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[全三話] 嘗て死神と呼ばれた少年は死を偽装して隠匿の日々を望む  作者: 安ころもっち


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嘗て死神と呼ばれた少年 中編


――― 南の街、謎の魔術師との契約


 男爵から逃れたアインは、南の険しい山脈を越え新たな街にたどり着いていた。


 アインは新たにライと名乗り、安宿を根城にひっそりとした生活を再開させた。


 そんなアインの平穏な日々は、僅か数日で狂ってしまう。


 街外れに住む一人の魔術師。

 その老婆、イリスと名乗る老婆との出会いが、アインの運命を大きく動かすことになる。


 その老婆イリスは、所持する鑑定スキルによりアインの持つ即死スキル見抜いてしまう。その結果、連日アインに付き纏うようになっていた。食事や買い物、依頼を受けている最中であっても、常にイリスの視線を感じているアイン。


 実はこの老婆こそ、公爵家令嬢でありながら、名誉や富に一切興味を示さずただひたすらに魔術の真理を追求する、その美しさに現皇帝陛下さえも虜にした美女であった。

 彼女は煩わしさを捨て、自身の研究に没頭するため、独自の魔術式によって姿を老婆に誤認させていたのだ。


「いい加減にして欲しいです」

 アインにそう言われたイリス。


 だが、世界でも稀有なアインの即死スキルを自身最後の研究対象と見定め、「その秘密を知るまで決して離れない!」と宣言していたイリスは諦めていなかった。


 その後も警戒していたアインに、時に泣き落としを続け、時に本来の体へ戻っての色仕掛けを、時には金貨の山を積んで駄々をこねてみせた。

 その純粋で強引な探求心に、アインは少しづつではあるが諦めを感じていった。



 観念したアインがイリスと交わした契約は、互いにとって最大の利益をもたらすものだった。


「ライくん!あなたの即死スキルを、忌避されることのない別の力へと『変換する術式』を、共に研究しましょう!」

 そう言われたアインは、渋々ながら契約を取り交わすのだ。



 即死スキルを空打ちして見せること数日。

 遂に完成した新たな魔術式。


 朝からテンションの高いイリスがアインを見つめ手を握る。


「ライくん、遂に私達の研究が実を結ぶ日がやってきたよ!」

 そう言ったイリスに命じられるまま、アインは町の外れにある迷宮の最深部を目指し即死スキルを使い続ける。


 アインの目的の品はその迷宮の最深部に待ち構えていると言われているこの迷宮の主、ドラゴンを討伐しその亡骸の一部を持ち帰ること。


 スキルを使うことに躊躇はなかった。迫りくる魔物の軍勢を一瞬にして葬り去るアイン。ついには迷宮の主であるドラゴンと対峙し、その刹那にその命を刈り取ってしまった。

 あまりのあっけなさに苦笑いをしたアインが持ち帰ったのは、竜の逆鱗と未だ熱を持つ竜の心臓であった。


 イリスに言われた通りに喉下の逆鱗をはがし、丁寧に開いた胸部から取り出した心臓を保存用バッグにしまい込む。自身の即死スキルを恒久的に変換する魔術式の形成に必要な極めて貴重な素材。


 その確保に成功したアインは、意気揚々とイリスの家へと戻った。



 イリスの家へと戻ったアイン。

 戦利品を確認し満面の笑顔のイリスに案内されたのは、イリスが密かに買い取っていたという屋敷の地下だった。


 アインが迷宮に潜っていたわずか三日間で、高度な魔術式によって空間が幾重にも拡張された巨大な儀式場。それを見たアインは緊張が高まっていた。

 その広大な地下空間で彼を待っていたのは、契約魔法によってこの場で見た全てを忘却する契約を施された多数の男女だった。


 床一面にはアインの魔術式を解析したイリスによる美しい魔法陣が描かれてる。この魔法陣こそが、膨大な量の古文書の記憶を持つイリスが作り上げた、スキル変換術式の魔法陣であった。


