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第十七話

 ―――異世界に行ってみたい。

 そんな荒唐無稽な妄想を抱いてから幾許かの月日。高等部三年の半ば、遂に少女に転機が訪れた。ようやく寝込む事も減り、未だ薬の服用を続けながらも時折登校するようになった頃。

 医学会でちょっとした革命が起こった。それによりもたらされた革新的技術の数々。その中には少女の病気は無論、半身すら取り戻せるものも含まれていた。

 一般より逸早くその情報を嗅ぎ取った家族は誰もが歓喜する。その新技術が安全に使用出来るまでは今しばらく掛かるだろうが、それでも数年と掛かりはしないだろう。

 両親は泣いて喜び、兄は涙を堪え、姉は少女に抱きついた……

 


 ―――ああ……神は少女をお見捨てにならなかった。



 誰もが抱いた感情、想い。それほど少女を含め、家族はこの情報を待っていたと言える。

 少女が十八の年を刻む頃の話だ。そしてその顔に笑顔が舞い戻る。


(ちょっとした不幸から病気が治るどころか、更に不運に見舞われる。でも、それは奇跡的に完治して……まるでどこかのヒロインのよう)


 そう笑顔の裏で思考していたが、それは些細な事。最早少女の半分現実と同化した妄想は矯正出来るレベルではなかった。

 表に決して出ない妄想。脳裏でひっそり楽しむそれは家族にすら知られていない。いまや少女の隣室の半分以上はライトノベルやファンタジー小説で占められていた。

 それこそ好きな小説であればその台詞を一言一句違えずに諳んじる事が出来る程に。


 だがしかし。残念ながら運命の女神は決して少女を逃してはくれない。

 それは体調もよく、気分も上々。新たな小説の発売に心躍らせ、ネットから取り寄せることなく、自ら買いに行こうと珍しくも思ったとき。

 神の見えざる腕は時に唐突に不幸を運んでくる。死神の鎌は常にその首筋に宛がわれている。冥界へと続く奈落の口は何時でも足元に潜んでいる……




『――未明、XX市xx区の交差点で交通事故が発生。これにより一名が重症を負い、病院に搬送されるも……』






「ここ、は……?」


 ふと目が覚め周囲を見渡すと、そこは私に身に覚えのない場所。どこかの家屋でしょうか。

 粗末な小屋らしき建物の中、その襤褸と言って過言ではない一室の、これまた擦り切れたシーツを被せてあったベッドに私は横たわっていた。

 混乱の極致に立たされているかのような激しい困惑が私を蝕む。


「えっと……私はたしか――――ッ!?」



 どうしてこんな所に居るのか。それを思考しようとした瞬間、凄まじい激痛が私に襲い掛かった。

 まるで火鉢と化した脳を直接掻き回すかのような、灼熱の熱さと狂おしい程の激痛。同時に次々と思い出される記憶。

 “私”の最後。書店までもう少しのところで聞こえたエンジン音、一瞬の衝撃、身体の内側から何かがバキバキ、グチャグチャと砕けちる音。信じられない程の痛苦、あっと言う間に消え行く意識。

 そして“私”と“あたし”の記憶。まるでデータの流出でも起こったかのように、次々と知っている記憶と“知らない”記憶が私の脳裏で再生されていく。

 その膨大な情報量と際限なく増していく苦痛に、ドサリと木製の床に倒れこみ、私は起きて早々あっさりと意識を手放した。

 



 ――――二度目の覚醒。“私”、いや、“わたくし”としては初めての目覚め。未だ痛む頭を軽く抑えると、さらりとした感触がわたくしの手に触れた。

 地面に倒れ伏している格好から起き上がり、ベッドに座り込むと髪を手にとって見る。埃が少し付き、清潔な環境に居なかった為か少しばかり汚れ、更に痛んでいた。

 その色は生まれたばかりの新芽を思わせる、活力に溢れた若葉の色。近くにおいてあった金属食器。なんの飾り気もないそれを覗き込むと、その深い森を凝縮したような緑の瞳が映った。


(これが私の身体……)


 “わたし”だった頃より幾分の背も見た目も幼いが、その分健康な肉体。忘れて久しい下半身の感覚。

 病を恐れない肉体は活力に溢れ、まるで内から体力の源泉が湧き出しているようにすらわたくしには思えた。

 肌は白く肌理細かいが、あまり風呂に入っていないのか、少し汚れが目立つ。それでもその容姿は見慣れないワタシと違うのもあいまって斬新だ。

 自然と笑みが浮かぶ。“わたし”でもあり、“あたし”でもある“わたくし”だが、どちからと言うとわたしの比率が大きい。


(ふふ、ふふふふ……)


