018 調査開始
「ところで、王都周辺のモンスター調査といっても、具体的にどこをどう調査するのか方針はあるの?」
俺はこの世界の地理はさっぱり分からないから、そこらへんも合わせて聞いておく必要があるな。
「当然です。まずは、これは見て下さい」
そう言ってクレアが取り出したのは、色々とメモ書きされている紙だ。
○北部
・草原……シルフ、スライム、ジャイアント・ビー、ワーラビットなど
・山地……ハーピー、ラミア、オーク、ゴブリン、オーガ、リザードマン、ワイバーンなど
・森……ドリアード、マタンゴ、スライム、ピクシー、グリズリー、ブラック・タイガー、ジャイアント・スパイダー、ジャイアント・マンティスなど
○東部・南部
・草原……スライム、フェアリー、ジャイアント・ビー、ケンタウロスなど
・川……ウンディーネ、ブルー・キャンサー、ケルピー、ジャイアント・フロッグなど
○西部
・川……ウンディーネ、レッド・キャンサー、ファイアフライ、フライングスネークなど
・荒野……ジャイアント・アント、ジャイアント・リザードなど
・砂漠……ジャイアント・スコーピオン、サンドフード、スカラベなど
「これは……」
「約三百年前にダーナ王国が建国されてからの色々な文献や報告書を調べて、王都が兵を出した記録が残っているモンスターを列挙したものです」
さらに、クレアが手書きしたと思われる地図上に、列挙されているモンスターの出現場所と思われる場所に×印とモンスター名が書かれている。
「あくまでも、私が調べられる範囲のものです。閲覧できない資料も多いですし。十年ぐらい前になると、活版印刷の技術が実用化されて、さらに紙も安価になったから資料も多くなるんですけどね」
「山や森はモンスターが多いみたいだね」
「鉱石などの採掘、木の伐採などで人間が長期間滞在しますから、モンスターとの衝突が多かったようです」
ああ、なるほど。人間の生活のために必要なものだから、戦いが避けられなかったんだろうな。
「あれ? クレアちゃん、ここって森があったっけ?」
ティナが指差したのは、王都のすぐ北にある一角だ。
俺がこの世界に現れたときの森はもっと北東にあるもので、地図でも大きく描かれている。それと比べると、ささやかな大きさだ。
「昔はあったみたいよ。ただ、伐採を続けた結果、今はそこに森はないけど」
「そうなんだ……」
うわ、森林破壊ってやつか。異世界でもそういう問題があるんだなあ。
「昔と今の地形の変化も考慮に入れたら、どこを調査するんだ?」
「まずは、王都から日帰りできる場所にしたいです」
そうなると、草原か川だな。
「草原は範囲が広いので、まずは川がいいと思います。南西の方に行けば、三十分ほどで川に着くので、そこから川沿いに調べましょう」
それに異論はない。
その後色々打ち合わせをして、明朝出発することになった。
「そうして見ると、やっぱり二人とも魔法使いなんだな」
明朝九時に、俺たちは王都を出た。
俺は預けていた剣と、水を入れた革袋を腰に吊るしている。
クレアとティナは、青いローブ姿に杖という姿だ。杖を持っているだけで、魔法使い度がアップする感じがする。
「そりゃ魔法使いだもん」
そうそう、すでにクレアはため口になっている。その方が楽だとか。逆に、ティナは年上に対してため口を使う方が難しいらしい。
しばらくは道沿いに歩くだけだ。王都へ続く道ということで人通りはそれなりにあり、二人の魔法使い姿は嫌でも目を引く。なお、俺に対する視線はかなり胡散臭いものを見る感じだ。
俺は周囲の光景はどこも新鮮なので、おのぼりさんよろしくきょろきょろしている。最初はクレアが恥ずかしがって文句を言ってきたが、そのうちあきらめたのか何も言わなくなった。
俺が気になったものを二人に質問すると、ティナはもちろん、クレアもしっかりと答えてくれるあたりはなかなか律儀だ。
「なるほど、道の舗装や整備は兵士だけでなく、市民や農民もやるのか」
