痕跡を探せ 解決篇
※第一問・痕跡を探せの解決篇です。先に問題篇を見て、問について御一考下さい。
※どうしても解らなかった人向けにヒント。
・食堂に流れてるジャズから死亡推定時刻を絞れます
・時田は何故十分足らずで娯楽室を出たのでしょう?
・リビングから犯行現場へ向かうとしたら、そのルートは?
七.
外廊下から入ってきたアキラを、現在ペンションにいる全員が注目した。アキラは両手を口元で擦ると、はぁと温かい息を吹きかけた。
「何してたの、アキラ?」不思議そうにヒカリが尋ねる。
「ちょっとな」アキラが答えた。「外廊下に足跡が無いか調べた。ひょっとしたら外部犯かもと思って」
「それで、どうだったんです?」佐伯が聞いてきた。
「いいえ、足跡は無かったです」
「靴を脱いだのかもしれませんよ?」
「俺が外部犯なら、まずそんなことはしないでしょうね。必要がない」アキラが首を傾けて苦笑した。
「じゃあ、やっぱりこの中の誰かが犯人なんですよね……」優衣が呟いた。
リビングが気まずい空気になる。その重苦しさに耐えかねたのか、舞衣が言った。
「あぁあ。警察早く来ないかなあ」
話すなら、今しかない。アキラは思った。この中に潜む犯人に、挑戦するのなら。
「あの」遠慮しがちに、アキラが言い始めた。「俺に考えがあります」
「考え?」ヒカリが首をかしげた。
らしくない、そう思った。しかしながら、この考えをここで言わなければ、救えないかもしれない。アキラは腹を決め、きっぱりと断言することにした。
「繰り返しますが、外部犯の可能性はないと思います」
「ホントに繰り返しだね」
「つまり、犯人はこの中にいる」アキラは口調を強める。「俺は犯行が可能だった人物は、ただ一人だけだと考えています」
全員が驚いた表情を見せた。この場で犯人を告発する行為に対してか、それとも気でも狂ったと思われたか。アキラには判断できない。
「ちょっとアキラ」ヒカリが言った。「さっき、管理人さん以外、全員にアリバイが無いってことで話は落ち着いたでしょ?」
「いや、誰も落ち着けていない。ここでハッキリさせよう」
「どうやって?」
「俺達は運が良かった」アキラが全員を見渡した。「単純な消去法で、犯人を絞り込めるんです」
八.
言ってしまった。ここまで来たら引き返せない。行けるところまで突っ切るしかない。
「まず、事件の被害者は時田さん。彼は一階の食堂で殺害されていました。犯人は凶器としてボーガンを使用したと思われます。時田さんは、ボーガンの矢で撃たれて死亡しました。ここまではいいですね?」
全員が沈黙する。アキラは肯定と受け取った。
「俺達は時田さんの死亡推定時刻を、八時四十九分から九時半の間と判断しました。防犯カメラの記録からです」
間隔を大きく開けた両手の掌を、向かい合わせるようにして前に出すジェスチャーをした。時間の間隔を意味している。
「そして、その段階で容疑者は五人。俺、ヒカリ、佐伯さん、舞衣さん、優衣さんです」
両手の掌の間隔を狭めながら言った。
「しかし、ある根拠をもってして、時田さんの死亡推定時刻を狭めることが可能です。それにより、容疑者を二人除外することができるのです」
「全然わからない……」ヒカリが呟く。
「私もです」舞衣が同意した。「根拠って何ですか?」
アキラは説明を開始する。
「時田さんは、死の直前にライフログをつけていました」
「ライフログ?」管理人が遮った。
「ライフログとは、自身の生活、その日したことを記録する行為です。日記との違いは、その日の終わりに書くだけでなく、出来事をその都度書いていくことにあります」アキラが答えた。
「もっと具体的に言います。時田さんの場合、食堂でお酒を飲んでいたことを彼のノートに記していたんです」
「時間でも書いてあったんですか?」優衣が聞いてきた。
