012 最初の村
森を抜けて川沿いに歩いていくこと一時間、ついに人の手による建造物が視界に入ってきた。
うん、いかにも農村って感じだ。洋ゲーのファンタジー3DRPGに出てくる村を遠くから見たらこんな感じだよね。
まあ、さすがにゲームと比べたら横に広がっているか。
そして、どうやら村全体を柵で囲っているみたいだな。防犯? あんまり役に立ちそうにないっぽいが。
あと、家と家の距離、実際はもっと開いているんだろうなと思っていたけど、あれ、結構密集しているな。まわりに広がっている畑、どれがどこのか分かっているんだろうか。
思っていたのとちょっと違ったなあ。とりあえず、行ってみないと。
で、……こうして近づいて見ると、広さとか奥行きを感じる。
うん、ゲームの影響を受けすぎだ。ゲームの場合、FPSじゃなくてTPS、つまり三人称視点でやるようにしているのと、フィールドが基本的に狭いことがあって、全体像を把握しやすいんだよね。
それが、実際体験してみると、当然のことながらすぐには全体像が見えず、その分広さなどを余計に感じるってわけだ。
水車があって、お、あっちに牛が群れているな……茶色、たぶん乳牛だよな、白黒のホルスタインじゃないけど。あそこには石碑? いや、何個もあるから、共同墓地ってやつかな。
いかんな、あまりキョロキョロしていたら不審人物だ。
って、やばい、村民っぽい人たちが何人かこっちを見てる。
あれだな、外見はいわゆる白人だ。
「こんにちは」
とりあえず、笑顔で挨拶する。
笑顔は世界の共通言語。敵意がないことを伝えるのに最適な方法だ。
「こんにちは、旅人さん」
一人の女性が俺にそう声をかけてくれた。
よし、ファースト・コンタクトは成功だな。
……きちんと意思疎通ができたことに感動した。いや、本当に。異世界の人と普通に会話ができているよ。モンスター娘とはまた別の感動だ。
「ここは何という村ですか?」
「レーテだよ。旅人さんは、その髪の色……東方から来たんでしょ」
「ええ……まあ、そうですね」
つい頷いたけど、東方って、やっぱジパングとかあるのか? そこについて聞かれたらどうしよう。
いや、俺がどこから来たか、向こうが納得する答えというやつを知ることができたからよかったと言えばよかったが。
「こっちには何しに来たんだい? 軽装だから、商人じゃないみたいだけど」
やっぱ不自然に軽装だよなあ。
「む、武者修行。そう、自分の強さを磨くための旅ですよ」
口からでまかせだ。持っているのは剣ぐらいだし、それしか思いつかなかった。でもまあ、今の身体能力があればそれなりに強いだろ、たぶん。
「なるほどねえ」
「旅人さん、とりあえず体を休める場所に案内するよ。酒場だけど、宿屋もやっているところだ。この村に来る旅人は、大体そこに行くよ」
というわけで、村の中心近くにある酒場兼宿屋へとやってきた。
そこで分かったのは、手持ちの銀貨十枚がはなはだ心もとないということだ。
今飲んでいるビールは銅貨二枚。ちなみに、銅貨八枚で銀貨一枚になり、ここの宿泊費は一泊銀貨二枚だ。
この店を経営している主人は、俺のあまりに基本的な質問にも嫌な顔一つせず答えてくれる。客商売とはいえ、ありがたい。
「なるほど、旅の護衛で銀貨を得たと。確かに東方の貨幣はこっちでは使えるところが限られていますからねえ」
「それにしても、兄ちゃん、銀貨十枚ってのは足元見られたね。都市で一日肉体労働すれば稼げる額だぜ。安くはないが、護衛代としては割に合わないだろ」
まいったな、銀貨って思ったより価値がないのか。
「旅人さんは、やっぱり西の王都ルーンブルクを目指すんですよね」
その情報はありがたい。
なるほど、西に向かえば王都があるわけか。
「はい、王都なら武芸に優れた人が大勢いるでしょうし」
「旅人さんは、ルーンブルクの滞在許可書はお持ちじゃないですよね」
滞在許可書?
