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第三十一話

皆様、良いお年を~!



『…………』

「――――――」


 ヴラドもアルラウネも何も口にしない。別れの日が遂に来てしまった。

 無茶をしたかいもあり、ワイバーンは無事撃退し、アルラウネはその命を繋ぎとめた。

 ヴラドもお陰で目覚めたアルラウネの治癒により助かり、こうして更に三日の休養を要したが魂力含め完全回復である。

 この場所に留まる理由は最早ない。いや、当初の予定からすれば随分長居してしまったとすら言えるだろうか。

 恐らくロザリーもエルも己を心配しているだろうと思えば、僅かな痛みが胸を苛む。


 一歩踏み出せば晴れ渡った青空が目に眩しく映り、これからの旅路を思えば気分は高揚してしかるべき。

 ……なのだが、反して心を埋める思いは不の感情であり、それがなんなのかヴラド自身明確な答えをもたない。

 後ろから感じるアルラウネの感情も似たものであり、耳には落ち着きなく蔦が土を這い回る音が届いている。

 このまま行っていいのだろうか? ワイバーンとの死闘から何度となく繰り返した自問。

 数日前のヴラドならやはりアルラウネを切り捨てただろう。しかし、幸か不幸かワイバーン討伐により位階は確実に上昇している。

 騎士であった身は准男爵にまで上昇し、見た目こそ変わらないものの、その炎の力はかつてとは比較にならないほど強力なものだ。

 それこそ魔神相手ですら手傷を可能とするほどに……


 だからこそ悩む。今の己であれば、アルラウネを連れてもいいのではないか? と。

 彼女を切り捨てた理由は即ちヴラドが弱いからに他ならない。一家の長である彼は、家族を守る義務があり、それはつまり非情とも言える判断を時には下さなければいけないとも言えた。

 アルラウネが力なき身であればよかった。それなら完膚無きまでに見捨て去ったことだろう。

 だが彼女は位階だけでいえばヴラドを凌ぎ、その力は侮りがたい。足手まといになることはないと言える。

 巡っては消えを繰り返す思考はしかし、一向に答えを見出さずここまできた。

 だが既に広場の中心まで進み、猶予は無い。決意を固める、優柔不断な答えと知りつつ、ヴラドは選択肢をアルラウネに委ねることにした。


『アルラウネ、私と共にこの森を出、一緒に来てはくれないだろうか?』


 振り返り、言葉だけでは伝わらないのを承知の為、一度座り込み前足をそっと差し出す。

 手を取れと、そうすれば揺れ動く天秤を強引に振りぬいてみせよう。

 

「―――――――」


 驚きの表情、そして歓喜。何事かを呟いたアルラウネが真っ直ぐと腕を伸ばし、ヴラドの前足を掴み取ろうと――――

 ――――してしかし、その直前で力無く手は降下した。

 腕を、肩を、全身で震わせ、顔をくちゃりと歪ませ涙を滂沱の如く流しながら。

 何度も、何度も腕を持ち上げてその度にあと一歩のところで諦める。

 やがて永遠にも、刹那にも思えた時間は過ぎ去り、そこに残ったのは泣きながら、震えながら笑みを無理やりに浮かべた姿。

 腕は既にその身に引かれ、一歩下がった姿は明確に答えを示している。


(そうか。それが君の答えか……)


 なんとなく分かっていたことだ。きっと、恐らく、ヴラドの知らない理由で彼女はこの地に留まっている。

 だからこの結末は当然の結果であり、先のシーンは蛇足に過ぎないのだろう。

 それでもヴラドの胸は痛む。塵芥とは既に到底口にできない少女。命を助けられ、助けた彼女との別れは、なんとも遣る瀬無い想いを抱かせる。

 出来ることなら彼女とこの世界を歩いて見たかった。エルが、ロザリーが、そしリアンと彼女が居て……そんな夢想を抱くくらいにはきっと先を期待していた。


(仕方あるまい。最善ではないがベター。私が私であるかぎり、またここに舞い戻る日も来るだろう。その時はまた胸を張って再び問えばいい、私と今度こそ共に行かないかと――――)


 ならばこそ、足踏みしている時間は少ない方がいい。ゆっくりと腰を持ち上げる。

 後は背を向けて歩き出せばいい。広場を抜けて森に入ればすぐにアルラウネの姿は見えなくなるだろう。

 

(だが、これくらいは許されてもいいのではないか?)


