097 体内捜索
なにはなくとも、クラーケンのウルスラを苦しめている生物がどのようなものか知る必要がある。
「その生物はどんな外見をしているんだ?」
体内で暴れて苦しめる生物ということで、寄生虫のようなものだというのが俺の第一感だ。寄生虫がモデルになったモンスターや悪魔、妖怪の類についてはざっと脳内を検索しても思い当たるものがない。ということは、そういった生物が巨大化ないし人化したモンスターだろうか。ジャイアントなんちゃらとかミュータントなんちゃらとか、そんな感じの適当な名前がつくやつ。
「あえて似ているものといったら……フナムシやカブトガニだろうか?」
「……っ!」
マーメイドのヴィルナの返答は予想外のものだった。
……つまり、いわゆるモンスター娘と化していない海棲生物モンスター?
「モンスターか?」
「いや、我々と同じモンスターならば意思疎通はできるはずだ」
「動物に近い知性で意思疎通ができないという可能性は?」
「そもそも、我々モンスターは、程度の差こそあれ、人間の女性に似た姿になるように変化している」
「例外はあるんじゃないか?」
全てのモンスターがモンスター娘になっていると断言することはできないと思うのだが……。
『我々モンスターについて例外はない。ドラゴンや悪魔のような古代種については断言はできないが』
長い年月生きているであろうウルスラが例外はないと言い切るのだから、モンスターについては例外はないのかもしれないな。
『古代種の可能性は考えているが、古代種の多くは高い知性を有していることが多い。それに対して、その生物は知性と思われるものがほぼないように感じられる。だから、ただの動物に近いと考えている。だが、私でも見たことがない種類だ』
ううむ、ここであれこれ言い合っても埒が明かないな、こりゃ。
となると、まずはこの目で直接確認をするしかないか。
「これで全員か?」
そんなわけで、俺はウルスラの体内へと入ってその生物に会うことにした。一人で行くのは不安があるので、その生物の排除のために何度かウルスラの体内へ入ったマーメイドたちに先導してもらう。
そして、そのマーメイドたちの中で、他のマーメイドとは異なる外見をしたものがいることに気づく。
一見すると白く細長い帽子を被った人間の少女のようだが、その帽子はイカの外套膜に似ていて、透き通るような青色の髪は、途中から八つの束に分かれて触手のようになっている。
……あれ? なんか、漫画で見たことのあるような外見だな。
「そちらは?」
俺が声をかけると、そのイカ少女はやわらかな笑みを浮かべて俺に向かって深々と頭を下げた。
「はじめまして、私はシービショップのルリカです」
ああ、シービショップか。海のモンスターとしてはメジャーな部類だな。
頭を下げたときに気づいたが、背中側の首と肩の間に二本の触腕がついている。うむ、どこからどう見てもイカだな。
「シービショップってことは、何か回復魔法とか使えたりするの?」
「はい。海神ネフティ様にお仕えしていますので神聖魔法が使えます」
……おお! 神聖魔法を使えるモンスター! これは、グローパラスにぜひとも欲しいところだ。今回の件に片がついたら誘ってみるか。
とりあえず、今は目の前のことに集中しなければならない。マーメイドはヴィルナを含めて四人、シービショップはルリカ一人、それに俺を加えた六人がこれからウルスラの体内へと乗り込むメンバーだ。
体内へ入るということで不安はあるものの、クラーケンは生物を消化することはないというからその点は安心できる。
『それでは、よろしく頼む』
そして、俺たちはウルスラの口から中へ侵入することとなる。あれだな、有名なSF映画を思い出すシチュエーションだ。あれは確か脳内出血を内部から治療するためだが、俺たちは体内に巣食う未知の生物を何とかするためだ。SF映画だと元の大きさに戻るまでというタイムリミットがあるが、そういうのがないぶん気が楽ではある。
