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第二十四話

 既に太陽が没し、世界は宵闇に閉ざされている。

 星月のみが世界を柔らかく照らし出す、魔性が跋扈する時間帯の中で、複数の影が舞い踊っていた。


『骨の一欠けらすら残してはやらんぞッ!!』


 獣の咆哮にも似た鋭い声があがり、同時に振るわれた腕に纏わり付いた高温の炎が追跡者を包み込む。

 悲鳴をあげる時間すら許さずその身を焼き尽くし、残ったのは一山の灰。

 一瞥すらくれず即座に身を翻し、苦戦を強いられているエルの傍に向かう。


「パパ!」


 致命傷はないが、それでも至る所にかすり傷を負ったエルが駆けるヴラドの姿を見つけ声を張り上げる。


『エルッ!!』

「あっ…ぐぅ…ッ!?」


 子供ゆえの行動が生み出した隙を追跡者は見逃さない。

 ヴラドが声を出すのと同時、その握られた短剣がエルの小さな腹を深く切り裂いていく。

 既にボロボロであったワンピースは大きく裂かれ、その下の白い腹から真っ赤な鮮血が噴出す。

 エルの顔が驚愕と苦痛にゆがみ、その唇が小さく「ぱぱ……」と紡ぎ出すと地面に倒れ伏した。

 瞬間、常に冷静であろうとする理性が吹き飛んだ。荒々しい獣の本能が目の前にいる追跡者をぶち殺せと、金切り声をあげる!!


『キサマァアアァアッ!!』


 気づけば全身から炎を噴き出し、憤怒の表情を隠しもせず浮かべたヴラドが一際大きく跳躍。

 ターバンや巻き布、マントで身体を隠した追跡者に覆いかぶさる。

 グルルルルと獣の低いうなり声が漏れ、噛み殺そうと口を開け食らいつくが、両腕で顔を抑え込まれままならない。

 鋭い爪がむき出しの前足で、抑えた肩を切り裂けば、追跡者の隠された口から痛苦の声があがった。


「……クッ!?」


 傷口を押し広げるように爪を動かせば、面白いくらいに無様な声が目の前の肉人形から漏れ出す。

 魂術は集中力を要するため、痛苦に苛まれた今の状態では使えないだろう。

 純粋な筋力で上回るヴラドを退ける手段を、目の前の追跡者は持ち合わせていない。

 エルが受けたであろう苦痛を倍に。いや、それでも許しはしないと肩から先をついに切断。

 ごきりとぶつりと、嫌な音が響き、追跡者の口から絶叫が迸った。

 同時、抵抗が緩んだ手を力任せに振りほどき、そのまま頭部を噛み千切る。

 口内に広がる不快ではない味。滴る真っ赤な液体。絶命した肉袋……


(これは何だ? 私はこんなにも残虐な嗜好を持ち合わせていただろうか?)


 まるで急激に熱せられた熱が、徐々に冷めていくように。思考が常の状態へと戻っていく。

 少なくない動揺だった。エルが死んだ(・・・)のならまだしも、吸血鬼たる彼女がその程度の一撃でどうにかなるものでないと、少なくとも理解していた筈。

 それがいざあの柔らかな腹部が銀色の凶器に裂かれた途端、脳裏には押さえきれない怒りが沸き立ち、どうしようもない残虐な思考が駆け巡った。

 残虐性に驚いたのはあるが、それより感情を己で制御出来なかったという点が、どことなくヴラドを不安にさせる。

 

