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第二十五話

『ほざけ! この地で果てるのはどちらか思い知らせてやろうッ!!』


 まるで小悪党のような台詞だが、そうでもしないと気力が萎えそうであった。

 殺される恐怖は少ない。だが、生物的な上位存在を敵に回すという未知の恐怖は、なんとも拭い難かった。

 階級が上がるというのは、肉体的優劣に優するだけではない。

 そもそも本来の進化はより上位存在への昇華であり、魂もまたそれに見合ったものへと変化する。

 いや、本質的には魂が先であり、肉体はその付随品だろうか。

 とにかく、そんな己よりも一段二段と存在の階級が異なる存在を前に、恐怖を感じないというのは無理なことであった。

 それでも後戻りはできないと、腹部に力を込め、萎える意志を燃え盛らせる。 


『ふんッ!』


 気合一声。

 出し惜しみはなしだ! と、前足を振るい灼熱の炎を生み出す。


「脆弱な炎ね」

『なっ!?』


 艶やかに笑った女魔神が迫る炎の波に向け、そのたおやかな白く細い腕を無造作に振り払う。

 ただそれだけで、まるで巨人が薙いだかのように炎は掻き消されてしまった。

 それでも手を緩める訳にはいかない。少しでも、一秒でも多く時間を稼がなければならないのだ。


『ならば、これでどうだ!』


 素早く後方に飛び退り、そのまま巨大な口を開く。同時、口内に真っ赤な紅蓮が渦巻いた。

 炎の圧縮なんてことは通常は不可能だが、この世界では別だ。

 余裕のつもりか。数秒の溜めを経て、ヴラドが誇る一撃の中でも最高峰の一手は放たれた。

 拳大であった火球は凄まじい勢いで突き進み、道中の酸素を喰らってその大きさを数メートルにまで肥大化させる。

 轟々と熱波と火の粉を撒き散らし、膨大な熱量で相手を灰化しようと襲い掛かっていく。


「くすくす」


 何が可笑しいのか、笑みを浮かべたまま何をするでもなく立ちすくんだままの魔神。

 距離にして50メートルもなかったせいか、僅か数秒で大火球はその身に着弾。

 衝突と同時に爆裂を起こし、爆風がヴラドの毛を逆撫でていく。

 指揮官級や兵士級なら十分に即死レベルだ。例え同格の騎士級だろうと、まともに食らえば致命傷を与えられるに違いない。

 そんな自信と自負はしかし、晴れた土煙から現れた無傷の女魔神の姿に崩れ去った。

 嫣然と浮かべた笑みに整った容姿はおろか、その腰まである艶やかな髪も、はたまた露出の多い白い肌にも傷どころか煤一つ見受けられない。


『ば、ばかな……』


 驚愕だった。自身消失とか以前の問題として、流石に目の前の出来事に呆然としてしまう。

 そしてそれはヴラドらしくない、致命的な隙であり、それを見逃すほど相手は優しくはなかった。


「私の階級は“男爵バロン級”です。なもなき騎士よ、魔神相手に騎士が勝てると驕りましたか?」


 一瞬の空隙だった、それこそ秒に満たないかどうか。

 その一瞬でしかし、女魔神は刹那に距離を詰め、ヴラドの横で囁くように自身の階級を告げる。

 反射的に飛び退るよりなお早く、横わき腹に信じられない衝撃が発生し冗談のような速度で吹き飛ばされた。

 体重にすれば優に二百キロを超える身が軽々と宙を滑空し、やがて地面に接地、ずざざざざざざ、と音を立てて土と草を抉っていく。


『…かっ…はっ!?』


 何が起きたのか理解できない。断片的な情報と、女魔神が突き出している片手から己がただ力任せに殴り飛ばされたと知る。

 その圧倒的な、数字に置き換えればたったの二階級の差。しかし、絶望的なまでの大きな差が今の状況を物語っている。

 グッと下半身に力を込めて起き上がるが、直ぐに一歩二歩とよろけてしまう。

 ごふっと咳き込めば口元からはたらりと赤い雫が零れ落ちた。


(内臓にモロに入った。参ったな……たったの一撃でこの様か。インパクトの瞬間、無意識に体を後退させてなければ想像もしたくないことになってたに違いない)