 そう心の中で呟きそっと前足をアルラウネの自然を示す色の髪を撫でる。

 あやすように、何度も何度も……本当なら力強く抱きしめてやるくらいはしてやりたい。

 この巨体では、獣の身体ではそれも叶うこともなく、今ほど人型ではないことを恨めしく思ったことはない。


「――――ッ」


 びくりと小さく細い肩が震えた。僅かな逡巡が過ぎ去り、真白い手がぎゅっとヴラドの手を抱きしめる。

 言葉は通じ合えなかったが、それでもアルラウネには楽しい毎日だった。

 誰かと共にあると言う日々がかくも鮮やかであると知った。一度味わった温もりを失い、前と同じ日常に戻れるかは分からない。

 だがこの決断は己が下したものであり、乗り越えなくてはいけないものだ。

 それでも抱きしめる暖かな腕を想えば心が揺らぐ。このままではいけないと、そっと腕を解放し変わりに蠢く蔦から一粒の種を取り出す。


『私にそれをくれるというのか?』


 そっと両腕に乗せ差し出された小さな種。強い魂力を感じさせる代物だが、反面芽吹く気配をようとして見せない。

 受け取りたいのはやまやまであったが、ヴラドは犬型の身である。手に持つこともできないし、口にくわえては噛み砕いてしまうかもしれない。

 どうすればいいのか悩んでいると、そっと蔦がヴラドの首筋に絡まり、やがて大小さまざまの太さの蔦が変化した首飾りへと変じる。

 プツンッ――と音を立てアルラウネから蔦が分離し、ペンダントのような構造を見せる部分にそっと種を仕舞ってしまう。

 自己を媒介にし、力強い魂力を込められたこのペンダントは生半可な攻撃を寄せ付けないだろう。


『ありがとう。何時かきっと、どこよりも素晴らしい地で見事な花を咲かせてみせる』

「―――――――」


 言葉の意味が分かったのかは不明だが、にっこりと涙の跡を残しつつアルラウネが微笑む。

 日向に晒されたそれは泣き顔よりずっと魅力的で、精神的に老成したヴラドすら思わずドキリとさせる。

 そんな自分の若い部分に内心苦笑し、委ねられた強い力を持つ種を何時かきっと芽吹かせて見せると何度も反芻する。


『では、何時か私が私であり、君が君のままここに留まっている時、また出会おうッ!!』


 咆哮するように叫び、今度こそ振り返らずに走り出す。力強い跳躍は、あっという間に広場を超え鬱蒼とした森に届いた。



 やがて森の木々がより太くなっていき、平らだった土がなだらかなカーブを描き始める。

 やや開けた場所に出れば、すぐ目の前に遠近感が狂いそうな程に巨大な山々が見えた。

 標高にすればヴラドが人間だった頃の世界でも最高峰、かのエベレスト山にも引けをとらないのではないか。

 雄大にして峻厳ではあるが、その中でエル達と合流するのはどれだけの難度であるのか。

 そう考えれば自然と深いため息が零れ落ちた。


(と言っても立ち止まってばかりもいくまい)


 気を引き締めヴラドはリィーン山脈へと足を踏み入れた。




 

 ――――その姿を見つめる者が一人。

 紫を宿した長髪が巨木の頂上で吹く風に煽られ舞踊る。

 その華奢な身体からは考えられない程禍々しい笑み。

 眼球は黒く染まり、虹彩や瞳孔も赤一色。

 

『面白イ気配ヲ見ツケテ来タケド、フフフ……同胞メーッケ』


 呟くのと同時その姿が黒い煙に包まれ消えていく。

 数瞬後には姿はなく、ただ穏やかな風が通り過ぎるのみであった…………





後書き


次話は数日程あくかと思われます^^;


年越し蕎麦をあぐあぐしながら、初詣に繰り出すべきかぎりぎりまで悩む作者ですw

ではでは、感想誤字脱字報告お待ちしております。

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