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第二十三話

『ガァアァアアッ!!』


 巨大な体躯が重力を食い破るかのように躍動する。魂すら振るわせる咆哮と共に、宙に舞い上がった巨体から渾身の爪撃が繰り出され、追っ手の一人を肉塊に変えてしまう。

 ブチブチと肉と筋繊維を引き裂く感触が伝わり、人であった頃の僅かな良心が悲鳴を上げた。

 それも刹那のことであり、ロザリーの言葉に掻き消える。


「私達を追うにはちょっと役不足なのだわさっ!」


 ヴラドがその肉体を活かし、比較的力の弱い追っ手を粉砕している間、ロザリーが頭一つ分実力が抜けた、黒いマントに身を包んだ人型の魔族を優々とあしらって見せる。

 気合一声。蛇腹剣が唸りを上げそのあぎとで対象を食らわんと襲い掛かった。


「……ッ」


 まるで変幻自在、その特性上鞭としての側面を持ちながら、剣としての切れ味を誇っている。長槍すら越える間合いを持つこの剣は、その要求技量を考慮しなければ破格の武器と言っていい。

 まるで見えない糸で操られるかのように、追跡者が無様に蛇腹剣を回避する。顔こそマスクで隠れて見えないが、その雰囲気が必死であることを証明している。

 地面を削り、波打つように襲い、蛇のようにクネリその鋭い刃で命を狙う。

 

「それっ! わたくしに構ってばかり居ると――――」

「ふところががらあきだよっ!」


 ロザリーが告げるより早く、暴力的なまでの筋力により生み出された純粋な脚力でエルが一瞬にしてマントの元に潜り込む。

 そのまま小柄な身体を利用し、クルリと慣性を誘導し回転、一際強力な裏拳がその腹部に突き刺さった。

 篭手による硬度の威力も付加され、その一撃は内側から肉体を破壊し、凄まじいダメージを相手に与える。


「――ガッ!?」


 口元から唾液が飛び散り、痛みに目が飛び出さんばかりに見開かれ、ガクリと膝をつく。


「さようならなのだわ。名も知らぬ追跡者さん」


 ひゅんっと風を切る音が鳴った瞬間、ごとりとマントの魔族の首が転がり落ちる。一瞬遅れ血飛沫があがり、エルが慌てて飛び退いた。


『片付いたか』


 ロザリーが恐らくリーダー格と思わしき魔族を屠ってからそう時を待たず、ヴラドが合流する。辺りを見回せば数名の死体が転がっており、緑豊かな草原に赤を添えているのが見えた。

 ヴラド自身もその白い体毛の何割かを赤に染め、口元と爪は特に酷い。力の消耗を抑え、炎の力を使わなかった為だ。

 今はまだ相手も出し惜しみしているのか、先程のリーダー格で指揮官級コマンダー。残りは兵士級ソルディアットというところだろう。

 十分ヴラドどころか、エルでも相手どれる階級レゾニアだ。空を見れば既に月が天を我が物顔で照らし、周囲は夜の帳に覆われている。

 逃亡一日目だが、どうやらとりあえずの所はなんとかなりそうだと溜息をヴラドが吐き出す。


「溜息は幸せを逃すのだわ、お兄様」

『この世界にもその言葉があるのか?』

「ためいきをすると、しあわせがにげるの?」


 エルがじゃあずっと溜息なんて吐かない! と幼い決意を込めるが、それをヴラドがただの気のもちようだとさとす。

 溜息を零す時は何か気持ちが負に寄っている事が多い、結果的に負の感情は嫌な思い、出来事を運びやすく、幸せが遠のくのだ。


「まっ、言葉は違うけど、この世界でも同じような諺とかはあるのだわ。それより、溜息なんてどうかしたのよさ」


 どうやら溜息うんぬんは切っ掛けであったらしく、本命はそれが聞きたかったらしい。


『いや、な。どうも上手く事が進みすぎてる気がしてならない。確かに気配絶ちの結界で時間を稼ぎ、距離を離れたのは良いが、結局追いつかれてしまったのは手落ちだろう。だが、分散させているのか、一隊ずつしか追跡者がこないのは妙だ。昼間と合わせれば二組。先発隊としても少ない。本当に私達を捕縛、ないし抹殺する気があるのか……』


 本当にこちらを殺す気なら、もっとマシな戦力を寄越してもいい筈なのだ。これではまるで、意図的に段階を得て追跡者の実力を上げているような、そんな気がヴラドには思えてならない。