 正直お手上げだった。今の攻防であっさりと、ヴラドは目の前の女魔神に勝つことを諦める。

 油断とかそれ以前に攻撃が通用しない。人間の頃のように隙をついたとしても、魔族なら肉体再生、あるいは治癒術の一つは会得してるだろう。

 そもそも最大の一撃が通用しない時点でヴラドに勝機は既になかった。


(それでも時間は稼がなきゃならない……戦闘駄目なら会話しかない、か)


「考え事は終わったかしら? さっきの一撃で十分て思ったけれど、案外頑丈ね」

『これでも鍛えてるんでね。そちらこそ大した一撃だ、魔神とはかくもそう強大な者なのか?』


 無論、頑丈な訳ではないし、実際ダメージは軽視するには些か重いが、それを口にするほど愚かではない。


「あら、アナタ……ロザリンドと居るからそれなりに長く生きてると思ったけど、もしかして若いのかしら?」

『残念ながらその通りだ。私は生まれてそう年月を経てないからな、知識もまだまだ薄いんだ。先達のよしみで是非ご教授願いたいところだが、いかがだろうか?』

「ふふふ……あなたの狙いくらい分かってるわよ? 私の足止めがしたいのでしょう?」

『なに、どうせ死ぬのだから、知的好奇心を満たしたいと思ったまで。その実力なら私を即座に始末し、後を追うくらい造作もないだろう?』


 流石に目的を隠すには無理があったようだと歯噛みする。間抜けな相手であれば楽だったろうが、流石にそんな好都合は期待できなかったようだ。

 それでも内心の悔しさを面に出さず、ヴラドは飄々と肯定も否定もせずにのたまってみせた。


「そうね、アナタを始末するなんて実に簡単だわ。でも、私なんて魔神の中じゃ最下層もいいところよ坊や? 私の主人はもとより、世界には今の坊やと私以上に差がある、そんな強大な魔神でごろごろしているのだから」


 勿論、そう魔神級がぽんぽんいる訳ではないけどね、と、どうやら話しに興じる気があるらしく口にする。

 坊やとはヴラドのことだろう。実際女魔神は優に数百年を生きているのだから、さもありなん。

 内臓のダメージで言葉をつっかえない様に、それでもどんな心境で言葉を交わす気になったのか気になりつつも、掴んだチャンスを逃さないよう言葉を送る。


『なるほど……それでも魔神である者を配下にしているんだ、さぞテトローイの領主は強い力をもつのだろうな』

「そうね、主人は素晴らしい力の持ち主よ。なんせ“伯爵級グラーフ”なのだもの」


 そう口にする女魔神の表情はうっとりとしている。魔神は言わば一国一城の資格を持つに等しい存在だが、同時により強大な存在にも惹かれる性質を持つ。

 それは魔神に満たない者が本能的に格上の存在を恐れるのと同じで、一種の生存本能にも近しい感情だ。

 弱肉強食の世界だからこそ、弱者は強者に媚び、その庇護を得ようとする。

 そして得た情報はまさに千金に値した。つまり、テトローイ領主は最盛期のロザリーと同等かそれ以上の実力者だということだ。

 無論、この情報が確実性に欠けるのはヴラドも承知だが、それでも現状圧倒的有利な立場にいる女魔神達が嘘を教えるメリットは少ない。

 

