013 墓場の話し合い
「もう! さっさとここから消えてよ!」
「そういうわけにはいかないの!」
しばらく、グールが殴りかかり、俺がよけるという追いかけっこをしたことで、ようやく戦闘に慣れてきた。そういえば、これが初めての戦いか。
最初は動揺してしまったが、落ち着きを多少取り戻せば、単調なグールの攻撃をよけるのはたやすい。以前の俺だったら確実によけられないけど。
「何で、問答無用とばかりに襲い掛かってくるのさ」
「攻撃してきたのはあなたたちが先でしょ! 何もしてないのに、じじいに変な水をかけられて火傷したし!」
ああ、聖水で撃退したとか言ってたっけ。
グールの立場としては、いきなり喧嘩を売られたって認識なのね。当たり前といえば当たり前の話か。
「だから、今日は俺が来た! 話し合おう!」
グールは俺に襲い掛かるのを中断し、胡散臭そうな表情で俺を見る。
「……何を考えているの?」
「他の人間がいきなりあんたに襲い掛かったのは謝る。でも、こちらの言い分も聞いてほしい。もちろん、あんたの言い分も聞く」
俺は一度も剣を抜いていない。
敵意がないことを示すために、両手を広げて武器を持ってないことをアピールしながら、とりあえず笑顔を向ける。笑顔はきっと万能だ。
「……分かった。とりあえず、話は聞いてあげる」
「ありがとう」
そして、夜の墓場で俺とグールは適当な場所に腰を下ろす。
「あんたはどこから来たんだ?」
「どこからって、適当に放浪しているから忘れちゃったわ」
「……じゃあ、なぜこの村に来たんだ?」
「そりゃ、近くを歩いていたら美味しそうな匂いがしたから。匂いをたどったらここに来たってわけ。人間の死体がいくつもあるけど、そのうちの一体は私が食べられる状態なの。最近死んだみたいね」
グールがやってくるんだから土葬なのかな。それより、土の中なのに匂いが分かるのか、すごいな。
「グールの食事は人間の死体じゃないと無理?」
「動物の死体なら何でもいいわよ。もちろん、人間が一番だけど、人間の死体はここ三ヶ月は食べていないのよね」
人間限定じゃないのか。それなら、何とかなりそうかな。
「私は単に食事に来たのに、いきなりわけもわからず襲い掛かられたら、そりゃ怒るわよ!」
「いや、それがまずいんだよ」
「何で? どうせ埋めたままにするんでしょ? いずれ土に還るなら、私が食べたってかまわないじゃない」
倫理観の違いってやつか。めんどくさいなあ。
「人間は、死体にも敬意を払うんだよ。ここに埋められているのはこの村で生活していた人だから、その死体を傷つけられるとなったら村人も怒るさ」
グールはよく分からないらしく、目をぱちくりしている。
外見は大人っぽいのに、そうした仕草は子供っぽいな。
「そういうものなの?」
「そう。大切なものを傷つけられたら怒るってこと」
「ふーん……そっか……。あんたたちの言い分も分かったよ。悪かったね、そういう人間の常識とか私は知らなかったからさ」
おお……! 話せば分かるんだな。
人間だったらこじれる印象があるから、このグールの素直さがまぶしく感じられる。
「残念だけど、ここの死体を食べるのはあきらめるわ」
本当に残念そうな顔をしているのがちょっと心苦しい。
「一体どれぐらい食べてないんだ?」
「食べ物自体には困ってないんだけどね。動物の死体は、そんなに苦労せずに見つかるし、毎日少しでも食べられれば十分よ」
ああ、やはり小食なのか。
グールはなんとなく大食いってイメージがあるだけに意外だな。
「これから、どうするんだ?」
「また適当にふらついて、廃屋でも探すわ」
「……何か、困っていることとかあったりする?」
「住む場所と、あとは食事が安定して見つかれば楽なんだけどね」
うーん、そういうものは進化でどうこうできることではないんだよな。
嗅覚が鋭いみたいだから、食事を探す能力については不満はないようだし、さっきの動きからして戦いもそれなりにこなせそうだ。
いわゆるアンデッドということで、聖水などが脅威になるのは大変だろうけど、それは彼女の種族の根本的な問題だから、これまた進化で解決できないよなあ。
「そうか……。とりあえず、人が住んでいる場所の近くはやめておいた方がいい。あんたが何もしなくても、グールと気づかれたら今回みたいに人間が襲ってくることがあるかもしれない」
「人間って野蛮ねえ……。まあ、今回は私も悪いかもだけど」
言い返せない。
って、あれ? 外見は人間と変わらないのに、なんでこの村の人たちはグールと分かったんだろう。
「なんで、村人にあんたがグールってばれたんだ?」
「墓を掘り返していたところを見つかったから」
あー、なるほど。
「地面を掘るのって大変なのよね。力にはそれなりに自信あるけど」
「そりゃそうだよ」
「人間の死体だけじゃなくて、動物の死体も土に埋まってたりするのよね」
それはたぶん、土の中の方が腐敗速度が遅いのが原因だな。グールの食事対象となるような骨だけになっていない死体は土の中にあることが多いとか。
……! なら、こんなのはどうだろう。
「なあ、ちょっと両手を出してくれないか」
「え? こう?」
その両手に対して進化魔法をかける。
「え!? ちょっと、何!?」
「成功したかな? 両手の爪が伸びるはず。あ、こっち向けないでくれよ」
「はあ? わけわか……」
シャキーンという擬音をつけたくなるぐらいに、両手の爪がそれぞれの指の第一関節ぐらいの長さだけ伸びる。
そう、モグラやケラなどの土を掘る動物の爪を若干イメージしてみた。そういう動物の多くは、土を掘るのに適した爪を持っている。俺の知っている限りでは。
似たような場所に住んで似たような食事を取っていると似たような姿になるらしいね。生存に適した姿は大体共通ってことか。
「これは……!」
「長いままだと不便だし、伸び縮みできるようにした。見た目よりも丈夫になるようにイメージしたから、前よりは土を掘り返すのが楽になるはず。ここでは試すなよ、誤解されるから」
「あなた、すごいわね!」
なんか抱きつかれた。ちょっと役得気分か。相手はグールだけど。
その後、村人を呼んだ。
グールがいたことでパニックになりかけたけど、グールが素直に頭を下げていたのでなんとかおさまってくれた。
危険な賭けだったけどね。でも、グールを倒さないでおいてグールの脅威が去ったことを証明するにはこれしかないと思ったからだ。
このグールが話して見ればわりと気さくだったこともあり、グールに対する誤解は多少は解けたようで何より。
とはいえ、死肉しか食べないモンスターであることは間違いなく、それはやはりいい目で見られない。
今後はこの村に近づかないと約束することで、一応一件落着した。
村人はグールの脅威が去り、グールは強靭な爪をゲットし、俺は銀貨二十枚をゲットと、誰もが幸せな理想的な解決だ、うん。
それにしても、まさか人間と出会ったその日に、人間とモンスターの間をとりもつことになるとは思わなかった。
こういうのは難しい問題だから、できれば二度とやりたくないけどね。
さて、今日はゆっくり休んで、明日は王都を目指すか。