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生徒会


 放課後。

 ホームルームを終え帰宅の準備をしている空藍の元に天坂灯里がやって来る。


「空藍君、コレ、先週分の授業のノート。その……、先週はあんまり授業が進んでないんだけど、それでも必要だよね?」


「ありがとう、貸してくれるなら助かるよ。明日にはすぐ返すね」


 数冊のノートを受け取り、鞄の中に詰め込む。灯里はそれを見ながら、どこか緊張した表情で口を開く。


「私、今日は料理部お休みなんだよね。良かったら一緒に遊ばない?」


「えっと……」


「も、勿論、二人きりじゃないよ! 絵美も一緒だから! それに他にも誰か誘う予定だし!」


 灯里は顔を赤くしながら慌てて言葉を訂正する。


「ごめん、これから生徒会に行くんだ」


 体育祭や文化祭といった大きな行事でもない限り、生徒会の活動なんてそこまで忙しくない。それでも空藍がそう言った言葉の意味を察し、灯里は「そっか」と短く呟いた。

 断られ落ち込んでいる様子が丸わかりであったが、灯里は笑顔を作り上げて手を振った。


「じゃあ、また明日ね、空藍君!」


「また明日、灯里」


 別れの挨拶を告げて去っていく背中を見ながら、空藍はどこか自嘲気味に笑う。

 そして発言通りに生徒会室へと向かい、誰もいない一室で席に着く。そこで早速借りたノート使い、自分のノートに書き写していった。


 *


 二十分ぐらい黙々とノートを書き写していると、生徒会室に涼香が入ってくる。


「空藍君? ……一人かい?」


「そうですけど、涼香先輩こそどうしてここに? 放課後は舞香先輩を誘うって言ってましたよね?」

 

「……逃げられた。電話にも出ない」

 

 そう言って涼香は苦々しく溜息を吐いた。


「生徒会室で待ってるってLIMEを飛ばしてみたが、多分来ないだろうな……」


「そこまでして避けるなんて、本格的に何かあったっぽいですね」


 仮に涼香が舞香を怒らせるようなことをしていても、こうまで露骨に避けることはしないはずし、また舞香がそういうことをする性格でもないことは空藍も知っていた。

 

 「ああ、こんなことは初めてだ……」


 自分達が思っていた以上に深刻な事態であること。

 また、何かの事件に巻き込まれている可能性があることも頭に浮かび、涼香は焦ったようにスマホを手に取り電話をかける。

 ただ、予想に反してワンコールで出た電話に不意を突かれ、涼香は言葉にならない声を漏らした。

 

「……ああ、そうだ、心配してるに決まっているだろう。…………分かった、明日必ずだぞ。…………じゃあ、また明日」

 

 通話を終え、涼香はほっと胸を撫でおろす。

 舞香から謝罪の言葉を受け取り、明日ことは逃げないと約束も出来た。

 まだ何が原因かも分からず解決もしていないが、一歩前進であることは間違いないだろう。

 

「ひとまずは大丈夫そうですか?」


 空藍は紙コップに入ったお茶を涼香に手渡す。涼香はお礼を言いながら「一応は」と頷いた。 

 

「ところで空藍君は勉強でもしていたのか?」


「ノートの書き写しですよ。一週間も休んでましたから」


「そうか。邪魔しちゃ悪いし、お茶を飲み終わったら私は帰るよ」


「あ、いえ。それなら途中まででも一緒に帰りませんか?」


「それは勿論ないが、ノートの書き写しはいいのかい?」


「別に家でも出来ますし問題ないですよ」


 元々は家でやるつもりだったと、空藍は心の中で台詞を付け加える。

 その心の声が聞こえたわけではないだろうが、涼香が訝しむように目を細める。

 