マーメイドの二人が魔法で光を生み出しているおかげで、ある程度先まではしっかりと見通せる。ウルスラが飲み込んだ海水の流れに、今のところは乗る形で奥へと進んで行く。周囲には俺たちのほか、普通に魚がたくさんいるのがなんとも言えない。体内と言っても、ウルスラの身体が非常に大きいため、映画や小説などでクジラなどに飲み込まれた場合の圧迫感のようなものはない。
……いや、明らかに広すぎだろ、これ。
「クラーケンの巨躯を考えれば当たり前だったな……。なあ、ヴィルナ、その生物がどこにいるかあてはあるのか?」
もし適当に探すのであれば、正直見つかる気がまったくしない。
「ある程度は」
……いまいち頼りにならない返答ではあったが、ある程度だろうと捜索ポイントが絞られているのであれば、まあいいだろう。
俺はそれ以上何も言わず、周囲を警戒しながら奥へと進む。問題の生物がモンスターであったならば、俺の能力で大まかな居場所が分かって楽なんだけどなあ。一応モンスターの気配を探ってはいるが、すぐ近くにいる五人のものしか感じられない。また、ウルスラの体内にいるためか、遠くを探ろうとするともう曖昧になってしまう。まず真っ先に感じるのがウルスラというクラーケンの大きな存在感だからなあ。
「……今まで数回目撃した場所に来たぞ」
口から侵入してある程度進んだ場所でヴィルナたちは進むのをやめた。
そこには、朽ち果てた大きな船が沈んでいた。
ウルスラの体内は普通のイカとは異なっている。普通のイカは外套膜の上部の方に胃が一つあるだけのはずだ。高校生の頃生物の授業でイカの解剖をしたことがある。……いや、その記憶なんてほとんどないんだけど、何かしら特徴のある臓器があれば覚えているはず。
それに対して、ウルスラは中央部あたりに複数の胃が存在するようだ。胃が複数というとまるで牛だが、複数胃がある必要性があるのかどうかは分からない。反芻をするわけではないみたいだしなあ。
まあ、クラーケンの身体的構造について学術的に調査をしに来たわけではないから深くは考えないことにする。
今大切なのは、目の前に大きな船……帆船だな。ボロボロになった船がまさに沈んでいるといったたたずまいで鎮座していることだ。こうした海の巨大生物の体内ではお約束とはいえ、やはり目の前にあると「おお……」と唸ってしまう。周囲をよく見渡すと、船以外にも所々が折れている木、陸上動物のものと思われる骨、漁師が仕掛けるような大きな網などの残骸がいくつも沈んでいる。
「ウルスラ様が海水を取り込むときに、こうしたものも海水と一緒に取り込まれてしまうのだ」
まあ、あの口の大きさで海水を取り込むんだから、意図せずして色々なものが流れこむのは仕方ないだろう。でも、船はいくらなんでもやりすぎというか、飲み込む前に気づいてほしい。
「これらはどうするんだ? 消化されないなら、いつまでも放置するのは好ましくない気がするんだけど」
いくらウルスラが大きくて胃がどれだけ広大であろうとも無限の収納量を持つわけではない。何十年、何百年と放置していたら、いつかこうしたゴミで一杯になって健康被害があるのではなかろうか。
「ある程度の大きさまでなら、定期的に我々が掃除を行っている」
なるほど。大きな魚を掃除する魚やエビとかいるもんな。小さい魚が寄生虫などの駆除をするかわりに、大きな魚が食べるエサのおこぼれに預かったり、大きな魚の近くにいることで身を守ったりするんだっけか。マーメイドたちの場合は、共生というよりも、ウルスラに対する忠誠心が先にあると思うけど。
……そして、それより気になることがある。ウルスラと会ったとき、海面に対して垂直、つまり縦になっていた身体を横たえた。そういうダイナミックな動きをすると、体内はえらい騒ぎになるのではなかろうか。
「ウルスラ様は、我々が中にいるときは、極力お動きにならないように気を使われている」
