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第二十話

小父おじさん。その串三本欲しいのだわさ。一本は出来たら特大だと嬉しいのだわ」

「オジさんはちょっと酷くないか? 見たところ、嬢ちゃんも結構な歳だろう」

「ちょっと小父さん? 仮にもレディに対して、それはないのよさ。こんなに可愛らしい娘、そうは居ないのだわ――」



 テイトローイの中心部。街の区画がぶつかる巨大な円状の広場の東に位置する一角。

 その中で鳥人間と称するしかないような、体長二メートル強の人物がやっている出店でロザリーは会話していた。

 と言っても、ヴラドとエルには会話の内容はさっぱりである。なんせ都合のよい翻訳コンニャクなんて食べてないのだから、この世界の言語が分かる筈もない。

 黙って広場の中心。人物を模しただろう巨大な像の前でごろりと腰を落ち着ける。幸い周囲は芝生となっており暖かな日和とあいまって心地が良かった。

 猫のようにくぁっ! と大きな欠伸をする。ヴラドがやるとそれも随分な迫力なのだが、知らぬは本人ばかりである。

 暫くすると出店の店主から四本の串を貰い、数枚の銅貨らしきものを支払ったロザリーが、やけに大きい一本の串でバランスを取るのに悪戦苦闘しつつ向かってきた。



『それはもしや私のか?』


 目の前に来たロザリーが「早く受け取ってなのよさ!? た、タレが!」と口にするのを無視して問う。


「そうなのだわ。店主ったら、大きなの一つって言ったらこんなのを寄越したのだわさ……て、早くしてなのよさ!?」

『すまないすまない』


 内心でロザリーの慌てる姿が面白くからかっていた事を仕舞い込み、一メートル程もある馬鹿げたサイズの串にこれまた負けじと巨大な口で齧り付く。


「わっわっ!? 私まで食べられるかと思ったのだわさ!」


 いきなり齧り付かれビックリするロザリーを尻目に、器用に前足で串の根元を押さえつけてその肉に牙を突き立てる。

 タレの香ばしい香りと味が口一杯に充満し、更に染み出た肉汁が口内を満たす。鳥のような淡白さでありながら、牛のように肉汁が滴る肉だ。

 食材が何かは分からないが、この味なら地球で出しても中々の人気が得られそうだと次々と胃におさめていく。

 

「とと、お兄様の食べっぷりに見惚れている場合じゃないのよさ。はい、こっちはリアンとエルの分なのだわ」


 そう言って差し出された通常より大きめの串と、通常サイズの串をエルとリアンに手渡す。


「おねえちゃんありがと!」

「にゃー!」


 打算の含まれない、純粋な感謝の言葉にロザリーが気恥ずかしそうに頬を掻く。

 黒歴史として封印したい過去は、何かと一人で居る方が多く、感謝の言葉なんて殆ど無縁であった。


「どういたしましてなのだわ。さっ、冷めない内に食べるのよさ」


 ロザリーの言葉にこくりとエルが頷き、小さな口を懸命に広げ齧り付く。

 一本でも十分な量になるよう、通常より大きめのサイズの為、ロザリーはともかくエルには中々に大きく感じられるだろう。

 それでも一口味わうのと同時、その美味さに驚愕の表情を見せる。


「おいしい……」



 エルの呆然とした呟きにロザリーも串に噛り付く。どうやら肝臓などの臓器系も刺してあるらしく、その食感、歯ごたえがまた嬉しい。

 適当に匂いに釣られて選んだ店であったが、どうやら当たりを引いたらしいと内心で満足げに頷く。

 暫く会話もなく、全員がそれぞれに食べ終わるまでその味を楽しんだ後、時刻も午後に差し掛かろうとしていた。

 太陽は真上に差し掛かり、陽射しが容赦無く道行く者達に照りつける。雲の一片も見当たらない見事な快晴だ。

 そんな青々とした空を眺めた後、ヴラドがようやくその腰を持ち上げた。それこそ猫のように背筋をグッと伸ばし、肉体の変化のせいか、気を抜けば日向ぼっことでも洒落込みそうになるのを内心叱咤する。



『さて、適度に腹も満たした。情報収集の続きと行こう』

「了解なのよさ!」

「りょうかいなのよさ!」

「ナー!」


 エルがロザリーの珍妙な口調を真似ては威勢良く返事を返す。

 一瞬、このままじゃ本当に口調が移りかねないのではと心配するも、それもまぁエルの判断かと思い直し歩き出した……







 ヴラド達が現在の情勢に関する情報などを収集している間、ひっそりと監視していた人物が主の館へと舞い戻っていた。

 まるで城かと錯覚するほどに豪奢な内装。金や黒、はたまたシルバーの輝きに溢れ、使われている材質も一級品。

 屋敷自体も広く、テイトローイの中央広場から近くに門を構えている事からも、その館の持ち主が只ならぬ者であると推察出来た。

 中心部は街でも権力者や富裕層が居を構える地である。

 

