幽霊少女③
空藍が家に帰宅したのは、七時半を少し過ぎた頃だった。
部屋着に着替え、両親と一緒に食卓に着く。
「今日は遅かったわね。あと少しでお父さんと先に食べちゃうところだったわ」
「ちょっと色々とあってね」
「一週間ぶりの学校はどうだった? 体の方は大丈夫だったか? それに目の方も、異常はないか?」
「一週間ぶり?」
「病院でも言われたけど、体も右目のことも特に問題ないよ。むしろ調子が良いぐらい。まるまる一週間、入院して昏睡してたなんて今でも信じられないぐらいだよ」
後ろにいる朔乃にも分かるように、長々と答える。
「それなら良いんだけど、結局原因は何だったのかしらね? いくら体に問題がないって言っても、原因がハッキリしないとそれはそれで怖いわ」
「ああ、再発する可能性もあるし、体に違和感を感じたらすぐに言うんだぞ」
「分かってる。ありがとう」
空藍は安心させるように頷く。
「そういえば」と母が次の話題に会話を続ける。
「空藍がいない間に、同学年で自殺した女の子がいたんでしょ? 空藍の健康とは別に、学校の方は大丈夫なの? やっぱりイジメとか、そういう問題があったりするの?」
「クラスは違うし僕もよく知らないや。ただ、イジメとかが原因ってわけじゃなさそうだよ」
「…………」
「その亡くなった女の子が実はこの場にいて、幽霊として息子に取り憑いてますよ」と言えば、一体二人はどんな顔をするだろうか。頭がおかしくなったと心配され、病院に連れて行かれるのは間違いなさそうだが。
(いや、幽霊が見えるようになったってことは、既におかしくなってるのかなぁ?)
「どうした、空藍」
「何でもないよ。ごちそうさま」
ちょっとだけ気落ちしながら、空藍は席を立ち食器を運ぶ。
「あ、そうだ。今度、家に女の子を連れて来るかもしれない」
「あらあら! それって、灯里ちゃん? それともお見舞いに来てくれてた、吉川さんっていう先輩の方かしら!」
「その時が来るまで秘密で」
教えてよと文句を垂れる母を無視して空藍は自室に移動する。
部屋に入ると、朔乃はジト目で空藍を見てきた。
「望月君って女たらし?」
「何か勘違いしてるみたいだけど、今のは布石だよ」
「女の子を部屋に連れ込む為の?」
「……妹さんのもしもの時に備えてだよ。例え一時であっても、避難場所は一つでも多いほうがいいでしょ? いきなり中学生の女の子を家に招き入れるよりは、事前にそれっぽいこと言っておけば親も受け入れやすいだろうし」
「ご、ごめんなさい! あたし、ついっ!」
自分の浅慮な発言による自己嫌悪により、元々血の気の薄い幽霊顔が更に白くなっていく。
「別にいいけどね。実際、今週の土曜日に涼香先輩を家に連れ込む予定だし」
「えっ?」
「いや、よく考えればよくないな。え、もしかしてこれから先輩とのあれこれを見られ恐れがあるってこと!?」
「一体何の話よ!?」
「幽霊って塩まけば除霊出来るのかなぁ?」
「真顔でいきなり何言ってんのよ! よ、よく分からないけど覗き趣味なんてないわよ!」
「冗談だよ。まあ、見たいなら好きに見ても良いけどね」
「み、見ないわよ!」
顔を赤くして唸る朔乃を見て一人満足する空藍。彼は眼帯を取り外し、朔乃に右目を見せる。
「その紅い右目、生まれつきじゃないわよね?」
「うん、さっきの会話からある程度予想はつくと思うけど、病院で目覚めたらこんな目の色になってた。どう? カッコいいっしょ?」
「カッコいいよりも不気味さが勝つわ」
「正直だね」
涼香とは正反対の感想だと、空藍は笑う。
目の色に見惚れられるよりは、朔乃みたいな反応の方が好ましいかもしれない。どんな反応であれ、アッサリと済ませた貰ったほうが気楽だ。彼女自身もダークブロンドといった目立つ髪色をしているので、変わった外観に関しては耐性があるのかもしれない。
空藍はスマホを片手に取り、ノートパソコンを起動する。
グループLIMEや個別に来ていたメッセージに目を通し、きちんと返信したりスタンプだけして適当に終わらせたりと選別する。
それと並行し、児童養護施設を検索して調べる。条件は満たしているはずだが、それを証明する為の「調査」が少しネックかもしれない。義父の内面はともかく、他人に見せる外面によってはこちらも備える必要がある。
「とはいえ、まず最初に妹さんの意思がどうかハッキリさせないとね」
いくらこちらが先走って考えても、綾乃が「嫌だ」と言えばこの話は終わりだ。
別の方法を選ぶことになる。
「大丈夫。綾乃は賢い子だし、嫌と言っても「うん」と言わせるわ」
「……期待してるよ」
三十分ほどかけて二つの作業を終わらせ、最後に恋人である吉川涼香のメッセージを開く。
『時間があったら通話して欲しい』とあったので、そのまま彼女のアイコンから音声通話を押す。
会話の内容は、あの後一緒に帰った舞香とやり取りについてだった。
舞香が涼香を避けていたのは、涼香に怒っていた訳ではないこと。あくまで自分自身の問題であり、涼香を避けていたことに対し改めて謝られたこと。
その問題が何なのかは最後まで口にしなかったが、話せる時がきたら必ず話すと約束してくれたようだ。
『それと明日は舞香と一緒に登校することにするよ』
「分かりました」
『お昼は舞香と三人でって思うんだけどいいかい?』
「勿論、大丈夫ですよ」
『その代わり放課後は一緒に帰ろう。その、色々と寄り道しながらさ……』
「ごめんなさい、涼香先輩。明日の放課後は用事があって」
『そうか……。それなら仕方ないな。明日も舞香と一緒に帰ることにするよ』
それから他愛のない話を十分ほどした後でスマホを置く。
涼香との会話の最中、動画サイトで動物の動画を見ていた朔乃が振り返る。
「長かったわね。彼女?」
「まあね」
「良かった。なら綾乃に手を出す心配はなさそうね」
「ちょっと」
「冗談よ」
ふふっと笑い、朔乃は再び動画に目を向ける。
丁度動画が終わり、自動再生によって猫の動画へと画面が切り替わる。
「面白い?」
「可愛い」
「そうだね。シャワー浴びてくるよ」
「か、体がっ、猫が遠ざかっていくっ」
「……覗かないでよ?」
「覗かないわよ!」
そう言って脱衣所の壁を貫通して姿を消す朔乃。
こういうお約束なやり取りは、男女逆だと何も嬉しくないなと空藍は風呂場に入っていった。