017 クレアとティナ
そして、やって来ました、魔法学院。
ベストセラー小説の魔法学校のような巨大な城をちょっと期待していたけど、見た感じ中学校や高校の校舎ぐらいの広さだな。
ただ、外観は魔法学校のそれを思い出す。あれだ、世界史で勉強した。えっと、ロマネ……じゃない、ゴシック建築ってやつ。世界が違っても、似たようなデザインを思いつくものなんだなあ。
門には受付と思われるものがあり、中には職員と思われる女性が二人いる。門の前には武装した衛兵が二人立っていることから、関係者以外は受付で入場手続きをするといった感じだろうか。
「当学院にどのような御用でしょうか」
「図書館とか中にあったりしますか?」
「はい。ですが、関係者以外の利用は原則として禁止されています。許可書、あるいは紹介状などをお持ちでしょうか」
……まいったな。セキュリティー意識が高い。
「ええと、じゃあ、この魔法学院に入学するにはどうすればよいでしょうか」
「東方の方とお見受けしますが、ダーナ王国の国民登録はお済みでしょうか。当学院は原則として国民以外の入学は認められていません」
俺は天を仰ぐ。
「国民でなければどうしても入学はできませんか?」
「推薦状、あるいは紹介状をなどをお持ちでしょうか」
「……出直してきます」
困ったなあ。これは、まず国民登録の手続きから考えないといけないということだろうか。そういった行政手続きはどこで行われるんだろう。やはり城?
とりあえず、城を目指そうかと決めたとき、門から二人の少女が出てきた。
「ああもう、信じられない! うちの男どもはどいつもこいつも尻込みして、タマついてんの!?」
「クレアちゃん、下品だよ……」
「別にモンスターと戦うわけじゃないんだよ? 調査だよ? ティナみたいなか弱い女の子でも協力してくれるのに!」
「はいはい、落ち着こうよ。ほら、甘いお菓子だよ~」
「そんなものに釣られ……甘~い♪」
何やら聞き逃せない言葉があったな。
二人ともこの学院の生徒かな? いかにもな青いローブを纏っている。
赤髪でポニーテールの子は、どこか猫科の動物を思わせる若干の釣り目だが、幼さが残った可愛い顔立ちをしている。こっちが、最初に大声をあげていた子で、クレアって名前かな。
もう一人の栗色でロングヘアの子は、クレアとは対照的に大きな目は知的な光を帯びて、どこか大人っぽい印象を受ける美少女だ。ティナって呼ばれていたな。
ただの学生がモンスターの調査? 何だか気になる。
「すみません、少しよろしいですか」
俺は意を決して二人の前に歩み出た。
突然の乱入者に、二人は警戒の表情を浮かべる。あー、ナンパと勘違いされたら面倒だな。
「聞き間違いでなければ、モンスターの調査という言葉が聞こえましたが、どんな調査なんでしょうか。とても気になりまして、お話をうかがってもよろしいでしょうか?」
……我ながら怪しいな。不審人物すぎる。
だが、意外にもクレアの方が興味を持ったようだ。
「いいですよ。そのかわり、何か食事でもおごってもらえませんか?」
「かまいませんよ」
「決まりですね。ほら、ティナ、例の店に行こう」
「もう、クレアちゃんったら勝手に決めて……」
こ、これは、もしかしたら人生初のナンパ成功! いや、ナンパじゃないけど、女子に声をかけて店に行くなんて初めてだ。俺はこの日を忘れないだろう。
ここは二人、というかクレアに連れてこられた宿屋だ。一階の食堂が目的で、どうやら菓子類のメニューが豊富な点がお気に入りのようだ。俺は二人と同じチーズケーキを注文する。
「まずは自己紹介。俺は雨宮隆一、リューイチでいいですよ。二十七歳、剣士をやっています」
とりあえず、武者修行中の剣士という設定を通すことにしよう。そのとき、クレアの目が鋭くなったのは一体何なのか。
「あ、敬語は使わなくていいですよ。私はクレア・ローレンツ、魔法学院三年生で十五歳です」
「私はティナ・レーゼル、同じく魔法学院三年生で十五歳です」
つまり、魔法学院で二年以上は学んでいるということか。
「二人みたいな女の子からモンスター調査という言葉が出てきたから興味を持ったわけだ。モンスター調査って一体何をするんだ?」
「一言で言えばモンスターの生態調査ですが、とりあえずは、この王都の周辺にどんなモンスターがいるかという調査をしたいです」
「学生がどうしてそんなことを?」
「私たちは学院で魔法だけを学んでいるわけではありません。一般教養も学びますし、三年生からは自分で決めた独自のテーマを掘り下げて論文を提出する必要があります」
