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世界の果てと宇宙の外側

作者: 宮瀬 和樹

世界の果てと宇宙の外側

(アキレスとカメのパラドクスの解法、又は場の統一理論)

                        

                     宮瀬 和樹




 きれいに晴れ渡ったある秋の日の昼下がり、マラトンの丘で一匹の亀が甲羅干しをしていた。そこへ鎧で身を固めたアキレスが勇ましくやってきた。彼は亀を見つけると立ち止まり言った。

「おい、亀」

 しかし亀がぐっすり眠りこけているのを知り、手に持った槍の先でつんつんつついた。

「怠け者め、起きろ」

 亀はびっくりして目を覚まし言った。

「いてててて。乱暴はやめろ。誰だ?……あっ、これはアキレスさん……」

「お前は競走で兎に勝ったそうだが、いい気になっているんじゃないか」

 亀は否定した。

「いいえ、いい気になっているなんて、とんでもありません」

「自分が世界で一番速いなどと思い上がるなよ」

「もちろんですとも」

「世界で一番速いのはこの私だ。兎は油断して負けたが、私は決して油断などしない、これから勝負しようではないか」

「めっそうもありません、アキレスさんと競走なんて。私にはとうてい勝ち目はありません」

 亀が辞退しているところへ、ユークリッドがやってきて提案した。

「それではハンディキャップをつけてみてはいかがでしょうか」

「ハンディキャップ?」

 アキレスが聞いた。

「はい、そうです」

 ユークリッドが説明して言った。

「ふつうに走れば亀よりアキレスさんの方が比べようもなく速いのは、誰の目にも明らかです。ですから、勝って当たり前の競走をしても少しも面白くはないでしょう」

 アキレスは答えた。

「うむ、なるほど。言われてみればその通りだな。兎のように油断しなければ負けるわけがない」

「そこで競走を面白くするために、ハンディキャップをつけるのです。まず、亀をアキレスさんより10m先に進ませておきます」

「なに? たった10mでいいのか? 100mでもいいぞ」

「では100mにします」

「よろしい。それで同時にスタートするのだな」

「いいえ」

「違うのか?」

「はい、最初にスタートするのはアキレスさんです」

「亀はじっとしているのか?」

「はい」

「なぜだ? 止まっていたらすぐに追い越してしまうではないか。なにしろ私はたった100mなど、一息なのだからな」

「追い越さないでください。アキレスさんにはぴったり100m走り、亀の位置に辿り着いたら止まってもらいます」

「追い越すな、だと? これは競走だろう、追い越さないでは競走にならん」

「競走になるかならないか、説明をお聞きください。アキレスさんが亀のところまでぴったり100m走るのに何秒かかるかを計り、そのかかった時間だけ亀に進ませます。その間アキレスさんには休んでいてもらい、亀が与えられた時間分、進みきったところで止まらせ、またアキレスさんに走ってもらい、亀に追いつくまでの時間を計り、その時間だけ亀に進ませ、また追いつくまでアキレスさんに走ってもらい時間を計るのです」