「いや、見たのは私だけど、時間なんて書いてなかった」とヒカリ。「他にも時間に関することなんて書いてなかったはずだよ」
「いいや、よく思い出せヒカリ」アキラが強く主張する。「時田さんのノートには、こう書いてあったんだろ? 『とても静かでのどかな時間だ。昆虫や野鳥の鳴く声以外、何も聞こえない』と」
「うん、確かにそんな内容だった」ヒカリが肯定する。
「『静かで、何も聞こえない』、という言葉に注意を払ってほしい」
「確かにおかしいですね」アキラが続きを言う前に、管理人は合点がいったように頷き言った。「食堂は音楽が流れてたはずなんです」
「音楽?」ヒカリは首をかしげ、しばらくすると気が付いたようだった「……あ、ジャズが流れてたよね、そういえば」
「そういうことだ」アキラが頷いた。「六時から三時間と五分、そうですね?」
管理人が頷いて肯定する。
「つまり、ジャズの音楽が聞こえない時間である、早くとも九時五分以降まで時田さんは生きていたということになる」
そこで、ヒカリがアリバイ表を見なおした。
「その時間、私とアキラにはアリバイがある」ヒカリは得心がいったようだ。
「そう」アキラは言った。「九時五分から九時半まで。その時間俺達二人は、ずっと管理人さんの部屋にいたんだ」
「そのライフログを信じるなら」と佐伯。「確かに二人は容疑者から除外されます」
「これで容疑者は、佐伯さん、舞衣さん、優衣さん」アキラが説明を再開した。「あなた方、三人に絞ることができました」
九.
リビングに緊張が走る。九条姉妹は顔面を蒼白にしている。佐伯は無表情で、その心中を察することはできない。
「次に着目するのは、時田さんが八時四十分頃に娯楽室に行ったことです。いや、正確には、娯楽室に行って僅か十分足らずで出てきてしまったことだ」
全員がアキラの話に聞き入っていた。
「一見して、時田さんが九時に娯楽室の電気が消えてしまうことを忘れていたように思われます。しかし、それは違う。なぜなら、時田さんは九時に電気が消えることを知らなかったはずだからです」
「そういえば……」管理人が思い出すようにして言う。「失念しておりました。時田さんに電気のことをお伝えするのを忘れていました」
「どうして分かったの?」ヒカリが尋ねる。
「俺は一度、時田さんと話をしている。食事の後ぐらいの時間だ」アキラが淡々と言葉を紡ぐ。「そのときに、時田さんは初めて娯楽室の存在を知った様子だった。更に、管理人さんは、受付のときから時田さんを見ていないと言う。つまり、九時に電気が消えてしまうという事実を知るチャンスは、時田さんには無かったっということになる」
「それで、そうだとしたら、どうなるんですか?」佐伯が尋ねてきた。
「九時に電気が消えることを知らなかった時田さんが、九時前に娯楽室に入り、出てきた」アキラが腕を組む。「不自然だとは思いませんか? 九時に電気が消えてから娯楽室を出てきたなら解ります。しかし、電気が消える前に、しかもたった十分も遊んでいないのに出てくるのは妙な話だ」
「うーん……こんがらがってきた」と舞衣。「とにかく、時田さんがたったの十分で娯楽室を出ちゃったことが変だって言いたいんですか?」
「そう思ってもらって構わない」アキラが頷いた。
「でも、確かに変ですね……」管理人が手をあごに添えて考え込んだ。「気まぐれですか?」
「俺の考えは違います。誰かが時田さんを呼びに行ったんです」
「誰がって、犯人?」とヒカリ。
「そうだ。そんな証言を誰もしていない以上、犯人がその事実を隠していると考えるのが妥当だろう」
そこで優衣が疑問を投げかけた。
「でも、本当に只の気まぐれかもしれませんよ?」
