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第三話(加筆版)

 彼の硬質化した触腕の一撃により、核を刺し貫かれた“同胞”がそのゲル状の肉体を震わせ、まるで痛みにのた打ち回るように奇妙な踊りを披露し、そのまま地面に溶けるように消滅。

 瞬間もう何十と繰り返された“強化の洗礼”が肉体を包み込む。アメリカで様々な技術を学んだ時、実際に戦場へと行く機会が何度もあった。

 と言っても本格的な国家同士の戦争ではなく、地域紛争のようなものであるのだが。それでも殺し殺されの場には違いない。

 その時に恐怖心を忘れるため摂取した麻薬。まさにこの今も肉体を駆け抜ける快楽はそれに近い。


 ああ言う地だからこそ出回っていたものであったが、元は日本人に過ぎない彼は戦場の空気に耐えられず思わず手を出してしまったのだ。

 まだまだ未熟な時であるとは言え、今でも思い出せるその出来事は中々に彼にとって忘れられない汚点である。

 その時の麻薬と違いがあるとすれば、依存性はともかく、この強化による祝福――便宜上そう彼が命名――での快楽には肉体を蝕むような効果がない。

 麻薬の場合、何か軽微ながらも必ず精神や肉体への悪影響を有していたが、この祝福にはないのだ。

 純粋な“力”とは別に、この快楽のみを求めて殺戮を繰り返す存在が居ても不思議はないかもしれない。



(それにしても、私はずっとこの肉体のままなのだろうか)



