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第二十六話

「よろしかったのですか?」

「なにをと聞くのは愚問であろうな。構いはしない、所詮先のハントは余興に過ぎないのだ」


 そう言って、テトローイ領主が手にもったワイングラスから赤い液体をグッと呷る。


「ロザリンドの封印が解けたことなどどうでもよい。問題は私があやつを凌駕したのかという一点。今のアレではそれを証明することもできないだろう」

「では、どうしてあのような真似を?」


 領主の目的がロザリンドが全快した後であると言うのなら、わざわざ命を奪いかねない追跡者を放つ理由が分からなかった。

 確かに最初は格も低かったが、最後の辺りは騎士級や准男爵級まで放っていた筈なのだ。

 女魔神の予想ではあの獅子の魔族で騎士級、領主の同胞の小娘はそれ以下、ロザリンドですら女魔神に今は及ばないだろう。

 

「なに、所詮はすべては余興。あの程度の追っ手に敗れ去るようなら、力の回復をまつまでもないと言うことだ。それに、己が狙われていると自覚した方が、より早く力を取り戻そうと行動するであろうよ」


 そんなことの為に配下は死んでいったのか………などと領主も女魔神も考えはしない。

 所詮雑魚が何人消えようと構わないのだから。この世界は弱肉強食、死すれば即ち弱者。

 強者こそが法であり、弱者は搾取されるのみ。ゆえに何人死のうがそれは自然の摂理に等しく、虫けらの死に心が揺れることもない。


「貴様から逃れたのだ、此度の余興は向こうの勝ちとしようではないか。何時の日かロザリンドが力を取り戻した時、その時が本当の遊戯ゲームの開始であろう」


 そう言って顔に走る傷をゆっくり撫で擦る。遥か昔、領主が傲慢と力に溺れていた時、自信と自尊心をロザリンドに砕かれ受けた傷。

 あの白皙の面に今度は己が醜い傷を与えてやるのだと、そう思って数百年。

 ならばもう十年、数十年程度待つくらい苦ではない。むしろよき香辛料とすら言えた。

 癒えない傷を与え、己の下に組み敷き、気丈なかんばせを苦痛と快楽に歪ませる場面を想像し、口元が自然と綻ぶ。

 ふと、未だ女魔神が部屋いるのを思い出した。


「ごくろうであった。もう下がって構わん」

「ハッ、失礼致します」


 頭を下げ黙って屋敷の領主執務室を後にする。

 領主はああ言ったが、実際のところロザリンド自身が女魔神を退けた訳ではない。

 そもそも女魔神は領主に殺しても殺さなくてもどちらでもよいという、一見すれば奇妙な命令を受けていた。

 だからこそあの獅子の魔族と一時の戯れに興じたのだから。

 不思議な輩だったと思い出す。死を前にしてなお前を向く者など、この世界でそうはいない。

 それも歳若い者だと言うのだから尚更だろう。ロザリンドがあの集まりの中心だと思っていたが、実はそうではないのかもしれない。

 それだけの空気が、あの獅子にはあった。己が与えた矢傷は間違いなく致命傷であったろう。生きてるとは到底思えない。


 それでも……それでももし生きてたのならば、もしかしたら次会う時は遥か高みへと昇っているかもしれないなと。

 らしくもないことを考え女魔神は屋敷を後にした――――








『……ここ、は』


 覚醒は兆しもなく訪れた。意識が朦朧とし、視線が定まらない。

 ふらりふらりと視線が泳ぎ、物体がより目のようにブレてしまう。

 なぜ己がこのような状態になっているのか説明がつかず、取り合えず身体を動かそうとすれば――――


『がぁあぁッ!?』


 あちらこちらから凄まじい痛みが発生し、口元からは情けない悲鳴が漏れ出した。

 痛みに対する訓練は嫌というほど積んでいたが、それでも不意打ちのコレはヴラドも予想外だ。


『グゥ…ォォ…』


 起き上がりかけた肉体がズズンッと、地響きを立て何か柔らかな床に沈む。

 同時再び例えようもない痛苦が脳神経を刺激し、先程よりはマシだが声が漏れる。


(なんだ、これは? まるで極度の筋肉痛のような……)