 言われるがままに中央に立つアイン。

 彼を取り囲む数十人のの男女は、老婆に扮したイリスの詠唱に合わせ、一斉に魔力を注ぎ込み始めた。


 次の瞬間、激しい痛みがアインの全身を襲う。


 それは剣で斬られた痛みでも、炎に焼かれる熱さでもなかった。体内を棘を持つ触手のような何かでくまなく舐めまわされるような、形容しがたい不快感と激痛が断続的に加えられている。

 アインはその痛みに倒れ込み、苦痛に叫び喉を掻き耐え忍んだ。


 10分ほどその儀式は続いた。

 アインの体内の根源的な力が強制的に引き剥がされ、少しづつ新たな力へと再構築されていく。


 壮絶な儀式の果てアインを長年苦しめてきた死属性の即死スキルは、闇属性の黒魔術スキルへと変換された。

 イリスはこの成功に興奮し、捨て去っていたはずの権力を使ってアインを準騎士爵に授爵させた。それによりアインは正式な貴族として、ライ=オニキス準騎士爵という身分を手に入れることになった。


 これでもう誰も、自身のの力に恐怖することはないだろう。最底辺の貴族としてではあるが待ち望んでいた平穏な暮らしを手に入れたのだ。

 アインはそう思っていた。そしてそうなるはずだったのだ。イリスが常識ある魔術師であったなら……。



――― 束の間の安寧と不穏な影


 闇属性の黒魔術師ライとして生まれ変わったアインは、イリスが用意した準騎士爵にふさわしい立派な屋敷で穏やかな生活を享受していた。


 苦難の末、死神と呼ばれた過去を捨て去ることに成功したアイン。

 広々とした屋敷の庭で、熱心に黒魔術の訓練に励んでいた。新しい力は強力で、そして繊細だった。アインは様々な魔術式を構築し、細かな制御ができるよう訓練を続けていた。


 アインが初めて手に入れた周囲に認められるための力。そんな力を磨き高みへと目指す自身の日々こそ、アインが長年渇望し続けた良き未来の自分であった。

 だがその平穏はあまりにも脆く、そして儚いものだった。


 アインが手に入れた爵位と新たな黒魔術は、否応なくアインを新たな問題へと引きずり込んでゆく。


 アインのあまりにも特出した才を見抜いた権力者達の私利私欲にまみれた手により、アインの平穏は破壊されてしまうのだ。



――― 力を望む亡者達


 かつてアインを追放した王国では、「死神」の行方を未だに追う者達が暗躍していた。

 王国内で死んだと発表されたにも関わらずその絶大力への執着は消えず、王国のある組織がアインの生存を示す微かな痕跡を探し出すことに躍起になっていた。


 それは王国の暗部の別動隊。あのアインの暗殺に成功したと報告した男を中心とした、新たに結成された極秘部隊であった。

 アインを殺害し王都の本部に戻った彼は、任務の成功を依頼主である子爵に報告した。だがアインの死を最後まで確認しなかったことで叱責を受ける。


 王命に従わず子爵の暴走により行った任務だ。当然王家には報告はしていなかったのだが、紆余曲折あって王家にバレてしまっていた。そうなった以上、万が一にも生きてましたでは済まされない。

 任務は無事成功したものとして処理していたのだ。


 だがもしそのターゲットが生きていたのなら、我々がソレを活用しても良いだろう?そう思った暗部の長は、男にその命を賭して少年を探し出し、仲間に取り込むことを命じていた。


 暗部の長からそう言われ情報収集を再開した男は、苛立ちから道端のごみ箱に八つ当たりをしていた。

 生きているかどうかも分からない男を探す。仮に生きていたとしたなら……、彼は自身を一度は殺しかけた男と対峙せねばならない。彼は心を殺しながら集めた情報を確認しはじめた。

 


 王国の暗部が活発に動き出している頃、帝国の西部周辺では異変が起きていた。


 生態系の崩壊。

 アインが迷宮のボスであるドラゴンを討伐したことにより、迷宮はその機能を停止しさせ、静かに「死にゆく迷宮」となっていた。


 その結果、南の山脈一帯の魔物の勢力バランスが崩壊することになっていた。それをきっかけに、本来は山から下りてはこないはずの魔物が、人里近くの街へ移動を始め、新たな災いとなっていた。