「それを繰り返すのか?」

「はい、そうです」

「変わった趣向だな。よく分からんが、珍しくて面白いかもしれん。やってみよう」

「ではさっそく始めましょう。私が審判を務めます。亀よ、お前は100m先まで進んで待っていろ」

 ユークリッドは亀に命ずる。しかし亀は不満顔で言う。

「いやですよ、私は競走なんてしたくありません。ここで日向ぼっこをしていた方がずっといいです」

 アキレスが怒った。

「勝手なことを言うな」

 亀は反論した。

「勝手はあなたでしょう」

「ええい、うるさい。言うことをきけ。さもないと亀め、お前の体からその甲羅を引っぺがしてべっ甲細工にしてくれるぞ」

「無茶なことは言わないでください」

 ユークリッドが説得した。

「亀よ、お前は今まさに、歴史的重大事に立ち会っているのだぞ。ゼノンの『アキレスと亀のパラドクス』の中に永遠に名を残せるチャンスなのだ」

 亀は言った。

「別にいいですよ、名前なんて残さなくて。私はのんびりと日向ぼっこをしながら、ふつうに生きていきたいんです」

「負け犬根性め」

「私は亀です」

 ユークリッドは腹を立て言った。

「お前が競走しないと、パラドクスが成立しなくなる」

「私には関係ありません」

 アキレスもいらいらして言った。

「じれったい。こうしてくれるわ」

 彼はむんずと亀を鷲掴みにすると、えいっ、とばかりにきっかり100m先の道の上まで投げつけた。ユークリッドが感心して言った。

「さすがはアキレスさん、すごい」

「このくらいは朝飯前だ。ではさっそく競走を開始しよう」

 ユークリッドがストップウォッチを持ち100m先の亀のところまで行って準備した。

「よーい、どん」

 合図と同時にアキレスは猛然と走りだし、ユークリッドはストップウォッチのスイッチを押した。ゴール目指しまっしぐらに、ぐんぐんスピードを上げすさまじい勢いでアキレスは駆けてきて、亀の前で止まった。

「8秒3、世界新記録です」

「どんなもんだ、亀。おい、参ったか」

 アキレスは息一つ乱さず胸を張って自慢した。しかし亀は投げられ地面にぶつかったショックですっかり気絶していたが、ユークリッドに水をかけられ意識を取り戻した。

「乱暴はやめてください」

 亀は抗議した。

「私は円盤投げの円盤ではないのですから」

「形は良く似ている」

「違います。死んだらどうするんです」

「甲羅を引っぱがしてべっ甲細工にする」

「本当にやりかねないな、この人なら」

「何をぶつぶつ言っている。次はお前の番だ、文句言っている暇があったら、とっとと走れ」

「分かりましたよ、走ればいいんでしょ、走れば」

「ああそうだ。きっかり8.3秒だぞ」

 亀はなおも何か口の中でぶつぶつ言っていたが、しかたなしに走りだした。しかしそれはもちろん本人が走っているつもりだけで、はたから見るとのろのろ歩いているようにしか見えなかったが。ユークリッドはストップウォッチできっかり8.3秒を計って言った。

「止まれ、そこまで」

 走った距離を測ると29cm7mmであった。ユークリッドはその距離をアキレスに走らせタイムを計り、その時間分亀に走らせ距離を測り、その長さをアキレスに走らせタイムを計り、その時間分亀に走らせ距離を測り、その長さをアキレスに走らせ……を、いつ終わるとも分からずつづけ、距離も時間ももうふつうでは測れなくなり、しまいには電子顕微鏡と電子時計を持ち出し計測したが、とうとうアキレスがしびれを切らした。

「いつまでやってもきりがないじゃないか。これでは私は永久に亀を追い越すことができずに、亀に負けたのろまということで世間の笑い者にされてしまう」

 亀も言った。

「もういいかげんにやめにしましょう」

 しかしユークリッドは二人の不機嫌にもかかわらず、得意顔で言った。

「お分かりですか、これが後世に長く語り継がれるゼノンの『アキレスと亀のパラドクス』です。アキレスさん、あなたは亀に競走で負けるのです」

 アキレスは怒った。

「何だと、ユークリッド。お前はこの私を裏切り、亀の味方をする気か」

「別に裏切るわけではありません。私はただ常に真理に忠実であるだけです」

「真理とは何だ? 唯一信じられる真理とは、世界で一番速いのはこのアキレスであるという事実だけだろう。私は決して亀などには負けぬ」

「いいえ、真理とは、ゼノンのパラドクスを論拠づけこの世界の万物、すなわち時間と空間を支配する法則、唯一それのみです。そして万物を支配する法則とは、この私が打ち立てたユークリッド幾何学をおいて他にはありえません。ユークリッド幾何学こそが絶対の真理なのです。たとえあなたであってもこの法則から逃れることはできないのです。私はユークリッド幾何学の名の下に、あなたが一生亀を追い越せないことを宣言します」

