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第十九話

 ヴラド達は今テイトローイの街を見回っていた。大まかに東西南北で四つの区画が存在するテイトローイの、その一つである商業区と呼ばれる場所だ。

 他にも工業区、一般区、宿泊区と分かれており、中心地はそれらの特色が交わる大広場ろなっている。

 そんな中で東の区は街のあきないの中心地であり、殆どの店がその区画に集中している様は中々に圧巻であった。

 


『それにしても、こう改めて見るとやはり地球とは違うのだな』


 街を十字で走り抜ける大通り、その商業区に走る東のメインストリートを歩いているヴラドが思わずと口にする。

 右を見ても人、店、左を見ても人と店。飛び交う商人魂逞しい呼び込みの声。まるで日本でも度々ある祭りの真っ只中のような雰囲気だ。


「それはそうなのだわさ。人種だって多種多様なのだわ」


 そう言われエルが好奇心に輝く瞳で周囲を見渡す。それをヴラドが歩く者にぶつからないよう身体で守ってやる。それだけ人通りの多い道なのだ。

 幅は優に数十メートルもあると言うのに、人と人の幅が一メートルと無い事も多い。更に言えば、その体躯も小柄な者からヴラド以上の者まで、まさにロザリーの言うとおり多種多様。

 

『もっと文化水準は低いと思っていたが、所々は目を見張るものがあるな』


 ヴラド視線の先には魔法の恩恵か、少ない商品ペースを確保する為、宙に浮いた皿に果物らしきものを置いている露店商。

 他にもクーラーの代わりに冷却らしき魔法で鮮度の保たれた魚介類、肉類。シートに置かれた色鮮やかな、しかし見事な意匠を凝らした服の数々、宝石らしきものを使用したアクセサリー。

 見るからに怪しげな材料を売る店。明らかに魔法関係だと思われる品を扱う露店。

 ヴラドが当初予想していたより随分と確立された文明のように思える。


『それにしても……』


 一度立ち止まり、全員がどうしたの? と言う表情を見せる中でヴラドは周りをもう一度見渡す。

 今度は建物や技術、売り物などではなく、“歩いている”人々を観察していく。するとどうだろうか、この世界の者には有り触れた光景なのかもしれないが、すくなくともヴラドには強烈な違和感が感じられた。

 

『もしや純粋な“人”は存在しないのか、この世界』


 瞬間立ち止まったヴラドを追い抜いていった人物に目が行く。

 身長二メートル少し。屈強な体躯、頑強そうな鱗、見たままを言えば直立した蜥蜴トカゲが歩いている。

 エルは意味が分からず首を傾げ、リアンはそんなエルの腕の中。ただ一人、ロザリーだけがそう言えばそうだったのだわ。なんて表情を見せた。


「とりあえず脇道に入るのだわさ。ここでは通りの邪魔になるのだわ」


 ロザリーの提案に従い、一行はメインストリートを繋ぐ円状の細い道の一つに入り込む。

 ものの数分程度で華やかな喧騒は遠のき、静かな静寂が場を包む。周囲も寂れた店が多くなり、歩く者も極端に減ってしまった。

 そんな路地の一角。丁度置かれたベンチのような椅子にロザリーはちょこんと座り込む。

 エルがそれに続き、ヴラドはその前でごろりと横になる。幸い路地とは言え、石畳の通路はそう汚れが目立たっていなかった。


『先程の事だが、やはりこの世界に人は居ないのか?』

「簡潔に言えばその通りなのだわ。尤も、普通に考えれば地球の環境と進化で辿り着いたあの形が、他の星で見られる方が異常なのよさ」

『確かに……だが、それだと進化論的に人の姿に近い存在が生まれるのは奇妙ではないか? ロザリー、君だって耳や髪の色などを除けば人と殆ど変わらない容姿だ』



 ヴラドの言うとおり、人は猿から進化したからこそあのような姿を得ているに過ぎない。

 それならば、まったく別の過程を辿ったであろうこの世界の者達が、人と酷似した姿を持つのはいささか都合が良すぎると言うものだ。

 そしてロザリーの容姿は告げたとおり、人とほぼ変わらない。耳が少しとがっており、人にはありえない髪色などをしているくらいだろうか。

 人の髪は基本的にシアン系、つまり青系統は混じらない。

 ヴラドの問いはエルには難しいのか、ベンチの上で疑問符を頭上に浮かべたような、なんとも言えない表情を見せている。

 


「地球でのわたくしは、残念ながらそこまで頭が良くなかったから、なんとも言えないけど。可能性でいいのなら説明は出来るのだわ」


 ロザリーの言葉にヴラドが軽く瞠目する。それは予想外の内容だった。

 言わばヴラドの問いは答えを望んだ類のものではなかったのだ。あえて言えば、知的好奇心が一番に近い。

 それを可能性とは言え、ロザリーは答えられると言う。頭は良くないと言うが、この世界でのロザリーはそれでも千年単位で生きている。

 相応の知識は蓄えていると言うことなのだろうか。そう思考しつつ、ヴラドが続きを黙ってさとす。


「これはあくまで私の想像だけれども。この世界のシステムはかなり特殊と言えるのだわさ。そもそもが、本来無い長い時を掛けて到達する進化と言う領域を、それこそ僅かな期間で飛び越えるなんて可笑しいのだわさ」



