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099 体内東奔西走

 そして、俺たちは再びウルスラさんの体内へ向かう。今回の目的はウミサソリの駆除だ。そのために、ウルスラさんの口からまた侵入したわけだが……。


「透明だと、自分が正しい道を進んでいるのか不安になるな……」


 ウルスラさんの体は驚くほど透明になっている。

 血の色が青っぽいのに、血管が分かる場所がほとんどないんだよな。人間ほどでないにしろ、これだけ巨大な体を動かすためには全身に酸素を送るために毛細血管が張り巡らされていておかしくないと思うのに。

 うーん、やはりモンスターの体は常識では考えられないつくりをしているってことかな。たとえば西洋のドラゴンの一般的な姿を考えると、とてもあの翼ではあの巨体を浮かせることはできないらしい。実際は、何らかの魔力的なもので飛んでいるに違いない。


 もちろん、透明とはいえ完全な透明ではない。よく見ると、たとえば今なら食道を通っているわけだけど、食道の粘膜に海水と一緒に吸い上げられた砂やら海草やら何やらがはりついているのが見える。ウルスラさんがあまりに巨大なため、ごく一部にそうしたものがはりついていても、大して目立たないのだ。

 そのため、感覚的に海中を普通に泳いでいるのと変わらず、自分たちが今ウルスラさんの体内のどこらへんにいるのかが分からない。ほんの少しだけ色をつけてくれたら分かりやすくなりそうだが、ウルスラさんにとっては体色変化は初体験なので、まだうまくその能力を使えないようだ。慣れてきたら変わるかもしれないが、今は慣れに期待することはできない。


「さて、目標のウミサソリが視認できるところまで来たけど……」


 視認できるとは言っても、最初に体外から確認したときは真上から見ていた。そのときはそれほど距離が離れているようには感じなかったが、今はほぼ真横に位置するような感じであり、その距離は結構ある。たぶん百メートルほど離れているのではなかろうか。もっと近づきたいところだが、どうやら食道の粘膜部分にたどり着いたようで、よく見ると透明とは言っても微妙に粘膜のような何かがあるのが分かる。手を伸ばすとやわらかいものに触れる感触がある。


「あのウミサソリ、一体どうやってあそこへ行ったんだ?」


 イカの体の構造はほとんど覚えていない。イカの解剖をした時はそれほど真剣にやっていたわけではなかったしね。……食道は普通に管状だったと思う。そうなると、あのウミサソリは食道の外にいることになる。どういうことだ?

 どういうルートであそこに行ったのか、その謎を探るべく周辺を調べることにする。調べるとはいっても、透明なのでどうにも調べている実感がない。これは一度体色を元に戻してもらう方が早いかなと思ったときに、マーメイドの一人がそれを発見した。


「これは……」


 それは、ウルスラさんの青い血が血だまりのようにうっすらと広がっているものだった。捜索範囲が広かったために発見が遅れたが、海の中で青い血だまりが浮いているようで異常なことがすぐに分かる。

 さすがにこのままではそれ以上のことが分かりづらかったので、ウルスラさんに頼んで一度体色を元に戻してもらう。すると、食道のピンク色の粘膜が目の前に広がる。それによって、自分たちが食道の粘膜の部分にいたことにようやく確証が持てて少しホッとした。


「これ、傷が治ったあとですね」


 シービショップのルリカがそんなことを言った。


「もう完治しているようですが、この血はおそらく一度傷ついた粘膜を保護する役目を持っていたと思われます」


 ……かさぶたみたいなものかな? ウルスラさんが痛みを感じ始めたのは数ヶ月前のようだけど、そんなに長期間残るのか。たぶん、かさぶたとは似ているようで違うものなのかもしれない。