 アキレスは周囲を見回して言った。

「誰か、誰か私の味方になり、このユークリッド幾何学を打ち負かしてくれる者はいないのか」

 ユークリッドは勝ち誇り言った。

「私の公理は完全無欠で無敵です。点には幅がなく、線分は無限の点の集合なのです。点は無限に分割できます。この公理に勝てる者はいません」

「ちょっと待ったー」

 そのとき一人の若者が二人の前に現れた。

「アキレスさん、私があなたの味方になり、ユークリッドを打ち負かしましょう」

「誰だ? 君は」

 アキレスが尋ねた。若者が名乗った。

「デジタノンといいます」

 ユークリッドはせせら笑った。

「デジタノンだと? 聞いたこともないわ。若造め、どうせどこの馬の骨とも分からぬいかさま師に決まっている。ユークリッド幾何学に勝てる者など誰一人おらんわ」

 アキレスは期待と疑いの入り交ざった表情でデジタノンに聞いた。

「本当にユークリッドに勝てるのか?」

 若者は自信に満ちた声で言った。

「もちろんです。お任せください。ではさっそくですがユークリッドさん、『飛ぶ矢は進まない』のパラドクスはご存知ですね」

「当たり前だ」

「説明してもらえますか」

「簡単なことよ。矢はA地点からB地点まで飛ぶのにその中間点であるCを通らねばならぬ。しかしまたCまで飛ぶのにACの中間点であるDを通らねばならぬ。しかしまたDまで飛ぶのにADの中間点であるEを通らねばならぬ。それを繰り返していけば、つまり矢は無限の点を通らねばならず、結局のところ矢は少しも前へ進むことができない、という結論になる」

「その通りです。では次に、『時間は進まない』パラドクスをご存知ですか?」

「何? そんなパラドクスは聞いたことがない」

「ご存じないようでしたら、私が説明いたしましょう。時計の秒針は一周60秒進むのにその半分の30秒を通過しなければならず、しかしまた30秒に達するまでにその半分の15秒を通過しなければならず、しかしまた15秒に達するまでにその半分の7.5秒を通過しなければならず、しかしまた7.5秒に達するまでにその半分を通過しなければならず、結局どこまで細分していってもきりがなく、無限の点を通過しなければならない秒針は少しも進むことができない、つまり時間は進まない、という結論が導かれることになります」

「うむ……」

 ユークリッドは不安げに腕組みして考え込んだ。デジタノンは言った。

「しかし実際、こんなことは起こりません。時計の秒針は止まることなく一定の速さでもって進みつづけています。このパラドクスはもちろん偽りですね。ユークリッドさん、どこに誤りがあるかお分かりですか?」

「それは……」

 ユークリッドは口ごもる。デジタノンは言った。

「点には幅がなく、無限に分割できるというユークリッド幾何学の公理そのものが間違っているのです」

 それを聞き、突然ユークリッドは逆上した。

「何だと、このいかさま師。証拠はあるのか」

「あります」

 デジタノンは平然として言った。ユークリッドは食ってかかった。

「ならば証明してみろ」

「望むところです。ユークリッドさん、あなたは循環小数を分数に直す方法をご存知ですか?」

「そんな初等数学、この私が知らないはずがないだろう」

「0.1111……この循環小数を分数に直してください」

「1/9だ。即答できるわい」

「そうですね。0.2222……ならば?」

「2/9だ」

「そうです。でしたら聞きます。0.9999……は分数で表すといくつでしょう?」

「9/9だ。下らん。まさかお前はそんなことでユークリッド幾何学を負かせると思っているわけではないだろうな。愚か者め」

「問題の核心はこれからです。最後までお聞きください」

「ふん」

「今答えていただいたとおり、0.9999……は9/9、すなわち1、になります。 ということは0.0000……1=1-0.9999……=1-9/9=1-1=0という数式が成り立ちますが、これが何を意味しているか、お分かりですか?」

「?……」

 ユークリッドは考え込んだ。デジタノンは言った。

「0.0000……1とは、限りなく0に近い無限小の概念を表しています。幾何学に当てはめれば、あなたがさっき言った、点には幅がなく無限に分割できるという公理に相当します。しかしそれは数式によって計算していくと今証明したとおり結局0になってしまい、無限小という概念は存在しえない、つまり幾何学で言えば、無限に分割できる幅のない点は存在しえないことを証明しているのです。すなわち点には幅があり、無限には分割できない、もしそれ以上小さくしようとすれば0になってしまうということを意味しています。点にはそれ以上分割することのできない最小単位の幅があるのです。線分は有限の点の集合です」