 この恐らくは地球ではないだろう世界に来てはや一ヶ月程。夜と朝を数えただけなので、微妙にずれはあるだろうが、既にそれだけの日にちが経過している。

 数にすれば優に三桁近い数の小型生物、あるいはフォレストドッグのような中型生物、同じ同胞のスライムを殺め、己が糧としてきた。

 肉体は膨れ上がり、今では当初の二倍近い質量を誇っている。伸び上がれば生前の彼を超える身長かもしれない。

 それだけではない。アルカリを操る以外にも酸性の方向にもゲルを変化させる事が可能だ。それこそ王水すら目ではない威力を誇る。

 他にも一部分だけだが、一時的に岩並の硬度までゲルを硬化させ、即席の槍として扱う事も出来るようになった。

 肉体の形も徐々に変化させることが出来るようになっており、移動時は蛇を模すことで移動速度の上昇に成功している。

 今はまだ無理だが、その内四足の獣などの姿を模す事も出来るだろう。形を模すのと同時、簡易ながらその構造をすら模すが出来るのだ。



 それでもスライムはスライムであった。今の肉体も便利ではあったが、折角ならもっと別の生物になりたいとも最近では思う。

 例えば有名どころで言えば西洋竜ドラゴン。ファンタジーではお馴染みの最高クラスの魔物だろう。

 力強い巨躯に翼、それらは人ならざる身となった今では中々に魅力的である。あるいは亡霊ファントムに連なる死者の王リッチ。

 魂があるのは今なら信じられそうであった為、それなら亡霊のような種も居るのではないかと思ってしまう。

 様々な強力な種は物語上であれば存在するが、特に一番憧憬が強いのはやはり“吸血鬼ヴァンパイアだろうか”。

 この世界に存在するかは別として、折角ならそんな存在でありたかったと思うのは、この世界の生活にも慣れ始めた彼の心が生む余裕なのか愚痴なのか。

 それとも少しずつだが成長していく肉体を見て、叶わぬ可能性を考慮してもなお見る夢路か。



 どちらにせよ、今も彼は確かに生き残っている。原初の力がモノを言うこの地で、時に格上より身を隠し。

 時に失敗で身を傷つけながらも、やってきた初日とは比べるまでもない“力”を身に着けて、今日も彼は夢路を邁進する。

 それでも流石に意思疎通の出来る者が誰一人居ないと言う事実は、精神的に屈強な彼でも中々に堪える事実ではあるのだが……

 深い樹海。苔むした巨木が連なる緑の海。二週間程前から森の入り口周辺から奥へ奥へと進み、今ではかなり深部で生活していた。

 ここらまで来ると、彼の居た世界との相違点も数々に見られる。深い霧が立ち込め、明かりを放つ苔が数十メートルの高さを誇る木々を覆い、倒れた巨木に新たな苗が芽生える。

 見かける昆虫は見たことも無い姿をしていた。色も原色をマーブルに混ぜたようなものから、景色と完全に同化しているものまで様々と。

 その大きさも数センチ規模から、時には一メートルを優に超す化け物クラスまで生息している。



 最早それらは怪獣と呼んで差し支えないレベルだ。あるいは魔物と呼称してもいいかもしれない。

 百足むかでのような肉体に、蜻蛉とんぼのような羽を何対も生やし木々を泳ぐように飛行する生物。

 しかも大きさが大きなもので三メートルクラスときた。その強力な顎や、堅牢な甲殻もあいまって彼では今のところ太刀打ち出来ない。

 酸や塩基も、どうやらこの世界では元から耐性を差はあれど持つ生物が多く、確実性に欠けた。

 他にも巨大なありのような生物や、さそりを巨大化した生物。こちらの尾っぽの毒性は凄まじく、木々などに垂れるだけでその部分が瞬く間に腐食していく。

 中でも一等厄介なのが、蜘蛛のようなタイプで、目に見えないくらい細い糸でありながら粘着力、および強度に優れた全長数十メートルの巨大な巣は一度捕らわれると、後はその毒牙を待つだけとなる。

 今は正直一割も対抗出来る生物が居るか怪しいだろう。それでも仕留められた時の祝福は強く、魅力的であった。



 植生も色々と混沌としており、ラフレシアを更に巨大化し、色も派手にしたようなものが何か巨大な生物の死骸に取り付き、その中心から胞子を撒き散らしていく。

 ツタのような植物は近づく獲物を絡めとり、そのまま種を植え付け生きたまま苗床とする。

 一見美味そうな果実。毒もないように見え、その実種は生半可な方法では消化出来ず、僅かな時間で発芽、体内より肉体を侵食していく。

 カラフルな茸達。猛毒は勿論、気付かないうちに胞子で幻影を見せられる。そんな生と死が隣り合わせの世界に、なぜ彼が来たのか。

 今も可能な限りの隠密行動を取り、地べたを這うように獲物を探し、逆に気取られないよう移動して行く。



 理由は幾つかあった。一つは雑魚ではあまり成長を見込めなくなってきたのだ。

 感じる衝動も弱くなってきており、より衝動を感じる種を探していった結果、辿り着いたのが今の秘境。

 他にも自分は現在どの程度の力のヒエラルキーに存在するのか。それには己より更に強い存在を見るのが早いと、そう言う意味合いもあった。

 この樹海の生き物達が基準になるので、世界基準でどうなのかは不明だが、それでもないよりはマシだろう。

 結果的に言えばまだまだ最底辺にも近い。それがここ一週間で理解した現実である。

 時折空に翳るシルエットは優に数十メートル規模の生物だし、最奥より現れる生物は今の己が何十と居ても歯が立たないものばかりだ。

 この身の寿命がどれほどあるのか不明だが、特殊性を考えれば短くはないと彼は踏んでいる。細胞の増殖が自己で調整出来るのだ、少なくとも老化での死亡はそう心配しなくていいだろう。



