025 目指す道
「もう一度言います。ゴミを食べるモンスターや動物に協力してもらえば、ゴミの問題についてはある程度解決します」
しばらく会議室は静寂に包まれたが、その静寂の意味がどのようなものか、俺を見る視線が痴れ者を見るようなものになっていることから想像がつく。
「バカバカしい! モンスターとの協力などありえん!」
「モンスターが人間に協力などするはずがない!」
「そもそも、今我々が頭を抱えている問題は、モンスターによる脅迫だ! 人間とモンスターは敵対するものだ!」
次々と否定の声が上がる。
まあ、それは仕方ない。これまでモンスターとの関係を構築することを考えたことはないのだろうから。
だが、一度爆弾を投じた以上、ここで引き下がるわけにはいかない。
「先ほど、俺は下水道に入ったときのことを話しました。そこでゴキブリとクモのモンスターと出会い、色々な会話をしたことは覚えていますよね。他にも、俺は何種類ものモンスターと会話を重ねてきました」
俺はゆっくりとその場にいる全員を見回す。
「断言できるのは、彼女たちは人間と同じような感情を持っていて、人間の友人と接するように、互いに会話を楽しむことができるということです。お言葉ですが、この場にいる皆様方は、自分からモンスターたちとの対話を試みようしたことはありますか?」
我ながら無茶なことを言っている。基本的にこの世界の住人のモンスターへの感情は恐怖と敵意が基本であるということは、俺のごく短い異世界ライフの中でさえ容易に感じ取ることができた。
ましてや、ここにいる面子は国を動かしている者たちであり、モンスターなどの脅威から国民を保護することを責務としている。考え方がより保守的になっているのが普通だ。
「どうか冷静にお考え下さい。彼女たちとの協力が、この国難を乗り越えるための鍵になるかもしれないということを」
あえて国難という言葉を使う。国民ですらない俺が使うべき言葉ではないが、この人たちに訴えるにはこのぐらいのあざとさがないとダメだろう。
「協力と言うが、具体的には?」
……のってきた! 少しでも関心を持ってくれたら、あとは俺の構想がどれだけ説得力を持つかどうかが勝負だな。
「下水道にはゴキブリ、ネズミなどのモンスターがいます。彼女たちの言葉を信じるならばそれなりの数がいるでしょう。動物や昆虫のそれならばもっと数は多くなります。そして、彼女たちは大抵のものは食べます。実際に、下水道で流されてくるゴミを食べているそうですし。それならば、最初からゴミを彼女たちに提供すればいいでしょう。もっとも、そのための場所を作る必要があるので、ある程度の土地は必要になりますが」
「王都で出るゴミの量は多い。食べ残しはそのままゴミになると思うが」
そう、実はそれが最大の問題。モンスターは小食だし。ただ、モンスターの小食は俺が何とかできるかもしれない。それは不確定すぎるからここでは言わないけれども。
「食べ残しは乾燥させて燃やしましょう。燃え残りや、最初から燃やすことが困難なものは埋める必要が出てきますが、量も最初と比べるとかなり減ることになるので、土地の確保や運搬は容易になります」
今の文明レベルなら、このぐらいで何とかなるはず。燃えないゴミが大量に出るようになってくると別の方法を考えないといけないだろうけど。
「しかし、エサが潤沢にあると害獣が増えすぎることが心配だ」
「はい、その心配はもっともです。しかし、ネズミやゴキブリを狙いクモやムカデなどもいるので、増えすぎるということはないでしょう」
数のバランスが取れるかどうかは未知数だが言わないでおこう。問題が起こってから考えればいい。……いや、本当はよくないけど今は仕方ない。
「何より、モンスターが自分たちと同じ動物や昆虫を従えられる点が大きいです。食事を与えるかわりに、動物や昆虫をまとめて管理してもらい、王都に入れないようにします。ネズミやゴキブリなどに悩まされることがなくなれば、国民のためになると思います」
この世界の住人がどれだけ把握しているかは分からないが、これによってネズミやゴキブリなどが媒介する病気を遠ざけることにもつながる。
このメリットが響いたか、モンスターに交渉することについてようやく前向きに議論し始めるようになった。それから、いくつか議論を重ね、日が変わる鐘が鳴るころに大枠が決まった。
「これから、俺と大臣、騎士数名が下水道に向かうということでいいですね」
「わしも行かないとダメか……」
「俺では、交渉材料として何を提示していいのか分かりませんから」
そして、排泄物の問題については、引き続きこちらで議論を続けるようだ。ドワーフの技術工も呼ばれているので、何らかの解決の糸口を見つけてくれるかもしれない。
「本当に大丈夫なんだろうな」
俺の隣で女騎士のソフィアが青ざめた表情をしながら下水道内を歩いている。ソフィアは大臣の護衛のために同行している騎士の一人だ。
なぜ青ざめているかというと、おそらく先ほどからネズミやゴキブリがそこらへんをうろついているからだろう。モンスター娘に出会ったらはたしてどうなることやら。
「……お、あれはゴキブリのモンスター娘だな」
ブラック・ローチのようだが、ローナではない。ローナだったら話が早いが、まあ仕方ない。
「おーい、そこのブラック・ローチ」
「……は!? い、いきなり声をかける奴があるか!?」
ソフィアのぎょっとした声は無視して、俺は手を振りながらそのブラック・ローチに近づく。そのブラック・ローチは怪訝な顔で俺を見ていたが、何かを思い出したのか、俺に声をかけてきた。
「ひょっとして、あんたってリューイチとかいう人間?」
「ああ、そうだけど、何で俺のことを知っている?」
「ローナから聞いたよ。クモ女を一撃で倒した人間がいるってね、やるじゃん」
ローナの友達かな?
