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モン娘えぼりゅーしょん!  作者: 氷雨☆ひで
三章 浄化プロジェクト
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028 新たな提案

 ウンディーネとの約束の刻限が近づいてきた。

 三日前、ウンディーネが出現した井戸に俺たちは集結している。周囲の住民には避難してもらい、騎士と衛兵が万が一のために控えている。ただし、あくまでも交渉であるため、武装している者はなるべく数を少なくし、大臣の護衛以外は建物の陰に控えている。

 なお、俺はなぜか大臣の後ろのポジションにつくことになった。今回の交渉の日時を決めることになった関係者として、ウンディーネがすぐに認識できる場所にいた方がいいとの判断がされたためだ。


 今日まで日数がわずかしかなかったが、やれるだけのことはやった。

 あとは、こちらの意図がしっかり伝わるかどうかが勝負だな。




 太陽が昇りきった頃に、ウンディーネの長アクリアは再び現れた。井戸からは水柱が上がり、その水柱の頂点に優雅に腰掛けている。


「人間よ、あなた方の提案を聞きましょうか」


 ……やはり、アクリアは今まで会ったモンスター娘とは格が違う。声そのものに魔力のような波動を感じる。

 そのアクリアの言葉に、大臣が一歩前へ出る。アクリアに対峙するのは初めてのため、さすがにアクリアの存在感に圧倒されているようでこめかみに汗がつたっている。


「わしはダーナ王国で大臣を務めているニコラウス・フォン・クローゼルと申します。ウンディーネの長アクリアよ、これが我々の本日における回答です」


 そして、大臣は川の汚染を防ぐために人間が行う施策を語り始めた。

 まずはインパクトが大切だ。そのために、大臣は最初にゴミを川へ流すことをやめ、ゴミの処分はモンスターにその一部を一任することを伝える。

 それに対するアクリアの反応は劇的なものだった。


「人間とモンスターが協力しあう……そのようなことが可能なのですか!?」


 よし、食いついてきた。そこを逃さず、大臣が俺に合図する。


「可能です、アクリアよ」


 このタイミングで俺が引き継ぐ。交渉のメインは当然ながら国の重鎮である大臣だが、モンスターが絡んだ話は俺がやることになっているのだ。

 俺が後方に合図を送ると、フード付マントを被った人影が数人出てくる。


「この者たちがそうです!」


 その人影がフード付マントを一斉に脱ぎ捨てると、そこにはローナをはじめ、下水道に生息しているモンスターたちがいた。

 彼女たちは、人間と交渉をする際に責任者が必要ということで決められたそれぞれの種族の代表だ。

 ゴキブリからはブラック・ローチ、リング・ローチの二種、ネズミからはワーラット、そしてハエからはフライ・ガールだ。

 そういえばフライ・ガールとはほとんど接触がなかったな。昨日初めて会ったモンスターで、いわゆるハエ娘だ。小柄で快活だったりするが、いわゆる害獣、害虫であることは変わらない。


「彼女たちモンスターと、彼女たちと同じ種である動物や昆虫に、発生するゴミを食べてもらうことになります。全部食べきるのは無理でしょうから、燃やせるものは燃やし、そうでないものは埋めることにします。それでも、彼女たちの協力を得ることによって、ゴミの問題はかなり改善する見込みです」

「私たちは労せず食料が確保できるし、人間たちは捨て場所に困るゴミの多くを処分することができる。どちらも得するってわけ!」


 ローナのその発言に、アクリアは考え込む様子を見せた。


「……確かに、ゴミの処分としてはその方法は優れているかもしれません。人間とモンスターとの間でそのような関係を成立させるとは驚きです」

「それだけじゃないよ。人間たちは、私たちの繁殖のために、男を提供することも考えてくれている」

「な……!」

「あんたらウンディーネだって、子供を作るのに人間の男が必要だろ? これは私たちにとっては一番重要なことだからな。どうだい、いいだろ」


 アクリアは再び衝撃を受けたようだ。やはり、子孫を残すのに人間の男が必要というモンスター娘の縛りはとてつもなく大きいのだろう。


「……ゴミの件については分かりました。実際にその協力関係がうまくいくかどうかは見届けさせてもらいますが、今日の段階では納得しました」


 よし、これで半分は解決だ。大臣もホッとした表情を浮かべている。

 しかし、次が問題だ。


「ただし、問題は人間の排泄物です。正直申し上げますと、ゴミより早く自然に還るとはいえ、量の多さがかなり問題です。私たちモンスターは生命力が強いので体調を崩す程度ですみますが、普通の魚や動物は死ぬ事例も珍しくありません」


 このことについては、固形物と液体の分離をして、固形物は回収するとしか説明できなかった。固形物の処理についてはフライ・ガールが協力してくれるものの、現状ではそのほとんどを埋める必要がある。

 そして、やはりアクリアはその点をついてきた。


「液体部分の川への流出については保留とします。これに関しては私たちである程度浄化ができますので。もちろん、対策は考え続けていただきたいですけれども。私が心配なのは固形物の処理についてです。毎日相当な量になりますが、しっかりと処分を続けることができますか? 最初はきちんと処理するでしょう。しかし、少しでも作業をおろそかにするようなことがあれば、すぐに川へ垂れ流しの状態に戻るのではありませんか?」


