022 急転
「今日はよく晴れていて気持ちいいわね!」
クレアがご機嫌な顔で大きくのびをする。
俺たちはモンスター調査のために午後の時間を使って東の草原に訪れている。
「意気揚々と草原までやってきたけど、闇雲に探してもなかなか見つからないと思うんだけど」
日が沈む前には王都に戻らないといけないので、そんなに長い間いることはできない。せっかく来たのにモンスターを発見できないで終わるのはもったいない。
「私にお任せ下さい」
すると、ティナが杖を掲げて魔力を放射し始めた。この前地中に逃げたワーラットを探すときに使った魔法と同じかな?
「ティナは地面に接触しているものなら、遠くにあっても感知することができるのよね。地中を探るよりも広範囲よ」
それは便利、いや、かなり強力な魔法だと思う。効果範囲次第ではあるが、かなり応用がきく魔法だ。
「この一帯にモンスターらしい存在はいないよ」
「なら、移動ね!」
「どのぐらいの範囲を調べたんだ?」
「私を中心に二十フェルトです」
フェルトとはダーナ王国における距離の単位の一つだ。足のサイズを元にしたフェルという単位が約三十センチで、百フェルで一フェルトとなる。つまり、一フェルトで約三十メートルになるから、ティナの魔法の有効範囲はティナを中心に半径六百メートルの円内ということか。
「かなり広いな、これはすごい」
「ティナは大地魔法が得意だもんね」
それにしても、これだけの広範囲に魔法を発動させるなんて、一体どうやればいいのやら。
「魔法でそれだけの広範囲に効果を及ぼすためにはどうすればいいんだ? 魔法の発動の手続きが直線なのに、広範囲に影響を与える方法が思い浮かばない」
二人はしばしきょとんとした表情になってから、それから「ああ……」と何かを思い出したような表情になる。
「リューイチさんにお貸しした初級の本は、あくまでも基本的なことしか書かれていませんから」
「初級の魔法を短時間で確実に発動できるようになれば中級になるの。そこでは広範囲に影響を与える魔法の発動のさせ方を勉強するわ」
ああ、そういうことね。
「初級で学ぶことは、自分の魔力を世界に発動させるために、自分と世界のつながりを意識することです。直線で結んで、発動させる場所を点として認識することが一番分かりやすいので、最初はこの方法を徹底的に練習することになります」
確かに、イメージはしやすかったな。
「その方法で慣れることで、世界、というよりも空間のとらえ方、認識の仕方が変わっていきます。世界への干渉、空間への干渉が魔法ですから」
「少し分かる。自分を通じて世界に接触している感じ……のことかな?」
「そうです、それです! すごいですね、もう感覚が掴めているんですか」
「私なんて一年以上かかったのに……」
二人にとって、俺の発言はかなり驚くべきもののようだ。
実は、進化魔法を使うときの感覚と近いものがあるんだよね。だからこそ、すぐ理解することができたわけだけど。
「魔法の発動を認識した空間につなげれば、それで広範囲の魔法の完成です。もっとも、慣れないと発動までにかなり時間がかかりますし、時間がかかればそれだけ魔力消費も大きくなります」
「魔法として使い物になるところまでもっていくのが大変なのよね」
「それもまた何度も練習したり、発動手順を自分に適したものに何度も再構成したりと、日々の努力次第となります」
「結局、自分が得意とする分野じゃないとまともに魔法が使えないのよね」
魔法が便利なのに、一つや二つの系統に絞って鍛えているのはそういう理由か。ヘタに手広くすると器用貧乏になりそうだ。
俺も早く自分が得意とするものを見つけないといけないな。
「そうだ、気になっていたんだけど、飛行魔法や転移魔法ってある?」
どちらも魔法の花形の一つだと思う。もしも存在するならば、ぜひ使えるようになりたい。
「飛行魔法は無理ね」