「ご報告致しますっ!!」



 屋敷の謁見室と呼ばれる間。その扉から真っ直ぐに敷かれた真紅の絨毯。その上で片膝を付き、頭を垂れて一人の女性が口にする。

 見た目は人と変わらず、それこそロザリー並みだろう。ただ一つ相違点を挙げるとすれば、その背中には雄々しい翼が生えている事だろうか。

 黒に近い茶。左右で己が身にすら匹敵するその翼は、どこか蝙蝠のようでありながら、それより遥かに頑強で力強い。

 ヴラドが見れば、この者を恐らくは“悪魔”と称したに違いない。纏う黒い質素なドレスに反し、その見た目の秀麗さと気配は一角の人物だと彼女を知らしめている。



「ほう。お前が我の前に直々に報告に来るのは久方振りだな。話せ」

「はッ!」


 頭を垂れる先。まるで玉座の間のように、数段ある段差の上の置かれた装飾華美な椅子に座した人物が、渋みのある深いバリトンの声で女性に声をかける。

 それに一瞬緊張したような様子を見せ、すぐさま報告を告げるべく口を開いた。


「主が少し前に感知された封印の決壊。恐らくは間違いありません。本日テイトローイ内にて“深緑の魔神ロザリンド”と思わしき人物を発見致しました……」


 そこで女性が先を言おうか言うまいか逡巡を見せる。基本的に彼女の主は簡潔で、余分なものを排した報告を好む。

 ゆえに、重要度が低いとも高いとも言えない微妙な内容を話すべきか悩んでしまった。

 

「よい、そもそも貴様を差し向けたのも我だ。今回は子細漏らさず報告せよ」


 窓硝子に張られた暗幕のせいか、座上の人物は不気味な薄闇に包まれその姿を垣間見る事が叶わない。

 それでも身動ぎし、片肘を付いて顎を乗せたのは見て取れた。その口元にはうっすらと笑みさえ浮かんでいる。


「ハッ……発見しました深緑の魔神、ロザリンドですが。どうやら仲間を得たのか、複数名で行動している模様。どの者も恐らくは魔族と思われ、ロザリンドを抜かせば炎を纏った獅子と思わしき者が一番の実力者かと。また、未だ幼い身ではありましたが、少女が一名。恐らくは主の同胞ではないかと思われます。最後に同じく幼いようですが“ライカン”が一匹。計三名を連れているようです」



 そこで一度区切ると、深く深呼吸をする。主が放つ空気は重く、否応なく身が強張ってしまうのだ。

 種族としての性質は主と近いものを彼女の種は持つが、生まれながらにして高い潜在能力ポテンシャルを有する主の種族とは比べようも無い。

 そんな中でも主は齢数千の時を生きる魔族であり、その実力も威風もまさに“魔神”と呼ぶに相応しいものであった。

 テイトローイを治める領主であり、野心家である彼はまさに覇道に生きる人物である。

 そんな人物を主に持てることを彼女は誇らしく思うのと同時、無様を見せれば容易に己が命運が尽きるのも知っているが為に、慎重に呼気を整えてから再び話し出した。



「肝心のロザリンドですが。封印の影響か、魂術を用いたところ、かなりの弱体化を受けているようです。あの様子ならば、ギリギリ魔神としての実力を保持しているかどうかでしょう。また、次に実力の高いと思われる獅子も、精々が“騎士ナイト級”止まり。障害になるレベルではないかと思われます」


 そこまで言い切った後、一歩下がり再び膝と頭を垂れて言葉を彼女は待つ。報告を全て聞き終わり、座上の人物が一人考え込む。

 滲み出る喜悦は女性にまで届き、漏れ出る覇気がその身を強張らせる。何が彼をそこまで掻き立てるのか、普段そこまで感情を表に出さない主に彼女は疑念を抱く。

 

「下がって構わぬ」


 いきなり掛けられた言葉に彼女は戸惑った。予想していたものと違ったからだ。

 てっきり魔神に届かぬ身とは言え、仮にも准男爵級の実力を保持している己にロザリンドの身柄の拘束。

 あるいは邪魔者の梅雨払い。最悪でも監視の続行を言い渡されると思っていたのだから。


「畏まりました……」

 

 それでも口に出掛かった“何故”の言葉を呑み込み。彼女は静かに部屋を後にした。

 迂闊な発言は己の首を絞めるのだと、ここ数百年で彼女は学んでいる。



「さて、ロザリンドよ。精々束の間の平和を享受するがいい……」


 そう言って何時の間にか手にしていたワイングラスをグッと握り込み粉々に砕く。硝子片が散り、ワインにしてはやけに赤い液体が絨毯に飛散する。

 まるでロザリーの肉体を同じように砕いてみせると言わんばかりの意気込みが、その一撃には感じられた。

 砕け散ったグラスには構わず、その裏に赤の生地を裏打ちした黒のマントを翻し、椅子の奥にある私室へと館の主は静かに消えていった。




 



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