024 提案
地下牢は石壁に覆われ、窓がなく、狭くて圧迫感がある。とはいえ、俺としては物珍しさが優先してしまうわけだが。
ゴツゴツした石畳に敷かれたワラの上で寝るのは寝心地が悪そうだが、ここで夜を過ごす前に訪問者が現れた。俺が地下牢に入れられるちょっと前に鐘がなり、訪問者が現れるちょっと前にも鐘がなったから、およそ三時間といったところか。
そこに現れたのは、女騎士ソフィアだ。父親ぐらいの年齢の騎士に連れられているのが目を引く。
「女騎士殿ではありませんか。先ほどの私の無礼な発言の数々、許していただきたく思います」
とりあえず、あのときの態度は少々大人げなかったので、立場的に相手が上だから敬語を使って謝罪をしておく。
俺が素直に謝ると、ソフィアは面食らった表情で落ち着きない様子になる。おそらく、俺が下手に出るとは思っていなかったのだろう。こういう初心な反応をされると、ついからかってみたくなるな。
「女騎士殿はしっかりと報告をされましたか? おそらく、お説教をされたのではないかと愚考いたします。目元が腫れておりますゆえ」
それは嘘だが、思い当たる節があるのか、ソフィアは顔を真っ赤にする。
「わ、私のことはどうでもいい!」
「図星ですか。まあ、そうでしょうね。あのときの対応は、それはもう目も当てられないようなものでしたから」
「き、貴様、愚弄するか!」
そこでもう一人の騎士が間に入る。
「ソフィア、お前はもう少し感情を制御できるようになれと、俺は毎日のように言っているはずだが」
「も、申し訳ありません!」
「……あなたは?」
随分雰囲気のある騎士だな。ソフィアとは比べ物にならない、うん。
「私はグレイ・アーカンソー。若い騎士たちの指導役をやっている」
「それは……毎日さぞや大変でしょうね。心中察しいたします」
「はっはっは、君はなかなか面白いな、リューイチ君。王都に来て日が浅いというのに、色々派手に動いているそうだね」
「……この短時間で俺のことはある程度調べたというわけですか」
「いや、君は悪くないと、魔法学院生の生徒二人が抗議をしてきてな。大体の事情は聞いている」
「あのバカ……!」
ヘタしたら一緒に投獄された可能性があった。何のために無関係だと言ったのか分からないわけではないだろうに。
「安心してくれ、あの二人を捕らえるようなことはしていない」
「そうですか、安心しました」
口ではどうとでも言えるけどね。まあ、ここに来たときの二人の様子が物々しい感じではないから、そこらへんは信用できるだろう。
「つい最近王都にやってきた君が、こうして王都に起きた大事件と関わりを持つようになったという事実。それが君をあやしく見せているのは分かるね」
「敵国やモンスターと何らかのつながりがあるのでは、という疑いがかけられていると思われます」
敵国が存在するかどうかは知らないが。
「いやいや、そこまでは考えていない……と言えば嘘になるが、ソフィアが取り返しのつかないことをする前にウンディーネとの間を取り持ってくれたことは感謝しているよ。王国に敵意を持つ者であれば、そのようなことはしないだろう」
カチャリと音を立てて牢の鍵が開けられた。
「ただ、君からはもっと詳しく話を聞きたい。協力してくれるね?」
断る理由などあるはずもなく、俺は二人にある部屋へ案内された。
その部屋は広く、真ん中にある机が大きく頑丈で、椅子もそれなりに見栄えのいいものだ。おそらく、会議室のようなものだろう。そして、椅子にはそれぞれいかにも重役でございといった雰囲気の男たちが着席していた。
一人ひとりの名前はここでは割愛するが、騎士団長やら大臣やら宮廷魔術師やら重職が目白押しだ。国王がいないだけで、この国の政治の中枢の多くがいるのではないだろうか。
まあ、それだけの事態が起きているわけだから驚くことではない。ただ、俺の場違い感が半端なく、とても居心地が悪い。なんというか、出向した平社員が、出向先の重役会議になぜか出席させられたようなものだ。
正直言うと、俺は社会的立場が高い人間には気後れを覚える。モンスター相手の場合は気にならないが、社会を構成する人間相手だと、地球にいた頃には低所得者層の一員であった俺としてはどうしても、ね。
俺はたどたどしくも、この王都を訪れてから、今回の騒動と少しでも関係があると思われるものはすべて、覚えている限り丁寧に話した。
特に、下水道内がモンスターの巣窟になっているということは彼らにとって驚きだったようだ。さすがにそのことには、俺は質問をせざるをえなかった。
「あの、一言よろしいでしょうか。下水道の整備は定期的にされていると思いますが、モンスターの存在に気づかなかったのでしょうか」
それに対する答えは、整備の際にモンスターを見かけた報告はあったが、数は一匹や二匹で、問題視はしていなかったとのこと。まあ、結構な種類のモンスターが住み着いているとはあまり考えないかもなあ。
そして、俺が知ることを話し終わってようやく一息をつく。やはり、こういう場は苦手だ。早く帰りたい。