クレアが早々に俺の夢を打ち砕く。
「たぶん鳥みたいに空を飛ぶ魔法を考えているんだろうけど、制御がものすごく難しいらしいわ。飛ぶことそのものはできても、それを安定した状態で維持できないと最悪落下するから学院では飛行魔法を試すことも禁止しているわ。事故死の実例がいくつもあるしね」
なるほどね。学生の安全のためには当然か。
「物体を浮かせて、それに乗って空を飛ぶという方法はあります。単純な形をした物体の飛行を維持することは、自らの体を飛行させて維持することより簡単ですから。もっとも、魔力消費が大きいので、短距離を移動するのが精一杯ですが」
「杖を浮かせて、それに捕まって移動するっていうのは私もティナもできるわよ。でも、疲れるからやらないけどね」
あ、そういうのはありなんだ。それはぜひ覚えたいな。時間があるときに試してみるか。
「じゃあ、転移魔法は? 一瞬で長距離を移動する魔法」
飛行魔法がこれなら難しいかな……。
「あるわよ」
「本当に!?」
思わず大声を上げてしまった。
「魔法は世界、空間の認識だから、遠くの空間を認識できたら魔力をつなげることができるみたいよ」
「もっとも、転移魔法を可能にするための魔法の構造が秘匿されています。さらに、構造を理解できても、発動させるだけの大きな魔力を持たない魔法使いも少なくありません。ですから、転移魔法の使い手は限られています」
「学院長は使えるみたい。あと、宮廷魔術師なら使えてもおかしくないかも」
そりゃそうか、転移魔法が簡単に使えたら大変だよな。
でも、使える魔法使いもいるのか。そういった魔法使いが敵国の王の暗殺を試みたらどうするのか気になるところだが、まあ色々対策はあるんだろう。
いつかは俺も転移魔法を使えるようになりたいな。魔法を使えるモンスター娘に出会うたびに色々聞いてみるか。
その後、何度か探知魔法を使った結果、発見したのがスライムだった。
俺が最初出会ったスライムたちほどの規模ではなく、赤、青、緑、黄、紫とそれぞれ色が異なる五人のスライムで、俺は心の中で「スライムレンジャーだな」と思ったりした。
彼女たちの話だと、まだこのあたりは王都という人間の勢力圏に近いから、あまりモンスター娘は近寄らないそうだ。
これ以上遠くに行くと閉門前に王都に戻れなくなりそうだったので、調査がほとんどできなかったものの戻らざるをえなくなった。
ただし、スライムのぷよんぷよんなボディを堪能することができたので、俺たち三人は晴れ晴れとした表情で帰途に着くことになった。
「いやあ、やっぱいいなあ、スライム……」
「ぷよんぷよんでしたね!」
「あの肌触りはクセになるかも……こっそり一人持ち帰ればよかった」
「たぶん、王都に入れてもらえないだろ」
そんな風にスライムについて語り合いながら王都へと帰還する。
そして、次の予定を相談するために食事を取ろうとしたとき、急に周囲が騒がしくなった。
「モンスターだ! モンスターが攻めてきた!!」
「王都にモンスター!?」
「衛兵は何をしているんだよ!?」
そんな叫び声が飛び交っていた。
俺たちは顔を見合わせたあと、騒ぎが起こっている方へと走り出した。
そこは、王都に散らばる井戸の中でも、大きくて主要なものの一つだ。
その井戸からは水が噴出し、その噴出している頂点に美しい女性がいた。その体はおそらく水とほぼ同じもので構成されているのか、透明で綺麗な輝きを放っている。
水そのものが美しい女性を形作っている……これは……!
「ウンディーネ……!」
ウンディーネといえば、おとなしい性格で、人間に恋に落ちることも多いモンスター娘というのが一般的だが、目の前にいるウンディーネの表情からは深い怒りを強く感じる。
「人間の代表者に話があります」
そのウンディーネは静かにそう言い放った。
何かよくないことが起ころうとしている。俺たちは、そんな不安を感じるのであった。