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仄暗い河原を影が走る。

ずいぶん欠けている月の光に照らされるその姿は光量が足りずにブレて見える。その影が、河原の土手を俊敏に走り上がる。その足の速さは人のものとは思えず、土手の頂点でひときわ大きな音を立てて影は跳躍した。

その影は闇夜に高々と飛び上がり、風に乗って街に近づいていく。

ごうごうと風が影の、彼女の横で音を立てる。

黄色を基調としているゴスロリみたいな服の、ごてごてしいフリルが風になびいて、ネックレスにデザインのことしか考えないで作ったんちゃうかというふうな飾りがくっついていてそれが鎖骨のあたりを打つし、ちょっと高度を下げて飛ぶだけでスカートはめくれ上がり、月明かりに照らされて彼女からは眼下の人々の姿が見えて、いつこちらを見てくるのだろうと思うといてもたってもいられなかった。

「はぁ……」

街の中央程近くにある一番高い建物にどんどんと近づいていくにつれて、街をゆく人影も増えてくる。

そして、彼女はもっともっと速度を出していく。

腰に佩いている、服とは対照的に無骨で飾りっけのない大きな剣ががしゃがしゃと大きな音を立てて、嫌な汗が背筋をつたう。

少し経って、ガラス作りの大きな建物、その屋上に彼女は近づいて、一気に急降下する。急降下爆撃機もかくやというような大きな音を立てて屋上に着陸(衝突)する。膝でクッションを取り、ガニ股から立ち上がり、額のあせを拭う。

「ようやっと、着いたわね……。ちっくしょー、あのくされ外道め、街での仕事は嫌だって言ってんのになんでそれをやらせるかなー、もー」などとぶちぶちと言いながら、彼女は屋上の縁の近くに、もちろん直接道路から見える距離には近づかない。

「毎回毎回このときほど景観条例があるのを嬉しく思うことはないわね……」

縁に近ければまだ夜景に映えるというのに、彼女は屋上の縁から遠く離れた中心部のあたりで仁王立ちをし、ファンシーなウェストポーチの中から小さな箱を取り出す。とんとんとその箱を叩いて出た細い棒状の物体を指に挟み、口に加えると、もう片方の手をその物体の先に近づける。もごもごと何かをつぶやくと人差し指から青い火が出た。

火のついたそれから少し息を吸って、口を開ける。

「ぷはー……」

ぷかぷかと煙が口から立ち上る。もちろん”煙草”の煙である。

「ぷはー、じゃないよ! この馬鹿!」

と、いきなり彼女の頭に衝撃が走る。

「ったー! 何すんのよ!」

「『何すんのよ!』、じゃない!」

その衝撃の元は、彼女の後ろにいつの間にか現れた高校生くらいの男の子だった。ボタンを3つも外した学ランを来て、ネックレスをして、脱色した様子のパサパサの髪の毛をした、実にチャラいという形容が似合う彼だが、叩いた右手をそのままに彼女を険しい目で見つめる。

「お前はいつもいつも煙草なんか吸ってー!」

「いいじゃない、煙草くらい。現代はストレス社会なのよ。心の清涼剤をとらないで頂戴」

「そうじゃない、そうじゃないんだよ! お前がやっている仕事には煙草なんて似合わないの! お前自分の仕事忘れたのか!?」

「え? OL?」

「違う! そうだけど違う!」

「だって、危険手当が出るような、こんなヤクザな仕事をしているなんて言ったら、」とそこで切って、煙草を大きく吸って、吐いて、「田舎のお母さんドン引いちゃうもん」

「確かに! けど保険は効くよ!」

「もー、なんなのよー、何が言いたいのよー」

「お前の今の仕事は、『魔法少ッ!」と言ったところで彼女の右手が目にも見えない速さで彼の首のあたりの服を掴む。

「アアン……? なーんか聞きたくない言葉が聞こえたような気がするんだけど、気ーのーせーいーよーねー?」

にっこりと笑って、落ちてきた煙草を左手の指で挟み込む。

「う……」

「気、の、せ、い、よ、ね?」スタッカートで区切って、しかし優しい声音で言うと、そのまま煙草を口に含み、彼に対し息を吹きかける。彼は煙たそうに目をつむり、顔をそむける。

「…………なんでこんな野郎を……にしようなんて思ったんだよあのクソオヤジめ……。ああ、はい、そうですよ気のせいですよ気のせい! 疲れてんじゃないの!?」

その言葉を聞いて腕を離す。

「よろしい。実によろしい。前半なにか言っていたようだが、お前のこれからの功績に免じて許してやる」

と、彼女は満面の笑みで、彼に背を向ける。彼はしわくちゃになった服を伸ばしながら、不満気な顔でその後ろ姿を見ている。

「チッ、なにが偉そうに。年増のくせして……」

「なんか言った?」くるっと振り返って彼女が彼に向かってまた笑う。

「サー、ノーサー!」と敬礼。

それに対し、彼女は笑みを薄めて言った。

「サーじゃねえよ。って、そんなことはいいんだよ。で、今日の仕事は?」

彼は、「えーっと……」と言いつつ、デイパックからタブレット端末を取り出し、「んー、緊急のが一件、なんか今日はここらへんの治安が悪くなるでしょう、って託宣が出たっぽくて、けどここの担当官が休みなんだって。産休」と、書類を読み上げる。

「産……休……」と彼女が唇を引くつかせる。

「まあ、お前には関係ないことから安心だな! ハッハッハ!」

「お前……、折られたいのか?」彼女の右手が、『肉』をパキッとおる仕草をする。

男の子は冷や汗をかきながら、「えー、んでだ。あー、そうそう、担当官が休みだから、今日はここに来るしかなかったんだよ」とだけ言った。

それに対して、だぶだぶの袖口フリルがたくさんついているを巻き込みながら腕組をする。

「ふん。今日はなにも起こらないと思うけどね。新月でも、満月でもないのに」

「俺もそう思うんだけどねー」と彼は頭をかいて言った。「けどお上がそう言っている以上そうするしかないじゃん」

「そうなのよねえ……」

二人してため息をついた、その瞬間。

月の光が真っ赤に染まった。


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