第二十一話
『さて、収集した情報を纏めるとしよう』
ヴラドの言葉にその場の全員が頷く。進行役はヴラド、訂正役がロザリー。エルとリアンは観客扱いである。
それぞれが思い思いの体勢で話し合いに望む準備を進めていく。
自分の泊まっている部屋より持ち出した“ソファー”に寝そべるロザリー。ヴラドが横になっているのをいいことに、その腹を枕にするエル。
そんなエルの腕の中で丸くなるリアン。これからの情報共有はまさにこれからに影響を与えるかもしれないと言うのに、いささか以上に緊張感に欠ける二名と一匹。
話し合いには広い方がいいと、ヴラドの部屋で行うこととなったのだが、来た早々に始まった全員のこの態度にヴラドは密かに内心溜息を零す。
「ん? なんだか浮かない顔なのよさ、お兄様」
「パパ?」
そんなヴラドの表情を目敏く感知したロザリーとエルが口を挿む。
『いや、何でもない。それでは集めた情報を共有するとしよう……』
内心でその鋭さを場の空気を読むのに使ってくれと思いつつ、ヴラドはテイトローイ内で集めた情報を纏めだした。
『今日一日で集めた情報で特に重要なのから話そう』
そう切り出しヴラドは話し出す。
『まず、この街テイトローイは千年程の歴史を持つ街だ。比較的浅い歴史の街と言っていい。そしてこの街は世界でも数多ある“独立都市”の一つらしい』
独立都市。それは国に属さず自治権を認められている都市を指す。実際のところ国の支配権が及んでいないだけ、と言う場合もこれを指す事がある。
そもそもが国と言う概念が薄い為、比較的この独立都市の数は多い。そして国も数は多いが、どれも小国と言ったところだ。
調べた範囲で大国と呼べるのは二国のみ。一方を“エルヴンレイン”、もう一方を“フィルデルア”と呼ぶ。それぞれ魔神でも最高位に位置する存在が治めているらしく、領土は拮抗、にらみ合いの状態である。
そしてテイトローイは二つの領土に重ならない。位置的にはエルヴンレインが北、フィルデルアが南で、今の場所が中央だと思えばいい。
それらを話すヴラドの言葉に皆が頷く。エルだけが一部理解していない様子だが、ロザリーが噛み砕いて説明すればその表情に理解の色が浮かぶ。
『そしてこの独立都市テイトローイはここ数百年で大きく成長している。理由はなんだと思う?』
「領主の交代なのだわ」
ヴラドの質問に、予め同じ場所で情報を聞いていたロザリーが答えを口にする。
『その通り。ここの領主は丁度約五百年程前に交代している。そしてそれからのテイトローイの成長は、まさしく破竹の勢いと言っていい――』
そこで一度言葉を区切ったヴラドの表情には苦いものがあった。見ればロザリーも似た表情を見せている。
一人、エルだけが理解出来ず首を傾げ、早くと先をさとす。どう見ても良い情報ではないのだが、好奇心が刺激されるらしい。
『つまりだ。領主の交代はロザリーの封印の時期と重なる。これの意味するところは……』
「私の監視なのだわさ」
『そう。万が一ロザリーの封印が解けたとき、逸早くその情報をつかむ為である可能性が高い。そもそも樹海に近いこの街を、封印した組織が利用しない手はないだろう。事前に考えれば分かる道理だが、どうやら相当樹海の生活で思考が飛んでいたらしい。家長として私の判断ミスだ、すまない』
ロザリーが引き継いだ言葉を肯定し、そのまま苦しげに言葉を吐き出したヴラドは心から謝罪する。
家族と言う言葉、絆を誰より大切する為に、未然に防げた筈の今の状況は酷くヴラドを苛んだ。明らかな思考力低下。今の彼を若かりし頃の彼が見れば、恐らくは見るに耐えないと落胆を示すことだろう。
「ぱ、パパのせいじゃないよ! だって、パパはずっとエルといっしょだったんだよ。このまちだってしらなかったんだから、あたりまえだよ!!」
「そ、そうなのよさ! それに、それを言うなら一番考えに及ぶべき私がそれを見逃していた事がいけないのだわ。お兄様が謝るのは筋違いなのよさ!?」
エルもロザリーも、どうやらヴラドが家族と言う括りに並々ならぬ執着心があると気づいており、慌ててフォローに入る。
確かにエルの言うとおりだろう。この世界にヴラドは確固たる文明があると、半ば疑問視していたくらいだ。
しかも衝撃的なロザリーとの出会い後に知ったことも考えれば、エルの言葉通り仕方ないとも言える。