「でたらめを言うな」

「でたらめではありません。現に今、数式ではっきり証明してみせたではありませんか」

「あんな数式などで証明になるか。子供だましもいいところだ。中学生にも分かる初等数学でしかない」

「そう、まったくそのとおり」

「なにがそのとおりだ?」

「ユークリッド幾何学などしょせん中学生にも分かる初等数学で、いともたやすく論破できるほど幼稚でたわいないのです」

「お前、私を愚弄する気か」

「いえ、愚弄などしていません。ただ誤りを指摘しているだけです。私が言いたいのは、点には幅があり空間は有限の点の集まりだということです。また時間も同様です。時間も空間と同じように無限に分割できるものではなく、それ以上分割できない最小の単位があるのです。ですから時間も空間も分割していって一度その最小単位にまで行き着いてしまえば、矢も時間もその場にとどまっていることができずに、その先に押し出されるしかないのです。同様に、アキレスさんも亀も最小単位にまで行き着けば、その場にとどまっていられずに、次の瞬間には二人とも先へと押し出され、時間単位当たりより多くの空間単位を進むアキレスさんが亀を追い越すことになるのです」

 事の成り行きを横で見守っていたアキレスは、それを聞いて感心し言った。

「なるほど、そうか。デジタノン、君の考えはさっぱり分からんが、結論には同感だ。時間は進み、飛ぶ矢は進み、アキレスは亀を追い越す。当たり前のことだ。私は亀より速いという当たり前のことが証明された。私は世界で一番速いのだ。これで安心できる」

 彼は鼻歌を歌いながら、上機嫌で去っていった。しかしユークリッドは納得がいかなかった。

「肝心なことを忘れている」

「肝心なこと? 何ですか? それは」

「お前は時間と空間に最小単位があると言ったな」

「はい」

「ならば、その最小単位の大きさを特定してみろ」

「それはできません」

「そうれ見ろ、やはり思ったとおりでたらめな理論ではないか。でたらめだから最小単位を特定できないのだ。特定できない以上お前の理論は立証できない。つまりお前はいかさま師だ」

「特定できないのはでたらめだからではなく、物体の質量によって、時間も空間もその最小単位の大きさを変えるからです」

「なに? そんなばかなことがあるものか」

「いいえ、あります。物体が重ければ重いほど、空間は縮みます」

「ありえん。口からでまかせを言うのはよせ。時間と空間はどんな状態であっても常に一定で不変、絶対だ」

 そこへ、もしゃもしゃ頭をした一人の科学者が通りかかった。

「ほう、面白い話をしていますね。まさに若い方のおっしゃる通りです。時間と空間は変わります。決して絶対ではありません」

 ユークリッドは、突然現れ横合いから口をはさんだ科学者をにらみつけ言った。

「誰だ? お前は」

 科学者は答えて言った。

「私の名前はアイスシュタインです。ユークリッドさん、あなたの考えは間違っています。素直に過ちを認めたほうがいいですよ」

「うるさい、黙れ。アイスシュタインだかフランケンシュタインだか知らないが、どいつもこいつもでたらめばかり言いおって。空間が縮むことをちゃんと証明してみろ」

 ユークリッドは要求した。

「いいでしょう」

デジタノンは、改まった口調で説明を始めた。

「宇宙で一番速いものは何だかご存知ですか? ユークリッドさん」

「そんなものはもちろん知っておる。光じゃ」

「なぜ光が一番速いのでしょう?」

「質量がないからじゃ」

「では、光速より速い速度がないのはなぜですか?」

「知らん。お前は知っているのか?」

「はい。時間と空間にはそれ以上分割できない最小単位があると考えれば、簡単に説明できます。時間1単位で、空間1単位移動するのが光の速さなのです。時間1単位で空間2単位以上移動することはできないので、光より速く運動することは不可能なのです」

