『わらしべ長者』を逆再生してみました
生まれ在所の村で食い詰めた惣助は仕事を探しに東に歩き城下までやって来ました。
大通りの辻で足を止めてどちらへ行くか決めかねていると恰幅のいい商人ふうの男に声をかけられました。
「もしあなた、うちのお豊の婿になって下さらんか」
「えっ?」
聞けば観音様のお告げだと言うのです。
「明日、というのは今日のことですが、表通りの辻で最初に立ち止まった若者を娘の婿にせよということだったのです。それで今朝早くからこの辻に立っておりました」
詳しく話を聞くと男は呉服屋を営む金持ちで次のように語りました。
「商売の用向きで西へ旅に出たのですが帰りに道に迷って山すその林の中に入り込んでしまいました。するとそこに建っていた小さな観音堂が妙に気になりましてな、いい機会だからと一人娘の良縁を祈願して昨日帰宅した次第です」
そのときにさきほどのお告げを受けたというのです。
渡りに船で惣助は大金持ちの婿養子におさまることになりました。
入り婿らしく控えめにしていた惣助でしたがお豊の両親が亡くなると豹変しました。
店の仕事に身を入れず金を持ち出しては博打に明け暮れ歯止めがかかりません。
番頭や手代は惣助に愛想をつかして陰口をたたきました。
「田舎者がにわか長者になるとこのざまだ」
店の奉公人たちからは疎まれお豊の顔からも笑顔が消えました。
すると自業自得とはいえ惣助も面白くありません。
「あなた、もう五ツ半(午前9時)ですよ」
女房のお豊が寝床で掛布団をかぶっている惣助に声をかけました。
「それがどうした」
惣助はお豊をにらんで声を荒げました。
「店の者たちのてまえ、少しはお仕事を……」
「うるせえ! 毎日毎日辛気くさい顔しやがって!」
日頃の鬱屈がとうとう爆発しました。
「お前の顔なんざ金輪際見たかねえ!」
お豊は両手で顔を覆って泣き出しました。
惣助は帳場の金庫から帯封で括られた小判10枚をわしづかみにして店を飛び出しました。
惣助はとりあえず在所の方角の西に向かいました。
しばらく歩いて振り向くとお城はもう見えません。
歩き疲れて休んでいるところへ馬を引いた馬子が来合わせました。
声をかけるとこれから城下に馬を売りに行くところだと言います。
「それなら俺に売ってくれ、手間が省けてよかろう」
「だんな、おいくらお持ちで?」
「五両でどうだ」
馬子は首を横に振りました。
「では六両」
馬子はまた首を振ります。
惣助は疲れもあって交渉するのが面倒になりました。
「よし、思い切って九両で買ってやる!」
馬子は惣助が懐から出した小判10枚の帯封を切るのを見逃しませんでした。
「もう一声!」
惣助はとうとう有り金をすべて巻き上げられてしまいました。
馬の背で揺られながら惣助はさらに西へ進みます。
楽になったのはいいのですが眠気を催して馬から落ちそうになりました。
はっとして我に返ると馬の歩みが異常にのろいのに気づきました。
息づかいも弱々しくこれ以上乗っていると倒れそうです。
「おのれあの馬子、病気の馬を売りつけやがったか」
馬から降りてどうするか思案しているところに行商人が荷車を引いてやって来ました。
「これ商人、車を引くのは骨が折れるだろう。この馬に引かせると楽だぞ」
「それはそうですが馬を買うお金など持ち合わせておりません」
惣助は荷車に積まれている荷を物色し高価そうな物を探しました。
「なあにその絹の反物との交換でいい」
馬が弱っているとも知らず商人は喜んで応じました。
惣助は反物を小脇に抱えるとその場を離れました。
行商人の姿が見えなくなるまで惣助は急ぎ足で歩きました。
朝から何も食べていないので空腹を覚え喉の渇きも耐え難くなりました。
すると品のいい若い娘と付き添いらしい老婆の二人づれと出くわしました。
老婆の提げた風呂敷包みから蜜柑が顔をのぞかせています。
絹織物の価値とは比べ物にならなくても喉の渇きにはかえられません。
それにまた惣助の心に娘を喜ばせたい思いが湧いてきました。
というのは娘の顔が女房のお豊によく似ているのです。
お豊に毒づいて飛び出してきたことが悔やまれました。
「婆さん、蜜柑を分けてくれんか。引き換えに絹の反物をやろう。娘さんの晴れ着に仕立てればよい」
大喜びで娘と老婆が去ると惣助は道端の木の根元に腰かけました。
袂に入れた蜜柑を一つ取り出し皮をむいてかぶりつきました。
そこへ今度は母親に手を引かれた男の子が通りかかり物欲しそうな目で惣助を見ました。
地元の貧しい母子のようで子供はよだれを垂らさんばかりです。
まるでいつも腹を空かせていた昔の自分を見ているようです。
もう俺はどうなってもいい、惣助は残りの蜜柑を全部くれてやりました。
子供は飛び上がり母親は米つきバッタのように何度も頭を下げました。
「おじちゃん、お礼にこれあげる!」
子供は手に握っていた1本の稲わらを惣助の鼻先に勢いよく突き出しました。
おもちゃがわりなのか、先っぽに生きた虻を括りつけています。
惣助はようやく生まれ在所まで来ましたが日が沈んだので野宿するために街道をそれました。
山すその林の中に分け入ると奥のほうに観音堂がぽつんと建っているのが月明かりに見えます。
疲労と空腹でよろめきながらやっとの思いでたどり着きました。
けれどもお堂に上がり込む体力と気力はもう残っていません。
「極楽往生できるよう何か観音様に喜んでもらえそうなことを……」
惣助は子供からもらった稲わらに括られている虻を解き放ってやりました。
そして崩れるように観音堂の前に身を横たえるとそのまま息絶えたのでした。
手に1本の稲わらを握りしめたまま。
「あなた、もう9時よ」
妻の豊子がベッドで掛布団をかぶっている惣介に声をかけました。
「それがどうした」
豊子は惣介をにらんで声を荒げました。
「仕事を探しに行くんじゃないの?!」
「すまんすまん、そうだった」
リストラで失業中の惣介は妻の豊子に頭が上がりません。
起き上がったもののダイニングテーブルはきれいさっぱり片付いています。
惣介は着替えをすませ自分で食パンをトースターで焼いて食べました。
豊子はリビングでテレビのワイドショーを見ています。
その背中に惣介は「行ってくる」と声をかけましたが返事はありません。
それでも惣介は腹を立てずに玄関を出ました。
「居てくれるだけでもありがたいってもんだ」
そう呟いてハローワークに向かいました。
豊子に起こされる前に見ていた夢を思い出しながら。