ロザリーの話も尤もに違いない。一番に今の状況を察せられたのは間違いなく彼女だ。そう言う意味では彼女にも咎があると言える。
それでもヴラドに届かない。いや、届いてはいる。二人の言葉は確かにヴラドの気持ちを和らげてくれた。
それでも己を責め苛む思いは決してなくなりはしない。なにせ、その積み上げた思考と思いは実に八十年にも及ぶのだから。
生半可な事ではその考えも価値観も変わることはないし、そもそもがヴラド自身変えようと言う気を持っていない。
『ありがとう二人とも。私は君達のような家族を持てて、きっと幸福者だろう。二人の言葉は正しい。だがそれは結局ダイスの一面からみた事象に過ぎない。事実は一つではない、そして答えも一つではない。エルの言葉も答えであり、ロザリーの言葉も答えでありまた事実だろう。だが、私が未然に今の状況を防げたのも事実であり、また、家族を危険に晒してしまったのも真実だ』
その言葉に宿る力はまるで他の言葉を阻む程に強い。そしてなまじ言っている内容に一理あるためロザリー達は思わず口をつぐんでしまう。
そこに少なからず――エルは父に思われる事への嬉しさ――が、そして――ロザリーは折角手に入れた家族の、その源泉を壊すことへの恐怖――が含まれているだろう。
一瞬で少しの気まずい雰囲気に包まれる場だが、それをなしたのがヴラドであるのと同時、壊したのもまたヴラドだった。
『まぁ。だからと言ってうじうじしても何も始まらない。幸いここから次の街へはかなり距離がある。少なくとも増援の心配はしなくてもいいだろう。ロザリー、ここから別の街へ連絡を即座に取るのは可能か?』
「か、可能なのだわ。でもそれには高度な魂術か、それを込めた魔道具が必要なのだわさ」
『そうか……』
先とは一転し、鋭い声を発するヴラドに思わず戸惑いつつもロザリーが答える。それを聞き、ヴラドが思案顔を見せた。
脳内ではこの先どのような手を取るべきかが思考される。生前学んだ技術に“分割思考”と呼ばれるものがあった。
才能がなかったのか、二つまでの分割が限界であったがそれでも今のような状況では非常に力強い技能である。
巧みな戦闘者は戦闘中でもそれを行い、常に先を予想して戦う。ヴラドの思考はまさにソレに通ずるものがあった。
暫く。時間にして数分程沈黙したまま瞳を伏せていたヴラドだが、おもむろに瞳を開くと口を開いた。
『前程としてまず、既に私達は捕捉されていると考えよう。最悪樹海辺りから何かしらの目で見られていた可能性も否定出来ない。未だ接触してこないのは疑問だし、幾つか理由が挙げられるが今は無視しよう。ロザリー、魔道具の使用あるいは魂術の使用を察知出来るか?』
「可能なのだわ。ただし、今の私は全盛期とは比べるまでもないから、妨害された場合はその限りじゃないのよさ」
『なら他者から気配、あるいは行動を隠蔽する為の結界のようなものは可能か?』
「それも可能なのだわ。でも、結局は今の私以上の実力者に妨害されたりすればオシャカなのよさ」
『ふむ……』
ロザリーから得た情報を元に、先ほどまで考えていた思考を修正していく。そして更にヴラドはロザリーに質問を重ね、エルにも意見を求める。
その度に脳内で浮かぶ形は削られ研磨されていく。己の思考を多角的に分析し、そこに主観と客観の差異を補正する。
幾つもの案を束ね、そこからより妥当だと思われるものを結び、二人に質問をしては修正していく。
それは生前教官がよくおこなっていた思考理論だ。残念ながらヴラドは教官に一歩も二歩も及ばないレベルでしかこれを会得出来なかったが、少なくとも免許皆伝は貰っている。
一つの思考を主観とし、分けた思考で客観的に多角的にソレを見上げ形を整えていく。
時間にして一時間近く。ようやく形になったソレをヴラドはそれでも不安に思う。なんせ情報が足りない、作戦はどう繕っても穴が多い。それでもやらなければいけない……
『ロザリー、結界を頼む』
「了解なのよさ!」
日本語ではない、恐らくはこの世界の言語で何かを呟いた直後、部屋がなんともいえない不思議な圧迫感に包まれる。
本能的にそれが結界だとヴラドは理解し、己が拙いながらも編み上げた作戦を相手に気取られる前に話そうと、全員に話だした――――
後書き
12/4 挿絵いったん仕舞いました。
ギャルゲ塗りで塗りなおししようと思います。