「では、光より遅い速さはどう説明する?」

「時間2単位で空間1単位移動するのが光速の半分の速さになります。時間100単位で空間1単位移動するのが光速の1/100の速さで、時間5単位で空間3単位移動するのが光速の3/5の速さということです。具体例をあげて考えてみましょう。亀の歩く速さを仮に、およそ秒速1cmとします。光速を秒速約30万kmとして計算すれば、亀の歩みは光速のざっと300億分の1、ということになります」

「計算ではそうだ」

「これは時間300億単位かけて少しずつ空間1単位を移動していくというのではなく、時間299億9999万9999単位中は止まっていて、残り最後の時間1単位で空間1単位移動するということなのです。すべての運動は光速を基準にして表すことができます」

「うーん……そのことと空間の伸び縮みと何の関係があるというのだ?」

「これから説明します。よく聞いてください。ところでユークリッドさん、光の速さは一定でないのはご存知ですか?」

「秒速約30万kmではないのか?」

「いいえ、真空中ではそうですが、ガラス中ではもっと遅くなります」

「ガラスの抵抗があるからじゃろう」

「違います」

「なぜ?」

「光はガラス中から再び真空中に出ると、元の秒速約30万kmに戻るからです」

「嘘だ」

「いいえ。もしガラスの抵抗によって光が遅くなったとするなら、ずっとガラスの中を通りつづけた場合、光は抵抗によりどんどん遅くなってついには止まってしまうことになりますが、ユークリッドさん、あなたはガラスの中で光は停止すると思いますか?」

「うーん……それは……」

「ブラックホールでもない限り、身のまわりで光が止まるなどありえません。それは誰だって生活経験で知っていることです。ということはつまり、光はガラスの抵抗によって遅くなったのではなく、ガラスの質量によって、空間単位が縮んだために、遅くなったように観測されたのです。真空中でもガラス中でも、光が時間1単位で空間1単位進むことには変わりありません。速度とは、進んだ距離に比例し、かかった時間に反比例します。数式で表せば、速度=距離/時間です。ここで時間が一定なら、距離が縮んだ場合、速度が遅くなったように観測されるのです。そして再び真空中に光が出ると、真空は質量がありませんから、空間単位が延び、元の秒速約30万kmに光速は戻るのです。これで説明はつきます。真空とガラス、それに空気中や水中での光の速度比から、質量に反比例したおおよその空間単位の幅は計算で求められると思いますよ」

しかし、ユークリッドはなおも食い下がって言った。

「では聞くが、お主の言っている時間とは何じゃ?」

「時間とは、空間に物体を存在させる、あるいは移動させるエネルギーです。イメージしやすいように例を上げましょう。真っ暗闇で、瞬間的に断続発光するストロボの光源を想像してみてください。闇の中では、ストロボの光っている間しか物体が見えませんね。時間とは、この例でいえば、空間に物体を浮かび上がらせるストロボ光のようなものです。時間エネルギーの照射によって物体は空間に存在することができるのです。時間エネルギーの照射がないと物体は存在できません。光と光の間は闇であるのと同様、時間と時間の間は、無、です。断続する時間1単位ごとに物体は、時間エネルギーの照射を受け、空間単位ごとに存在、あるいは移動することができるのです。ストロボの光った瞬間だけ物体が存在し、次に光る瞬間まで真っ暗で、そこには何も存在していないのです。そして次に光った瞬間には、物体はすでに空間1単位分進んでいるか、あるいはその場にとどまっているかのどちらかなのです。運動は必ず時間1単位、空間1単位ごとの移動で行われ、その中間という位置は存在しません。先にも言ったように、時間1単位で空間1単位移動する速さが光速になります」

「うーん……だとしてもまだおかしなところはあるわい。この3次元空間では、縦横高さ方向への移動は同じ幅であり、空間1単位ずつ移動しても同じ速度として観測されるが、斜めに移動した場合は、空間が√3倍延びるのだから、速度は速く観測されることになり、まったくてんでんばらばらの速度になってしまうではないか」