「私の魔法で綺麗に治すことができます」

「あ、ちょっと待った」


 さっそく魔法で治そうとするルリカを止める。


「治すのは後にしてくれ。今は、ここに穴をあける必要がある」

「……え?」

「目的はあのウミサソリを駆除することだということを忘れないでくれ。なぜここに傷があったのか。それは、おそらくだがウミサソリがここに穴をあけたからだと思う」


 ここから体内に侵入してあそこまで移動した可能性は高い。もしかしたらまったく違う場所から侵入したのかもしれないが、今はそれを考慮に入れる必要はないだろう。


「ウルスラさん、話は聞いていますよね。少し失礼して、食道を切り開き切り開くと言っても、食道全体の大きさを考えれば非常に小さいので問題はないと思われますが……」

『かまわない、やってくれ』


 俺やマーメイドたちが通れるだけの穴をあけたところで大きな影響はないはず。海水が食道から体内組織へ侵入することによる影響がどの程度あるか……。


「ルリカさん、魔法で傷口を塞ぐことはできる?」

「傷口の状態によります」

「……そうだなあ、縦に少し長めに切るだけならどうかな。切れ目から侵入するからさ。穴をあけるようにえぐったら組織の再生もしないといけなくなるから大変そうだけど、切れ目を入れるだけなら、傷口をくっつけるだけでいいから少しは楽になる気がするんだけど」


 魔法の理屈がどういうものなのか分からないが、えぐった組織そのものを再生するよりは、切れ目をくっつける方が楽だと思う。


「いけると思います」

「分かった、よろしく頼む」


 俺は神珠の剣を抜くと、かさぶたらしきものがある粘膜にゆっくりと突き刺し、そのまま切り開いていく。


「ウルスラさん、大丈夫ですか?」

『何も痛みは感じない』


 まあ、人間で言えば針で刺したぐらいの大きさにあたるだろうから、痛みはほぼないってことは予想できた。たぶんウミサソリはかじるなり食べるなりして進んでいったんだろうな。

 それにしても、結構肉が厚いぞ。思ったよりも深く切っていく必要があって驚いた。もっとも、食道の肉が薄かったら入ってくる海水の圧力に耐えられない気がするけどね。

 そして、この肉厚をあのウミサソリは越えていったのか。おそらく数ヶ月がかりだったのではなかろうか。傷口が再生する速度のほうが早くて押しつぶされればよかったのだろうが、ウミサソリにとっては幸運なことに、その前に食道に穴をあけることができたのだろう。


「よし、抜けたな」


 全員が通り抜けた先は、これもまた液体で満ちた場所だった。イカの外套膜と内臓の間にこんなものなかったよな。海水ではない……体液か? マーメイドたちが苦しがっていないということはえら呼吸が可能な液体っぽいよな。なんというか、スライムの体内に近いものがある気がする。だが、スライムのそれとも違う感触であり、うーむ、なんとも不思議な感じだ。密度が高い感じがするというかどろりとしていて、海水のようにすいすい泳ぐことはできない。

 ルリカが魔法で傷口をふさいでいる間に、ウルスラさんにまた透明になってもらう。ウミサソリの位置を確認するためだ。


「いたいた。あとは、あいつを駆除するだけか」


 その後は順調に進んだ。特に迷うことなくウミサソリのもとにたどり着き、そのまま数人がかりで一気に捕獲をした。これが普通の海水だったら逃げ回られて苦戦したかもしれないが、このどろりとした液体ではウミサソリもうまく泳げないようで、ろくに抵抗もせず御用だ。動きが鈍ければ、大きな鋏や先が尖った尾も脅威ではない。というより、体が多少大きいだけで普通の動物と変わらないので、逃げられずに真正面から挑めば、戦闘のできるモンスター娘の敵ではない。

 ウミサソリは持参したロープでぐるぐるに縛っている。マーメイド二人がロープを持って監視しているのでもう大丈夫だろう。


「で、これが原因だと思うんだよな」


 俺の目の前に、細長い線のような組織がいくつも走っている。その太さは俺の胴体ぐらいはありそうだ。そして、その組織にはかじられた痕がある。


「ウルスラさん、これが痛みの原因との確信を持ちたいので、少しだけ衝撃を与えます。俺の予想が正しければ、それだけでも結構な痛みがあるはずなので、申し訳ありませんが痛みがくるという心構えを持って下さい」

『わ、分かった……』

「では、いきます」


 俺はかじられた痕のところを、神珠の剣の鞘でコツンと叩いた。


『……!!??』


 その瞬間、俺たちは大きな揺れを感じた。ウルスラさんが痛みで思わず体をよじらせたようだ。


「だ、大丈夫ですか?」

『だ、大丈夫……だ」』


 弱々しい声が返ってきた。うん、あまり大丈夫そうじゃない。


「今の痛みがこれまでの痛みと同じということで間違いありませんか?」

『間違いない。……できれば、もう金輪際この痛みは味わいたくないものだ』


 虫歯が悪化した時を思い出すと、神経の痛みって本当に痛いんだよね。痛みで目が覚めたり、まるでハンマーで内側から殴られているような鈍い痛みが継続的に続いたり、虫歯が進んで冷たい水でしみるときの感じが長時間続くような痛みであったり。