そんなことを思っていた俺に言葉が投げかけられる。
「リューイチとやら、君はこれからどうすべきだと考えるかな?」
「異国の流れ者に聞いても無駄ではないでしょうか」
「いや、異国の者ならではの視点があるかもしれないですぞ」
さて、どうしようか。
別に何も答えなくてもいいだろう。向こうは期待していないし、気まぐれで聞いてきたようなものだ。場違いな者は一刻も早く去るべきだ。
でも、できれば今回の出来事は何とかしたい。モンスターがらみであるからという理由もあるが、俺はやはり自分が人間だという思いがある。少しでも助けになりたい。
だから、ダメ元で俺の考えを言ってみよう。
「まず絶対に守らなければならないのは上水道を通じた王都への水の供給です。交渉の決裂により水の供給が断たれたら、王都はその機能を大きく減じることになるでしょう。川が近くにあるとはいえ、川から王都へ水を運ぶことが重労働ですし、ウンディーネたちが妨害をすることが考えられます。最悪の場合、現在抱える人口の維持が不可能になるかもしれません。よって、三日後に控えるウンディーネとの交渉は成功させなければなりません。そのために、ウンディーネを納得させるだけの提案をする必要があります。ウンディーネの要請は川の汚染を改善することにあるので、我々としてはこれ以上川を汚染させないための対策を講じなければなりません」
いつの間にか場が静まり返っていた。その場にいる全員の表情が真剣になっていた。俺は咳払いをすると、話を続ける。
「川が汚染される原因は、下水道により王都に住む人間の排泄物とゴミがそのまま垂れ流されていることにあります。つまり、今の垂れ流しをやめることができればとりあえずはウンディーネを納得させることができるでしょう」
「しかし、それは簡単なことではない。排泄物やゴミの処理をどうする」
誰かが口を挟んできた。発言の主は、そのまま俺に続きを促す。
「ゴミに関しては、王都の外にゴミを埋める区画を設けるのが一番簡単な方法だと考えます。排泄物に関しては、申し訳ありません、うまい方法が思いつきません。固形物と水分をある程度分離できれば、固形物を別に処理することが可能になります。これにより、排泄物の水分以外は川への流出を防ぐことができます。これでウンディーネとの最初の交渉を乗り切ることは可能と考えます」
しばらくの静寂の後、大臣という男がゆっくりと手を叩いた。
「いや、見事見事。まさか、それだけのことを考えていたとは思わなかった。君は東方の国で学問を修めていたのかな?」
「多少は……」
まあ、ここよりずっと文明が進んでいる世界で大学まで学問を学んでいたことは一応確かではある。
「我々も君がここに来る前の話し合いで、大体同じ結論に達している。だから、そのとき同時に出た問題点も話しておこう」
「問題点ですか」
まあ、簡単に対処できるものではないだろうな。
話し合っていたことを俺に話すということは、それに対して俺がどう思うかを聞きたいのだろう。異国の流れ者に対してそんなことをせざるをえないほど事態は切羽詰っているのか。普通ならば、王国としての体面もあるから、そんな弱さを見せるはずがない。それとも、それだけ柔軟な思考を有しているということか。
「ゴミを埋める土地の確保が問題だ。近年における人口の増加率を考えると、王都は近い将来、外へとさらに広げる必要がある。農地の確保も同時に必要だ。そうなると、ゴミのために貴重な土地を使うことは慎重にならざるをえない。なぜなら、ゴミは増え続けるものであり、埋めるための土地を拡張していかなければならないからだ。しかし、ここで問題がある。必要な土地を手近な場所に確保するため、ゴミを埋める土地をあまり遠くにすると、ゴミ捨ての手間がかかり不便だ。だが、王都の将来の発展のさせ方を考えれば遠くの土地をゴミの埋立地にするという選択を取るのが無難だと考える」
……確かにそうだ。将来を見越してゴミ埋立地はある程度王都から離れた土地にする必要があるだろう。しかし、将来人口が増えるに伴いゴミが増えることを考えると、埋めるゴミの量を減らすことを今の段階から考える必要があると思う。
そのことを伝えてみるが、さすがに一蹴される。
「ゴミの量を減らすことができれば苦労はしない。そのことは君にだって分かるはずだが」
分かっている。普通の方法だと無理だ。
でも、方法はある。うまくいくかどうかはまったくの未知数だが、この世界ならではの解決方法が。
「実現可能かどうかはまだ分かりませんが、自分に心当たりがあります」
その俺の言葉に場が色めき立つ。
「何か方法があるのか!?」
「おそらく、この場にいる全員が反対すると思われますが」
「まず言ってみろ。可能性がある方法ならば検討する価値がある」
これは運命。
俺は、たとえ荒唐無稽だろうが、この考えを人間に伝える必要がある。
「ゴミを食料とするモンスターと動物。彼らに協力をしてもらいます」
その場にいた俺を除く全員が絶句する。
これは、そんな提案だった。