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第二十二話



「お兄様ッ! 十二時の方向から接近してくる気配三つなのよさ!!」

『予想以上に早いな。増援の為の魂術が使われた気配は?』

「ないのだわ」

『と言うことは私兵か……よし、出来るだけ戦闘は避けたい。人ごみに紛れつつまくぞ』

「了解!」

「りょうかい!」



 短い会話の応酬後、ヴラドが全速力で路地裏からメインストリートへと躍り出る。その巨躯に似合わぬ俊敏さで石畳を踏み込み、エルがその首筋に抱きつき縦横無尽に襲い掛かる重力に必死で耐える。

 後ろにはロザリーがぴったりと併走し、その腕にはリアンが抱きかかえられているのが見えた。

 運悪くその巨体に吹き飛ばされた小柄な魔族が罵声を口にするが、ヴラドには何て言っているのか分からない。

 そもそもそんな余裕などなかった。どちらにせよ捕捉されているのなら、事態が悪化する前にこの街を出ようとヴラドは宿屋で話す。

 それに際し、一日だけ時間を置いた。理由はヴラドの肉体の把握。身体能力だけではなく、その有する特殊な力まで及ぶ。

 その間に何か増援を呼ぶ魂術。連絡系の術が使われていないかロザリーには注意してもらっていた。

 相手から妨害されていないと仮定するのなら、その手の道具や術は使われていない。そうして得た時間で街を出る準備を進め、今日、こうして宿屋を後にしたのだが……



「お兄様! 不味いのよさ……地の利は向こうにあるのだわ。気配、段々と縮まっているわ。このままじゃ数分もしないで接触するのだわさ!」

『市街地を巻き込む腹積もりか――? 最悪住民毎攻撃してくるならそれでいい。このまままっすぐ南門に向かうぞ』



 予想以上に相手の行動が早かった。念のために気配遮断の簡易結界すらロザリーが用意したが、それすら通用しない。

 ロザリー曰く、街そのものを網羅していれば、空白の空間が気配遮断で出来てしまう。それで感知されたのかもしれないと、そう口にしていた。

 街一つ手玉に取るようなのが少なくとも相手だと言っているようなものである。正直舌打ちの一つはしたいくらいだ。

 人ならざる者になり、生前ですら人を殺めた経験だってある。それでも可能なら関係ない者を巻き込むつもりはなかった。それは偽善ではなく当然。人としてなら当たり前の感情。

 結局はそれこそ甘えだったのだろう。こうして相手は住民を巻き込むはずはないと言う、平和ボケしてひよったヴラドの思考を嘲笑って真っ直ぐ向かってきている。

 だから切り捨てる。名も知らぬ有象無象を盾とするのを是とした。それで家族を守れるのなら、幾らでもヴラドは汚名も罵声も噛み締めて見せよう。

 辿り着く先が断頭台だとしても、それまでの過程で家族が幸せならばヴラドは迷うことなくその道を進む。



「パパ……」

『大丈夫だエル。私は誰にも屈しはしない。その為に力を求めたのだから』


 絶対強者。何者にも屈しない存在。それは昔から憧れたあまりにも遠い彼方。

 ――そして今。抗う力が私にはある……


「相手はきっと魔神なのだわ、今のお兄様では勝てないのだわさ。私を差し出せば助かるかもしれないのよさ」


 人波を縫うように駆け抜けるヴラド。その横に後ろから追いついて来たロザリーが、まるでヴラドの心を見透かすかのように息も切らせず口にする。

 その表情には覚悟が見え隠れしていた。確かに、相手にロザリーを差し出せばヴラド達は見逃してくれるかもしれない。

 ヴラドがその辺に居る有象無象と変わらぬ思考ならそうしただろうか。己こそが一番であると。自己中心的であればその選択肢を選んだだろうか。

 どちらにせよ。ヴラドがヴラドである限り、その質疑は意味を持たない。


『馬鹿な事を言っている暇はない。私が私であり、お前がお前である限り。私は何時までも守り続けてみせる――――家族とはそう言うものだ』


 今更何を言っているのかと。そうヴラドは思う。そんなこと、ロザリーと出会ってから幾度も口にしている。

 そしてそれを理解出来ない筈がない。だからこそ、何故そんな事を口にしたのかが分からなかった。


「ありがとうお兄様……」


 そう言ってにっこりと笑うロザリーは綺麗だ。今も四肢を動かし、広いながらも人通りの多いメインストリート。

 通る人々を時に巻き込んでの全速疾走。追いつかれれば戦闘は免れない。そんな状況に不似合いな笑顔。一瞬追われる者であることすら忘れそうになるが、瞬時に首筋に一層込められたエルの力で我に帰る。


「ぱぱ……」

『大丈夫。ああ、大丈夫だとも――』


 それはエルに言い聞かせているのか、それとも自分に言い聞かせているのか。

 口にしたヴラド自身よく理解してはいなかった………





 

「お兄様……」


 ロザリーの警戒した言葉がヴラドの耳朶に響いた。その原因もハッキリと認識している。

 あからさまな敵意が南門の目前。ちょっとした広場の先、門の反対側の雑踏から漏れ出していた。

 獣としての鋭敏な感覚がそれを感知し、ヴラド自身気づかずに毛がブワリと逆立つ。エルが同じ知性ある者から向けられる独特の敵意に戸惑い、ヴラドの首筋にギュッとしがみ付く。


『ああ分かっている。どうやらここまでらしい――』


(どうする? ここで戦闘するのは構わない。だが、相手の実力は不明。しかも戦闘中に新たな増援が来ては目も当てられない……だが背を見せていい相手でもないだろう)


