011 尾びれと尻尾
気になることがある。
ケルピーはケンタウロスのふりをしていると言っていたけど、その過程がどうなっているか。
馬のモンスターはそれなりにいるから、同じ馬のモンスターということで、似ているモンスターの中からケンタウロスを選んでいるといった感じかな。
とはいえ、外見が似ている生物となると、どうしても擬態というものが頭に浮かんでくる。
自分の身を守るために、毒を持つ生物に姿を似せている生物、葉や花に似ている生物などがいる。
ただし、それは積極的に似せたわけではない。似ている生物が生き残って子孫を残し続けた結果、それが積み重なってついには本物とかなり似るに至った。そういう考え方が基本だ。
ケルピーがそうとは思えない。最初に考えたとおり、馬のモンスターはたくさんいるから、特に工夫をしなくても外見が似ているだけのことだろう。
ただ、昔の姿がどうかは気になる。ひょっとしたら、多少はケンタウロスに似てきているのでは……。
「あ、そういえば名乗ってなかったな。俺は雨宮隆一。リューイチでいい」
「わたしはマリーよ」
「マリー、ケルピーって一体何年ぐらい前にこの世界に生まれたか分かる?」
俺の質問が唐突だったのか、マリーは「はあ?」といった表情になった。
「……なんでそんなことを聞くか分からないけど、わたしたちモンスターの多くは千年ぐらい前に何柱かの神が創ったって聞いてるわ」
お、それでもきちんと答えてくれるんだな。
その後いくつか聞いてみたら、ドラゴンなど一部のモンスターはもっと昔から存在していて、人間も千五百年ほどの歴史があるらしい。
そして、多くのモンスターは千年でほとんどその姿を変えていないようだ。
ケルピーもその例に漏れず、昔から今の姿だったらしい。
うーん、ということは、千年前に突如としてモンスターという生物がこの世界に溢れかえったことになるわけか。しかも、多くが知的生命体。
よくそれで世界のバランスが狂わなかったなあ。
「わたしたちは棲み分けがそれなりにできていたからね。それぞれの生活圏は限定的だし。人間みたいに節操なく生活圏を広げていくのが特殊なんだよ」
なるほどねえ。
と脱線しているが、そもそも歴史を聞いた目的は年月による外見の変化があるかということなんだけど……。
話を聞く限り、そういう進化はまだ起こっていないみたいだな、少なくともケルピーに関しては。
「話を戻すけど、マリーの尻尾が魚の尾びれである限り、注意深い人間はだまされないと思うよ」
「そっかあ、何とかならないかな?」
人間をさらう片棒をかつぐというのはどうかと思うが、捕食じゃないなら多少は目をつむるか。
「その尾びれを本物の馬の尻尾にするのはダメ?」
正直、それが一番手っ取り早い。
「ダメダメ! 泳ぎづらくなるじゃん」
まあ、そうだろうな。
それなら、ひれとして使い物になればいいってことだよな。
「よし、何とかしてやるから、そこを動くなよ」
そう言って進化魔法を発動させる。発動するということはこの進化が可能ということだ。これで問題解決するかな。
「なんか尻尾がこそばゆいんだけど……!?」
「大丈夫、もう終わる」
俺がやったことは簡単だ。尾びれに長い切れ込みを無数に入れたら、切れ込みが入ったことによって無数の毛がある尻尾のように見える。ただし、その毛のようなものの間には透明な膜があって、ひれとしての機能も果たすといった感じだ。
両生類の手足の間にある膜から思いついた。透明ならば、近くで注意深く見なければ膜の存在にはなかなか気づかないだろう。
「どうよ?」
俺は自信たっぷりにマリーの方を向く。
が、どうにも渋い顔をしている。
「あんたが不思議な力を持っていることは分かったけど、これはちょっと……」
「どこがよくないんだ?」
「外見だけはそれっぽいけど、ひれを広げることがうまくできないから、泳ぎづらいことに変わらないわ」
あー……、ひれの先まで自由に動かせるわけではないのか。
ということは、孔雀の羽を広げるようにすれば……、いや、仕組みがよく分からないし、そもそも羽を広げているときの孔雀はプルプルして大変そうだから、泳ぐには合わないかも。
「なら、もっと単純明快な方法がいいか」
「もっと変にならないでしょうね」
「大丈夫、お任せあれ」
考えてみれば、馬の尻尾は結構大きい印象がある。
まるで大きな筆のように垂れ下がっているから、それなら結構長いケルピーの尾びれの部分をごまかせそうだ。
つまり、尾びれ全体を馬毛で覆えばいいというだけ。
「これはどう?」
ボリューム感が想像以上にあるが、体色に合わせた青みがかった白の毛が風に揺れる姿は美しくも凛々しく見える、気がする。
マリーが尾びれを何回か動かすと、それに合わせて毛も大きく揺れる。
うん、さすがに大きな動きが伴うと魚の尾の部分も見えるが、そうと知っていないと気づくのは難しそうだ。
本物のケンタウロスは見たことないが、たぶん前以上にケンタウロスにそっくりになっているんだろうな。
「へえ、なかなかいいじゃない」
ちょっと弾んだ声だ。どうやら気に入ったらしい。
「実際に泳いで確かめないとね」
そう言うと、マリーは川に飛び込んだ。
川原付近では水深が浅いのか普通に歩いているようだったが、川の真ん中にさしかかると、そのまま滑らかな動きへと変わる。
どうやら、水深がそれなりにあるのか、泳いでいるようだ。
そして、速い。
さすがに川や湖に住む妖精だけあるな。深いところに連れ込まれたら、普通の人間じゃケルピーから逃げることは不可能に思える。
「えっと、リューイチだっけ、これ、気に入ったわ!」
「泳ぐのに支障はないってこと?」
「ええ。いつもと同じ感じで泳げたわ」
マリーは川からあがると、こちらにやってきて体を大きく震わせて水をきる。
水しぶきがかかって冷たい。まるで動物だなあ……。
「ありがとう。まさか、こんなことができる人間がいるなんて」
「成り行きだったけど、気に入ってくれたらよかった」
「何かお礼ができたらいいんだけど……」
意外に律儀だな。
「うーん、人間の間で流通している金があれば少しほしいかな。無一文なんだ」
「あら、それは大変ね」
そう言うと、マリーは懐からきんちゃく袋を取り出すと、そこから何か俺に手渡した。
これは銀貨かな。全部で十枚ある。
「それだけあれば、たぶん数日は何とかなると思うわ」
おお、それはありがたい。
「ありがとう。これは助かるよ、本当に」
「お礼を言いたいのはこっちよ」
そして、最後に人間の村がどこにあるか教えてもらった。
ここから川に沿って歩いていけば、日が沈む前にはたどり着けるらしい。
俺はマリーと別れると、村を目指して歩き始めた。
モンスター娘との交流はまだスライムとケルピーのみだけど、なかなかいい感じにやれたと思う。
次は、いよいよこの世界の人間とのコンタクトだ。
これまで以上に慎重にならないといけないな。
そう考えていると、急に太陽の光を強く感じた。
今までは木々が太陽の光を遮り、川のある方角からしか光を感じることができなかったのが、今は全身に光を感じる。
「やっと……森を抜けられた……」
ついに、森を抜けることができたのだ。
目の前には起伏のない草原が広がっている。道が緩やかに前にのび、のどかな田舎の風景といった感じだ。
さて、村を目指さないとな。
俺は森を抜けたことでテンションが上がり、意気揚々と前へと進むのであった。