 これが最大の問題だ。

 この国で下水道が完成する前の話を二日前に聞いたのだが、それは悲惨だったそうだ。汚物は容器に溜めて指定の場所に捨てなければならなかったのだが、真夜中や早朝など人が少ないときに、こっそりと路上へ投棄する事例が後を絶たず、王都には恒常的に悪臭が漂い、時には病気が蔓延する有様だったとか。

 さらに、汚物の処理も適当だった。王都からそう離れていない場所に埋めることなく積み上げられるだけで、分解には時間がかかり、漂う悪臭はやはりひどいものだったとか。

 下水道による固形物の分離を使えば、王都内においては衛生状態を保つことはできるかもしれないが、やはり固形物の処分は大きな問題になるだろう。


「私はあなた方がかつてどのように排泄物の処分をしていたかを知っています。そのときと同じ有様にならないことを示すことができますか?」


 ……これは困った。大臣がアクリアに対して資料を見せつつ色々と対応策を話しているが、アクリアの人間への不信感を覆すにはいたらないようだ。

 それなら、俺も可能性を示してみよう。


「もしかしたら、手立てはあるかもしれません」


 俺のその発言に皆が注目する。大臣は「何かあるならなぜ言わなかった」と言いたげな微妙な表情になっている。お、なんか表情読めているな、俺。


「非常に不確かな情報を元にしているので、まったくの無意味な提案になるかもしれません」

「あなたの考えには興味があります。確かリューイチといいましたか? 不確かなものでかまいません。ぜひ、その手立てというものを聞かせてください」


 アクリアがそう言うなら問題ないだろう。

 クレアがモンスター調査をするときに見せた紙。王都が兵を出した記録が残っているモンスターを列挙したものだったか。俺は、それに記されていた、あるモンスターに賭けたのだ。


「スカラベというモンスターをご存知ですか?」

「……いいえ。私が把握していないということは、この周辺には住んでいないモンスターですね」

「わしも初耳だ」


 うーむ、マイナーなのかな?

 でも、俺、というか地球ではメジャーな昆虫だ。ただし、スカラベという名前ではなく、フンコロガシという名前で。

 クレアに調べてもらったところ、地球と同じく、スカラベというモンスターは動物の糞を食料にし、子供の育成にも糞を使うという資料が見つかった。それを確認できたことで、今回の作戦を実行に移せる可能性が出てきたのだ。


「そのモンスターは動物の糞を食料にし、子供を育てる繭のかわりにします。彼女たちは砂漠に生息しますが、ここにいるゴキブリ、ネズミ、ハエのモンスターたちと同じような条件で協力関係を築けないか模索します」

「しかし、砂漠に生息するモンスターですよ? 私たちモンスターは生息域が限定的な種が多いのですが、そこのところは大丈夫ですか?」


 ……そう、それが最大の問題だ。

 そもそも、俺の記憶だと基本的に草食動物の糞を使うはず。確か、草食動物と肉食動物では糞の性質が違うよね。食べるものが違うのだから当然だ。雑食の人間の場合どうなるのか、そもそも人間の糞にフンコロガシは見向きするのかまったく分からない。

 さらに、最大の懸念事項は、そもそもスカラベが今も生息しているのかということだ。

 今は信頼関係が大事なので隠し事はよくない。俺はまったく意味がない提案かもしれないことを包み隠さず話した。


「……以上、様々な問題点があります。ですが、俺はわずかな可能性を考えて砂漠に調査に赴きたいと思います」


 俺が力強い言葉で宣言すると、大臣がその後を継ぐ。


「確かに現状では排泄物の処理について有効な手段を見つけられないでいます。過去の惨状をご存知とあれば、我々に不信感を抱くのも無理ならざることです。しかし、我々は有効な手段を追い求めます。このような若者も、確固たる意志を示しております。アクリアよ、どうか今は我々の決意を認めていただけないものでしょうか」


 俺と大臣は息を呑んでアクリアの次の台詞を待つ。

 その短い静寂が永遠とも思えるように感じられたとき、アクリアが頷いた。


「分かりました。今日あなたたち人間が私に示したものは、私の想像を超えたものばかりでした。よって、今しばらく、私たちは静観しましょう」


 ……よし!

 今すぐにでも安堵のため息をついてひっくり返りたい気分だ。


「ですが、忘れないで下さい。私たちが常にあなたたちを見ていることを」


 アクリアは最後にウンディーネへの連絡方法を言い残して、以前と同じように、噴出していた水と共に井戸に吸い込まれていった。




 そして、俺は砂漠遠征をせざるをえなくなった。ダーナ王国が完全にバックアップしてくれるので、持ち物については悩まないですむが。

 俺の同行者は二人、クレアとティナだ。

 砂漠のモンスターは攻撃的なものが多いという話なので、できれば二人を危険に晒したくないのだが、二人の能力を俺は必要としていた。

 クレアの幻覚魔法は応用範囲が広く、見たものを映像としてまるで3D映像のように映し出すことができる。そこにティナが大地魔法をリンクさせると、ティナが感知したものを、直接視認していないクレアが幻覚魔法として映像を出力することができるのだ。視認していないことで簡易なものになるそうだが、この合体魔法がどれだけ役立つかは語るまでもない。


「よぅし、出発!」

「よろしくお願いします」


 こうして、俺たち三人は、王都の北西にある砂漠地帯を目指すのであった。

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