「『時田さんが犯人に呼ばれた』という説を俺が思いついたのは、やはりライフログからなんだ」アキラが即答した。「ライフログには、『酒を飲みながら人を待っている』と記されていたからな。つまり、このような感じで時田さんは犯人に呼ばれたのでしょう。『この娯楽室は、九時に電気が消えてしまう。食堂で一緒に飲もう』と、こんな内容だったのではないかと予想される」
「人を待っている……と書かれてたなら」優衣が首を傾けながら再び尋ねる。「最初から誰か……犯人と約束してたのかもしれないですよ? 約束の時間に気が付いて、時田さんは自分から娯楽室から出て行ったのかも」
「その可能性も考えた」アキラが優衣に向き直った。「それを説明するのに、まずこの事実を知っておいてほしい。『犯人が時田さんを呼びに行った』という推論が正しい場合、優衣さん、君が容疑者から外れるんだ」
「え?」優衣は大きく目を見開いた。
「ヒカリ、アリバイ表を見てみてくれ」アキラがヒカリに言った。
「あ、時田さんが娯楽室にいる間、優衣さんはずっと一階にいるじゃない」ヒカリが叫んだ。
「そう、娯楽室に行けない優衣さんは容疑者から外れるんだ。では、優衣さんが主張した通り、『最初から犯人と約束していた』=『時田さんは自力で娯楽室を出た』場合、優衣さんは依然として容疑者のままだ。だが、もし彼女が犯人なら、八時四十分に娯楽室に入って行った時田さんを見過ごすだろうか? 忘れてしまっている可能性を恐れ、時田さんを引きとめて確認するはずだ。『きちんと約束を覚えているよね』、とな」
「しかし、優衣さんは舞衣さんと一緒にいました」佐伯が言う。「舞衣さんの前で、時田さんを呼びとめるのは、優衣さんにとってリスクが高いと思うんですが」
「もう間もなく電気が消えてしまう部屋に人が入ろうとしたんです」アキラはすぐさま答えた。そのパターンも考え済みである。「別に呼びとめに行っても不自然ではないでしょう」
「話をまとめます。優衣さんの言うとおり、『時田さんが犯人と約束していた』という可能性は、完全には消去はできません。しかし、それは少なくとも優衣さんとではない。そして、俺が思う可能性である、『犯人が娯楽室に時田さんを呼びにいった』。これが当たっていた場合でも、優衣さんは犯人の候補から消えるのです」
「話はややこしいですが」佐伯が言った。「時田さんが娯楽室にいた時間。犯人がその時間に時田さんを呼びに行ったなら、その間に二階に行った人物が容疑者として残るわけですね?」
「そうです」アキラは肯定する。
「じゃあ、いよいよ、僕か舞衣さんが犯人だと?」佐伯が挑戦的な表情になった。
「ハッキリさせましょうか?」アキラがそれに応じた。
十.
「犯人を絞る最後の決め手はコイツです」アキラはリビングから外廊下に繋がる扉の前に立ち、ごんごんとノックをした。
「その扉が何か?」佐伯が尋ねる。
「この扉、位置的には管理人室の丁度裏側にあります」アキラが真剣な表情で答える。「そして、管理人さんはこう言っていました。『この扉は調子が悪い。閉める時の音が管理人室に丸聞こえだ』と」
「わかった」ヒカリが再び叫んだ。「私達、時田さんの死亡推定時刻……九時五分から九時半まで、ずっと管理人室にいたんだよ。でも、扉が閉まる音なんて聞こえなかった」
「そう。舞衣さんが犯人の場合、リビングから食堂へ行くルートは二つ。一つは受付側の廊下を通るルート。そしてもう一つは、外廊下を使う通路」二本指を立ててアキラは言った。
「しかし、受付側のルートは使っていない。防犯カメラにそんな記録は映ってませんでしたから」アキラが指を一本畳んだ。
「そして、外廊下のルートも使われていない。俺達が管理人室にいる間、それらしい音なんて聞こえなかったからです」残る一つの指も畳む。
「結論を言います。舞衣さんに犯行は無理です」
そうアキラは言明した。
「お前が犯人なんだろ?」
その人物の顔を見る。
「佐伯雄太」
十一.