「あのさ、ローナはいる?」
「今は巣で寝ていると思うけど、呼ぼうか?」
「助かる。あと、お前たちに長とかリーダーとかいるなら呼んでほしいんだが」
「いや、特にそういう存在はいないな」
え、そうなの? まとまりがなさそうだなあ、ちょっと面倒だ。
「なら、他にさ、別の種類のゴキブリモンスターや、ワーラットとか、とにかくここでゴミを食べて暮らしているモンスターをいくらか連れてきてくれたら嬉しいんだけど」
「えー、めんどくさいよー」
「これをあげるからさ、新鮮な肉」
「私に任せてよ!」
うわ、やっぱちょろい。何も考えていないのではないだろうか。いや、きっと素直、素朴なんだよ、うん、そういうことにしておこう。
そして、しばらくたって彼女が引き連れてきた集団を見て、大臣は悲鳴をあげ、ソフィアは気を失いそうになり、他の騎士もひきつった表情を浮かべる。
まあ、あまり関わりに持ちたくないタイプのモンスターがざっと見て二十人ぐらいいるから、そういう反応になるわな。かくいう俺も、内心ではかなり冷や汗をかいている。ちょっと早まったかな……。
「皆、わざわざ集まってくれてありがとう。単刀直入に言うけど、君たちモンスターと俺たち人間で協定を結びたい。あー、協定だと分からない? つまり、お互いに協力しあう関係になろうってこと」
「どういうこと?」
ローナが眉をしかめてきいてくる。俺と知り合いということで、ブラック・ローチのローナが今いるモンスターたちの仮の代表だ。
当然ながら、モンスター娘たちはいきなりの提案にざわついている。もっと分かりやすく表現するか。
「お互い得になることをしようってこと」
「なるほど、それは興味あるかな」
そして、それから交渉が始まった。
俺たちが提供できるもの、俺たちの希望、そして向こうの希望。大臣は最初の衝撃から立ち直ると、むしろ俺よりも積極的に交渉を行っていた。さすがに俺なんかよりも弁が立つし、俺のつたない言葉を噛み砕いてモンスターにうまく説明をしてくれていた。
モンスターはごく一部しかこの場にいないからこれからも交渉が必要になることは間違いないが、おおむね俺の想定していたゴミ処理の方法でいけそうだ。
人間側は、下水道に好き勝手に住み着いている彼女たちについては文句を言わない。ただし、定期的なメンテナンスについては、人間側の作業を邪魔しない。
ゴミは何箇所かに作る集積場に集める。それをモンスターが配分し、自分たちの巣へ持ち帰る。その中には新鮮な肉や魚、野菜も多少混ぜる。そのかわり、食べ残しと彼女たちの排泄物は彼女たちが分別してゴミ集積場に戻す。
今後、彼女たちの数が増えることが想定されるため、地上には建物を、地下には小部屋を複数用意する。それらについては人間が協力し、そのかわりモンスターたちは動物、昆虫などをしっかりと管理し、王都へは入れさせない。
大雑把に言うとこんな感じだ。あくまでも大枠であるし、お互いにしっかりとした同意を得るためには何度も話し合う必要が出てくるだろう。
だが、人間とモンスターが協力するという意思が確実に芽生えた。この事実がとても重要だ。
これは大きな一歩だ。
俺がこの機会に考えたもの。それは共存、いや、共生だ。ふわりとしたイメージだが、共存は互いに干渉しないでただ同じ生活圏で暮らしているという感じで、共生は互いが助け合って同じ生活圏で暮らしているといった感じだ。
困っているモンスター娘たちがいたら助けるための力として、俺は進化魔法を神から授かった。
でも、出会ったモンスター娘たちに対してただ進化をさせるだけでいいのか。
俺は何回か進化魔法を使って思ったことがそれだ。出会ったモンスター娘だけしか助けられない。子孫にその能力が受け継がれるかもしれないが、はたしてそれだけでいいのか。
可能なら、この世界におけるモンスター娘の位置づけを、もっといい方向へもっていけないだろうか。
もしかしたら、人間との共生が、その一つの答えになるかもしれない。