「その顔は持っていないようですね。まあ、旅人さんなら当然でしょうが。その場合、もし王都に滞在するつもりなら、最初に銀貨六枚が必要ですよ。それで半月間の王都滞在が許されます」
「もし、払えなければ?」
「昼間に王都に入ることはできます。持ち物がそれだけなら税金もかけられないと思います。ただし、日が暮れたら王都から出なければなりません」
ってことは、野宿か……。
「野宿はお勧めできません。王都の周辺には住む場所も金もない浮浪者が群れて住んでいますからね」
「なるほど……」
まあ、別に治安の悪さは怖くないけど、面倒ごとに巻き込まれるのは嫌だ。
まさか一日すら王都に滞在できないことになるとは。
「困ったな……。金がそれだけ必要だとは思わなかった」
アメジストがあるが、できれば価値を正しく理解してくれるところへ売りたい。なんとかして金を稼がないと。
「旅人さん、武者修行の旅ということは、多少腕には自信がおありで?」
主人の目がきらりと光る。
ああ、これは厄介ごとの予感。とはいえ、背に腹はかえられない。
「ああ、それなりにね」
俺が剣をポンと叩くと、主人は満足そうに頷くと話を切り出した。
三日前から、村の共同墓地の近くをグールらしきモンスターが歩いているのが目撃されている。
そのときは、教会の司祭がなんとか追い払ったが、高齢で無茶をしたせいか腰を痛めてしまい、今日はとてもじゃないが外出できない。
グールは死体を食らうモンスター。大切な祖先、村民の死体を食べられるわけにはいかない。しかし、自分たちだけでグールを相手にするのは難しい。
なるほど、そこに戦うことができそうな俺が都合よく来たわけだ。道理で、村の男たちが妙に集まっているわけだ。最初は旅人が珍しいのかと思ったが、事の成り行きを見守りたかったのかな。
「グールが二度と来ないようにすればよろしいですか?」
たぶん、モンスター娘だろう。
もしそうだとしたら、できれば傷つけたくはない。
「はい、もちろんそれでかまいません」
「分かりました、その仕事、引き受けましょう」
村民たちがワッと沸いた。
というわけで、今日の食事と宿泊費は無料、グール問題を解決したら村民一同から銀貨二十枚ということになった。
よし、銀貨が二十枚あれば、王都滞在のとっかかりになる。
これは、俺にとっても渡りに船だ。
俺はすぐに教会へと向かった。
村の中央部には、村ではおそらく唯一の石造りの建物だ。大地と実りを司る女神が祭られているらしい。そう、一神教ではなく、多神教だ。
そして、腰を痛めて唸っている司祭に面会し、グールについて質問する。
やはり、グールもモンスター娘ということだ。
外見は人間と見分けがつかないが、それは女性の死体に悪霊が憑依したからだとか。憑依された死体は肉体の損壊が修復されるだけでなく、外見が生きていた頃とまるで異なるものとなるらしい。
死者がそのまま生き返るゾンビとは根本的に違う。よく混同されるんだよね。
グールは死肉を食うが、死肉を食べるために生者を襲うのがよくあるパターンだが、この世界では食べるために襲うという話は聞かないらしい。
それでも、攻撃されたら当然身を守るために反撃はする。司祭は悪霊を相手にするのは得意分野だから何とかなっていたようだが、俺はどうしようか。
多少不安はあるが、俺は夜の共同墓地へとやってきた。
村人たちは危険だから来ないように言っておいたので、俺一人だけだ。
……嫌だな、なんか怖いぞ。ホラー映画みたいだ。
なんか生暖かい風が吹いてるし。
少し武者震いをしたところに、彼女がやってきた。
「こんばんは」
金髪の妙齢の女性。どこから見ても人間にしか見えない。
だが、俺はそれが人間ではなくモンスターということを直感的に悟っていた。
「こんばんは、グールさん。俺と少しお話をしませんか?」
笑顔で語りかけたが、グールはこちらを鋭い目で見返す。
「……あなた、危険な感じがするわ!」
突然、グールは予想外のスピードでこちらに突っ込んできた。
「うわ!?」
咄嗟にかわした。
今の自分の反射神経に感謝をする。なぜなら、さっきまで俺のいた足元に、グールの拳の穴があいているからだ。まさかのパワーファイター。
聞く耳持たずに戦闘になるとは想定外だ。
……どうしよう?