「男性の義務ね。だから、私たちはやったことないけど、同級生の男子たちは年に一回やっているみたい」
「学生の場合は年に一回のみですね」
「あれは、まさか水道橋ってやつ?」
「はい。川から水を引いています。王都にはいくつかあって、それのおかげで私たちは水に困りません」
「大したもんだなあ。確かに、公衆浴場がたくさんあるし、一階のトイレや街中にあるトイレは下に水が流れているみたいだったな。水がたくさんないとそういうのはできないもんな」
「あそこは森……じゃないな、せいぜい林か。それにしては木が小さいみたいだけど」
「植林しているのよ」
「この時代でも植林はするのか……地球ではどうだったんだろうなあ……」
「チキュウってリューイチさんの故郷ですか?」
「あ、ああ、うん、そうだよ」
そんな会話をしていたらあっという間に川に着いた。王都が若干高い場所にあるため、終始ゆるやかな下りだから随分楽だったな。
今は街道からさほど離れていないが、これからは上流と下流のいずれに向かっても街道から離れることになる。
「これからどうする?」
「今日は下流にする。レッド・キャンサーの目撃された地点が目標ね」
赤蟹かあ。遠目でもきっと分かりやすいんだろうな。
とはいえ、川沿いを歩いていてもモンスターがすぐ見つかるわけではない。俺が森を川沿いに歩いていたときもそうだったし。
それにしても、森に流れていた川と比べると濁っているな。上流から土が流れ込んできているのかな。いや、水量が多いし、上流で雨でも降っていたのかも。
なんか臭いもするしなあ。上から何を運んできているのやら。
……ん? 向こうに変なのが見えるな。
よく目を凝らして見ると、なんかすごいものを発見してしまった。
「二人とも、あれが見える?」
「何でしょう、何かがたくさん動いてますね。でも、かたまっているせいか、柱みたいに見えます」
「もっと近づけば何か分かるかしら」
俺は進もうとするクレアの肩をつかむ。
「やめた方がいい。あれはモンスターだよ。大きさは二人とあまり変わらないのが少なくとも三十人はいる」
「うわ、な、何それ!?」
「リューイチさんは目がいいですね」
とりあえず、見つからないように近くにある低木で視線を遮る。望遠鏡や双眼鏡のようなものはないらしく、クレアはメモ帳を取り出すと、俺にあのモンスター娘の姿を聞いてきた。
「どんな姿をしているか分かる?」
「うーん、スタイルがいい美少女」
「そんな情報はいらないわよ!」
「羽で飛んでいるけど、ダメだな、飛んでいると羽がどんな形をしているのか分かりづらい。細い羽みたいだ。人間の体の腰の部分から、黒と白の縞模様の胴体が別にのびている。ちょっとそれ貸して」
俺はメモ帳を借りると、見たままの姿をなるべく忠実に絵にする。
……正直人間部分、特に顔については壊滅的だが、大雑把な特徴は大体とらえた絵ができたとは思う。
「蚊のモンスターかしら? 私の調べた資料にはなかったけど……」
「たぶんそうだと思う」
「やっぱり、血を吸うんですか?」
そう言ってティナは顔を青くする。
「いや、もしかしたら吸わない種類かもしれない」
名前は忘れたけど、蚊柱つくるやつって、確か血は吸わなかったはず。この世界でもそうかは断言できないけど。
「とにかく、見つかったらまずい。モンスターは小食らしいけど、あれだけの数から血を吸われたら命にかかわるかもしれない。気づかれないうちに戻ろう」
二人は真剣な表情で頷いた。
距離が離れていることもあって、すぐにそのモンスターの群れが見えない場所まで撤退することができた。それを確認して、三人で安堵のため息をつく。
「まさか、あんなのがいるなんてね。王都から大して離れていないのに……」
「これからどうする? 今日はもう引き返すという選択肢もあるが」
「次に外に出られるのは三日後の午後だから、今日はもう少し調べたいわ」
そして、今度は上流の方へ歩いていくことになった。
蚊柱は嫌ですよね。