 起き上がるのは諦め、どうして己がこんな事態に陥ってるのか考えるが、どうも記憶があやふやだ。

 確か、ロザリーやエル達と逃走していた筈だがと記憶を揺り起こすも、それ以上は思い出せそうにない。

 忘れては都合の悪いことだった気がするのだが、思い出そうとするたびに酷い頭痛がしてままならなかった。

 数分か数十分か、痛みに耐え努力するも実らず、仕方なしに諦める。

 肉体を末端から動かし、やや痛みが薄れてきた頃合を見計らってゆっくり立ち上がっていく。


『グオ、オ……下手な拷問より辛い、な、これは』


 生まれたての小鹿のように震える足腰をささえ、なんとか四足でバランスを取る。


『これは……』


 そこでようやく回りを見渡せば、柔らかいと思ったのは多くの枯葉であると気づいた。

 しかも洞穴の中らしく、縦十、横八メートル程の先に岩肌が見えた。

 随分大きな道だが、奥行きはそうでもないらしく、ヴラドの居る場所が最奥であるのだが、五十メートル程先から外の景色が覗える。

 自分でここに入ったのか、それとも誰か、エルかロザリーかが寝かしてくれたのかも判別がつかず、よろよろと外へ向かっていく。

 歩くたび痛みが走り、特にそれは背中に集中している。まるで重症を負い、それを形だけとりあえず治癒させたかのようだ、ヴラドは内心溜息を吐いた。


『ん?』


 もう直ぐ外に出るというところで、逆光でぼんやりとし確認できないが、誰かが洞穴に入ってくる。

 背丈からロザリーと声を掛けようとして、その気配も、下半身の異様な広がりも、すべてが見知らぬものであると知り身体中の毛が逆立つ。


『……グルルルルルル』


 気づけば喉からは警戒するような声が漏れ出し、肉体は痛みすら無視して戦闘態勢をとっていた。


『止まれ! それ以上近づくのなら容赦はしないぞッ!!』


 ヴラドの日本語を理解したのかは不明だが、相手の歩みが止まる。


「――――――――?」


 言葉だ。ニュアンス的には何か聞かれたようだと感じたが、耳に入った言語は見知らぬものだ。

 恐らくテトローイで使われていたものだと思われるが、ヴラドには理解できない。

 

『私は一般的な言語を知らないのだ』

「……――――?」


 どうやら敵意はなさそうだと思い口にするが、相手もやはりというべきか、ヴラドの言葉が理解出来ないらしい。

 逆立った毛を収めたのだが、どうも警戒され続けていると思っているのかおろおろとした雰囲気が伝わってくる。

 さてはてどうしたものかと思った瞬間、聞きなれない、しかし何か力ある言葉が耳に届く。


「―――――――」


 同時、やはり言葉は分からないものの、どうやらこちらの具合を案じているのだと。

 そういった大雑把な感情を感じ取れた。恐らく何かしらの魂術だろうとあたりをつけ、痛む身体に鞭をうって先程の場所まで戻る。

 犬のように身体を丸め、腕の上に頭を乗せ相手に敵意がないことを知らしめる。

 その様子にこちらの意図を察したのか、逆光で見えなかった人物がゆっくりヴラドへと近づく。

 やがてその容姿が明らかになるにつれ、ヴラドの内心は驚きに染まっていった。


「――――――――?」


 今度はどうやら目が覚めたことを喜んでいるらしいと、そう理解できた。

 が、そんなことよりヴラドは目の前の“少女”に意識を丸ごと奪われてしまっていた。

 血管が透けて見えそうな程に真白い肌。腰まで流れるウェーブ掛かった髪はロザリーと似た色であり、その毛先はクルンと巻き毛のようになっている。

 少し下がった眉に、丁度良さそうな大きさの瞳は血のような紅。ぷっくりとした小ぶりな唇に、つんっと主張するこれまた愛らしい小鼻。

 華奢な身体を包む衣服はなく、丁度よい大きさの胸は恥じらいもなく晒され、その先端は健気にも重力に逆らい上向きの姿勢だ。

 

「?」


 ヴラドの視線に気づいたようだが、どうも己の格好を自覚していないのか困惑の感情しか感じない。

 別に情欲と言う訳ではないが、とあるものが目に付きついついそこから下半身を凝視してしまう。

 なだらかな曲線を描くボディラインを追っていくと、なぜか巨大な花びらが視線を遮る。

 まるで巨大な薔薇の花にも見える白い花。そこから更に視線を下っていけば、見えるのは無数の蔦。

 幾百と花の付け根から生えたそれは多くのトゲを持ち、蠢いている。どうやら少女の足らしい。

 可憐な容姿に目を奪われたかと思えば、下半身は植物ではないか。


(……アル…ラウネ?)


 それが少女を目にしたヴラドの感想であった。





後書き


連続更新にあたり、一話の量は少なめ。

帰宅が遅くなり更新も遅くなりました。

昨日今日今朝は評価もお気に入りもそれほど増えてなかったのに、帰宅したら予想以上に増えていた。

嬉しい。素直に嬉しい。一度は日間一位にもなったことがありましたが、更新不定期もあり、評価はもう伸びないだろうと諦めていたのですが……


これも読者様のおかげです。

まことにありがとう御座います。


それでは感想評価、誤字脱字の報告などココロよりお待ちしております。

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