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101 共同作業

「なんかすごいことになっているなあ……」


 俺はバース王国が用意した船団の先陣を切る船から、後方からついてくる三隻の船を見ながら思わず呟いた。

 騎士団から選抜された騎士の数は百人弱のため、船は一隻で十分だと思っていたら、用意された船の数が四隻あって驚いた。騎士が乗る船は俺の乗っている船一隻だけなのだが、残り三隻は船大工を中心とした職人たちが乗っている。

 こうなったのには理由がある。

 話を少し過去に戻そう。




 俺たちはウミサソリ駆除作戦をいくつか検討した後、少人数で現場に向かうことになった。いきなり百人弱でマーメイドたちの領域に入ることに慎重論があったのだ。互いの益になることをやるとはいえ、まずマーメイドたち、そしてこの一帯の海の支配者であるクラーケンのウルスラさんに、こちら側の代表者が顔合わせをするのが無難だと考えたのだ。

 そこで、リカルド王子と騎士団長、騎士三名、そして俺が行くことになった。レオは他国の王子のため、顔合わせは留守番だ。

 ウルスラさんが痛みで暴れる原因はすでに取り除いているので、結界で進行を邪魔されることはなかった。途中でマーメイドたちと出会い、彼女たちに先導される形でウルスラさんのいる場所へ行く。


『よくぞ来られた、バース王国の人間たちよ』


 俺はもう慣れたが、リカルド王子たちは目の前のウルスラさんの威容に声もなく立ち尽くしていた。信心深い船員に至っては、伝説の存在であるクラーケンを目の前にして祈りを捧げている。

 だが、さすがは王族と言うべきか、リカルド王子はすぐに姿勢を正すと、ウルスラさんに正式に名乗りを上げて会話を始めていた。

 こういう堂々とした姿はかっこいいよなあ。俺の場合は、いざという時に逃げるだけの力はあるという自信があるから、同じような立場になったとしても冷静さを失わないし、ある程度無茶なこともできる。でも、転移前の俺だったら、恐怖で震えて何もできなかっただろうな。

 そして、リカルド王子のその堂々とした立ち居振る舞いを見て、騎士たちも居住まいを正す。船員たちは相変わらずだが、恐怖で取り乱している者はいないから十分だろう。


 話し合いにより、騎士たちが百名弱やってくることの了承を得た。これで顔合わせの目的を達したわけだが、リカルド王子の提案により、一度騎士団長たちがウルスラさんの体内に入ることになった。水中で呼吸ができるようになる魔法、水中での動き、連携の方法などを確認するためだ。


「おお! 本当に水中で呼吸も会話もできる!」


 リカルド王子がはしゃいだ声をあげる。それに対して、騎士たちはまだおっかなびっくりといった感じだ。


「まさか王子自ら確認するとは思いませんでしたよ……」

「何を言う、リューイチ殿。こんな面白そうなこと、見逃してなるものか」


 爽やかな笑顔でそう答えるリカルド王子。まあ、そういうキャラだとは分かっていた。騎士たちも、少し時間が経つとすぐに今の環境に慣れたようで、色々な動きを試している。


「水中では剣はダメですね、水の抵抗で振りが遅れます」

「やはり、水中では銛が使いやすいな。人数分用意しなければなるまい」


 騎士団長は三叉の銛、いわゆるトライデントを持っていた。まあ、水中でトライデントはお約束だよな。なお、俺の場合は腕力で水中の抵抗を無視することができるし、神珠の剣を銛状に変えることも可能だが、どちらも人間には見られたくない能力なので、俺もトライデントを用意してもらうことにする。

