第十四話
ロザリーの発揮できる実力に関してですが。十話の記述を一割程度と修正しました。
ヴラド達が草原を西に進むこと三日。途中幾度か大型の魔獣と遭遇したが、ロザリーが常は抑えてあると言う気配――この場合魂の輝き――を開放しただけで逃げだしてしまった。
彼女から衝動を感じないのは衝動の原因たる魂の輝き。質や大きさで決まるそれを隠蔽しているかららしい。
ロザリー曰く、あまりにも差がありすぎると衝動ではなく本能的な恐怖に置き換わるとのこと。
最盛期の一割程度とは言え、その実力は魔神に触れるか触れないかのラインを未だ保っている。
現在のヴラドですら敵わない位置にロザリーは立っているのだ。なんとなしに家長として情けない思いに駆られるヴラドであった。
他には特に障害もなく、道中様々な事を聞き、覚えられる範囲でこの世界の知識をヴラドとエルは詰め込んだ。
と言っても、それは五百年も前の知識な為これまたロザリー曰く、「もしかしたら変化している知識もあるかもしれないのだわ」、との事である。
言語に関しても一から学んでいる途中であった。共通語と呼ばれるものは確かに存在しているみたいなのだが、どうも普及率は高くないらしく、大抵は思念でやり取りする場合が多いらしい。
広い世界に反して街道の数は少なく、更に航路は危険な魔獣の領域。しかも種が非常に多いので、小国のようなものが乱立。致し方ないと言えた。
食事に関しても魔獣を狩る事で済んでいる。ロザリーの場合、そもそも食事自体必要ないようだ。
と言うより、魂力を消費してエネルギーを賄っているとのことである。
魂力とはそのまま魂の力だ。これが魔法を扱う上での源であり、扱えるかは才能もあるが、必ずだれでも多かれ少なかれ保有している。
なぜなら、魂の質や大きさがそのまま量にかなり影響を与えるからだ。言うなれば、魂と言う器に魂力と言う水が入っていると想像すればいいだろうか。
ただ、完全に質や大きさが量と直結している訳ではない。そこは未だこの世界でも不明なブラックボックスだ。
分かっているのは魔法や、それに等しい能力を使用するのに不可欠な要素であり、多くの応用が利くエネルギーのようなものであるということくらいだろう。
魂力は自然に時間が経てば回復するらしいが。睡眠や食事を取る事でより多く回復する。また、魂を摂取しても効率よく回復するらしい。
「着いたのよさ」
ふと、説明された事を反芻していたヴラドの。猫科のもふっとした毛に覆われた耳にロザリーの言葉が届く。
「ここがおねえちゃんのいってたキョテン?」
「そうなのよさ。間違いないのだわ」
と自信満々に乏しい胸を張って告げるロザリーだが、ヴラドもエルの訝しげな声音に賛成であった。なんせ、何もない。
本当に何もないのだ。よく見れば何となく風化した煉瓦らしきものの残骸などが見て取れるが、注意深くみないと周囲の草原と変わらないように感じる。
あえて今までと違う点を上げるのならば、北側には立派な山脈が広がっているくらいだろうか。
『本当にここでいいのか?』
「失礼なのだわ! 間違いなくここなのだわさ。しっかりマーキングの魔法が働いているのよさ」
ヴラドの言葉に対し、腰に手を当て怒っているフリをしながらロザリーが口にする。
「まーきんぐ?」
エルが聞き覚えのない単語にオウム返しのように繰り返す。それはヴラドも名前から内容を察せられるとは言え、気になっていた点であった。
「まっ、簡単に言えば使用者にしか分からない目印のようなものを付ける魔法なのだわさ。草原からも感じていたから心配はしていなかったのだわ」
なるほどとヴラドは内心で頷く。だから妙に自身があったのかと納得した。
だが、流石にこうも綺麗に砦そのものがなくなっているとは思っていなかったのか、ロザリーも少々困り顔である。
暫くああでもないこうでもないと思案顔をし。そのままヴラドの背からすとんっと、飛び降り、周囲を歩き回る。
どうやら何かを探しているらしい。その目線は砦跡に沿って注がれているようだ。
『何を探しているんだ?』
「入り口なのだわ」
「いりぐち?」
エルが反復し、そのまま地に視線を向けるがあるのは草ばかり。地下への入り口どころか、それらしいものすら見当たらない。
『埋もれているのか……』
「そうなのよさ。困ったのだわ。マーキングは十数メートル範囲に効果を及ぼすから、細かい位置までは無意味なのだわさ。砦が残っていれば簡単だったのに……誰が破壊したのかしら。腹がたつのだわ!」
そう言って黒の編み込みブーツで地面を何度も蹴る。と、その音が周囲の地面とは違うことに気付く。
数度その行為を繰り返していたロザリーの表情がにんまりとしたものへと変化した。
「見つけたのよさ!」
そう言って小さく何かを呟くとガコンッ! と言う何か金属製の重々しい音が響くのと同時、丁度地面を蹴った位置から両開き式であったと思われる、灰色の扉が開いた状態で地面から飛び出した。
パラパラと付着した土や草が零れ落ちると、どうやら元が砦の床に偽装してあったものだと見て取れる。