それを聞いて安心した。
「そんな心配をするよりも、周囲に目を光らせてくれ。こういった場所に例の生物が潜伏している可能性が高い」
「潜伏しているって、テロリストか何かみたいだな……」
ウルスラの胃だけで相当の広さで、そこにかなりの海水が常時あるらしいということから、それなりの数の魚が普通に生息していることが分かる。現に、今こうしている時も、俺の近くを魚がすいーっと泳いでいる。そうした魚たちが居着く場所として、こうした船の残骸は絶好の場所となるわけか。人工漁礁ってやつだな。
で、そうした絶好の住処は、俺たちが探している生物にとっても絶好の住処となるってことだろう。
聞いてみると、こうした船の残骸は複数あるらしい。一体どれだけ船を飲み込んでいるんだよと思ったが、何百年と生きているだろうから、それもありえるのかもしれない。
そして、その時は唐突に訪れた。
「いた!」
マーメイドの一人の鋭い声が響く。それと同時に、そのマーメイドが銛を手に俊敏な動きで何かに攻撃をしかける。その動きで、周囲に沈殿している泥のようなものが舞い上がり視界が悪くなる。
「どこに行った!?」
「そっちよ!」
「それ違う! あっち!」
そんなマーメイドたちの声が交錯する中、俺の視界の端に何か高速で動くものがいた。
反射的に振り返ると、それは全長五十センチほどの平たい生物だということが分かった。カブトガニ……いや、三葉虫? とにかく、そういう平べったくて節がたくさんある生物だ。視界でとらえたのはほんの数秒だが、確かにそういった外見をしていることは分かった。いや、平べったいだけじゃなくて、何かついていたような……。一瞬だから細かく確認できなかった。
そんな生物が、身体を縦にくねらせて泳いでいる。しかも、相当に速い。泳ぎ方からして大した速度が出るわけないような感じなのに。
その衝撃的な光景に俺は反応が遅れた。もしかしたら手を伸ばして捕まえることができる距離だったかもしれない。それが可能な動体視力と反射神経を今は持っているのに……くそっ!
「速いと言っても、マーメイドの速力なら追いつけるんじゃないか?」
本気のマーメイドの速さに勝てるほどの速さではないと感じた。
「ずっとまっすぐ泳いでくれたら余裕だが、奴は細かく方向転換して簡単には捕まえることができない。おそらく、取り込んだ海水を噴射して推力にしていると思われる」
あの平べったい身体でそんな芸当ができるのか。だが、多少捕まえるのが難しくても……。
「我々が簡単に振り切られることはないという自信はある。それにもかかわらず逃げられるということは、おそらく隠れる手段を持っている」
「隠れる手段?」
「推測でしかないが、タコやイカ、カレイなどのように、体色を変化させて姿を隠すことができるのではなかろうか」
「……擬態か」
海の生物の擬態って洒落にならないほど周囲の景色と同化していて見分けがつかないんだよなあ。TVのそういった生物の特集で、ここらへんに隠れているよ、みたいな表示がされていてもなかなか気づくことができないのだから、どこにいるか大雑把な位置さえ分からない状況では発見はほとんど無理だ。
マーメイドですら見つけることができないというなら、擬態というヴィルナの推測はたぶん当たっているだろう。
「……適当に周囲を銛で突き刺せば、身を潜めた生物をあぶり出せるかも」
「ウルスラ様を傷つけることになるから、それはできない。ウルスラ様の苦痛を取り除くための我々がウルスラ様を傷つけたら本末転倒だ」
……そりゃそうだ。
でも、運良く見つけられたものを諦めるには、捜索範囲が広すぎる。こいつを逃したら次に発見できるのがいつになることやら。
そして、その漠然とした不安は正しく、その場を一時間ほど捜索しても例の生物を発見することができなかった。さらに、数時間かけて別の船の残骸を数箇所調べもしたが、結果的に全て無駄足に終わったのである。