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第三十四話

 一頻り再会を喜び合った後、ヴラド達はナーガの一族の長が住む竪穴式住居に来ていた。

 どうやらこちらから頼む必要もなく、先の事を占ってくれるらしい。

 

「エルフィル、お客人ですよ。占ってあげて下さい」


 自然の洞穴に手を加えたような住居を案内してくれたのは、門の開いた先に居た黒髪のナーガだ。

 だが、その物言いに疑問を覚える。

 

(仮にも相手は長ではないのか?)


 それなのに、口調は敬うものというより、親しい者。いや、丁寧さを装ってはいるが、下の者へと口を聞いているのだと感じられた。

 何か理由でもあるのだろうかと口には出さないが、どうも違和感は拭えない。

 エルはそもそも、ロザリーは何が可笑しいのか、口はしを歪めて笑いを堪えている。



「――お客様、ですか、お母様」


 行き止まりの広場、その横に繋がった通路から現れたのは白が眩しいナーガであった。

 里の者で白い鱗のナーガは一人として居なかったことから、何がしかの意味があるのだろう。

 どのナーガも、黒や茶が主だった筈である。

 それはいい、問題ではない。だが、この、ヴラドの目に映る年若きナーガの娘はなんと口にした?

 この世界の言語ではなく、念話だったからこそ聞き取れてしまったそれはつまり……


『はは、おや、だと……?』


 ロザリーが耐え切れなくなったのか、慌てて片手を口に当てているのが見えた。

 つまり、そう言う事なのだろう。

 ただのナーガだと思っていた妙齢の女性は、恐らくは先代の長らしい。

 思えば仕草も他の者より洗練されていたし、他の者からの扱われ方もその節が見えていた。


「はい、私は先代のナーガ族の長で、セルンと申します。尤も、今は娘に全て譲った身で御座いますが。しかし、こと占術に関しては娘の方が優れていますから、問題はありませんよ」


 セルンと名乗った先代の言葉に、エルフィルが気恥ずかしそうな表情を浮かべる。


「ナーガの一族は魔族間でも、こと占術に長けていると専らの評判なのだわさ。長にもなれば、的中率はほぼ絶対。だから、こうして隠れるように住んでいるのだわ」

『なるほど。確かに悪用されればひとたまりもない』


 力ある魔神がもしその占術を手に入れれば、おそらく凄まじい被害が出るに違いない。

 未来を知ると言うことは、逆に返せば、未来を変えられるのと同義。

 しかし、そこまで貴重な力を果たして魔神達は諦めるだろうか。

 里の防衛がいかほどかは知る由ではないが、とても十分には見えない。


「ご安心下さい。私達の里は古き約定により、彼の天使及び、竜族の庇護下にあります。いくら魔神が強力でも、高位階の天使と強大な竜を相手に、里を手中に収めるのは不可能でしょう」

「てんし? りゅう?」


 エルには少々難しかったらしく、しきりに疑問の表情を浮かべている。

 決して馬鹿ではない。親としての贔屓目を抜いても、その頭脳は実に聡明だ。

 だが如何せん、ヴラドと同じく圧倒的に知識不足。

 それも下手すればヴラド以上に、だ。

 将来それらを補えたのであれば、どのような才女となるのか楽しみではあるが。


『まぁ、私ごときが口を挿む問題でもないか。さて、すまないが良ければ私の今後、未来に関して占って欲しいのだが』

「あ、はい、申し訳ありません。それではどうぞこちらへ」


 雑談で脱線してしまったが、本来の目的を完遂すべく告げれば、畏まった態度で岩のテーブルの前を指される。

 他と比べても巨体である為、身を丸めるように座り込むと、反対側にエルフィルが静かに回り込んだ。

 装飾された箱から非常に透明度の高い水晶球を取り出し、それをテーブルに置く。


「それではこれより、占術を行います。すいません、お名前を教え下さい」

『ヴラド、ヴラド=ツェペシュだ』

「ヴラド様、ですね」

『ああ』


 確認すると、その白い繊手を水晶に伸ばし、魂力を幾度か込めだす。

 すると中心に渦のような物が発生する。

 最初大きさが不安定だったが、暫くすると安定し、水晶の中で静かに回り続けている。


「最後に、血を一滴頂きます」

『これでいいか?』


 前足、その肉球を牙で浅く裂く。

 鋭い痛みと同時、ぽたぽたと真っ赤な血が滴りテーブルを塗らす。

 巨体がゆえに、ヴラドには僅かでも、実際はそれなりの量となってしまう。


「も、問題ありません!?」


 慌ててテーブルから零れるより早く指で掬い、それを水晶に振り掛ける。


『……おお』

「……きれい」

「これが、ナーガの占術……」


 エルが七色に発光する水晶に感嘆の言葉を漏らす。

 ヴラドもまったく同じ思いであった。

 一方ロザリーは知的好奇心でも刺激されたのか、その瞳を感動とは別種に輝かせている。

 ただ一人、セルンだけはどこか誇らしげにたたずんでいた。


 幾度かエルフィルがぶつぶつと魂術を唱え、魂力を注ぐたび、中央の渦は激しく逆巻き、様々な色を振りまく。

 その光量は洞穴内を照らし出す程で、水晶を直接見ると目が焼かれそうだ。

 しかし、そこに何かが見えるのか、エルフィルは一度も瞬きせず、真剣な表情で渦の変化を読み取っていく。

 