 人間としての精神は流石にこんな秘境での生活に疲弊し始めているが、芽生えた化け物としての自己は嬉々としているのも事実。

 何年でも、何十年でも時間を掛けるつもりであった。黙って淡々と作業をこなすのは慣れている。不満を押しつぶし、唯の歯車のように精神を律する術を知っている。

 それらは実際に紛争地域でじっと黙って待機している時に、嫌と言う程に磨かれた。

 彼の最大の武器とは、自我無き不定形生物スライムでありながら、異界の知識と確固たる“己”を持っていることだ。

 残念ながら技術に関してはそう役に立たないと言わざるをえない。肉体が人型であれば少しは違ったのかもしれないが……

 知識に不定形としての武器、それを利用して今は牙を研ぎ続ければいい。この世界を見て回るのも、最低限度以上の力は欲しい。

 そう取るべき行動の大雑把な指標を思考していると、ふと珍しくこの大樹海。今己が居る深部の一部が騒々しい事に気付く。



 行ってみるか悩むが、結局好奇心負けて行くことにする。この樹海では目立つ行いは即ち死に直結だ。

 少なくともここ一週間程で彼はそれを学んだ。それがこんなに騒がしいのだ、明らかな異常である。

 静かに生命の歯車が回るこの大樹海で、何か異常が起きたに違いない。

 そう判断し、他の生物に見つからないよう、即座に肉体をヘビの形に形成し、更に色も保護色へと変化。

 そのまま騒ぎの中心地だと思われる方向へと向かって行く。



 全身けむくじゃらの二メートルはある人型の巨人。根を足のように動かし移動する木々。

 自ら移動し、対象を捕食するアクティブな巨大食虫植物。トンボに近いが、身を守る甲殻を持ち、体長も三メートルはあろうかという昆虫。

 フォレストドッグの群れ。その上位置換とも呼べそうな、体長二メートル級の単独行動型のオオカミのようなイヌ科生物。

 様々な生き物が彼と同じ目的地を目指して続々集っていた。そんな中、十分程してまるで人垣のように、化け物達が円を作っている場所に到達する。

 常ならば即座に殺し殺されの大乱闘に発展しそうな場面だが、どの生物もその兆候は無い。

 衝動は感じている筈だ。まるでそれを上回る“何か”が中心にあるように、何か一種異様な雰囲気が立ち込めている。

 円を組む生物達の居る場所。何故かそこには木々がなく、数十メートル規模の円形の空き地となり、空からは燦々と光が降り注いでいた。

 


 後方からでは何があるのか見えないと。その流動体たる肉体を活かし、するすると群れを潜り抜けて行く。こんな時は素直にこの肉体の有用性に感謝したくもなる。

 途中巨大な足のようなものに核を踏み潰されそうになり、一瞬ひやりとするもののなんとか最前列まで移動することに成功する。

 出来るだけ周りに存在を気取られないように気をつけつつ、ゆっくりと騒ぎの元を探っていく。

 一体何があるというのか。これだけ多く、ざっと見渡しただけでも百を超える生き物の関心を集める何が……

 はやる核の鼓動を押さえつけ、端から探っていき、本命の中心を視界に映して何があるのか見据える。そして彼にも何がそこに“居る”のか理解した。

 それは間違えようも無い――――



(……幼児だって?)



 それは小さな、まだ数歳にもならない“人”の幼子おさなごであった。




 思わず彼の思考が停止フリーズしてしまう。視界に見えるのは間違いなく“人”の子だ。

 恐らく女の子だろう。年の頃は詳しくは不明だが、子を育ててきた経験から考えると三歳になるかならないかだろうか。

 樹齢幾千年、あるいはそれ以上の時を刻んだ巨木が並ぶ深い深い霧立ち込める魔境。原初の法則が全てを決定する、まさに食物連鎖の渦巻く坩堝の中。

 その幼子は木々の切れ目たる広場で、柔らかな草に包まれ、暖かな光を受けて安らかに眠っていた。

 誰が捨てたのか。あるいは生んだのか、そもそもこの樹海に人型の生物でここまで人の子そのもののタイプは存在しただろうかなど、グルグルと目まぐるしく思考が駆け巡る中、ドクンッと核が高鳴る。

 一目みた瞬間“心奪われた”。それは一目惚れにも近い圧倒的な衝動。


 ――――欲しい……


 そう無意識に考えてしまっている自身に気づき愕然としてしまう。

 なぜこれ程の生物が集ったのか、彼は自然と身をもって体験し、理解してしまった。

 目の前の幼子を“殺める”ことが出来れば、己が血肉とする事が出来れば、恐らくは今とは比べるまでもない遥か高みへと至る事が出来る。

 それは理屈などが入り込む余地のない、圧倒的なまでの“本能”による叫びだった。極上の“餌”を目の前にし、化け物たる本能が激しい音なき声を叫び散らす。

 目の前の幼子を捕食し、その血肉とせよと、煩いくらいに吼え猛る。今ならそれが出来ると、幼子であるうちならば、今の非力な彼でも容易くその存在を亡き者とすることが可能だと本能が囁く。