「お兄様!!」


 ふと掛けられた声に振り向けば、ロザリーがリーダー格と思わしき悪魔のような翼に角を併せ持った男性魔族を片付け終わり、そのままこちらに駆け寄ってくるのが見えた。


「手間取ってしまったのだわ。いよいよ相手の力量もこちらに差し迫ってきたのよさ」


 ロザリーの言葉に内心不安がよぎるが、それを追い払うように頭を振り、怪我の痛みに意識を失ったエルをそっと背中に乗せる。


「あら、随分と深くやられたのよさ」


 どうやら気づいてなかったらしく、白い毛が塞がりきっていない傷口からあふれ出した血に染まっていく。

 それを見つけたロザリーがさほど驚いた様子もなく口にした。

 長い時を生きたロザリーにとって、致命傷にすら値しない傷は心配するほどのものではない。


「一応癒しの術も使えるけど、どうするのだわさ?」

『いや、大丈夫だろう。見た目ほど重傷ではない。もう傷も殆ど治癒しているからな、無駄に力を消費するのは避けたい』

「了解なのよさ。このままのペースならあと一日もせず山脈地帯に入り込めるのだわ、休憩は取りたいけど、ここは急ぐのよさ」


 ロザリーの言葉に首肯する。テトローイかのら逃亡も既に二日と少し、幾度もの追っ手との交戦。

 最初こそ余裕もあったが、今では能力や魂術を使わないと退けることが叶わなくなっている。

 次あたり、恐らくはこちらとほぼ同等、あるいは上回る戦力がぶつかることも十分にありえた。

 それを倒したとしても、次はそれを上回る敵がやってくるだろう。勝てる見込みは高くない。

 楽勝だと、なんとかなると楽観できるほどヴラドは能天気ではないつもりだ。

 それなら多少無理をしてでも距離を稼ぎ、追っ手との交戦数を減らし、早めに山脈に入り込みたい。

 相手が確実に追跡を諦める保証はないが、今はそれに全力を傾ける時だ。

 長居は無用と、暗闇に沈んだ草原を歩き出せば離れていたリアンがそっとどこからか戻ってくる。

 獣にしてはやはり知能が高いと、既にただの獣とは思ってないヴラドが感心した思いを抱く。

 

『痛むかもしれないが、許してくれよ』


 小さく背中のエルに謝り、ロザリーがリアンを抱え込むのを見届け足腰に力を込める。

 同時に四足から噴出す紅蓮の業火。まるでジェット噴射のようなそれは、純粋な脚力から得られる速度に更なる速さを与えてくれる。

 戦闘中に本能的ながら覚えた使い方だが、長時間使えばそれなりに消耗するだろう。

 それでもここは急ぐべきだと、こちらの位置を知らせるかもしれない危険をも承知で走り続ける。

 横目にロザリーを見やれば、風の魂術で追い風を受け、ぴったりと追走してくるのが見えた。

 次の追っ手がくるまでのこの時間こそ、まさに命運を分かつだろうとヴラドは感じ取っていた…………







 心の中でどうにかなるだろうと高をくくっていたのかもしれない。

 吐き出す呼気は荒く、白い毛皮は返り血以外の赤で染まっている。

 折角全快したエルも、先の戦闘で再び手傷を負い、それでも走り続けるその顔は痛みと不安で涙が浮かんでいる。

 この中でもっとも実力に優れたロザリーですら、今は僅かな疲労が窺えた。

 それでも足は止まらない、ヴラドですら感じ取れる強大な気配が確実に迫っている。

 ここで足を止めれば確実に追いつかれるだろう。感じる圧迫感はそれこそ今のロザリーをも上回る。

 相手が一人だとか、そんなのは気休めにもならない。まともな食事を取っていない今のヴラドでは尚更だ。


「不味いのよさ……このままじゃ確実に追いつかれるのだわ……」


 ロザリーの言葉を肯定するように、じわじわと、だが確実に迫り来る圧迫感は強まっていく。

 

「……パパ」

「な~……」


 エルとリアンの不安と恐怖が混じった声に胸が締め付けられる。

 動物の本能からか、リアンはロザリーの腕の中で尻尾を丸めがくがくと震わせていた。

 エルも気丈に耐えているが、その実手足は震え、このままではそう遠くない先倒れてしまうだろう。

 ならいっそのこと先手を打って迎え撃つか? と考えるが、ロザリーから聞いた階級一つの間に横たわる実力さを思い出す。

 相手は少なくと万全のロザリーと同等かそれ以上。対してこちらは体力も魂力を消耗した状態。

 人数による手数を考慮したとしても、あまりに勝算のない戦いと言うしかない。

 

(どうすればいい? どうすればこの状態を乗り越えられる?)