「それなら何故、生徒会室にいるんだ?」


 涼香はぬっと空藍の背後に回り、彼の背中に自身の身体を押し当てる。そして背中越しに書き写す元となっているノートを覗き込む。


「胸が当たってますよ、センパイ」


「知ってる。当てているんだよ後輩」


 そう言いながら涼香は照れた様子を見せない恋人の頬を突く。


「……女の子の文字だね、これは」


「……そうですね。女子から借りましたから」


「天坂さんからだろう」


「……はい」


 空藍の頬が再び突かれる。

 どこかむくれている様子が指や彼女の表情から伝わってくる。


「二人が幼馴染だということは知っているし、別に浮気を疑っているわけではない。……でもやはり、面白くはない」


「僕が好きなのは涼香先輩ですよ」

 

「でも彼女は君が好きだろう」


「…………ごめん」


 空藍と灯里はお互いに家も近く幼稚園の頃からお互いに顔を知っていた。ただ、だからといって漫画や小説の中と違って、ずっと一緒に仲良く過ごしてきたわけではないし、友達以上の関係を築き上げることもなかった。

 誓ってやましいことは何もしていないが、恋人を不安にさせていることに対し空藍は短く謝罪する。灯里からの好意を感じ取りながらも、それを強く拒めていないのもまた事実だからだ。

 涼香は深呼吸の代わりに一度目を閉じる。


「……いや、空藍君が悪いわけでもないし、君がモテるは前から知ってるからね。モテる彼氏を持った彼女の宿命として受け止めるよ」


「涼香先輩だってモテるじゃないですか」


 スタイルも良く容姿も優れて文武両道。男子生徒は勿論、女子生徒からも彼女の凛とした振る舞いや立ち姿から人気を集め、圧倒的な支持を受け生徒会長を務めている。 

 

「慕われるのは有難いことだが、君以外からモテても嬉しくわないよ」


「ありがとうございます。嬉しいです」


 首を動かし、きちんと目を合わせてから空藍は笑みを浮かべた。

「うん」と涼香は照れた様子で短く頷く。その後で、お互いの顔がすぐ近くにあり、後ろから抱き着いている状態を今更恥ずかしく思ったのか、途端に顔を赤くしながら涼香は離れた。

 背中に押し付けられていた柔らかな感触も同時に離れたことを内心で残念に思いながら、空碧は「そう言えば」と口を開く。


「良いタイミングですし、僕の右目、見ますか?」

  

「あ、ああ。なら見せてもらおうかな」


 お互いに近付き、正面から向かい合う。そのまま空藍はあっさりと右目の眼帯を取り外し、机の上に置いた。


「紅い……」


 涼香は息を呑む。

 とても同じ人のモノとは思えない紅い瞳。

 それはまるで一種の芸術品のように。彼女の知るどんな宝石よりも美しく煌めいて見えた。

 

「綺麗…………」


 無意識に伸ばされた手を、空藍は黙って受け入れる。

 自身の惚けた様子にも気付かず、涼香は吸い込まれるように紅い瞳を見続けていた。


「あっ」


 それが数十秒ほど経過して、涼香はハッと我に返る。

 手だけでなく、無意識のうちに近くに寄っていた体。ただただ見惚れていたことを自覚し、涼香は反射的に離れようとした。だが、その手を空藍は掴み彼女を引き留める。


「そ、空藍君?」 


「嫉妬しますね。これだけ近くにいて、僕の目だけにしか興味がいかないだなんて」


「あ、いや、それはっ」 

 

 ワザとらしく拗ねた声を出す空藍に、わたわたと慌てだす涼香。

 人前では常に落ち着いていて男女問わず人気な生徒会長。そんな彼女が見せるこういった様々な感情や表情を、果たして何人の生徒達が知っているのだろうか。

 心から湧き上がる愛おしさと優越感。それと自分自身の右目に対しての嫉妬心を込め、反対側の手を涼香の頬に添えた。


「っ」


 カーっと赤く染まっていく顔に微笑みを返し、空藍はゆっくりと顔を近付ける。


「ん」


 触れ合う唇。

 そっと唇を離すと、ギュッと閉じられた彼女の瞳が恐る恐るといった感じで開かれる。

 

 「…………ぁ、う」


 口を開きながらも、言葉を上手く発せない涼香。

 頬を真っ赤に染めたままの彼女に対し、空藍は再びキスをした。

 