 つまり、この場に居る生き物全て。“目の前の幼子”が欲しいのである。育てたい、愛でたいと言う意味ではなく、食料的な意味でだが。

 本能で生きるような者ばかりとは言え、それでも先に手を出せば周囲が黙ってはいないと、そう直感的に理解した結果、今の膠着状態となったのだろう。

 激しい衝動に見舞われる中、それでもそこまでの“結論”を導き出し、彼は不意に衝動を“捻じ伏せた”。

 屈強な、精強なる鋼の精神を持って己が本能を押しつぶす。そうせねばならない理由があった。

 目の前の幼子は極上の餌であると同時に、幼児なのである。生まれてきた子は無条件で祝福されて然るべき。

 ましてやこの世界には人は居ないのではないかと、そう思っていた矢先のことだ。もしかしたら違うのかもしれないが、少なくとも容姿は人そのものである。



 彼が始めて“この世界で出会った人の子”なのだ。それを食らって血肉とするほど、彼は人としての心を捨てていないつもりである。

 強者へと至るにはそれはもしかしたら大幅なショートカットなのかもしれない。この肉体の本能の囁きが事実であれば、それこそこの樹海でも最上位に瞬く間に躍り出るだろう。

 しかし、何もそれだけが方法ではないのも事実。もとより時間などいくら掛かっても構わない心積もりであったのだ。

 結論を出す。それは酷く無謀な行いだと知りながら、彼は幼子を助ける事に決めた。本能だけで生きる獣とは違い、確たる自我と知能を有している者だからこその答えだ。

 一度決まれば次に考えるべきは、“どうすれば助けられる”かである。

 周囲は大小様々な、それこそファンタジー世界に出る魔物のような生き物で壁が出来ている。これを一人で突破するのは不可能だ。少なくとも今の彼にそんな力はない。

 無謀と勇気は別物と言うが、彼自身何も策がないと言う訳でもなかった。尤も、それを策と呼んでいいのかは疑問に残るところなのだが。



(力が無いのなら、周囲を最大限利用すればいい)



 幸い場に居る生き物の知能は獣レベル。今は衝動と、先に動けばただではすまないと言う、本能的な警鐘で膠着しているだけだ。

 それなら、あえて“場を乱して”しまえばいい。一度起こした波紋は瞬く間に広がり、即座に場は血で血を洗う大紛争地帯へと変貌を遂げるだろう。

 ではどうやって最初の一石を投じるのか。それは考えるまでもなく簡単なことであった。過酷な環境下でも生き延びる為の思考、技術。それらは生前に“教官”から叩き込まれている。

 教官の家族に対する思いは強く、教え子が死ぬ事を良しとしなかった。ゆえに最初に教えられたのは生き延びる為に必要なこと“全て”だ。

 ないなら利用しろ。汚泥を啜ってでも生にしがみ付け。あるものを最大限活用し生き延びろ。それは何も自分の持ち物に限らない。

 そしてこの場合利用すべきは――――

 


(こうすればいい!)



 かなりの体力を消耗する為滅多に使わない移動方法。自身を水のように地面に溶かし、そのまま地中を移動していく。

 ついでに保護色を纏い、更に匂いを偽装。完了した瞬間、幼児の足元から染み出すように地面から姿を現す。

 そのまま幼児を肉体に重ね、弾力性を強化しバネのように身を押し込める。そのまままるで押し出すように一度上に放り投げ、落ちてきた所でやわらかく包み、しかし脅威的な弾力性でより遠くに弾き飛ばす。