 デジタノンは説明して言った。

「仮に、空間内に縦横高さの座標軸をただ一つだけ設定して、すべての物体に当てはめようとするとユークリッドさんの言うように、速度に関して矛盾が生じますが、そうではなく、絶対的な座標軸は存在せず、物体は各自、固有の座標軸を有し、運動の進行方向にその座標軸そのものを合わせて移動すると考えれば、速度のばらつきはなくなります。最小単位の大きさの物体では、個々の運動がランダムであり、その動きが物体固有の可変的座標軸に基づいているので、第三者のずれている座標軸から見ると運動の方向性が予測できないのです。しかし一度それらの最小単位の物体がたくさん結合して大きな物体を構成すると、個々のランダムさがお互いを打ち消し合い、全体として統一された運動性が生じるのです。そのとき運動は法則に合致した予測可能なものとなります」

「そんな屁理屈、断じて信じないぞ。騙されてたまるか。点には幅はないのだ。私の幾何学は絶対だ」

 ユークリッドは耳をふさぎながらうめいた。

そこへ、ヒュートンがリンゴをかじりながら現れ尋ねた。

「では、重力をどう説明するのだね? デジタノン君」

「重力とは、空間に物体を存在させる時間エネルギー間の相互引力です。物体が存在するには、質量の大きい物体ほど大きなエネルギーを必要とし、時間からそれに見合うだけの大きさのエネルギーを供給されます。そのとき、近くに他の物体があると、そこに供給される時間エネルギーが干渉してきて、エネルギーどうし一つにまとまろうとする力が働いて、その力が二つのエネルギーを近づけ、その結果、引き合い近づけられたエネルギーを受けた二つの物体が空間上でお互い近づいていくのです。この働きが重力の正体です。質量が大きければ大きいほど、距離が近ければ近いほど引き合う力は大きくなります。時間エネルギーの大きさは、存在させる物体の質量に比例します。また、相互引力は距離の2乗に反比例するので、ヒュートンさんの万有引力の法則がそのまま当てはまるのです」

「そうか、そうか」

 ヒュートンは食べ終わったリンゴの芯を満足そうに投げ捨てた。芯はきれいな放物線を描いて飛んだ。

「重力の正体とは、時間エネルギー間の相互引力だったのだな」

ヒュートンは満足して行ってしまった。

アイスシュタインが聞いた。

「では時間とはいったい何でしょう?」

 デジタノンが答えた。

「エネルギーそのものです。時間とはエネルギーなのです。時間が空間にエネルギーを与えてそこに物体を存在させて、かつ座標ごと位置を移動させることで運動を起こしているのです、先の例で、ちょうど連続ストロボの光が闇の中から物体を浮かび上がらせているように。時間とは、光と同じくエネルギーそのものです。物体は時間からのエネルギーを得て初めて空間に存在することができるのです」

「うーん」

 アイスシュタインは感激して、目を輝かせながら聞いた。

「……では、最後に教えてください、物体を存在させたり、また運動させたりするその時間エネルギーとは、どこから来るのかを」

 デジタノンは答えて言った。

「それは、この宇宙の外側からです」

「宇宙の外側?……私にはそのような場所を想像することはできません。本当にこの宇宙に外側などあるのですか?」

「あります」

 デジタノンはきっぱりと言い切った。

「思い描いてみてください、あなたの体を隔てた向こう側に無限に広がっている世界のあることを。その世界からエネルギーの送られてくることを」

 アイスシュタインは天を仰ぎ見、深く呼吸をしてから頭を垂れ目を閉じて、体の向こう側に無限に広がっている世界のあることに思いをはせた。



ぼくは、ぼく自身の心の内側を見おろして想像する、ぼくの内側に世界があることを。ぼくの心の中に広い空間があって、光で明るく満ちあふれている。

ぼくの内側からエネルギーがわき上がってくる。エネルギーは明るく内側の世界に行き渡り、隅々までくまなく照らし出す。

ぼくは思い描く、ぼくの内側に宇宙があってその世界の中、マラトンの丘でアキレスと亀が競走する光景を、ユークリッドとデジタノンが議論する場面を、アイスシュタインとデジタノンが語り合う様子を。

そして、この宇宙の向こう側に広がる世界から、エネルギーの送られてくるのをぼくは感じる。

ぼくは宇宙の向こう側から送られたエネルギーを受け取り、内側の世界の中へと送り出す。


             

(了)



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