 ただ、これらを普通に使ったらウミサソリを殺しかねないな。捕獲手段は別に考えたので、できればそれだけで済ませたい。


「なるべく傷つけないで捕獲して下さるようお願いします。それがウルスラ様の意思なので」

「これらを使わないで済めばそれに越したことはありませんな」


 騎士団長が分かっているとばかりにニカッと笑いかけてきた。その笑顔を信じよう。 


 それからマーメイドの案内でウルスラさんの体内に入る。モンスターの体内に入るということで、さすがのリカルド王子も最初は若干顔色が悪かったが、生物の体内とは思えない広大な空間、そして各所に沈む船の残骸などを見て冒険心をくすぐられたらしく、すぐに上機嫌で周囲を観察するのであった。


「こちらの様子は見えているか?」


 次は交信の試験だ。

 ウルスラさんは、水の透明度の高い場所で、光が届くようにできる限り海面近くに来ている。俺が与えた能力で透明になっているので、体外にいる騎士がマーメイドに抱えられて泳いでいる様子が体内からもよく見える。

 その体外の騎士が俯瞰的に状況を見て、的確な指示を与えることが作戦の要となる。


「はい、想像以上にはっきりと見えます。そちらは?」


「美人のマーメイドに抱えられて鼻の下が伸びているのまで確認できるな」


「そ、そこまで分かるんですか!?」


「ははは、冗談だ。だが、鼻の下を伸ばしていたのはどうやら本当らしいな」


「団長、からかわないで下さいよ……」


 これらの会話は全て交信担当のマーメイドが伝えている。話の内容にかかわらず律儀に一字一句変えずに伝える様子はなかなか面白い。だが、翻訳者を介して会話しているのと変わらないので、タイムラグがあるのはいかんともしがたい。


「この交信の魔法があれば、戦場の常識が大きく変わりますな」


 騎士団長が唸っているのが聞こえてきて俺は少し焦った。情報の伝達速度が飛躍的に向上すれば戦場に大きな革命をもたらすだろう。


「クラーケンが人間の戦に介入してくるわけがないだろう。人間がモンスターを戦に巻き込むこともあってはならないしな」


 リカルド王子が騎士団長の肩に腕を回して声をかける。ただ、その顔は真剣で軽口という雰囲気はない。それを見た騎士団長はハッとした表情になると、神妙に頷くのであった。

 ……ふう、胃が痛くなるな。騎士団長も悪気があって言ったんじゃないだろうけど。


「話は変わるが、ウミサソリがこういう船の残骸に隠れていることが多いのか」


 そう言いながら、リカルド王子は船の残骸の中に入っていった。ウミサソリは体が大きいながらも平べったいので、隙間に簡単に潜り込むのだ。


「ウルスラ様が透明になるとウミサソリの擬態能力は生かせませんが、こうした船の残骸には砂や土が積もっていますし、こういった場所で擬態されると見つけるのが困難になります」


 これが厄介なのだ。

 それを聞いたリカルド王子は顎に手を当てて何かを考えていたが、この時の俺にはリカルド王子が何を考えているか分からなかった。




「まさか、こんなことを考えていたとは……」


 リカルド王子は、ウルスラさんの体内から船の残骸を一掃することを提案したのだ。まずは大きな残骸だけでも片付けて、ウミサソリが隠れる場所をなくそうということだ。

 実を言うと俺も同じことを考えていたのだが、実行の手間を考えて棚上げした。だが、その手間をリカルド王子は人海戦術で補った。権力は偉大だと思ったが、それ以上にこういう思い切った手段を躊躇なく取れるリカルド王子は大したものだと素直に思った。

 この作戦については、顔合わせの帰りにウルスラさんから許可を取っている。それでも、四隻の船に騎士、船員、職人たちが数百人乗っているのを見たウルスラさんとマーメイドたちは驚きを隠せないでいた。


「ウルスラ殿、我らにお任せあれ」


 それからはひたすら力仕事だった。

 騎士と船員も協力して、職人たちが船の残骸を解体し、それをマーメイドたちが体外へと運び出す。その過程でウミサソリと遭遇することもあるが、この段階では無理に捕獲しようとはしないで無視する。そこに時間をかけるなら、最初に隠れ場所を潰すという方針だ。