「んん!?」

 

 不意を突かれ、目を開けたまま迎え入れた二度目のキス。続けて三度、四度と、止まることなく繰り返される口づけ。

 涼香は空藍にしがみ付きながら、その猛攻を成す術もなく受け止め続ける。しかし、舌が入りかけた瞬間、涼香は空藍を突き飛ばすようにして、かろうじで身体を離した。


「っ!?」


「おっと」

 

 そのまま膝から崩れ落ちそうになった涼香を、空藍は素早く手を伸ばして体を支える。腰に手を回したことであっさりと密接状態へと逆戻りであったが、再び顔を近付けることはしなかった。

 

「こ、腰、抜けるかと思った……」


 空藍の腕の中で瞳を潤ませ、顔を赤くしながらハァハァと酸素を取り込む涼香。


「我慢出来ませんでした。舌はまだ早かったですね」


「~~~~っ!?」


 涼香はボッと顔を燃え上がらせ、口をわなわなと震わせた。

 

「キ、キスに慣れすぎじゃないか!?」


「えぇ……? いや、初めてですよ?」


「う、嘘だ!? 私だって初めてなんだぞ! それなのに年下にっ、年上なのに、あんな翻弄されて!」

 

「一個しか違いませんし、翻弄って……、何か悪いことしたみたいじゃないですか」

 

「う~~っ!」


 涼香は唸り声と共に目を吊り上げて空藍を睨む。照れ隠しがバレバレなのでただ可愛いだけだった。


「ふ、『普通』じゃないとは思っていたが、こういうところでも『普通』じゃないとはね!」


「何か久しぶりに聞きましたね、その言葉」


 過去に、涼香が空藍に向けて何度か言った言葉。

 強く印象に残っているのが、生徒会に誘われた時。そして一カ月前、告白を受けた際にも言われた言葉だ。

「僕のどこが好きなんですか?」と尋ねた空藍に対し、涼香は「色々あるけど『普通』じゃないところ」と迷わず答えて見せた。


「言っておくが、今回は褒めてないからな!」 


 空藍から体を離し、涼香はプイっと顔を逸らす。


「か、帰る!」


「はい、帰りましょうか」


「ひ、一人で帰る! ……こ、これ以上は無理だ」  

 

 消え入りそうな声を聞きながら、空藍は涼香の正面に回り込んだ。

 せっかく顔を背けていたのに、耳まで赤く染まっている顔を再び見られて涼香は言葉を失った。

 下を向いて表情を隠そうとする涼香に、空藍は言う。

 

「分かりました。でも最後にもう一度だけしましょう。それで我慢します」


「え、ええ!?」


「もう一度だけしましょう! それで我慢します!」


「に、二回も言わなくていい!」


 下を向くことは叶わず、涼香は顔を上げ空藍を見つめる。

 その晴れ晴れとした表情をどこか忌々しく感じながらも、観念した様子で息を吐く。


「私だって別に、嫌なわけじゃないんだからな……」


「好きですよ、涼香先輩」


「こ、この女たらしめっ!」


 お互いに顔を近付ける。

 ほんの数センチといったところで、生徒会室の扉が開かれた。 

 

「っ!?」


 反射的にお互い顔を離す。そして訪問者を見て、涼香は更にその目を見開いた。 

 

「舞香!?」


「…………」


 舞香は無表情のまま何も言わず、そのまま扉を閉めた。


「涼香先輩!」


「っ、ああ! 待ってくれ、舞香!」

  

 涼香は慌てて鞄を引っ掴んで生徒会室から飛び出ていく。

 空藍は眼帯を付け直し、廊下に顔を覗かせると、その先で涼香と舞香の二人の姿があった。距離があり話し声は聞こえない。それでも二人で一緒に帰ることになったのは見て分かり、空藍はひとまず安堵する。

 別れを言い損なった涼香は手を振り、空藍も同じように手を振り返す。

 舞香は空藍を一瞥し、左腕を軽く撫でた。

 

 二人の姿を見送ってから、空藍は生徒会室でノートの書き写しを再開した。


 

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