 そのことにより、アインの平穏はまたも崩されることになる。

 そのきっかけを与えたのは、彼を研究対象に選び支援し、今も近くで見守り続けている魔術師イリスであった。


 イリスにとってアインは研究の成功例であり興味の対象に過ぎなかった。彼の平穏な生活など、特に考慮する考えなどまったくなかった。

 そんな彼を提供した屋敷のすぐ近くに作り上げた研究室から観察するイリス。


 観察を続けるイリスには、新たな魔術式により変換されたアインの黒魔術が、通常の黒魔術とは全くの別物と言っても過言ではないスキルだと理解していた。


 通常の魔術というスキルは、作り上げられた魔術式により再現性の高い動きを見せる。全ては魔術式に描かれていることを実行しているに過ぎないのだ。


 魔術は発動する方法は大きく分かれて2種類ある。


 一つは発動する魔術の属性や強度にあった素材を媒介に、魔術式が正確に書き込まれた魔法陣に魔力を注ぎ込む。その魔法陣を魔術発動の鍵とするのが陣術だ。

 もう一つ、自身が魔術式を思い浮かべながら何度も詠唱を繰り返し、その紐付けられた詠唱を魔力を籠め発することで、宙にその魔法陣を描きだし発動する詠唱術という手法だ。


 もちろんそれぞれの魔術に適した方法があるし、アインの即死スキルのように詠唱も何もいらない特殊なスキルもあるが、その魔方式は必ず見える形で浮かび上がるのだ。

 もちろんその魔方式だけで再現することはできず、扱うには適応も必要である。


 イリスが作り出したスキル変換術式も、その適応部分を大きく捻じ曲げることで成功させたものであった。実はあの術式には、対象者の魂を消滅させかねないリスクもあったのだが、それはイリスに取って考慮すべき点ではなかった。


 イリスは屋敷の庭でアインの黒魔術の光が輝くたびに、本来はあり得ないはずの発動後の変化により軌道や効果の変わる様子を、涎を垂らしただらしない顔で観察し続けていた。



――― 理不尽な糾弾と逃走と


 アインが手に入れた束の間の平穏は理不尽な圧力によって崩壊した。


「ライという貴族の悪行により、山神様がお怒りなのだ。いずれもっと怖い魔物がおりてきて、この町は消滅するらしい」

 街ではそんな噂が蔓延していた。


 その要因となった魔物の襲来は、彼がドラゴンを倒したことで崩壊した生態系のバランスが原因であることは間違いなかったが、熱を帯びた人々により、それ以外の不幸な出来事についても全てがアインに擦り付けられていった。


 魔物による住民の被害が拡大する中、この周辺地区の領主である子爵は人々の怒りを鎮めるための生贄を必要としていた。


 子爵は準騎士爵であるアインを屋敷へと呼びつけ、事情聴取と称して彼を部屋へと押し込めた。最初からアインを罰することで、領民の怒りを鎮めようと画策しての処遇であった。


 子爵によって部屋に軟禁されて3日。

 この3日間、事情聴取と言っては無関係な罪を問われ、寝る時間すら制限された日々を送るアインは、もはや我慢の限界を迎えてしまう。


 幼少期は10年間の軟禁生活を送っていたアイン。だがその時のアインには優しく寄り添ってくれた両親がいた。今のアインに寄り添ってくれる誰かはいなかった。

 重ねて自由に生きることを覚えてしまったアインには、短時間の軟禁であっても耐え難い時間だったようだ。

 アインは闇魔術を躊躇なく展開し、魔法により強化されているはずの屋敷の壁の一部を消失させ、いとも簡単にその場から脱出した。


 やはり、僕に平穏な時間など許されないのか……。

 心でそう嘆き、アインは全てを捨て再び街を脱出、ひっそりと生きることのできる場を探しに旅立った。



 そのアインの逃走劇すら、魔術の探究者であるイリスの掌の上だった。彼女はアインの魔術式の更なる進化ができないかを、更なる変遷が可能なのではないかと仮説を立て観察し、その可能性を探っていたのだ。