その表面は石畳状になっており、扉を引き起こす取っ手も付いていない。そんなヴラドのちょっとした疑問に気づいたのか、「オリジナルの封印の魔法なのだわ」と呟き、そのままぽっかりと口を開けた地下への階段を下りていく。
その後からヴラド達も続く。どうやら床そのものに長年土が積もり、今の地上の状態になったらしい。地下だと思われる螺旋階段は全く風化していなかった。
これも魔法なのかと聞けば、「劣化し難い素材が使われているのだわ」とロザリーが答える。
螺旋状になっているらしい石階段の途中途中にある松明、それにロザリーが魔法で火を点しながら進んでいく事数分。
それなりの深度に到達した頃、かなり広い空間がヴラド達を出迎えた。
『む?』
全員がその空間と言うか、部屋に入っていく中、ヴラドだけが困惑の声を上げる。
「あー……そもそも、その巨体でよくここまで降りられたのよさ。すっかり失念していたのだわ……」
そう、この部屋、入り口の幅がそう広くないらしく、どうも頭部が突っかかってしまうのだ。
螺旋階段自体はかなり広く、慎重に降りればなんとかなったのだが、どうしてこう部屋の入り口だけ狭いのか。
内心で愚痴を零しつつ、何度か頭を突っ込んでみるがどうしても通らない。
「仕方ないのだわさ。ちょっとお兄様下がって下さいまし」
言われるままに数歩下がるとロザリーがぶつぶつと恐らく詠唱だと思われる言葉を呟く。
それが完成するのと同時、入り口の壁に衝撃が奔った。爆発時の衝撃のような、そんな強い衝撃が直接数度ピンポイントで四方に発生。
破壊するには至らなかったが、あちらこちらに罅が出来ている。これならと―――ヴラドが前足で素早く壁に爪を振るう。
巨体に見合った膂力に、鋭く硬い爪との相乗効果抜群の一撃が耐久度の下がった壁を呆気無く粉砕してしまう。
これならもしかして爪だけで粉砕出来たか? と、予想以上の手応えに満足しつつヴラドも部屋の中へと入っていった……
『すまない、ロザリーにすべて任せてしまったな』
「気にすることないのよさ。出来た妹が居て便利だと思ってくれればいいのだわ」
そう茶目っ気たっぷりにウィンクし、手に抱えていた最後の荷物を石畳の床に降ろす。
見た目にそぐわない、それこそエルより優れた膂力によって支えられていた荷物はドスン、と音を立て落ち、同時に埃が舞う。
けほっけほっ! とロザリーが咳き込む。特に重い物であったのが災いしたようだ。
「ねぇねぇおねえちゃん。このきんいろのまるいのはなに?」
次々とどこからか持ち出されてきた荷物の山。その塊の一つ。金色のコインが無数に散らばった場所をエルが指で示す。
ロザリー自身、何を持ち出したのか完全に把握していないのか、どれどれなんて口しながら覗き込む。
「ああ。それはこの世界の通貨なのよさ。一応は共通って銘打たれている“ラデオン金貨”なのだわ。今でも普及しているのかは不明だけど、あって困る事はないと思うのよさ」
そもそも通貨と言う意味を知らないエルが困った顔を見せる。それを察したロザリーが笑みを浮かべながら丁寧に貨幣の説明をすると、エルも理解が及んだのかその表情が明るいものに変化した。
そんな二人の様子を眺めているヴラドとリアンの顔は心なしか嬉しそうだ。
『そうしているとまるで姉妹のようだ。エルもロザリーの事をどうしてか姉と呼ぶが、どうやらロザリーも満更ではないようだな』
純粋に嬉しそうな気持ちを滲ませたヴラドの言葉に、ロザリーが慌てるようにぶんぶんと手を横に振る。
「そ、そんな事はないのよさ!?」
そう口にするも、先程のエルに教える時の嬉しそうな。それこそ妹を構ってやれることが嬉しい姉のような表情を見た後では、どうも説得力に欠けてしまう。
「おねえちゃんって、よんじゃダメなの?」
そもそもエルがそう呼ぶようになった切っ掛けも、何かと言うとエルに構ってやっていたこの三日が大きな原因だ。
後はヴラドの地球での子供が男子一人に女子一人の兄弟であり、偶にぼかしつつも家族と言うものをエルに話していたせいかもしれない。
エルの下から覗き込むような――身長的にどうしてもそうなる――上目遣いに、ロザリーが言葉を詰まらせる。
キョロキョロと視線を彷徨わせるが、前はエルの目線。横はヴラドの生暖かい瞳。何故か後ろにはリアンが尻尾を振っている。
そしてヴラドの反対は壁であり、まさに四面楚歌の状態であった。
「うっ…うぅ…………そ、そんなことよりこの荷物の山を早く整理するのよさっ!!」
暫く顔を俯かせていたロザリーだが、急に噴火でもするように両腕を突き上げて叫ぶ。
しかし言葉に反して顔はほんのり朱に染まり、明らかに額面通りではないと言っているようなものであった。
しかし、エルにはそれが伝わらない可能性もある。事実、その顔には悲しみの色が濃く映っていた。
そんなエルにヴラドがそっと気付かれないよう思念を飛ばす。即ち――恥かしがっているだけだ、と。
ロザリーが背を向けている間、エルの顔には「おねえちゃんはずかしがりやさんなんだ」と言う、妙な理解が浮かんでいた。