 ――時間にしておよそ十分が経過しただろうか。


 ようやく重く呼気を吐き出したエルフィルが水晶から面を上げた。

 その顔には困惑、緊張、それに恐怖の色がありありとブレンドされている。


「私達ナーガは未来を読み解く一族。エルフィル、さぁ何を見たのですか」


 セルンの言葉に「少しだけ待ってください」と口にし、手を心臓に当てて深呼吸を繰り返す。

 よく見れば額には玉のような汗が浮かび、顔色は優れない。

 占術自体が術者に負担を強いるのか、見たものに対する精神的負荷なのか、ヴラドには判断がつかなかった。

 数度繰り返し、少しばかり顔に血色が戻ってきたところでようやくエルフィルが真っ直ぐにヴラドを、いや、エルを見つめる。


「占術の結果を公開します。正直、伝えて良いのか非常に迷うものでした。でも、私はきっとこれを一人抱え込むことに耐えられない……」


 どうもあまり内容は良くないものかもしれない。

 

「私の見る占術は、映像ヴィジョン式です。それが未来そのものかは分かりませんが、それを言葉にして伝えるのが私の占術なんです」


 そう口にするエルフィルの唇は僅かに震えている。

 顔色は再び悪いものとなり、セルンがそっとその肩を支える。

 それでも先程と違い、毅然な態度を崩さない。

 

「まず、あなたのお名前はエルで間違いはありませんか?」

「えっと。うん、エルはエルだよ。パパにもらったの」

「そうですか……」


 痛ましげに揺れるエルフィルの顔。

 どうもヴラドだけでなく、エルにも占術は大きく関与しているのだろう。


「いいですか、エル。あなたの行動がきっと未来に大きく影響を与えます。私は先程多くのヴィジョンを目にしました。しかし、その最後、真紅に燃え盛る平原の中心で、あなたは物言わぬ屍と化しています。つまり、死んでいたのです。これを回避するには、おそらく……他者を信用してください。きっとあなた方はこの先、より多くの出会いと共に仲間と呼ぶべき繋がりを持つはずです。エル、あなたは自身に潜む獣を飼いならし、仲間を信用しなければいけないのです」


 一体何を、どんな映像を見たらそこまで真剣になれるのか。

 幼いエルはきっと全てを理解していない。出来ない。

 ヴラドにしても、獣が何を示すのか分からなかったくらいだ。

 それでもエルフィルは未来における鍵は“あなた”なのだと言い聞かせる。

 難しい言葉、理解できない内容。

 それでも今聞かされてることが、とても重要なことなんだとそれだけを理解しエルは頷く。


「うん。おねえさんのことば、よくわからないけど。エルがんばるよ。おぼえるから、ぜんぶおぼえておくから。エルがおおきくなって、ちゃんとわかるまでおぼえておくから」

「ありがとう――どうかあなたの未来が優しきものでありますように……」


 ぎゅっと一度エルを抱きしめた後、今度はロザリーへと視線を合わせる。

 まさか自分にまで矛先が向くとは思っていなかったのだろう。

 その顔は珍しく困惑気味だ。


「ロザリンド様、あなたは緩衝材です。多くの繋がりが出来るたび、きっと避けられない衝突もありましょう。それを調整し、取り持つ役割をロザリンド様は自ら担われる筈です。一部には道化と見られるかもしれません。でもその行いは決して間違いじゃないのです。どうかご自身のなさりたいことを貫いて下さい。それがきっと未来をよき方向へと持っていってくれます」