 街から逃げ出したアイン。

 獣道をひた走り山を越え、やっとの思いでたどり着いた小さな山小屋を新たな根城として活動することを決めた。


 イリスはそんなアインの後を追い、当然のようにすぐ近くに身を潜め様子を伺っていた。

 アインがその場に定住する気であることを確認した彼女は、気づかれぬよう認識阻害をかけた*新たな研究室をその山小屋の近くに築き上げ、アインを観察する為の準備を整えてしまった。


「もっと、もっとよライくん!もっとキミの進化を見せてちょーだい!」

 笑みを浮かべながら呟くイリスは、鼻息を荒くしてアインの作り上げる魔術式の観察を続けていた。



――― 追跡者の影とクリストファの決意


 理不尽な糾弾から逃げ出したアインの後を、領主である子爵は追いもしなかった。


 子爵は「罪人のライを処刑した」と領民に発表、さらに「山神様の怒りはやがて収まるだろう」と宣言していた。その上で子爵は冒険者ギルドに魔物の監視と討伐の依頼を出し、騒動を終息させようとしていた。

 領民も、子爵の思惑通り安堵し、今回の騒動を忘れようとしていた。


 

 そんな世間の動きを露知らず、アインは山小屋で暮らしながら、いかに目立つことなく闇魔法を展開するか?という研究に没頭していた。


 当然ながら山小屋のすぐ横に根城を築いたイリスは、今は老年の男性の姿に偽装し、アインの魔術式を遠くから観察していた。彼女はアインが新しく作り出す魔術式の一挙手一投足に、まるで自分の研究であるかのように一喜一憂していた。



 そんな山小屋での生活も長くは続かなかった。


 偶然にも周辺の様子を確認しに来た一人の冒険者に遭遇したアイン。


 ノアと名乗ってみたものの、内心は自分の事がバレてはいないかと緊張を高めていた。

 幸いにもその冒険者はアインの風貌などは知らず、荒れた山小屋で暮らす彼の身を案じ多少強引に街へと連れ出そうとしていた。本当に善意からの行動も、アインにとっては迷惑な気遣いであった。


 やはり、ここも安住の地ではないんだね。

 そう悟ったアインは、その心優しき冒険者を闇魔術でそっと眠らせ、回りには魔物から身を隠す結界を展開する。そして自らの痕跡を残さぬよう片付けた後、迷うことなく西へと逃亡を開始した。


「余計な邪魔が入ってしまったわね」

 その様子を見ていたイリスは、先ほど展開したアインの魔術式に興奮しつつも嘆いていた。



 眠りから目が覚め、慌てて街に戻った冒険者。


「ノアと名乗った少年がいたが、気付けばいなくなっていたんだ」

 そんな冒険者の報告は、あらゆる情報を報告するようにと冒険者ギルドに依頼していた一人の騎士の元にも届くことになる。


 騎士はそのノアという少年の特徴と不自然な逃走の話から、直感的にそれがアインであることを確信する。


 騎士は急いで城へと戻り、自らの守るべき姫である対象に……、かつてアインに命を救われた王国の第一王女クリストファにその情報を報告していた。


 クリストファは、死神としてアインを追放した王国の方針に深く心を痛めていた。悩みぬいた末、信頼できる者達を集めアインの行方を探させていた。その行動が実を結んだ瞬間でもあった。


 一番の信頼を置くこの騎士スライスからの報告を受けたクリストファ。その目に一切の迷いはなかった。彼女は即座にスライスを連れ城を出ると、報告のあった帝国の地へと馬車を走らせた。


 死神と多くの民に恐れられ、だがその優しさゆえに流浪の旅を続けるアイン。そのアインに命を救われたことへの恩義と、偽らざる秘めた想いを抱き続けるクリストファ。


 クリストファは無事にアインと再会し、その偽らざる想いを伝えることができるのか?それは誰にも分らなかった……。


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