 葛藤がヴラドを苛む。そもそもエルがこの状態で、ヴラド自身まともに戦えるのかも疑問。知性ある相手との戦闘は昨日一日で行った、ロザリーとの模擬戦くらいだ。

 それで相手を圧倒できると思うほど、流石にヴラドは能天気でもない。


 ――ならどうすれば……


「お兄様。安心して下さい。こちらを舐めているのか、どうも寄越した兵の実力、私程ではないのだわ。お兄様にも一歩劣るかもしれないのよさ。これなら戦わなくても切り抜けられるのだわ。だからお兄様、ロザリーを信じて欲しいのだわさ」


 真摯な瞳がヴラドの瞳と交差する。自信に溢れた声音。まるで悩むヴラドの心境を察して口にしたかのようなタイミング。

 葛藤は一瞬。そもそも家族は無条件で信じるものである。少なくともヴラドはそう認識していた。


『分かった。ロザリーに任せよう』

「ふふっ、有り難うなのだわ。それじゃあ、お兄様の為にも一発大きいの行くのよさっ!」



 そう言うとロザリーの肉体から新緑色の光が零れだす。高ぶった感情に呼応し、今まで抑えられていた魂力が可視化しだしたのだ。

 まるで陽炎のように揺らめく膨大な力に周囲の魔族がなんだなんだとざわめきだす。最盛期の半分にすら遠く及ばないものの、それでも魔神レベルの実力を未だ秘めるロザリー。

 存分に振るう。一握りだけが到達出来る領域。兄と呼んだ者の期待に応える為に、ロザリーは己の感情を高ぶらせる。

 その本気による力の解放はテイトローイがそれなりに大きな街と考えても、そう何度と見られる光景ではない。

 濃密な気配、重圧な存在感にヴラド達ですら驚く。封印されてなお力強い魂力の輝き。それなら最盛期ではどれだけの実力を保持していたのか、容易い想像を許してくれない。



「来たのだわ」



 ギャラリーが増え、遠巻きに広場の外周を埋め始めた頃、北門の方角からソレは現れた。

 黒いローブ。人型の筋肉質の肉体。背中に生えた漆黒の悪魔のような翼。このテイトローイの領主の館に居た女性と同じ種族だ。

 ヴラド達の視線と現れた三人の追跡者。その両名で視線が交わる。領主から放たれた追っ手と知り、更にざわめくギャラリー。それでも手を出す者はいない。

 厄介事はすべからく己で解決せよ。力こそ全てのこの世界の常識である。状況を見守ろうと静まるギャラリー。

 瞬間、グッ――と。追跡者の肉体に力が篭り、踵に爆発的な力が込められたかと思うと、人間では不可能な速度でそれぞれヴラド達に肉薄してくる。

 瞬く間に詰められる距離。僅か百五十メートル程度しかなかった距離は、数秒もしないで零になるだろう。



「大地よ大地。私の名は“深緑の魔神”。名に従いその力を示しなさい――『隆起セシ緑(フォ・エライアス)』」


 零になるより早く、最速で紡がれた力ある言葉がロザリーの魂力を食らい、定められた事象を解き放った。

 一瞬だった。言葉が終わるのと同時、地面が揺れたかと思うと石畳が裂けた。まるで奈落のようにぽっかりと口を空けた大地は三人の追跡者を飲み込む。

 それで終わるかと思った瞬間、“地面が爆発した”。緑色の何かが地響きと共に裂け目から次々と飛び出し、何十メートル。いや、百メートルにも達する巨木を生み出していく。

 見ればその枝葉が追跡者を拘束するように絡み付き、そのまま飛び出す巨木の中に消えていった。


『これが、魂術……』

「おねえちゃんすごい……」

「昔なら、森一つ生成してみせたものなのだわ。さっ、お兄様行きましょう。グズグズしていては相手の思うつぼなのよさ」

『ああ……そうだな。エル、しっかり掴まっていろ。少し速度を出すぞ。折角ロザリーが作ってくれた時間だ、有効活用しない手はない』

「うんっ!」


 ロザリーの魂術に目を輝かせたエルが大きな声で頷き、ヴラドにぎゅっと力強くしがみ付く。それを確認し、巨体に見合った鋼のような筋肉が凄まじい推進力を生み出し、一陣の風とヴラドは化す。

 その後ろから追走するロザリー。急に出現した直径百メートル四方の自然林にギャラリーは驚愕し、誰もがヴラド達が門を抜けた事に気づかなかった――――





「放った三名、追跡に失敗した模様です」

「ククッ。所詮は兵士ポーン。幾らでも補充の利く駒に過ぎない。次はもう少し実力の高い兵を四名選び追わせろッ!」

「ハッ!」


 館の主。テトローイの領主の命に前回報告した女性が頭を垂れて謁見の間を後にする。

 それを見届ける事無く立ち上がり、鋭く尖った犬歯を剥き出しにして領主は笑う。


「どこまで逃げ切れるか一興よ。ふふ、ふは、ふはははははっ!!」


 暗幕に包まれた部屋の中、ヴラド達が街をまんまと抜けたにも関わらず不気味な笑い声を領主は上げ続けた………





後書き


次はもうちょっと早く更新しようと思います。スランプには負けていられません。


そうそう、何かVRMMOモノがちらちら流行りだしたようなので当方も触手伸ばしてみました。

〔電脳世界で踊れ〕と言うタイトルです。結構本格派のVRMMORPGを目指そうと思っています。

コンセプトはオンラインゲームがやりたくなる、です。少しでも思ったら作者の勝ち(誰と戦っている)

まだ二話ですが、次からゲームに行きます。よかったらそちらも目を通してやってくれると嬉しいです。

軽いVRMMOモノじゃないので、なろうではウケはよくないかなぁと心配ではありますが。

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