じさせるところだ。
もし、スカラベが、たとえば草食動物の糞しか食べないようでは俺の目論見が根底から崩れてしまう。
「なんかいい話じゃない?」
「人間の男もよりどりみどりっぽい?」
ん? スカラベたちはかなり興味を示してくれているようだ。
「人間の糞でも大丈夫なのか?」
「もちろん。繁殖の時とかに食べたことあるけど、人間って食べているものが豊富だから糞もいい味しているんだよねえ」
そ、そうなのか……。糞にも味があるのか? そこらへんの味覚はたぶん一生分かり合えない気がする。
「それなら話が早い。できれば、あんたたちの長や指導者的立場にある者と話をしたいんだけれど」
「んー、私たちは特にそういうの決めてないよ。四十八人しかいないし」
「ガゼルよりもっと大きな動物がいるところだと二百人ぐらいいるけど、閉鎖的かも。そういった大規模な集団だと、ケプリっていう特別なスカラベが女王になっているわね」
なるほど、興味はあるけれどもいきなりそういう集団と交渉をするのはかなり難しい。数十人だと糞の処理が追いつかないけれども、最初から処理できるだけの人数がいると逆に糞の不足に悩みそうだ。
王都の人口は増えていっているようだし、スカラベも徐々に増えていく形で少しずつ糞の処理可能な量を増やした方が最終的にうまくいきそうだな。
「今はあんたたちと交渉したい。とりあえず、他の仲間を紹介してくれないか」
「分かったわ。ついてきて」
その後は順調に進んだ。
スカラベたちの巣で歓迎を受けたあと、最初に出会った四人を代表者として王都に向かわせることになった。
王都では大臣と面会し、即座にスカラベたちの移住が決まった。すでに排泄物の置き場ができていて、そこは現状山と詰まれた排泄物の処理が遅々として進まず、ハエ娘ことフライ・ガールが持っていくもの以外は埋めていくしかないという有様だった。
しかし、スカラベたちは目を輝かせていた。
「これなら、どんどん仲間を殖やさないと!」
「とりあえず、スカラベたちにも体を清潔にすることは厳守してもらうからな」
やる気がみなぎっているから、近い将来、排泄物の処理がうまくいくときがくるだろう。いや、必ずくる。
これで、山積みだった問題に展望が見えたと言える。ウンディーネが王都に襲撃したときに介入したことで、望まずしてこの国の一大事に巻き込まれることになったが、ようやくひと段落ついたな。
さて、俺はどうするかな。クレアがモンスター図鑑の製作のためにモンスター調査をすぐにでも再開したがっていたし、また協力でもするとしようか。
そんなことを考えていたら、大臣から城に呼ばれた。今回のことで報酬があるとか言っていたっけ。それなりの額を期待できるのではないだろうか。
「陛下が君に会いたいと申されている」
「え?」