『なるほど、どうして私と言葉を交わす気になったかは知らないが、折角だ、冥途の土産に教えてはくれないか? 実は――――』









 どれくらい時間が経ったのか。少なくとも話題がそろそろ尽きる程度にはヴラドと女魔神は語り合った。

 基本自身を低く見せ、女魔神ないし、背後のテトローイ領主を持ち上げるように会話を続けてきた。

 情報を鵜呑みにするわけではないが、それでも中々に有意義な一時であったろう。相手がこちらの生殺与奪を握っているような状況でなければ、だが。

 そして会話もそろそろ潮時だろうとヴラドは感じ取っていた。向こうがどのような思惑でヴラドの案に興じたのかは不明だが、それも限界だ。

 そんな空気が何時しか周囲に立ち込めていた。


「さて、冥途の土産は十分に買えたかしら?」

『十分だ、感謝しよう。だが……』

「だが?」


 にやりと再び嫣然と微笑む女魔神。

 むこうもヴラドが何を言うのか理解しているのだろう。


『残念ながら、むざむざ死を待つ道理はないぞッ!!』


 同時、腹部に力を込める。


『おおぉおおぉおおぉおおッ!!』


 咆哮と共にありったけの力を込め炎を巻き起こす。時間にすれば実に一時間と少々だったが、多少の力を回復するには十分な休憩だ。

 既に内臓へのダメージも回復し、体力もそれなりに戻っている。

 これ以上引き伸ばせない会話なら仕方がない、結果的には十分な足止めにはなったのだから。

 後はヴラドが無事に帰還し、エルとロザリー、リアンと無事合流するだけである。


 全力で生成された炎の渦は天高く昇り、吹いた風に巻かれて竜巻と化す。

 土壇場で生成された全力の一撃。手傷を負わせられるとは思っていない、僅かに足止めできれば十分!

 魂力のほぼ全てを注ぎ込んだファイアホイールは轟々と荒れ狂い、ヴラドの意思のもと地面を抉り女魔神へと進みだす!

 同時全速力でエル達が逃げ出した方向とは別に走り出す。同じ方向では意味がない。

 僅かに残った力でジェット噴射を巻き起こし、凄まじい速度で宵闇を駆け抜ける。

 背後からは破壊音と自身の荒い息だけが聞こえてくる。一分、二分……そして五分。


(見逃された? それともこちらよりロザリーを追うことを優先された? 違う、それなら最初からこちらを始末して先を進めばよかった筈だ……)


 湧き上がる疑問と不安、なんとも言えない悪寒を感じつつも走り続ける。

 やがて時間にして十五分が過ぎ去り、魂力も尽き果て、残るは自力での逃走となり一瞬気が緩んだ時だった。

 トスッと、軽い音と何かを貫き貫通する音が一回、二回、三回……やがてヴラドは遅れて生じた痛みに気づく。

 音の正体はどこからか飛んで来た矢であり、貫通する音は背中から腹部までを貫いた音だった。

 計五本もの矢が背中を突き破り、奇妙なオブジェクトと化している。

 視界が真っ赤に染まるような感覚の中、それでもギリギリ遠い場所から降り注ぐ矢を避けながら視界に霞んで見える森を目指す。

 

(私はこんなところで死ぬ訳にはいかないんだ……森に入れば障害物で矢を過ごせる、そうすれば休憩が取れるし、傷も癒せる。私は賭けに無事に勝利したのだ)



 ドスンッ! 何か重たいものが地面に倒れこむ音がそばから聞こえた。

 同時に視界が横転し、地面が重直に写りこむ。

 どう言うことかと首を動かそうとしたが一向に力が入らない。

 見れば夥しい量の赤が徐々に円を広げており、倒れ伏したのはヴラド自身であったと気づく。

 急速に遠のく意識、既に痛覚は失われ、最後の微かに思考できた言葉は謝罪であった。


 ――すまない、エル………


 小さな我が娘を思い、ヴラドの意識は闇へと沈んだ。




 

 

後書き


暫く更新していきます。

久々の更新ながら、多くの読者から観覧していただき嬉しく思います。

ありがとうございました。

それでは感想や評価、心よりお待ちしております。


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