 何か思い当たる節でもあるのか、一度考え込み、暫くしてから力強く頷く。

 ヴラドが進む未来において、ロザリーはどうやら案内人を担う者のようだ。

 一歩先を示し、時に道化を演じ、時に仲裁役となる。

 高い資質を要求されるトリックスターといった役柄だろうか。

 そしてとうとうエルフィルの瞳が、微かな恐怖とともにヴラドに向く。


『覚悟は出来ている。遠慮なく言ってくれ』


 これまでの話から、おそらくは自身が中心となって、なにかよからぬことが起きるのだろうと。

 そう予測しており、事実それは半ば以上に正しいと言えた。


「はい……それでは告げます。ヴラド様、あなたは何れ強大な力を手に入れるでしょう。それはきっとどの魔神より偉大で、どの魔神よりも強い。ヴラド様の夢が叶う瞬間です」


 でも、と。しかし、と、その桜色の唇は否と口にする。


「多くの出会い、冒険、経験。それらはヴラド様の成長を促し、急激な力の増大を齎します。でも、同時に心の獣をも成長させてしまうのです」


 その言葉にヴラドは思わずたじろぐ。

 自覚があった、心当たりがあってしまった。

 覚えのない残虐性を筆頭とした、人間の頃では考えられない思考。

 恐らくエルフィルの言葉はそれを指している。


「常に理性を手放さないでくさい。怒りは、激情は、その獣の滋養となりあなたを内から蝕む。しかし、その獣もまたヴラド様なのです。表裏一体、平行に進む表と裏、光と闇。何時しか、必ず獣がヴラド様を食い殺そうとする時が来ます。きっと、その結果が未来において最大の分岐路となります」

「私が最後に見た映像群は、おそらくヴラド様が獣に食い殺された未来なのでしょう。平原を万の軍勢が被っていました。天使も魔神も屍を晒し、エル様とロザリンド様も、そしてこれから出会うだろう仲間達も、あなたの炎に焼かれていく。そしてそれは世界が業火に沈むまできっととまらない……」


 その言葉になんと返せばよいのか?

 いきなりあなたは将来世界を滅亡に追い込むと、そう言われたのだ。

 誰が信じられよう。誰が素直に受け止められよう。

 まして、家族を殊更大事にする己が、エルを、ロザリーを、出会うであろう数々の仲間を、家族を焼き殺すなどと。

 いっそ夢を諦めてしまえばよいのか。捨てさえすれば、少なくともそのような未来は回避できるのではないか。

 だが、捨てられるのか。最早固執とも、呼ぶべきその思いを。

 力への渇望は今もじんわりと心を炙っているのだから。


「いいえ。いいえ、それは間違いですヴラド様。あなたの心の闇は、獣は、何もせずとも成長します。歩みを止めたヴラド様に、その獣を降す術はありません。そして、ヴラド様はヴラド様であり続ける限り、きっと向こうから災厄は、転機はおのずとやってくる」

『つまり……私は何時しか、世界を、家族を滅ぼすかもしれないと知りつつ、それでも進まなければならない、と?』


 それはあまりにも残酷ではないのか。

 ただ夢を追っただけだ。憧れに近づこうとしただけである。

 それが将来、何もかもを砕いてしまうとは、とんだ悪夢を見ている気分であった。


「大丈夫です。未来は確定されるものじゃありません。必ず変えることはできます。それに、もしかしたら心の獣を静める方法もあるかもしれません。天使達はその手の術にも長じていると言います。もし目的地がないのであれば、北東にある天使領を目指してみてはいかがでしょうか?」


 確かにとヴラドは頷く。現在確たる目的地はない。

 ソリュンシャンを見れば、天使と言う種が魔族とはまた違うのだとも分かる。

 それならば、一度赴いてみるのも決して悪くはないだろう。


「時間はあります。一年二年先の短い未来ではないのですから」

「まぁ、お兄様が天使領に行くにしても、今のままじゃ心もとないのよさ。暫くは里で修行の毎日なのだわ!」

「エルもしゅぎょーする!!」

「ナー! ナー!」

『……みんな』


 エルフィルも、ロザリーも、リアンも、そしてエルも。

 どうやらヴラドを慰めてくれているらしい。

 時間はあると言うのだから、当初の目的通り、ここである程度の知識を修めるのが最善だろう。


『すまないセルン殿、エルフィル殿。暫く里に滞在してもいいだろうか?』

「勿論ですよ。エルフィルも年が近いヴラド様と交友を結ぶのは、とてもよい刺激になるでしょう」

「お、お母様!?」


 聞くに、エルフィルはまだ五十年も生きていないらしい。

 魔族は長命が多く、ナーガも優に数百年以上生きる。

 それからすれば、エルフィルはまだまだ子供といったところだろう。


「それでは戻りましょうか。お好きなだけ里には滞在してもらって構いませんので」


 そう言ってセルンが洞穴の外に向かって歩き出す。


「気分転換にそうですね……里をご案内致しましょう。質素な場所ですが、それでも素晴らしいところですよ?」


 そう言って茶目っ気に笑うが、残念ながら顔はケープに隠れて窺うことができない。

 だが、気分を変えるのには丁度いいだろうと、ヴラド達はとくに悩むことをせず承諾したのであった。









後書き


暫くはスピード更新にしようと、字数を抑える予定でした。

それが膨らんで気づけば五千字オーバー。

もっと配分どうにかしなければ……


とりあえず、今話での結果にむかって基本本作は収束していきます。

占いの内容も、もっとおぼろげのはずだったのに、予想以上に詳しいものに……


それと、日刊ではありますが、二十位まで手を伸ばしていました。

お気に入り、評価をしてくれた方々には感謝がたえません。


それでは、今から感想返しをおこなっていきます。

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