論理的に他の人物の犯行を否定され、名指しで告発された佐伯は、それでもなお余裕の表情を見せていた。
「犯人? 僕が犯人?」
「それ以外に……考えられない」アキラは眉間を指で押さえながら言った。
「そうか」佐伯がぽつりと呟いた。「いや、確かに論理的だ」
「別に論理で追い詰めたい訳じゃない。真実が知りたいんです」アキラが言う。「もし、真実だというなら……自首して下さい」
「控えめな言い方していますが、結構自信があるみたいですね?」佐伯はまだ余裕の表情だ。「けど、決定的な証拠は、無い」
佐伯の声は冷たかった。
「確かに決定的な証拠はありません。俺はただ、あなたの口から聞きたい」アキラは大声を出した。「教えてくれよ、佐伯さん」
佐伯が無表情に変わった。何かを考えているのか、しばらく黙っていたが、やがて口を開く。
「僕が犯行を認めると、本気でそう思ってるんですか?」
「違います。……本当のことを言ってくれると……思ってるんです」アキラは絞り出すように言った。「それをしてくれないなら、……俺の話を、警察にします」
しばらく沈黙があった。
佐伯が上方を見上げる。全員の視線が集中する中、目を瞑っていた。
やがて佐伯がため息をついた。アキラに向き直った彼は、微笑んでいた。
「分かりました」佐伯が静寂を破った。「僕の負けです。アキラさん」
アキラと佐伯以外、全員が目を見開いた。
「じゃあ、ホントに佐伯さんが?」ヒカリが尋ねる。
「はい」佐伯が真面目な表情で言った。「僕がやりました」
全員に動揺が走った。
「どうして……」優衣は涙目である。
「申し訳ない。理由は説明できません。皆さんも聞かない方が良い」佐伯が答えた。
「佐伯さん」アキラが俯いたまま言った。「信じたくなかった」
「ごめんね」佐伯がぽつりと呟いた。
うっすらと、サイレンの音が聞こえてきた。警察が間もなく到着することを知らせていた。
「迎えが来たようだ」佐伯が玄関の方を向く。「ねえ、アキラさん。警察が来たら、最初から自首するつもりだと言ったら信じてくれる?」
「佐伯さん」アキラは涙を流しそうになった。佐伯とは短い付き合いなのに、胸が苦しくなった。
「皆さん。ご迷惑をおかけしました」佐伯は全員に向き直り、深々とお辞儀をした。
サイレンの音が徐々に大きくなる。やがて、呼び鈴を鳴らす音が聞こえた。
佐伯はその時まで、ずっと頭を下げたままだった。
Solution to a crime case 第一問「痕跡を探せ」
解答
一:犯人を絞り込むための根拠が幾つかある。それらの根拠を述べよ。
答:ライフログから時田の死亡推定時刻を絞ることができる。
犯人は娯楽室に時田を呼びに行けた人物である。
時田の死亡推定時刻、外廊下は使われなかった。
二:犯人は誰か。以下の選択肢から選べ。
答:佐伯雄太
終.
パトカーの中で、アキラはヒカリにぽつりと話した。
「最初から嫌な予感はしていたんだ。お前が犯人のわけがないし、女子高生が人を殺す方法としてボーガンを選ぶとは考えづらい」
「アキラ、大丈夫?」ヒカリが尋ねる。
「ああ」アキラは短く答えた。
「佐伯さんさ、本当に自首するつもりだったんじゃないかな」ヒカリが言った。「私たちには知られたくなかったから、すぐには自白できなかっただけなんだよ」
佐伯は警察に全てを自供した。連行される前に佐伯が残した言葉を、アキラは思い出していた。
『アキラさん。僕を助けようとして推理ショーなんてしたんですね。僕を自首させるために』佐伯はケレン味がない笑顔だった。『たったの二日間でしたけど、君と友達でいられて良かった。ありがとう』
さよなら。
最期の一言がアキラの胸の内で何度もこだましていた。
「俺も、そう思う」頬杖をつき、窓の外を眺める。
パトカーが山を降りるまで、もう間もなくだった。
<痕跡を探せ 了>
次回「Ωは致命的」は、家の蚊を駆除できたら