 それはヴラドも疑問に思っていたことだった。進化。それは言葉だけ聞けばなんてことないように思えるが、実際はそれこそ途方もない時間を掛けて行われる境地に他ならない。

 数万、数十、数百万年。そんな信じられない時を経て得られるものを、この世界ではまるで鼻でせせら笑うように飛び越えてしまう。

 ヴラドの最初の不定形たる種が、純粋な進化で今の形態になろうとすれば、それこそ数千万年以上もの時を要するかもしれない。

 確かにロザリーの言うとおり、それは異常なことではあるが、今となっては疑う余地もない。異世界の中にはそんな法則なりなんなり、存在していてもおかしくないとも思える。

 そんなヴラドの思いを察したのか「まっ、話しはこれからなのよさ」と、そう口にしロザリーが続きを話し出す。



「私は様々な理由から、この星には意思があることを突き止めたのだわ。その意思がそれなりに自我にも近いものであるとも。つまり、この進化と言うシステムはその意思によってもたらされたものなのではないのかと思うのよさ。そして、星となる前のその意思の肉体が人に酷似していたら?」


 ――ある意味果てである意思の元の肉体。それに引きずられる可能性もあるのではないかと、そう思えはしないのだわさ?


 と、そう小さくロザリーは口にした。が、それは荒唐無稽に過ぎるとヴラドには思えてならない。

 それはロザリーも承知しているのか、一度苦笑を浮かべる。


「他にも、進化の安定系があるいは人の姿なのかもしれないのだわ。物質に安定、エネルギーにも安定状態があるように。生物として究極的には人の形こそが安定系であり、進化の過程でそれに引きずられる。あるいは自然にそれを目指す、なんて可能性もあるのよさ」

『なるほど……』



 それは先の理論よりは遥かに可能性の高いものであった。確かにものにはすべからく安定状態と言うものが存在している。

 それを進化にも当て嵌め、安定状態が人であるのだと思いつくのは普通では無理だ。

 無論、それが当たっている可能性は低いかもしれないし、どうして安定状態が人なのかという疑問にだって答えなければならない。

 それでも考えなければ始まらない。そしてロザリーの意見は可能性としてはそう極端に低いものではなかった。魔法がある以上、化学的根拠だけが真理ではない。

 だが、どうもヴラドには前者と後者の意見が繋がっているように感じられる。それは思考の末の答えと言うよりは、進化の際の宿った知識に近いだろうか。

 漠然とした感覚として、一見別に見える二つの意見が近いものであり、答えを共有しているように思えるのだ。

 


「お兄様……?」


 ふと、ロザリーの意見に悪癖である思考の海へとダイブしていたヴラドの意識が引き戻される。


『すまない。少し考え事をしていたようだ』


 俯いていた顔を上げればロザリーも訝しげな表情を元に戻す。


「まっ、どちらにせよ確かにこの世界に純粋な地球人に該当する種は存在しないのだわさ。それどころか、私のように、人と変わらないレベルの姿を持つ種もかなり少ないのだわ」


 ロザリーの言うとおりであった。メインストリートを歩く間、ヴラドは様々な種族を目撃したが、人と変わらない姿を持つ者を見たのはほんの数名だろうか。

 後は先の蜥蜴人間リザードマンのように、人を模した出来損ないのような種。あるいは純粋にヴラドのように人とはかけ離れた姿の、何かと言うと魔獣に近い姿を持つ者ばかり。


『まぁ、好奇心から聞いたことではあったが、それなりに面白い話ではあった。今日の目的は情報収集だろう? そろそろメインストリートに戻ろう』


 そう告げるとエルがたっ! とベンチから飛び降り、そのままヴラドの背中に飛び乗る。


「えへへ、エルおなかすいたよパパ」


 首筋に抱き付き、その燃え上がるたてがみの不可思議な感触を味わいつつ、小さく主張する腹の虫にエルがご飯を強請る。

 言われて見れば、酒場より既に数時間が経過していた。ヴラドやロザリーはともかく、食べ盛り、成長盛りのエルが腹を減らすには十分な時間だろう。


「それじゃあ、さっきの大通りにもどって、適当に何か頼むのよさ。私もこの五百年で変化した料理、興味があるのだわ!」



 エルの一言で目先の行き先が決定し、ヴラド達は賑やかで華のある。喧騒のたえない大通りへと戻っていく。

 そんな一行の後方十数メートル背後。ヴラド達を寂れた店の影から監視していた一人の人物が、音も立てずにそっとその場を離れていった……






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