うわ、そんなことまでやるのか。ただ魔法のことだけを教育・研究する場だと思っていたよ。
「もちろん、多くの学生は何らかの魔法をテーマにしますし、私もそうです。ただクレアちゃんは……」
「人間よりもモンスターの方が数が多いし、生物としても強力だから、モンスターについて知ることは人間にとっても大事なことだと思うわけですよ」
クレアは拳を握り締めて力説する。どうやら、クレアは学生の中でも変わり者らしいな。
「さっきも言ったように、王都周辺に住むモンスターについて調査して報告書を書こうと思っていたんですけど……」
「聞いてくださいよ。クレアちゃんったら一人でやろうとしたんですよ。モンスターに襲われたらどうするのって止めたんですけど言うことを聞いてくれなくて」
まあ、これに関してはティナの方が正論だな。
「何人かで行けばティナも納得するということだったんですけど、女子はまだいいとして、男子も顔を青くして断るんですよ」
「それは当たり前だと思うよ。モンスターは恐ろしいものという認識だからね」
その俺の言葉にクレアは顔をしかめる。
「それですよ、それ。モンスターが恐ろしいものって誰が決めたんですか?」
お? こいつは……。
「人間よりも力が強く、体も丈夫で考える力もある。そういう存在を恐れるのは自然なことじゃないかな。実際、色々な話が伝わっている」
「でも、それって伝聞がほとんどですよね。もちろん、中には人間に敵対的なモンスターがいることは承知ですが、たとえば妖精なんかはいたずらをすることはあっても人間を嫌っているという話はあまり聞きません。そもそも、モンスターについての情報は、そのほとんどが昔話だったり伝聞だったりするため話の内容が誇張されたり歪んだりしている恐れは極めて高いと思います!」
なんか予想外の熱弁だな。
正直言うと、第一印象とは違って慎重に物事を考えられるようだ。いや、慎重というのは違うかな。なんというか、頑ななものも感じる。
目をぱちくりとする俺を見て、熱くなりすぎた自分に気づいてクレアは頬を染める。
「いやあ、面白い子だね」
「はい、一緒にいて飽きません」
「二人とも、ひどい……!」
このタイミングでチーズケーキが届いたのでしばし無言で食事をする。
おお、思った以上にチーズケーキだ。本当はレアチーズケーキが好きなんだけど冷蔵技術的に無理なのかな。
「実は、クレアのその言葉、俺も同意する。人間はモンスターのことをあまりにもよく知らないと思うんだ」
「ほ、本当!?」
クレアが身を乗り出してくる。予想以上の食いつきだ。
「つい最近、レーテ村でグールに遭遇したけど、話せば分かる相手だったしな」
「そ、それ、詳しく!」
俺はレーテ村での出来事を簡単に話す。進化魔法については伏せておく。
ティナはもちろんのこと、クレアも信じられないと呟いていた。
「グールのように死体を食べるモンスターでも話し合えるなんて、さすがに予想外だったかも。私も憶測だけでモンスターのことを考えていた……」
クレアは軽くショックを受けているようだった。
「モンスター調査、俺も手伝おうか? 護衛ぐらいはできる」
「本当!?」
「このままだと、君たち二人だけで調査をしかねないからね。万が一があったら俺の目覚めが悪い」
クレアは目をキラキラとさせているが、意外にもティナはこちらを探るような目で見ている。友達思いのいい子だな。
「ただの親切心じゃないから安心してくれ」
「東方の剣士はスケベだったか」
クレアがジト目で俺を睨む。なぜそういう結論になる、ひどいなあ。
「魔法についての本を読みたいんだけど、俺は関係者じゃないから中に入れない。君たちを介して本を読みたいんだけど」
その言葉に二人は顔を見合わせる。
「部外者に魔法の本って見せていいんだっけ?」
「貸し出し禁止の本以外は特に規制されていないよ。もし部外者に見せるのがダメなら、そもそも貸し出しも禁止になるはずだし」
なるほど、重要な本は図書館の外に持ち出せないってやつだな。まあ、今は基本について知りたいからまったく問題ない。
「まずは教科書レベルでいいんだ。魔法に興味があってね」
その言葉を聞いて、クレアは大きく頷いた。
「その条件でかまいません。護衛をお願いします」
「分かった。改めてよろしく」
そして、俺は二人と握手した。
これが、クレアとティナとの出会いだった。
ようやく恒常的に出ることが確定している女の子が登場です。
いやあ、長かった。




