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第十一話

『ここは一体……私は、また夢を見ているのか?』


 暗い場所である。周囲一帯僅か先を見通すことすら出来ない闇。ロザリーがあの声の夢を見せていた原因だと、未だ知らないヴラドは遂今回もそれだろうと勘違いをしていた。


『不思議な場所だ……寒々しい光景だと言うのに、どこか暖かく、そして懐かしい気がする』


 ヴラドの言うとおり、そこはとても不思議な感覚を感じさせる場所であった。不安を掻き立てそうなくらいの闇。

 それなのに逆に妙な安心感を覚えるのはどうしてなのか。まるで母の胎内で守られているようだと、覚えている筈もないたとえが浮かぶ。

 ふと触手を伸ばす。ヴラドの命令に従い、一本の触腕は目の前で所在無さ気に揺れている。肉体はしっかり動くようであった。


『スポット、ライト……か?』


 とりあえず移動して見ようと肉体を前に動かそうとした瞬間、ヴラドを中心に半径十数メートルの範囲が何所からか照らし出された。

 やや黄色がかった光はどこかスポットライトを彷彿とさせる。そして次の瞬間、“無数の道”が突如スポットライトの境界線上に出現した。

 

『一体何が起こっているんだ?』



 先程から疑問ばかり口にしているとヴラドも分かっているが、理解出来ない事ばかり起きているのだから仕方がないだろう。

 突如出現した道。いや、それは道と呼んでいいのかすら疑問視せざるをえないものであった。なんせ、三百六十度全てを埋め尽くすかのように、幅もバラバラに出現したのである。

 それこそ足元にだって出現しているのだ。まるで奇妙なトリックアートでも目視している気分であった。

 ただ、道は道でも先の見えない道だ。ほんの一メートル程だけ、道の入り口に古臭い外灯が一本立てられており、それぞれの入り口を照らし出している。

 他にも足元の道も見えない壁があるかのように落ちることもない。そう、真下にある為そのままでは落ちると表現すべきものなのだ。

 逆に真上に見える道はどうやって進めばいいのかすら分からない。少なくとも、ヴラドは空を飛ぶ方法を会得した覚えはなかった。



『進もうにも、どの道もまるで壁があるように行けない、か……』



 全てになるとそれこそ三桁にも上りそうな量の為、適当に近くから数十選んで進んでみようとしたのだが、どの道もスポットライトの境界線より先に進む事が出来なかった。

 さてどうするか……そう思考の海に沈み掛けた瞬間、まるで天啓のように“理解”が宿る。

 そう、それは宿ると言う表現が的確であった。本能だとか、知らない知識だとか、似ているようで違う感覚。

 それは知識そのものが舞い降りてヴラドに宿ったと、そう表現するしかない奇妙な感覚であった。

 何となく、それがロザリーの言っていた“この星の意思”に起因するものだと言うのも同時に理解する。

 そしてそれを切っ掛けにこれら全ての道が、先程まではただの不気味な道であったソレが、一つ一つが“進化の可能性”であるとも知った。

 百を容易に超える量の道一つ一つが、様々な進化の可能性を秘めているのだ。進めばその可能性に即した進化が行われる。



『……始まりの地、可能性の道、か――――』



 思わず呟いてしまった言葉にしかし、中々的を射ているとヴラドは思う。此処こそが、全ての生物の始まりの地であると。

 本来は種と言う単位が、途方もない長い期間を経てこの無数の“可能性”から一つを選び取って進むのだ。

 それを今ヴラドは一息の下に飛び越えようとしている。本来ではあり得ない、時を早回ししたような進化の道が目の前にある。

 一つ一つが放つ可能性の輝きは眩しく、今までの成長などとは桁の違う変化を齎すのは間違いなかった。

 そう言った視点を得ると、これら不気味な道がどれも何ものにも代えがたい財宝にも見えようと言うものだ。

 幸い、この地での主観時間は現実と比べても途方もなく引き伸ばされていると言う事も、ヴラドは宿った知識から理解している。



 どうすれば道を通れるようになるか、それもヴラドはしっかりと把握していた。ようは目指したい進化をしっかり思い描く必要があるのだ。

 その思いから、ヴラドの可能性そのものたるこの無数の道の中に該当、もしくは近いものがあれば自然にその道が分かるのである。

 参考にと幾つもの道を“読み取っていく”。軽く境界線に触れれば、その道が持ちえる“可能性”をヴラドに教えてくれた。


 今のまま不定形生物として、しかし今までとは比べるまでもない汎用性を得て進化する道。

 堅牢な甲殻を有する昆虫への進化。その果てにはまさに虫の王とも呼ぶべき終着点が蜃気楼のように見えた。

 爬虫類のような存在へと進化する道。その中でも人型の蜥蜴とかげからは、最終的に“竜”へと至る終着点が同じく陽炎のように垣間見える。

 他にも同じ不定形生物でありながら、その身を自然の化身たる“炎”“風”“水”“地”などそのものとなる、まさに精霊と呼ぶべき存在へと至る道……



 他にも無数の、道の分だけヴラドには可能性が存在していた。そして恐らく道の先には分岐が存在し、その分岐はまた別の道に繋がり、更なる広がりを得ていくのだろう。

 最終的にどれだけの選択肢が存在するのか、ヴラドには全く持って検討すら付かなかった。それこそ千や万では終わらないのではないだろうか。

 幾つもの可能性を垣間見て、ヴラドは今の己が目指すべき境地を考える。可能であれば人型になりたいと思っているし、それこそエルのように吸血鬼となれるのなら成りたい。

 だが、長いこと不定形生物として生活してきた為か、別に人型でなくともいいと言う考えがあるのも事実であった。

 暫く悩み―――それなら、最終的にどっちか選べばいいのでは? と言う結論に辿り着く。分岐の先で、人型になることも、あるいはそうでなくなる道も無数に交差しているだろうことからの結論だ。

