第十話
『さて、取り敢えず樹海を出たのはいいが、これからどうする?』
実は樹海を出たのは強力な種に襲われるのを懸念した結果である。と、言うのも、どうやらロザリーの能力は現在最盛期の二割にも満たない、精々が一割出せれば良いところらしいのだ。
それでも樹海の生物相手であれば、引けを取らないらしいが、ヴラド達はそうもいかないだろう。
そもそも弱体化した原因も長い期間封印されていたせいであり、その封印を破るのにかなりの無茶をした結果でもあるらしい。
かつては魔神級の実力者としてそれなりに名を轟かせもしたようだが、その力も今では盛者必衰の理の如くである。
それでもあの女王蟻はおろかこの一帯の強力な存在者を凌ぐ力を未だ有していると言うのだから、最盛期の実力が一体どれ程であったのか窺い知る事が出来よう。
「エル、じゅかいとそうげんしかしらないよ?」
「ニャ?」
別にヴラドはエルとリアンに聞いた訳ではなかったのだが、律儀にも返答を返してくれる。
何となくそんな一人と一匹の頭を触腕を伸ばし、頭をぽんぽんと撫でてやる。エルには素直に育って欲しいものであった。
一々身長に合わせる必要もなく撫でられると言う点では、この不定形の肉体も中々便利なものだ。
「それなら私に考えがあるのよさ。お兄様の目標は取り敢えず魔神級の力を手に入れる、と言うことでいいのだわ?」
エルを挟んで左側に位置するロザリンドがそう訊ねて来るが、ふとそこでそもそもの疑問点を思い出した。
まだまだ聞きたい事は多いが、その中でもこれは取り分け優先度が高いと言える。
『魔神、と言うものが何なのかも知りたいのだが。ロザリー、君はどうして“日本語”を喋れるんだ?』
そう、彼女は今まで語尾がやや変ではあるものの、流暢な日本語を口にしていた。落ち着いてきた今、それを聞いておくのも悪くないだろう。
ヴラドの言葉にロザリーがまっていましたと言わんばかりの笑顔を向けてくる。
「やっと聞いてくれたのだわ。でも、お兄様になら心当たりがあるのではないのだわさ」
『と言うことは……』
ロザリーの口ぶりからやはりと言う思いが心を占める。流石にこの世界の共通語なりなんなりが、日本語と言うのはありえない。
仮に日本語であったとしても、ロザリーが口にした“私のニホンゴ”と言う言葉が出るのはありえないのだ。
それは日本と言う存在を知らない限り出てくる筈のない単語である。本来ならありえない事だが、ヴラドは既にそれが決してありえべからざる事などではない事を知っていた。
何故なら、己自身がその答えそのものだからだ。つまり、彼女――ロザリーも、ヴラドと同じく外来者であり、かつ日本を知る地球人であれば日本語を知っていても可笑しくはない。
ヴラドのそんな意味を含めた思念に、にやりと口角を持ち上げロザリーはヴラドの続きを話すように口を開く。
「そっ、私ことロザリンドの“半身”は二XXX年生まれの日本人なのよさ」
『半身?』
「ええ、ヴラドお兄様も本来なら私と同じになっていた可能性もあるのだわ。ただ、お兄様の場合は意思も魂も弱い生物に“憑依”してしまったから、完全に肉体を奪ってしまっただけなのだわさ。反対、私の場合、元が高位の“ロザリンド”と言う、単一種族であった為に、その精神と魂が融合してしまいどちらつかずの存在になったのだわ」
「ち、きゅう? ひょーい?」
「にゃー?」
エルとリアンが聞きなれない単語に疑問符を頭上に浮かべているが、ヴラドはそれに答えてやる余裕はなかった。
ロザリーの口にした事はつまり、一歩間違えていれば、ヴラドと言う意思がなくなっていた可能性を示唆している。
それは途轍もない恐怖だ。己ではない己。それは既に死に等しいとヴラドは思っている。強力な種に憑依すれば自我を崩壊させかねないと言うのなら、底辺であった生物に憑依出来たのはある意味幸運なのかもしれない。
だが、どうして憑依と言う言葉で確定しているのか疑問が浮かぶ。可能性としては、この星の一生物として“生まれる”と言う選択肢があっても可笑しくはない。
『ロザリーが私と同じ同郷の者だというのは分かった』
「言った通り、半分だけなのよさ。家族が居なかったのは、地球の私ではなく、この世界の私なのだわ。お兄様がお兄様なのも、地球から来た私に兄が居たからなのだわさ」
そう口にするロザリーの瞳には薄っすらと懐かしみの感情が浮かんでいる。
『そうか……だが、どうして私が憑依だと思ったんだ』
「それを話すと少し長くなるのだわ。それでもいいのよさ?」
黙ってそれにヴラドは頷く。それはもしかしたら、ヴラドがこの世界にやってきた答えに繋がっているかもしれないのだから。
「お兄様、お兄様は進化の最果てとは何か考えた事はあるのよさ?」
行き成りの質問に思わずどういう意味だと自問してしまう。憑依と進化、そこに一体なんの関係があるのか、少なくともヴラドには皆目検討も付かない。
とりあえず素直に今の考えを口にしてみることにする。