 ……やばい、思い出すだけで冷や汗が出てくる。


「ルリカさん、これ、治せる?」

「はい、ウルスラ様は生命力が非常に高くて癒しの魔法の効果が大きいので、すぐに治せます」


 ルリカが翳す手が淡い光を放つと、神経についていたいくつもの傷が見る見るうちに塞がっていく。

 神に祈りを捧げて癒しの奇跡を起こす神聖魔法ってすごいな。神がどんな理屈というかどんな力で癒しを授けているのだろうか。俺も準神なら、似たようなことができたりするのかなあ……、いや、できないだろうなあ。


 食道が綺麗に治癒されたことを確認すると、俺たちはウミサソリを連行してウルスラさんの体外へと出た。

 そして、ウルスラさんの沙汰を待つ。


「このウミサソリはどうしますか?」

『そのものにはひどい目にあわされたが、そのものにとってはただ普通に生きるための活動をしていたにすぎぬ。意思が通じぬ相手でもある故、このまま海へと返すのがよいだろう』


 さすがにこの一帯の海を支配するクラーケン、寛容だな。

 解放されたウミサソリは、何の感慨もないかのように普通に海底に向かって泳いで行き、やがて見えなくなった。


『この海には私が把握していない生物がまだまだたくさんいるものだ』


 ……それを聞くと、古生物が好きな俺としては色々探索してみたくなるものだ。特に体長十メートルを超える巨大ザメのメガドロンは見てみたい。あと、名前は忘れたけど、頭などが鎧に覆われたような巨大魚もぜひ。

 とまあ海のロマンにひたっていたいところだが、まだやらなければならないことがある。あのウミサソリの放逐だけで事態が収束するわけではない。


「神経がある場所に迷い込んだのは不幸な偶然と思われるので、近いうちに同じような事態になる可能性は低いでしょう。しかし、あそこまでたどり着くだけの肉を食べる速度は若干危険だと思われます」


 たとえば、心臓などの重要な器官に迷い込むかもしれない。その可能性はゼロではない。

 その憂いを絶つためには、ウルスラさんの体内をさらに捜索して、ウミサソリたちを全部駆除しなければならない。

 無計画にやれば、最初に体内に入ったときのようにウミサソリに逃げられるだろうが、さっきのウミサソリを見つける前の計画を実行することにする。つまり、体外のグループがウミサソリを目指し、ウルスラさんの念話能力で連絡を取り合いながら体内のグループが目標のウミサソリを包囲して捕獲する。多少時間がかかるかもしれないが、これで一匹ずつ駆除していけば掃討できるだろう。


「よし、皆、やるぞ!」

「おー!」




 士気高くウミサソリ駆除作戦に取り掛かった俺たちだが、結果は惨敗だった。

 作戦の骨子は悪くなかったと思う。ウルスラさんの体外から注意力の優れたマーメイドがウミサソリを捜索してその位置を知らせるところまではよかった。

 ただ、そこからがダメだった。

 ウミサソリは胃を生息地としていて、そこには海水と一緒に飲み込まれた様々なものが存在する。そのため、運良く発見したところで、そういった所に逃げ込まれると擬態能力を使われて見失ってしまう。体外から監視しているマーメイドからの交信で「そっちに逃げた!」「違う、そっちそっち!」と抽象的な言葉が飛び交うともはや現場は混乱して収拾がつかなくなってしまう。

 ウルスラさんの意向で、ウミサソリをなるべく傷つけないという方針になっていることも失敗の要因となっている。文字通り駆除してかまわないなら逃げ切られる前に切り捨てるなどの手段を取れるが、捕獲となるとそういうわけにもいかない。ウルスラさんに差し迫った脅威が一応取り除かれたこともあり、同じ海の仲間に対して必要以上に乱暴をしたくないというのは、ウルスラさんに命じられるまでもなくマーメイドたちの共通の思いでもある。


 そして、俺は一つの考えに思い至った。


「バース王国の軍隊に協力してもらいましょう」

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