 ほんの僅かだが、昼より先程の相手の方が実力が高かった。少なくとも、街の脱出時にロザリーが見せた魂術。あれを耐えられるレベルを追っ手にするのは常識だろう。

 それがこの様なのだから、何かしら向こうにも思惑があるに違いない。不気味なことこの上ないが、逆に言えばそれはヴラド達にとっては猶予でもある。

 

『目的地まで後三日か』

「リィール山脈地帯。丁度北と南を別つように聳える大山脈なのだわ。このまま北に北上すれば、いずれぶち当たるのよさ。特殊な地帯で、魔道具や魂術の効きが悪いから、逃げ込むには打ってつけなのだわ。つまり……」

『残り三日を逃げおおせれば私達の勝利、と言う訳か』


 こくりとロザリーが頷く。こうして話合っている間も、ヴラド達は草原を駆けている。リアンはロザリーが抱え、エルは首筋に跨っている。

 時速四十キロオーバーの速度は、心地よい風をヴラド達に運んでいた。


「そうなのだわ。それに、そこで会ったことはないけど、リィール山脈は蛇竜ナーガ一族の住処でもあると言うのよさ。ナーガの一族は魂術に長け、長は代々予知や占いを得意とすると聞くのだわ。この先の為にも、なんとか会っておきたいのよさ」


 蛇竜、じゃりゅう一族。その名の通り蛇のような半身に人型の上半身を持つ種であり、竜から派生した一族だと伝えられている。他との交わりを拒み、独自の文化と規律を重んじる種でもある。

 ロザリーがそう話すが、それはつまり、出会えても門前払いされるのではないのかとヴラドがいぶかしむ。

 

「心配ないのだわ。昔、一度ナーガの幼い娘を助けた事があるのよさ。閉鎖的だからこそ、一族は身内を大事にするし、受けた恩は忘れない。内心はどうあれ、頼みの一つや二つは聞いてくれる筈なのだわさ」

『なるほど。流石長生きはしていないと言ったところか?』

「し、失礼なのだわさ! これでも乙女なのだから、言い方ってものがあるのだわ! 抗議、抗議なのよさ!」


 挙動こそ怒ってますと言った風情だが、どうも見た目も相俟って迫力に欠ける。それに口程内心では怒ってないのも、それに拍車をかけた。

 時刻は既に零時を越しているが、二人が休む事はない。人間とは違い、その体力はまさに人外級、休息にしたって一日や二日でどうにかなることはないだろう。

 薄暗い、外灯の一つもない、月の光だけが頼りの草原の中で、ひたすらに三人と一匹はリィール山脈を目指し続ける………








『昨日よりは手強いかッ』


 ロザリーが追っ手の気配を読み取り、万全の状態で迎え撃ったのは良いが、その実力は確実に前回を上回っている。リーダー格含め、全員が指揮官級だ。

 振るわれた袈裟懸けの爪も、マスクに黒のマントと代わり映えしない二人の魔族に受け止められてしまう。

 ナイフと爪が交差する独特の音が響き、二度、三度と攻防が続く。


『チィッ』


 ざわり、肌に悪寒が走るのと同時、その四本の四肢で地面を強く蹴飛ばす。一気に数メートル程下がったのと同時、元居た地面が灼熱の炎に包まれる。

 熱風がヴラドにまで届き、ぶわりと毛を逆撫でた。炎には滅法強い肉体だが、生物としての本能が警鐘を鳴らしたのだ。

 空いた距離を詰めることもなく、追跡者達が続け様に魂術を発動させる。こちらが炎に強いと知らないのだろう、放たれた特大の火球を腕の一振りで消し去り、続いて迫った無数の見えない真空の刃を、振動を察知してギリギリで回避。

 最後の一人が放った氷の槍がヴラドを掠め、背中に浅い傷を作り出す。接触した部分がパキパキと音を立て凍り付いていくのを確認し、仕方なしに全身に炎を纏って氷を溶かす。


『錬度も確実に昨日を上回るか、厄介だな』


 チラリとロザリーに視線を向ければ、流石と言うべきかもう間も無く決着が付きそうだった。そうすれば程なくエルとロザリーが助太刀に来るだろう。

 そう判断し、無理に力を消費してごり押すよりは、時間を稼ぐことに決める。地面を蹴り出すのと同時、風の刃が側を通り抜けていく。

 移動にランダム機動を混ぜ、魂術の狙いをつけ難くする。右、左、斜め、時に宙と、凄まじい勢いで揺れ動く肉体は同時に強烈な過負荷、Gを与えてくる。


 人間であれば苦痛の領域のそれも、獣であり、身体能力に秀でた身でもあるヴラドには関係ない。三人で纏まる追跡者の周りをグルグルと円を描くように周りつつ、隙を見てその凶悪な爪を振るい、即座に離脱。