『いや、そもそも人は長い時を掛けて進化してきたんだ。生前はそんな事考えもしなかった』
「でも、今は違うのだわ」
まるでヴラドの考えを予想しているかのようなロザリーの言葉に、黙ってヴラドは頷く。
『ああ。今の私の成長、それは最早成長と言う枠で括れるレベルではない。言い換えればそれこそ“進化”と言ってもいいだろう。と言っても、その果てなど考えた事はないが』
「幸い私にはたっぷりとこの世界に来てから時間があったのだわ。だから考えた……過程は省くけれど、結果分かったのは、進化の果ての一つが“星”であると言うことなのだわさ」
『……は?』
飛び出た結論にヴラドが思わず間の抜けた思念を零す。いきなり星と来たのだ。
進化の果てが星。それは科学の世界で生まれたヴラドからすれば何を馬鹿な……と、そう一笑にふすような内容であった。
だがロザリーの顔は至極真面目である。ヴラドに嘘を付いている様子は無いし、からかっているような気配もない。
それでは仮に進化の終着点の一つ。一つと言う言い方も気になるが、とにかくそれが星であったとして、いかなる理由で星などになるのか、それこそヴラドの想像外であった。
表情筋など、ましては顔すらないのだが、どうも気配で考え込むのを察知したのかロザリーがくすりと一度笑ってから口を開いた。
「別に意地悪をするつもりではないのよさ。そもそも、この結論自体、地球の知識があったからこそ閃いたことなのだわ。とにかくまた過程を省くけれど、星々の一握り、特に生命を抱く星の多くは進化の果てで星となることを選んだ“者達”なのだわさ。同時、星になると自我を失うのだけれど、それは完全に消失する訳ではないのだわ。最低限度残った意思……地球でも様々な呼び方で言われているのよさ。その意思の強さにも強弱はあるのかもしれないけど。そうした意思の下、何らかの思惑で“私達”は呼び寄せられたのだわ』
確かに、人。いや、知的生命体の深層心理意識下には意思があるとか、星には意思があると言われているが、それが元は“生命体”であったからだとは、あまりにあまりな飛躍であった。
だが、確かに仮にそれが正しいとすれば確かに星に意思があっても不思議ではないだろう。星に至る経緯までは流石に不明ではあるが……
『思惑とはなんだ? そもそもその言い方だと、私達以外にも複数来訪者が居る事にならないか』
「そこは私にも分からないのだわさ、居るかもしれないし、居ないかもしれない。この世界に来たのだって星の気まぐれなのかもしれないし、何か大きな意味があるのかもしれないのよさ……ただ、この世界の歴史や古い遺跡などを調べていくか、星に直接意思を伝える術を手に入れればそれも分かるかもしれないのだわ。星に意思があると知ったのも、そういった遺跡などを調べて分かったことなのよさ」
随分とスケールの大きな話だと思いつつ、とりあえず己がこの世界に来たのは偶然ではなさそうだと分かっただけでも収穫だと思う事にする。
それにロザリー以外にももしかしたら同じく地球、あるいは別の世界からの来訪者が居るかもしれないと言う前知識もそれなりに有用だ。
だが取り敢えずは力を手に入れる事に直接作用する訳でもなさそうだと、暫くは先送りにしてもいいだろうと同時に判断する。
『それでは、魔神に関して――――ッ!? なん…だ…これ、は……』
魔神に関して聞こうとした瞬間、まるで視界がぐらりと揺れるような酩酊感がヴラドを襲う。
熱の無い肉体が、急激に温度を上昇させる。痛みはない。だが、何とも言えない“高揚感”が身を包んでいる。
「随分と遅かったのだわ。続きは本当の“進化”の後でまたするのよさ、お兄様――」
ロザリーが何か口にしているが、それを聞き取る前にヴラドの意識は急に途絶える。
肉体はまるで一点に集まるように球状となり、表面はブクブクと高熱にあわ立っている。
その異常事態にエルとリアンが慌てて側に寄るが、それをロザリーの手が遮った。
キッ! と睨み据えてくる鋭い眼光にも意にかいさずに口を開く。
「問題ないのだわさ。急激な“魂”の摂取の結果、ようやくその消化が終わって“変化”が始まったのよさ。お兄様の望んだ強者への一歩……それが始まったのだわ」
「パパ、だいじょうぶなの?」
エルの言葉に問題ないのだわと答え、好奇心を隠しきれない眼差しで繭のようにも思える球状のゲルに視線を戻す。
「お兄様は一体、どんな“進化”を選ばれるのか、楽しみなのだわさ――――」
後書き
一部は後で小出しする予定だけど、とりあえず出しておきたい説明が多すぎて次も説明ターンになりそう……
ええはい、ひとえに作者の力量不足です、申し訳ありません。
とりあえずようやくヴラドもスライム卒業。
ロザリーはとっても便利、説明役の人。作者が楽したかったのです……
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