 ふと視線を感じればロザリーがヴラドを見つめている。

 その視線から感じ取れる感情は複雑だ。同時にとても嫌な予感を感じた。


「お兄さ――――」

『ロザリー、エル、リアン。全員気づいてるだろうが、今私たちは危機的状況にある』


 だから何かを言う前に先に口にする。何を言おうとしたのか、ヴラドには分かってしまったのだから。


『このままじゃ追いつかれるのは確実だろう……勝てる見込みは高くない。だから私が囮になろうと思う』


 そう口にした瞬間のエルとロザリー、そしてリアンの顔をなんと言葉にすればいいのか、ヴラドには到底思いつかなかった。

 驚愕、不安、恐怖、絶望、諦観。様々な負の感情を混ぜ合わせたそれはヴラドの案を賛成したものではない。

 それでも、どの子も非常に聡明だ。どちらにせよ、誰かが足止めに回らないといけないと、そう理解してるだろう。


「そ、それならエルがいくよ! ほらっ、エル、がんじょうだし、きずもすぐになおるから!!」

「お、お兄様もエルも馬鹿なこと言わないのよ!? 第一、それならそもそもの原因は私にあるのだから、私が残るのが道理なのだわさ!!」


 なるほど、確かにエルの頑強さはその再生能力もあって時間稼ぎには向いてるだろう。

 なるほど、確かにこの追跡者の最終目標はロザリーかもしれないし、実力的にも理に適ってるだろう。

 ではヴラドは二人の案を呑むのか? どちらも正しいのだから、どちらを選んだとしても問題はない。

 それこそ否だ。誰が娘を、妹を死地に送り出す兄が、父が居るというのだ。

 もしかしたら道の半ば、こんな場所で果てることになるかもしれない。それでも……それでも家族を犠牲とするのであれば、迷うことなくヴラドは己を犠牲にしてみせる。

 誰が出ても悲しみはある。それは己とて同じだというのは十分に理解してなお、ヴラドはゆっくりと二人に背を向けた。


「パパッ!?」

「お兄様!!」


 悲痛な声だった。本当に、本当に心から行かせたたくない、失いたくないと言う想いに溢れた悲鳴だった。

 胸が痛む。もっと別の方法はなかったのか。バラバラに逃げるのはどうか。否、結局は同じこと。

 追いつかれるのが必然であり、誰かが犠牲に生贄となるしかないのであれば、今の選択は最上。

 二人にとっては違うかもしれないが、少なくともヴラドにとって最上足りえる選択はこれ以外にない。


『どちらにせよロザリーがいなければナーガの一族には会えまい。それにエル、私に娘を危険と承知で死地に送れと言うのか? 馬鹿な、出来る訳がない……なに、私だってむざむざやられたりはしないさ。こんなところで果てる程、私の夢は安くはない』

「パパ……」

「お兄様……」


 納得はいかない、それでも我慢するしかない。そんな声音だった。

 時間がない、もう行かねばならないだろう。迫る気配は今もどんどん大きくなっているのだから。

 もしかしたら最後となるかもしれないのに、満足な言葉一つ遅れない今がヴラドは恨めしかった。


『後は頼むぞロザリーッ!!』

 

 二人のなお、それでもと言う声を背中に流し、ヴラドは地面を駆け抜ける。

 ロザリーが無理やりにエルを引っ張りリィール山脈に向かう気配を感じ取り、ほっと息をつく。

 後は己が無事生き残り、合流するだけでいい。言葉にすればなんと簡単だろうか。

 今や物理的にすらと口にできそうな圧迫感は、さしものヴラドですら肝が冷える思いだった。

 油断すれば震える足腰に渇をいれ、力強く跳躍! ゆらりゆらりと陽炎のように濃厚な気配を放つ人物の前に躍り出るッ!



『すまないが、ここから先は通せない。黙って引き返すか、私の糧と消えるか、好きに選ぶがいい!!』

「遺言はそれでよろしいですか? 主人の命です、その命ここで貰い受けましょう」


 そう嫣然と微笑んだ人物は、テトローイ領主に報告をしていた女魔神であった………





後書き


多くは語らない。すまないとだけ書かせてもらいます。

とりあえず、今からクリフォトの感想を返していきます。

駄目な作者で本当申し訳ない……

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