 俺はこの光景に感無量だった。元々この国の民とマーメイドたちは交流があるとはいえ、人間とモンスターが一つの目的のために共同作業をしているのを見るのは心にくるものがある。グローパラスでは当たり前に近い光景となっていたが、こうして他国でも同じような光景が見られる意味は大きい。


 この作業を最ひたすら続けた。

 船には一ヶ月分の食料と水が用意されていて、ウルスラさんの睡眠時間以外は三交代で一週間経った頃には、ようやく大きな残骸を全て片付けることができた。職人たちはここで帰し、あとは騎士たちの出番だ。


 そして、その騎士たちも想像以上の成果を見せつけた。

 ウミサソリたちの隠れる場所が劇的に少なくなったことで、ウミサソリを発見しやすくなったことも大きいが、短い言葉でウミサソリの位置を伝え合い、的確に追い詰める様子にマーメイドたちは目を見張った。

 団体行動が苦手な俺も目が点だ。訓練された兵たちの連携がここまで綺麗に機能するとは思ってもいなかった。

 目的は駆除ではなく、あくまで捕獲してからの解放。

 騎士たちは自衛のために銛と剣を用意しつつも、体内の水がない場所へ追い詰めてからの投網による捕獲を作戦に組み込んでいた。漁業がメイン産業である国なだけあり、腕の良い漁師たちに投網の特訓をつけてもらうことができたのだ。短いながらも厳しい特訓の末、この投網による捕獲作戦は非常にうまくいっていた。


 俺はリカルド王子と騎士団長がいる組で、なるべく傍観者となっていた。

 ウミサソリが逃げこむ場所がほとんどなくなった以上、俺がその気になれば身体能力のゴリ押しで簡単に捕獲することができるはずだ。スマートではないが。

 だが、それではダメだ。バース王国の騎士たちが主体となることに意味があると思う。


「最後の一匹の捕獲地点への追い込みが完了しました」


 交信担当の騎士がそう言ったと同時に、遠くから騎士の叫びが聞こえてきた。


「おい! 何があった!」


 騎士団長が剣を抜くと、向こうから一匹のウミサソリが走ってきた。

 今まで見たウミサソリの中では一番大きく、そのウミサソリを追いかける騎士たちが持つ投網には遠目でも分かる穴があいている。

 苦戦しているみたいだな……最後ぐらい手伝うか。

 俺は決断すると、ウミサソリに向かって全力で走り、剣の腹の部分でウミサソリを殴った。


 ドゴッ……!


 鈍い音が響いてウミサソリは気絶した。ここまでうまくいくとは思わなかった。あのままだとウミサソリが殺される可能性があったかもしれないから、多少甲羅がへこんでいるのは見逃してほしい。


「リューイチ殿は足が早いのだな……」


 リカルド王子が俺を驚いた表情で見ていた。


「一撃で無力化させるとは、大したものですな」


 何も仕事をしないまま終わるのは肩身が狭かったとはいえ、思ったより目立ってしまったかもしれない。

 その後、俺の一撃を見ていた騎士たち数人から色々と話しかけられたが、何とかのらりくらりとかわすことができたと思う。


 こうして、ウミサソリはウルスラさんの体内から放逐されて海の底へと帰されていった。

 ただ、ウミサソリの子供と思われる個体も発見されていて、体内で繁殖していた可能性がないとはいえない。そうなると、卵や幼生の見逃しがあると考えるのが自然だ。

 そのため、今後も月一のペースで、まだ取り除かれていない船などの残骸の掃除を行うと同時に、ウミサソリの捜索と駆除を行うことになった。そのかわり、バース王国はマーメイドだけでなく、クラーケンの協力を得ることでますます漁業が盛んになるだろう。

 うん、いい感じにまとまったのではないだろうか。

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