 ヒットアンドウェイで確実に相手に被害を与えていく。高速で駆け巡る為に、相手もどこから攻撃が来るのか分かり難い。体力の消耗こそ激しい動きだが、確実に足止めと時間稼ぎには有効だ。


「お待たせなのよさ!」

「エルもいるよ!」


 リーダー格の追っ手の首を刎ねるのと同時、ロザリーとエルが援護に来る。そのまま振るわれた蛇腹剣が、ヴラドと追っ手の均衡を遂に破った。

 撓り、弧を描いて襲い来る刃に一人が捕まり、呆気無くその右腕を斬り飛ばし、別の一人にはエルの怪力による拳が真横から突き刺さる。

 それでも撤退しようと無事な一名が前衛を勤め下がろうとするが、それをヴラドが許さない。正面から助走の勢いを得て威力の増した、鋭い爪を振り下ろす。

 キィーーンッ! と、追っ手の手に持っていたナイフと爪が交差し甲高い音が鳴り響く。ギャリギャリと音を立て逸らすようにヴラドの爪を受け流すが、真横から振るわれた蛇腹剣があっと言う間にその首を刈り取ってしまう。


『恨みはないが、追って来ると言うなら容赦はしない』


 そう口にし腹を庇って後退していく一人に追いすがり、そのまま無防備な背に爪を振るう。肉を断つ生生しい感触も一瞬で、あっさりその脊椎を粉砕し息の根を止める。

 別方向に逃げ出した一人も、エルに追いつかれその金属の爪で深々と心臓を一突きされ絶命。追っ手から零れた魂を吸収し、僅かながらも体力が回復したのを確認してから二人と合流する。

 そう時間をおかず、草陰に隠れていたリアンが飛び出してきて、無事に全員揃う。


『不味いな。次は恐らく騎士級ナイトが出張ってくるかもしれない。そうなると、基本の動きは変わらなくても、能力を出し惜しみ出来ないだろう。消耗も今までの非じゃなくなる』

「完全にこちらの動きを把握しているんじゃなくて、進行方向を予測して兵を差し向けているのか、追撃に間隔があるのが幸いなのだわ。早く山脈に入って、水浴びがしたいのよさ」


 汚れは魂術でも取り除けるが、爽快感と言う意味では水浴びには遠く及ばないとロザリーが愚痴を零す。その術にしたって、魂力を消費するのには違いなく、節約するなら使わないにこした事はないのだ。

 自称乙女であるロザリーからすれば、不衛生な今の状況はいささかに耐え難い状況と言えた。

 ヴラドも血塗れだし、エルも武器と衣服に血が付いている。血臭が染み付き、嗅覚はそれに慣れてしまった。

 エルはむしろご飯! と言った感じで追跡者から血を補給しているが、ヴラドとロザリーは丸一日は何も食べず、そして飲んでいない。

 ロザリーはともかく、構造的には獣であるヴラドにはいささかキツイ。周囲を見渡し、次からの襲撃は今まで以上になるなら、ここで体力を回復しておくのもいいだろうと結論づける。


『暫く休憩しよう。魂力も自然回復出来る範囲で使っていい。流石に水浴びくらいはしてもバチは当たらないだろうさ』

「流石お兄様! 話が分かるのよさ!! 服も洗っちゃうから、お兄様は向こう向いててなのだわ」

『エルの分も頼む』

「了解なのだわさ」


 諸手を上げて喜ぶロザリーが、にやりと笑みを浮かべわざとらしく衣服に指を掛け告げるが、ヴラドは動揺しない。

 見た目美少女であるロザリーの肉体に興味はないかと言われれば、あると答えるだろうが、家族に欲情はしないものだとヴラドはその強力な精神力で煩悩を掌握していた。

 クルリと背を向ければ、衣擦れの音が耳に届き、エルとロザリーの楽しげな会話が聞こえる。一見和やかな雰囲気だが、少し手前には死体が四つ並んでいるのを思えば異常だろう。

 まさに、異常こそが今の日常なのだと、ヴラドは再確認した思いであった…………





後書き


久しぶりの更新。本当に申し訳ないです^^;

時間はまぁまぁあるのですが、絵の精進とかにも割いてるので思うようにいかない……

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