 出来るだけ魔物のような凶悪な生物達が少ない方向に、だ。一瞬でざわめきが広がり、我先にと化け物どもが幼児に群がっていく。

 だが隙間の無いくらい集まっていたのに、急に動けるはずも無く、まるでドミノ倒しのように無様に地面に転がっていく。

 怪我したものから血が溢れ、その匂いがギリギリの状態だった場を遂に瓦解させた。

 幼児は確かに極上の獲物だが、この場に居る生物にとっては、周囲の生き物もまた全て“餌“なのだ。



 血の匂いを皮切りに、一瞬で場は混沌カオスが司る混迷とした殺戮場へと変貌を遂げた。強力を誇る腕で周囲を薙ぎ倒す者、猛毒の液を撒き散らし死を振りまく食虫植物。

 頑強な顎で肉を食い破る昆虫。鋭い牙で首元に食らい付くイヌ科の生物。幼児で極限に増殖された衝動により、苛烈な殺し合いがその場を満たす。

 一体倒れれば、その血でまた他が興奮し場は加熱する。まるで蠱毒の壺のようだと彼は思わず思う。餌の入った空間でそれを得る為殺しあう。

 だが、それを出し抜くのは無論――――

 血風渦巻く混沌の坩堝の中、幼児を投げた瞬間、彼は脇目も振らずに再び地中に潜り、見事幼児の真下から這い出る事に成功する。


 そのままゲルの弾力性を成長した能力により強化、クッシュンのように落ちてきた幼児を包み込み、そのまま“取り込んだ”。

 既に酸素がアルカリなどを生み出すのではないと判明している、理由は不明だがアルゴンが必要なのである。

 大気を取り込むのではなく、酸素と窒素を生成し、幼児を泡で包むように保護する。

 その際、酸素を濃くし過ぎないように泡の面積に合わせて濃度を二対八くらいに調整しておく。



 そのまま即座にその場から脱出していく。幼児ごと擬態に包まれているが、それでも見つからないとは限らない。早急な場の脱出が必要であった。

 幸い幼児くらいの大きさなら蛇を模しても形は崩れない。肉体を変形させ、そのまま地面をするすると滑るように移動していく。

 幼児を一時的にとは言え身に取り込んだせいか、先程より強い衝動が身を苛む。

 しかも場は彼にとって見れば格上ばかりが居る戦場である。どの獲物からも大なり小なり衝動を感じてしまう。

 それは欲深き者の目の前で、巨万の富が転がっていながら何一つ拾わずに立ち去るに等しい。あるいは幾日も食を奪われた後、大量に豪勢な食事がばらまかれるのと同じだろうか。

 彼が生前“精神面”における訓練を積んでいなければ、もしかしたら我を忘れて自身も闘争渦巻く坩堝に飛び込んだかもしれない。



(集中しろ。雑念は追い払え。最大限の警戒を広げ、同時に“前”だけを見ろ。今必要なのは場を脱出することのみ、その他は何一つ必要ではない)


 暗示のように己に言い聞かせつつ、彼はひたすらにその場から離れ続けた………





 彼が幼児を身に取り込み移動し始めてから丸一日。既に十数キロもの距離を移動している。

 血の匂いも濃い緑によりここまでは届かない。エネルギーを大きく消耗する地中移動。

 それに長距離の移動に極度の精神集中、流石にこれ以上の移動は厳しいと彼が立ち止まる。

 まだ深い樹海の中だが、それでも暫くは休憩も出来るだろうと、幼児を身に取り込みながら休憩を取り始める。

 それでも周囲の警戒を怠らない。僅かな油断が死に直結することを知っているのだ。それは教官からも何度も言われた事だ。

 それから一時間後、無事に追撃もなくしかし、失ったエネルギーの補給すらせずその場より移動を開始。

 ここらはまだ彼を容易に上回る種族が出現する領域だ、油断は出来ない。必要なのは逸早い安全圏への離脱であり、それに必要であれば身を削るのも構わなかった。

 失っていくエネルギー、磨耗する精神。磨り減った精神は幼児を食らえと引っ切り無しに彼を誘う。

 それらを捻じ伏せ、ただひたすらに樹海の外へと移動していく。一度助けると決めた。ならばそれを全力で遂行する機械であれと自身に言い聞かせる。



 そうして更に一日、ようやく彼は樹海の中部の比較的外側まで移動することが出来た。

 この辺りであれば、彼の実力でも十分以上に渡り合っていけるだろう。酸素を生成するのもエネルギーを消耗する。

 これ以上は流石に獲物を仕留めて補給しなければ“身が崩壊”する事になると、本能的に察知し、幼児を一時外に出す。

 ドロリと粘液質なゲルから地面に転がされる。その肌は雪花石膏アラバスターの如き白さを誇り、幼児特有の肌は木目細かい。

 頭髪は首元まで伸びており、その色は見事な“白”であった。瞳の色は窺い知れないが、幼いながらも将来が楽しみな顔の造形を眺めつつ彼は悩む。



(さて、助け出したはいいが、これからどうするべきか……)



 彼には現状性別は無い。それは同時に幼児に必要な母乳を用意できない事も意味する。

 もしかしたらそんなもの必要ない可能性もあるが、それ以外に咄嗟では思いつかない。

 助け出したはいいが、育てるにも何をしようにも、幼児に“何を食べさせれば”いいのか、彼は途方に暮れる事となった。






後書き


恐らく誤字脱字あります、よろしければ報告してくださると助かります。

拍手コメなどで報告してくださっても構いません。

また、拍手返事は明日になりそうです。

拍手のコメ末尾に返信不要などと入れてくだされば、返信は致しません。名が無いのも同じくです。

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