 それは半ば確信に近い考えであった。宿った知識にも近い事があったのというのも原因である。



 ふと、今も胸の内で輝きを放つ炎を思う。それは何れ何者にも屈しない強者へと至る為の篝火だ。

 それを認識するとの同時、古い古い、何十年も昔の記憶からとある言葉が思い出された。

 《信念は炎にも似ている。もし、その夢を諦めないのなら、どこまでもその炎を抱き突き進むがいい……》

 《そして炎の勢いが強く、熱いほどその信念は力強い》

 それはまるで衝撃のような思いをヴラドに与えた。“炎”それは原始的でありながら、強力な力だ。

 人は有史以来炎と共にあった。言い換えれば、人は炎と共に歩んできたと言えるかもしれない。

 弱点も確かにあるが、それすら圧倒的な熱量を有した炎であれば塵と還す事が出来るだろう。

(信念は炎にも似ている――)

 胸の内で繰り返す。それはまるで魔法の言葉のようにヴラドの内に燃え盛る炎の勢いを加速させる。

 それは天啓のようですらあった。言葉と同時、これほど己に見合った能力は他にはないと思える程に……



『信念は炎にも似ている……もし、その夢を諦めないのならば、どこまでもその炎を抱き突き進むがいい――』



 そう自分自身で口にするのと同時――――全ての道が消え去った。まるで崩れ去る回廊のように、選ばれなかった可能性が消えていく。

 たった一本。しかし、ヴラドが己で選び取った最良の一本だけは崩れ去ることもなく、むしろその存在を示すように目の前に残った。

 その道を視界に映した瞬間、これしかないと思ってしまった。その思いに応えるように、暗がりに残った道が己を主張するように“燃え盛った”。

 轟々と、真っ赤な炎と火花を撒き散らし、周囲の暗闇を照らし出しながら道は燃える。だが、ヴラドに恐怖心はなかった。

 それはヴラドの信念を具象化した炎だからだ。ゆっくりと、だが確実に一歩を踏み出す。瞬間ヴラドを炎が包み込む。

 熱い……炎の熱さではない。それは変革の熱である。急激な進化による膨大なエネルギーが生む熱がヴラドの信念を加速させる。

 一歩進む度に炎は勢いを増し、肉体は凄まじい速度で進化していく。数歩進めば新たな外灯が出現し先を照らし出す。



 本能と信念に従い突き進む。分岐が出現しても迷うことなく選び取っていく。今のヴラドには、己がどれを選び取り、切り捨てるべきかが見えていた。

 進化とは退化でもある。選ぶと言うことは、切り捨てると言う事に他ならない。一歩進む度に確実に得、そして失っていく。

 だが構わない。捨てると言うことは不要と言う事だ。選ぶと言うことは必要と言う事である。

 それがたとえ何時の日か後悔する類のものであろうと、今、この時、少なくともヴラド自身は満足であった。

 暗い暗い闇の中、今や天をも焦がさんばかりに燃え盛る道の中、ヴラドは終わりを感じ取る。

 既に闇から赤に染まった視界の先に白が見えていた。それは間違いなく現実からの“光”である………





「そろそろ帰って来るのよさ……」


 繭が急劇に膨張を開始し、まるで粘土細工のように形を変えていくのを横目にロザリーは口にする。


「パパ……」

「にゃー……」



 ロザリーは何が飛び出すか好奇心に目を輝かせ、エルとリアンは不安と心配を目に黙って成り行きを見守る。

 そして繭が何倍にも膨れ上がった瞬間、瞳を開けていられない程の“赤”が周囲に迸った。

 紅蓮の炎は周囲を一瞬で飲み込み、轟々と天に向かってその猛威を振るう。反面ロザリーもエルもリアンも一切の熱を感じていなかった。

 そんな不思議な現象の中で“ソレ”は現れる。最初に見えたのは前足であった。繭を突き破り、巨大な前足が地をしっかりと踏みしめる。

 真っ白な美しい毛に覆われた足先からは轟々と炎が噴出し、現れた顔は“獅子”。その鬣は炎のそのものであり、メラメラと燃え盛っている。

 後ろ足も前足と同様であり、尻尾の先端も炎が轟々と火花を散らしていた。


   

「炎の獅子……」

「パパ!」

「ニャーっ!!」



 ロザリーが呆然と呟き、姿は変われども、感じる気配からそれがヴラドと理解したエルが歓喜の声を叫ぶ。

 現れたヴラドは進化の先で炎を選び、肉体を獅子と化したのだ。その体長は優に三メートルを越し、その表情は百獣の王の名に恥じぬ威厳を纏っている。

 炎は的確に敵を焼き尽くし、その爪牙は鋼鉄すらも切り裂き、その四肢の生む速度はまさに風となるだろう。

 今、ヴラドは確かにこの瞬間、絶対強者への一歩を踏みしめた―――― 



 

 



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