 止まらない笑いを内心で押さえ込みながら、軽やかな足取りで部屋を飛び出す。粗末な色の落ちた茶色のワンピースがひらひら、ひらひらと、まるで私の内心を表すかのように舞い踊る。

 

(ああ……まさか、本当に異世界に来れるなんて。母上、父上、兄様、姉様、わたくしは今、とても幸せです)


 高揚の為か、あるいは記憶の融合のせいか、どうも元の世界への薄れた感情を感じつつ、まぁいいかと親不孝にも程のある思考で打ち切る。

 高鳴る心臓の音。興奮に頬を染め、私は勢いよく古びた木製の扉を押し開く。

 ギィ―――と、耳障りな音を響かせ新世界の扉が開かれた。同時に射し込む祝福の光。その目を焼くような光量に、自然と私の瞳が細まる。

 澄み渡る青、広がる緑の森、新鮮な空気。私は知っている。あたしは一人でここに住んでいた。この村から離れた場所で、密やかに……

 でもそれも終わり。わたくしはそんな隠居のような生活をするつもりはない。この自由を取り戻した足で、健康な肉体で、未知なるモノを探求していく。

 誰にも邪魔させない。もう狭い籠の鳥なんかにはならない。あたしとわたしは足りないモノを補い合い、ワタクシとなったのだから……





『いま、のは……』


 突如訪れた目覚めにヴラドが重たい息を吐き出す。今も脳裏にちらつく夢の残滓はそのリアルさを訴えている。

 まるで本当に長き年月を少女と過ごしたかのような重み。思わず自身の姿を再確認。巨大な肉体は健在だ。その燃やさない炎も、獅子の顔も、ヴラドの知るものと変わりない。

 それでも思い出せる人の感触。それも少女のような……


『聞いた方が早いか』



 巨体を誇る肉体を持つ者用の宿舎。その一室で思考の海に囚われる前にヴラドは起き上がった。目覚めに同調し、その纏う炎の勢いが加速する。

 一歩踏み込めば石畳に敷かれた毛の長い絨毯にその肉球が包まれ、ふんわりした感触を伝えてきた。

 人型の魔族の宿舎――宿屋――と違い、調度品は少ないが、広さはその数倍であり、ヴラドでも気兼ねなく入る事が出来た。

 ここテイトローイでも上から数えた方が早い高級な宿屋。そこにヴラド達は昨日到着した早々チェックインしていた。

 五百年前の金貨は残念ながら使えなかったが、代わりに両替が可能であった為、一行は現在資金的に余裕がある。

 高さ五メートル程もある扉、それがヴラドの姿を感知して自動で開く。魔法の一部地球なみの便利さに内心好奇心を燃やしていると、金属製のレリーフが施された見事な扉はズズズズ……と、重々しい音を響かせ停止した。



『ん?』


 ふと、肉体によるものか、感度の上がった聴覚に足音が届く。それも間違いなくここに向かっている。

 急いでいるのか随分と駆け足だ。いや、もしかしたら走っているのかもしれない。同時に嗅覚を意識的に調整すると、嗅ぎ慣れた匂いが鼻に運ばれてきた。

 どこか森林の新鮮な空気に少しの甘さを混ぜたような、なんとも特有の体臭とも呼ぶべき匂い。

 飛んで火に居るなんとやら。あるいは噂をすればどうたらと思考しつつ、直ぐ数メートル先の曲がり角から勢いよく姿を見せた小柄な姿を前足で抱きとめる。


「わっ、わっわ!?」


 軽い衝撃と同時にその勢いが止まり、若葉色の髪が慣性に従い前に揺れる。上半身がつんのめる形でヴラドの前に居る少女が腕をわたわたさせ、口元からからは頼りない声を漏らす。

 ロザリーであった。そして恐らくここに現れた理由もヴラドと同じようなものだろう。

 なにせ、見た夢の少女の正体。ヴラドの考えが間違っていなければ、目の前に居るロザリーこそ、その夢の少女なのだから……






 


後書き


テイトローイまでの過程はキングクリムゾン。加筆時にざっと追加するかもしれません。

今回誤字脱字が多いかもしれません。そして次からこの世界の文化だとか、色々出てきます。

本格的に世界が広がっていく感じでしょうか?


それでは、感想や評価何時もの如くお待ちしております。

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